淫獣の群れ(その12)

619 :淫獣の群れ(その12):2007/10/26(金) 02:02:00 ID:AwWakKzG

「何だお前ら、一体どうしたんだ、がん首そろえて?」
 居間で、はふはふとおでんを掻き込んでいたのは、彼女らがあれほど捜し求めた“兄”だった。

「お兄様……!?」「兄上様……!?」「兄君さま……!?」

「――どこでもいいから座っちゃって下さい。よかったら晩御飯一緒にどうです?」
 さっきまでと同じく、上機嫌な声で三人の従姉妹に呼びかける可苗。そのまま、ぱたぱたと軽快なスリッパの音を立てて、奥のキッチンへ行ってしまう。

 居間の間取りは、本家と同じく六畳間。
 冬になればコタツにも転用できる、脚の低い大きなテーブル。
 その中央には、やや大き目の電気鍋。そこに、いかにも美味しそうなおでんが煮えている。
 そして、そのテーブルに座ってテレビを観ていたらしい喜十郎が、ほけっと“妹”たちを見上げている。
「わざわざ、オレを迎えに来たのか?」
「まっ、まあ……そんな感じなんですけど、――あの、お兄様?」

 そこで何か言わんとした長姉の肩を、武闘派の次女と読書家の三女がぽんと叩く。
「……桜ちゃん、ちょっといいですか……?」
「少しこちらで、話ませんこと?」
 気のせいか、二人の顔が心なしかヒクついているようだ。
「――え、ああ……えええっ……!?」
 そのまま春菜と真理に両腕をとられた桜が、じたばたと廊下に連行されていく。
……そして、話が違うじゃないですかとか、こんな事だろうとは思ってたんですよ、とかいった内容のひそひそ声が聞こえてくる。喜十郎にはよく聞こえなかったが、真理と春菜に、桜が怒られているらしい。
 そんな三人に、ふすまの向こうの居間から、のんびりとした兄の声が聞こえて来た。

「おい、その――何だか分からねえが、とにかく来たんなら、一緒におでん食わねえか?」



620 :淫獣の群れ(その12):2007/10/26(金) 02:03:44 ID:AwWakKzG

 キッチンで、茶碗にご飯を盛りながら、可苗は笑いをこらえるのに必死だった。
 勿論、廊下での三人の諍いも兄の声も、彼女には丸聞こえだった。
「くくくっ……くっくっくっ……!!」

――遅すぎますよ、あなたたち……!!
 そう、すでに実妹が実兄の“処女”を奪って、一時間以上が経過している。
 その間に可苗は、半失神状態にあった喜十郎に再び暗示をかけ、部屋の後片付けを手伝わせ、風呂までいれさせた。
 もはや喜十郎の脳裡に、この団地に帰ってからの肉の宴は刻まれてはいない。
 可苗とともに紅茶を飲み、気が付けば眠っていたのと、寝汗がひどかったので風呂を借りた。
 彼自身の記憶としては、ただそれだけである。
 何の痕跡もない。
 仕事としては完璧に近い。
 むしろ可苗としては、なかなか来ない本家の従姉妹たちに、内心イラついていたくらいなのだ。

 商店街の中の感動の再会。
 当然の事だが、あれは放課後から兄のデートを尾行した結果である。
 詩穂が彼の隣にいたのは無論計算外だが、彼女に“見せつける”ことで、本家の姉妹たちがどう動くか、それを測る絶好のテストケースになった。
 そして案の定、彼女たちはやって来た。
 今頃ノコノコやって来て、あたふたしている間抜け面の三人姉妹。
 彼女たちを思い浮かべると、可苗は、嘲笑というよりもむしろ、憐憫に近い感情さえ抱いた。



621 :淫獣の群れ(その12):2007/10/26(金) 02:06:28 ID:AwWakKzG

「――ほっ、本当はね、お兄様、もっと早く来るつもりだったんですよ」
「桜ちゃんが道に迷わなければ、もっと早く兄君さまのご実家へ辿り着けたはずですのよ」
「そうですわっ! だいたい、あの大通りを左に曲がっていれば――」
「ちょっと真理っ! そう思ったのなら、何でその時にそう言わないのよっ!?」

“妹”たちが、もはや誰に対してかも分からない言い訳を、“兄”の前で延々と続ける。
 それを苦笑いしながら、優しい眼差しを送る喜十郎。
(よかった。何とかお兄様は無事みたいね……)
 二人の妹と漫才を続けながらも、そんないつも通りの“兄”の様子に安心する桜。
――が、
「まあまあ三人とも、もう分かったから、とにかく落ち着きなさい」
(ちょっと、落ち着き過ぎてない?)
 その瞬間、桜は“兄”の態度に、言い知れぬ違和感を持った。
 彼女の脳裡に、今日の昼休みの光景が浮かぶ。

『三分以内にイカせなさい』
 そう言われて、苦渋の表情を浮かべながらも目を伏せて、唯々諾々と“妹”の股間に舌を使い続けた“兄”。吹きっさらしの屋上で、屈辱に身を震えながら、彼女の前に屈した男。
――それはすべて、実家に追い返されたくない一心の行為だ。
 そんな彼が、ここまで落ち着いた態度を取るだろうか?
 それも、あれだけ彼が拒絶した、実家の中で。
(ありえない)
 そう思った瞬間、桜の両手は喜十郎の頭を掴み、力任せに自分の胸に抱き寄せていた。

「おっ、おいっ、さくらっ!?」
「ちょっ……、桜ちゃんっ!?」
「桜ちゃんっ!! 兄君さまに何をなさるのですかっ!?」
――が、彼女は周囲のそんな騒ぎに耳を貸す事も無く、胸の中の男の髪から、とある匂いを嗅いでいた。
 洗いざらしのトニックシャンプーの匂い。だがそこからは、

 薄いが、とても馴染みのある一筋の精臭が、確かに存在した……。


 桜は、喜十郎を放り出すと立ち上がり、そのまま彼と可苗の二人部屋に駆け込んだ。
「……!!」
 もはや確認するまでも無い。
 一応、後始末はしてあるようだが、彼女の目から見れば一目瞭然だった。
 部屋に立ち込める湿った空気。カーペットの沁み。何より、この言いようの無い生臭さ。
 桜は、再び居間に駆け込むと、そのまま“兄”に詰問する。

「お兄様、一体何があったの?」
「……どういう意味だ?」
「言葉どおりの意味よ。お兄様がこの家に帰ってから、可苗に何をされたのか訊いてるの」
「何をされたって、――別にオレは……」
 思わず俯き、口ごもる喜十郎。桜は、その顎に手を差し伸べると、ぐいっと彼の顔を強引に自分に向けた。
「お兄様、……なぜ目をそらすの?」
「……」
「私の目をまともに見れない理由でもあるのね?」
「違う! オレはっ……オレは……」
 喜十郎は、そのまま結局何も言えずに、目を伏せるしかなかった。
 桜は、そんな“兄”の顔から、そっと手を放す。

 何かを理解したような、何かを妥協したような、何かを諦めたような、そんな溜め息を吐いて。



622 :淫獣の群れ(その12):2007/10/26(金) 02:08:27 ID:AwWakKzG

「……お兄様、帰りますわよ」
「桜――?」
「お母様が、私たち全員に、話があるそうです。……何故一人で、お父様を置いて、博多から帰ってきたのか、それを説明くださるそうです」

 一文節一文節ごとに、全身の力みを込めて……睨み下ろす強烈な視線に乗せて、文字通り吐き出すように言葉を語る。
「桜、ちゃん……?」
「何を、怒ってるんです?」
 彼女の二人の妹たちは、事態を読めずに、ぽかんと彼女を見つめている。
 逸って、勇んで来たのはいいが、何事も無かったように食事中の“兄”を見て、拍子抜けのバカ面をさらして、内輪もめをしていた長姉。
――が、いまここにいる桜は違う。
 さっきまでの、玄関前でヒステリーを起こしまくっていた殺気が、再び甦っている。
「私……可苗ちゃんに、挨拶してくる。お兄様を、返してもらうって……!」
 二人の妹をアゴで招く。
「春菜、真理、行くわよ」
 そこには、有無を言わせぬ迫力で妹たちに君臨する、一人の姉がいた。

 桜が何を怒っているのか、喜十郎には分かっていた。
 確かに、ここに帰ってからの記憶が妙に曖昧だ。
 だからといって、何もかもサッパリ分からないなどということは、ない。

――思い当たる節は有り過ぎる。
 身体が重い。
 にもかかわらず下半身は軽い。
 軽いというより中身を抜かれたような――溜まっていた澱(おり)を、残らず搾取された感じだ。
 あと、肛門に妙な異物感を感じる。
 これは“妹”たちに指やローターで責められたときの、前立腺をいやというほどイジられた感覚か。
 さらに、首だ。
 シャワーを浴びる時に鏡で確認したら、斑点状の内出血が首筋に残っていた。
 ドラマ『ER』によれば、頸部皮膚上に斑状内出血が見られる場合……首を絞められた可能性が考えられるという……。

 何をされたのかはサッパリ分からない。だが、何かをされた事は確実だった。



623 :淫獣の群れ(その12):2007/10/26(金) 02:11:15 ID:AwWakKzG

「――可苗っ!!」

 声を震わせながらキッチンに怒鳴り込んだ桜は、サイドヘアーの三つ編みを揺らしながら、上機嫌で鍋をかき回している従姉妹に、渾身の怒声をぶつけた。
「あら桜ちゃんたち、どうしたんですか? 向こうでお兄ちゃんと一緒に、おでんを食べてるはずじゃ――」
「あなた、お兄様に何をしたのっ!!」
「何の事です?」
「――とぼけんじゃないわよっ!!」
「とぼけてなんかいませんよ」

「ちょっ、ちょっと桜ちゃん」
「一体何を怒ってるんです?」
 先程の玄関先と同じ構図だが、……いや、同じではない。春菜と真理には、あの時と違い、もはや姉が何故怒っているのか分からない。
 常に動物的な勘を優先させて動く、この長姉の行動についていけなくなっているのだ。

「……桜ちゃん」
 可苗の目が、すっと細くなった。
「これ以上騒ぐと、お兄ちゃんに聞こえちゃいます。静かにしましょう?」
 ただ目つきが細くなり、声のトーンが低くなっただけだ。それ以外は何も変わらない。
 にもかかわらず、可苗の笑みは、まるで能面のような――いかにも上から貼り付けたような、そんな不気味な笑みに変わり果ててしまっていた。
 いや、変わったのは笑顔だけではない。

 さっきまでそこにいた、喜十郎の家庭的な実妹は、もうここにはいない。
 大根の皮を剥いていた包丁は凶器に、やや大ぶりなエプロンは返り血を防ぐ作業着に、そして何より、先程までの家庭的な雰囲気は氷のような殺気に、――文字通り一変してしまっている。

(こっ、これが……この娘の、本性っ!?)

 三人姉妹は、その眼光の奥に光る酷薄な輝きに、思わず言葉を失った。



624 :淫獣の群れ(その12):2007/10/26(金) 02:13:07 ID:AwWakKzG

 ならば、喜十郎が実家への強制送還を恐れた理由も納得がゆく。

――“兄”が怖れたのは、可苗。この年齢にして、ここまで凄艶無比な殺気を放つ少女。
 そして現に喜十郎は、その身に“何かをされた”形跡がある。
 にもかかわらず、それを全く意識していないかのような素振りで、食事をとっている。少なくとも、桜が知っている喜十郎は、そこまで器用に自分自身の感情を隠蔽できる少年ではない。
 と、なれば、彼女が実兄に何をしたのか、おおよその想像はつく。

「……あなた、お兄様に、何か一服盛ったわね……!?」

「……いっぷく」
「盛った?」
 春菜と真理が、鸚鵡(おうむ)返しに姉を見る。
 もっとも、二人が瞠目したのは桜の言葉だけではない。あの……眼光薄く光る、可苗の化生のような笑みを見据えながら、いささかも退いていない姉の気迫に、妹たちは驚いたのだ。

 しかし、可苗も当然、そんな一言くらいで怯むことは無い。
 先程からの冷たい笑みに、さらに蔑むような彩りが加わったのみだ。
 そしてこの沈黙の笑顔こそが、百万言の答辞よりもさらに雄弁な、桜の問いに対する返答だった。
「……やっぱり、そうなのね、可苗?」
「……」
「言いなさいよ。クスリで意識を奪って、実の兄に一体何をしたのか……!?」
「……」
「かなえっ」
「――ずるい」

 詰問調の一言に、思わず前のめりになった桜の動きを封じたのは、ギラリと光った包丁の輝きだった。
「やっぱり、ちょっとずるいですよ、桜ちゃん」
 いつ凶刃と化すかもしれない右手の包丁を、ステンレスの流しに置くと、可苗の笑顔は、また変化した。
 酷薄な、能面の笑顔から……少し拗ねたような、甘えたような、少女特有のイタズラっぽい笑顔へ。

「『実の兄に何をしたのか』なんて言い方、非道いですよ。それを言うなら、あなたたちにとっても、お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょう? だから――」



625 :淫獣の群れ(その12):2007/10/26(金) 02:15:45 ID:AwWakKzG

「それは違いますわ可苗ちゃん」
 春菜がズイっと前に出る。
「ワタクシたちにとっても、兄君さまは確かに兄君さまですが、それでも義理の兄妹に過ぎません。義理の兄妹と実の兄妹とでは、同じく禁忌を破るにしても、雲泥の差があるのですよ」
 彼女は彼女なりに、近親相姦のタブーを悩んでいた時期があったから、義兄と実兄を同一視する可苗の言い草に、やはり一言あったのだろう。

「そこまでよ、春菜」
 しかし、桜はそんな次妹を敢えて制する。
「――だから、だから、どうしたっていうの、……可苗?」
 可苗の言葉の続きを促す。ここで大事なのは、少なくとも、そんな倫理上の話ではないのだから。
 そして、可苗もにっこり笑って、それに答える。
「だから……桜ちゃんたちが、お兄ちゃんにしている事を、可苗もしただけですよ」

「抱きしめあって」
「キスしあって」
「挿れてもらって」
「出してもらって」
「イカせてもらって」
「知ってます? お兄ちゃんってチアノーゼになったら、スッゴク可愛い顔するんですよ」
「桜ちゃんたちには、ホント感謝してます。わざわざ、この日の為に“可苗のお兄ちゃん”の身体を、手間暇かけて開発してくれたんですから」
「まさか。可苗が純潔を捧げたその日に、お兄ちゃんに“処女”を逆に捧げて頂けるなんて、思ってもいませんでしたもん」
「じゃあじゃあ、お礼に教えてあげますね。お兄ちゃんの“首”って、とっても細くて硬くて、それでも脆そうで――、お尻を犯しながら、きゅって首を締めてあげたときの、あの感触っていったら、もう……!!」


 もはや、桜たちは本当の意味で、絶句していた。

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最終更新:2007年10月28日 13:49
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