353 おひとよし? (1/5) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/06/05(金) 01:45:04 ID:bAggxgEr
「これでも私は、アンタと長年つるんできたって、自負はあるつもりだけど――
今度ばっかりは、アンタのおひとよし加減に、本気で呆れ果てそうだわ……!」
私は電話の向こうにいる親友――香苗(かなえ)を、強い口調で咎めてみた。
「ち、違うんだよさっちゃんっ! 悪いのは全部わたしなのっ!?
香助(こうすけ)クンの嘘を見抜けなかったわたしが、悪かったの……」
私の言葉に、やっぱり香苗は自分に非があったと、ひたすら言い訳をする。
こっちから咎めておいてなんだけど、ここまで香苗が卑屈になる必要はない。
本当は、香苗の弟クン――あの駄目男のほうが悪いのは、間違いないのに。
電話の向こうにいる香苗は、一言で表すなら、とんでもないおひとよしだ。
学生の頃から、誰かに頼まれ事をされれば、断り切れずに了承してしまう。
そして私や他の友人に泣きついてきて、私たちはその解決に振り回された。
その後同じことを頼まれても、やっぱり断り切れずに同じことの繰り返し。
どうにも香苗には、学習能力とか、断るという判断力が足りない気がする。
それは大学を卒業して、今の会社に就職してからも、変わることはなかった。
ちなみに彼女は私と同じ職場に、なぜか2年遅れで入ってきた。
本来は同級生なんだから、同時期に入らないとおかしいのに。
本人は就職難で失敗したっていうけど、たぶん違う理由なんだろうな……。
「私らと旅行するために積み立ててた貯金を崩して、駄目男にあげたって――
どうすんのよアンタは。3カ月後の旅行、あんなに楽しみにしてたじゃない?」
「だ、駄目男なんかじゃないよ……! あの子は、わたしの大事な大事な弟だもんっ!?
それと残念だけど、今回の旅行は諦めるつもりなの…………」
だから駄目男を庇うなっての。だから自分のことを諦めるなっての。
本当に、どこまでおひとよしなのか、香苗は……。
香苗の弟――香助は、性格は姉に全く似ていない、身勝手で自由奔放な遊び人だ。
2股3股みたいな真似はしないけど、毎回やたらチャラい女と付き合っているらしい。
男友達も当然ながら、いまいちボロくてチャラい人間性の持ち主ばかりだったそうだ。
そんな身勝手ぶりに、姉の香苗はともかく、2人の両親はほとほと困り果てていたらしい。
そして先日、その駄目男は嘘をついて、自分の姉――私の親友から金をせしめたらしい。
私からしてみれば、駄目男が自分の姉に手を出すのは、時間の問題だと思っていたけど。
ちなみにその手口を聞いたところ、香苗しか引っかからないような、古典的な手だった。
その時の会話の内容を要約すると、こんな感じだったそうだ。
「姉ちゃんゴメン。俺さ、今付き合ってる彼女を孕ませちまったんだ。
けど彼女はまだ学生だし、将来を壊したくないから、中絶させてやりたいんだよ。
でもさ、どうしても金が足りなくてさ、今月中になんとかしないと、マジでヤバいんだ!
だから、悪いんだけど姉ちゃん、俺を信じて、金を50万ほど工面してくれ!」
「う、うん…………わかったよ………………!」
当然、駄目男改め弟クンの話はほぼ嘘で、香苗の貯金は殆ど、弟クンの手に渡り――
彼女とやら(一応いたらしい)との旅行や、友人との遊興費に消えていったらしい。
私も別ルートで確認したけど、そうとう派手に遊んでいたそうだ。
まったくもって、香苗の盲目的なおひとよしぶりには、毎度毎度驚かされる。
本当なら、その積立てした貯金で、私たちと温泉旅行をする予定だったのに。
354 おひとよし? (2/5) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/06/05(金) 01:46:47 ID:bAggxgEr
「まあアンタはさ、いつか酷い目に遭うって思ってたけど、やっぱり弟クンが犯人かよ……」
「うん、自分が情けないよ。香助クンの嘘が見抜けなくて、みんなに迷惑かけちゃって――」
「それはもういいから。で、どうすんのさ香苗?
駄目男もとい弟クンの処分は、私も手伝ったほうがいいのかしら?」
正直もう突き放してやったほうがいいんだろうけれど、それも後味が悪い。
なんだかんだで、私も香苗のことは好きだし、駄目男は憎くてしょうがない。
あの馬鹿はあろうことか、この私まで酒の勢いで押し倒そうとしてきたのだ。
あの時は香苗が助けに来てくれなきゃ、冗談抜きで危なかった。
『酔ってて彼女と間違えたんだ』なんて、愚にもつかない言い訳もされたし。
香苗や私の兄貴がいなかったら、本気で男性不信になってたくらいの事件だった。
「ううん、大丈夫! 今回はわたしが、自分でなんとかする!
さすがに今回のことは、わたしだってあの子のことを、許せないからっ」
「まあ確かに許せないけどさ、ホントにアンタ1人だけで大丈夫なの?」
「大丈夫! わたしは香助クンのお姉ちゃんだものっ!
頑張って、香助クンを『嘘吐きな卑怯者』から、救い出して見せるねっ!?」
やたら威勢のいい決意表明を最後に、通話は完全に途切れてしまった。
どうやら本気で意気込んで、早速弟クンのところへ行ってしまったらしい。
「大丈夫かしら、香苗のヤツ………」
「……と、こんなことがあったわけだけど、兄貴はどう思う?」
「……いや、どう思うって言われても、やっぱりどちらも悪いとしか言えないよ。
騙したほうが明らかに悪いけど、それを信じすぎて断れなかったほうも、さ?」
香苗との電話のすぐ後、私は1人暮らしをしている兄貴に電話をかけた。
香苗のことが心配でしょうがなかったので、誰かに話を聞いて欲しかったからだ。
そして相変わらず、兄貴の意見はドライというか、至極真っ当なものだった。
「まあねぇ。この場合私は最後まで、見届けるしかないのはわかってるしさ~。
けど、相手はあの駄目男な弟クンで、対するはあの押しに弱い香苗でしょ?
まさかとは思うけど、香苗がまた押し負けて、駄目男を許さないか心配で……」
「だけど、香苗ちゃんが自分から、どうにかするって言ってきたんだろう?
だったらやっぱり、最後まで僕らの出る幕はないと思うよ?」
「……それはわかってるよ。香苗のことだったから、一応兄貴に報告しようと思っただけ」
「ああもう、人の古傷を抉るようなこと、するんじゃない……!」
ちなみにこの兄貴、香苗に交際を申し込んで、撃沈されたという過去をもつ。
その時は私が毎日通いつめて、落ち込む兄貴を一生懸命慰めてあげてたっけ。
まあ、そんなことは今更、別にどうでもいいんだけど、ね?
「……うん、なんか話せてすっきりしたよ。ありがとう兄貴。
また今度暇ができたら、そっちに遊びに行ってやるからね。
その時は――スーツにエプロン姿で迎えてくれたら、嬉しいなっ♪」
「いやまてなんd………」
兄貴から文句を言われる前に、私のほうから通話を切断する。
やっぱり兄貴と話すのも、兄貴をからかうのも、いつだって楽しい。
香苗のところの姉弟仲も、このくらいだったらよかったのになぁ。
355 おひとよし? (3/5) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/06/05(金) 01:49:30 ID:bAggxgEr
結局あの電話の日から1カ月が過ぎたけど、あれから香苗の姿は一度も見かけなかった。
会社には長期の休暇届けを出しているらしいけれど、いくらなんでも限界だろう。
早く来ないと、せっかく決まった職場をクビにされて、また職安に並ぶことになるのに。
会社の仲間うちでも、とっても心配しているんだから、早く来いっての……!?
そんなことを考えながら、仕事帰りに寂れた公園の近くを歩いていたら――
「あ、さっちゃんだ~! 久しぶりだね~!」
「…………………………」
と、突然後ろから声を掛けられた。
「っと、この能天気な声は香苗――と、横にいるのは駄目な弟クンじゃないの?
どうしたのよアンタは。なんかやたら長い間、会社を休んでたけどさ?」
何の前触れもなかったので驚いたけど、1カ月ぶりの親友+おまけとの再会だ。
嬉しくないわけじゃない――けれど、なんでまたこんな変なところで?
それに、なんでこんな時に、おまけが一緒にいるんだろうか?
「うふふ、ごめんなさいさっちゃん。ちょっといろいろあってね?
でも大丈夫、わたしたちの間での悩み事は、ようやく全部解決したから。
うふふ、ホラ香助クン? わたしの一番の親友に、挨拶くらいしなさいな?」
「…………ハ、ハイネエチャン。……コンニチハ、サナエサン」
隣の姉にそう言われて、ようやくカタコトのような棒読みで、挨拶をしてくる弟クン。
……正直イヤイヤというか、されても嬉しくない挨拶なんて――
とそこで、何かおかしいことに、私は気づいてしまった。
目の前の弟クンの瞳に生気がないというか、死んだ魚のような目をしている。
少なくとも、金を騙し取って放蕩するような、性質の悪い人間には見えない。
いや、むしろこれは――そうだ、夢や希望を失った、世捨て人のような瞳だ。
「……ああっと、悪いんだけど香苗。2人だけで話したいことがあるんだけど」
「……ああそっか~。やっぱりさっちゃんには、いつも気づかれちゃうんだね。
まあいっか。じゃあ香助クン、悪いけど向こうのベンチで待っててくれない?
ほんの10分程だけど、わたしの一番の親友と、最後に大事な話がしたいから」
そんな香苗の言葉に、弟クンは反抗ひとつせずに、公園の端まで歩いて行った。
明らかにおかしい。どう考えても、とてもよく調教されている弟だ。
それに、香苗の言う『最後に大事な話』ってのも聞き逃せなかった。
何か嫌な予感もするから、ちゃんと香苗に確認しておかないと――
「ホントに久しぶりだね、香苗。いったい今まで、何をしてたの?
それから、あの時の『問い詰め』って、ちゃんと最後までできたの?」
2人だけしかいなくなったことを確認した後、私はあの電話の後のことを訊ねてみた。
正直、あの後香苗がまた弟クンに騙されていないか、それが心配だった。
まあさっきの様子を見る限りでは、その心配はなさそうだったけど。
「うん、説得そのものはちゃんと出来たから大丈夫だよ?
ごめんねさっちゃん、ずっと連絡もしないで心配かけて。
でもね、香助クンに嘘をつかれたのが、すっごくすっごく悔しくってね。
だから、嘘吐きにならないように、本当のことにしちゃえばいいかなって思って――」
嬉しそうに頬を赤らめて話す香苗の瞳は、何故かやたら濁っていた。
「わたしがヒトハダ脱いで、香助クンの赤ちゃんを孕んであげたのっ!」
356 おひとよし? (4/5) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/06/05(金) 01:52:54 ID:bAggxgEr
「……いやいや香苗さん? 自分が何を言っているのか、ちゃんとわかってる?」
私は、目の前にいる親友が何を言っているのか、すぐに理解できなかった。
自分の弟と繋がって、自分の胎で妊娠する? それってどこの御伽噺なの?
それも学生の頃から今まで、一度も見たことのない、眩しい笑顔で話して。
「だって香助クンったら、あのあとずっとひどかったんだもの?
お金を使ったことはまあ、ちゃんと謝ってくれたんだけどね?
こっそり隠し持ってた貯金から、少額だけど返してくれてるし」
「そ、そうなの……、それはよかったじゃな――」
「でもね、そんな些細なことは、別にどうでもよかったんだよ。
わたしが許せなかったのは、そんなことじゃなかったの……」
香苗の恍惚とした表情と瞳に、微かに灯る憎悪の光。
香苗って、こんな感情表現をする娘だったの?
「香助クン、彼女はホントにいるんだって、最後まで嘘をついてたの。
その彼女のために、わたしからお金を巻き上げたって言ってたの。
でもね、そんなのってどう考えても、おかしいよね? 間違いだよね?」
まあ誰かのためにって理由があっても、それは人を騙していいことには――
「本当に香助クンが選んだ人なら、あんな嘘に付き合ったりしないもの。
そもそも嘘に付き合うとかじゃなくて、アイツのせいに決まってるの。
あの憎たらしい女が、香助クンを誑かしたに決まってるもの!
香助クンは、あの雌狐のせいで、わたしに悪いことをしたの!」
いやちょっと待て。そっちに理論が展開するの?
学生の頃から弟クンを信頼しすぎるところは、変わっていないらしい。
「だから、わたしが身体を張って、香助クンに理解させてあげたの。
本当に心の底から、香助クンを愛しているのは、誰かってことを!」
ああ、そうやって香苗は、弟クンを押し倒して犯したってわけね……。
「そして『好きな人を孕ませた男の子』って嘘を、嘘じゃなくしてあげたの♪
これで香助クンは嘘吐きじゃなくなるし、わたしも幸せになれるんだもん♪
わたしは後悔してないし、香助クンも『ウレシイ』って言ってくれたよっ♪」
うん、本当に後悔もなにもないようで、なによりです。
ここまで一息に話した香苗の瞳は、もうどこにも焦点が合っていない。
その瞳にも、向かい合う私じゃなくて、弟クンの姿しか映っていない。
「ま、まあそれはいいとして、なんで今まで引きこもっていたの?
そんでもって、なんでこんな時間帯に2人でここをウロウロしてたの?」
「うふふ、わたしが妊娠してるのがわかったのが、今日からちょうど1週間前なの。
それまでは、ずっとずっと部屋に閉じこもって、香助クンとエッチしてたんだ~。
妊娠がわかった後は、香助クンの友達全部に、挨拶して回ってたの。
わたしたちの話を聞いて、みんなみんな驚いてたわ~~」
そりゃそうだろう。まさか友人が本当に女性を孕ませるなんて、誰も思わなかっただろうし。
しかもその女性は、おひとよしで有名なはずの、血の繋がった実の姉だっていうんだから。
明らかにそいつらは、嫌がる姉を無理やり犯して孕ませた鬼畜弟、としか思わなかっただろうな。
「うふふ、一番見てて気持ちよかったのは、『香助の彼女』とか妄言を吐いてた雌狐だったわ。
だって、わたしと香助クンが目の前で繋がってみせたら、泣いて喚いて、最後は吐いたもん。
噂で聞いたけど、あの後雌狐はおかしくなって、ビルの屋上から飛び降りて死んだんだって!」
359 おひとよし? (5/5) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/06/05(金) 03:31:25 ID:bAggxgEr
恍惚の笑みに残酷な語り、そしてもう常識を常識と映さない瞳。
ああ、たぶんもう駄目なんだな、この草野(そうの)香苗という名の娘は。
もう私たちが何を言っても、この娘には届かないし、戻ってこれそうにない。
それから、さっきから弟クンが引き摺っていた、3つの旅行用トランク。
これはもしかしなくても、その通りの結末なんだろうなあ。
「……ごめんなさいねさっちゃん。もうさっちゃんには、逢えないかもしれないの。
わたしが香助クンの子供を妊娠したって言ったら、お父さんとお母さんが怒ったんだ。
2人とも、この街にいることさえ許さないって言うから、遠い土地に引っ越すつもり。
でもそこで、わたしと香助クンとお腹の子供の3人で、ず~っと仲良く暮らすんだ♪」
やっぱり2人揃って勘当されたみたいだけど、香苗は覚悟を決めたらしい。
そんな態度の彼女に、私としては反対をするつもりなんて、全くなかった。
とりあえず香苗に頼んで、弟クン――香苗の最愛の夫を呼び寄せてもらった。
「やれやれ。数年来の親友が、新しい未来を見つけて旅立つなんて、寂しいけど仕方ないか。
これから旅立つアンタと、アンタの大切な弟クンに、11文字の祝福でも送ってあげるわ。
どんな困難に遭っても、悲しみに遭っても、必ずアンタたちは『しあわせにおなりなさい』」
私の言葉に、香苗はこれまで見たこともないくらいに、表情をキラキラ輝かせている。
逆に弟クンは、まるでこの世の全てに絶望したような、真っ暗な表情を見せている。
弟クンのほうは、親友である私からの叱責を期待したんだろうけど、残念でした!
アンタよりも香苗のほうが大事な私は、香苗を優先するに決まっている――でしょ?
「うふふ、本当に今までありがとうございました、さっちゃん。
わたし、最後に逢えたのがさっちゃんで、本当によかったと思う。
それじゃあ、わたしたちは幸せになるために、そろそろ遠い遠い街に旅立つね?
さっちゃんも、誰かステキな人を見つけたら、ぜ~ったいに幸せになってねっ!」
「ええ、元気でね香苗――それに香助クン。偶には手紙ででも連絡くれたら嬉しいわ」
それを別れの挨拶として、私がさっき出てきた駅の方角へ、2人はただただ歩いていく。
私はただただ、親友とその弟――のなれの果てである2人を、見えなくなるまで見送った。
嘘吐きは本当に不幸になり、騙されたほうはある意味幸せをつかんだ。
全世界の嘘吐きに、あの光景を見せてやることができたら、世界は平和になるのかもしれない。
「………嘘吐き少年は、飢えたオオカミさんにたべられちゃいましたとさ♪」
そんな馬鹿馬鹿しいことを考えながら、私は彼女たちと正反対の方向へ歩きだす。
――なんだか私も、大好きな『あの人』のために、少しくらい頑張ってみたくなっちゃったな……。
― A liar and The wolf of the good-natured person ―
最終更新:2009年06月07日 22:12