615
人を祝わば穴二つ ◆3AtYOpAcmY sage 2009/05/11(月) 20:25:37 ID:+xmfhEdg
「で、相談って?」
縄手博は、彼の無二の親友、天方雄一郎の相談を受けていた。
その声には、若干のイラつきがあった。雄一郎が一向に本題を切り出そうとせず、他愛のない世間話をしていたからである。
「あ、ああ」
躊躇いがちなのが傍目にもわかる。
「実はな……」
「もったいぶらずに教えろ。お前から持ちかけてきたことだろうが」
「俺の姉貴が、……俺と、男女として付き合いたい、って……」
博は、間髪を置かず返した。
「おお、おめでとう!お前もいよいよ彼女ができたんだな!」
雄一郎は、予想もせぬ答えに憤然となった。
「本気で言っているのか!」
「お前、恋愛にタブーなんてあると思っているのか?最初から何らかの条件をつけるのが愛だといえるのか?」
「……」
「相手が本気で愛しているというのならそれに真摯な態度をとるのが当然だろう!」
一呼吸おいて、言葉を続けた。
「いいか、今お姉さんを、友香さんを愛してあげられなかったらな、一生誰も愛せないぞ!」
博は、そう言い置くと、伝票をばしっと引ったくり、まっすぐレジに向かう。
今日は相談があるから奢る、と言われている上でのこの行動は、紛れもない意思表示だ。
その時、雄一郎から、
「……わかった」
静寂を裂く、というより、鈴の音のように響かせた声。
「俺、やってみる」
彼の眼に、もう迷いはなかった。
「さすが、俺の親友だ。今日はその眼を見られただけでも十分な報酬だ」
そう言うと、博は二人分のコーヒー代を支払って出て行った。
616 人を祝わば穴二つ ◆3AtYOpAcmY sage 2009/05/11(月) 20:27:46 ID:+xmfhEdg
数日後の深夜、
「その後、どうなりましたか?天方先輩」
「上々よ。もう天にも昇る思いだわ」
俺と天方友香は、あるサービスエリアの駐車場にそれぞれ横付けされた車越しに話をしていた。
「約束は果たしてくれるんでしょうね」
「はい、博くん」
催促され、友香は俺に札束の入ったマニラ封筒を渡した。
「……ふんふん、いいんですか?こんなに」
「雄くんが手に入ったんだもの、惜しくはないわよ。それより、いいの?」
「何がです」
「親友を売るような真似をしちゃって。アールズホテルの御曹司がそんなにお金に困っていたの?」
非難でも軽蔑でもなく、純粋におどけている。今という時が楽しいのだろう。
「恋人とのデートにはお金もかかるんです。それに」
「それに?」
「彼が必要とするアドバイスを与えたまでのこと。
あなただって、三宮さんに後押しされたことも大きかったんでしょう?
俺が非難されるいわれはありませんよ」
「そうね」
と心底嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、またね。困ったことがあったら何でもいってちょうだいね。
あなた方の幸せのためなら、力を貸してあげるから」
そう言って、走り去っていった。
「俺も帰るか。美耶子が待っているしな」
ひとが兄弟姉妹で愛し合う分には構わないが、俺には大切な恋人がいる。
携帯を開いて待ち受けを眺める。俺の最愛の人、望月美耶子。
「さあ、次の休みは楽しくなるぞ」
そうして、財布と心を暖めた俺は、帰途に就くのだった。
最終更新:2009年05月18日 20:51