親友キャラAの世界

男なら誰でも憧れる理想のシチュエーション、曰くハーレム。
周りの女性の好意を一身に受け、現れる女の子を千切っては投げ、最終的に選んだ誰かと結ばれる・・・。
そんなアニメやゲームみたいな設定なんて所詮はフィクション、愚かな男子の夢または幻に過ぎない。
だからこそ我々はその理想を求めていくのだろうか。
有り得ないとわかっているのに架空の世界に浸ろうとするのだろうか。

ならばこいつの場合、俺の親友である牧原祐二も架空の人物なのか? 
      • いや、答えは否である。
俺も祐二もここにちゃんと存在している。幻想などではなく、疑いようの無い現実として俺たちは生きている。
故に、この現実が、現状が、俺にとって理解出来ないほどの物であっても納得しなければならない。

「これはそういう世界」なのだと。



我が高校が誇るラッキーボーイ、通称『RGM(リアルギャルゲマスター)』こと牧原祐二。
こいつを取り巻く世界は常人から見ればそれこそギャルゲーの世界に見えることだろう。
高校2年、顔は中の上。性格は基本的に誰にでも優しく、若干優柔不断。
得意なものはスポーツ一般、苦手なものは早起きと料理。
受身の体質とポジティブな思考は女性の母性本能をくすぐり、女の子のピンチには悪漢にさえ平然と立ち向かう勇気を持ち合わせている。
こうしたステータスを持つ祐二の周りには、幾人もの女性が取り巻くまさに「ハーレム」が形成されている。

①祐二の幼馴染みで学年一の美少女・【穂坂里恵】。朝に弱い祐二を起こしに行くのは隣に住む彼女の仕事である。
 また、祐二の両親が共働きなので朝食やお弁当、夕食も彼女が一手に引き受けている。

②穂坂里恵の一個下の妹・【穂坂真紀菜】。
 いわゆる小悪魔という類の性格で、祐二にちょっかいを出しては追い掛け回されるのを生きがいとしている憎めない女の子だ。

③3年で俺たちの先輩、とある大手企業のご令嬢でもある【北条麗華】。
 優雅かつ温和な性格で誰からも好かれている。街で不良に襲われていたところを祐二に助けられたらしい。

④ボーイッシュなクラスメート・【叶葉月】。水泳部のエースでスポーティな身体は日焼けによって多少黒くなっている。
 短く切り揃えられた髪や平均より小さな胸のせいか、男子のような風貌を残した美少女である。

⑤天然巨乳のクラスメート・【岡村エリカ】。おっとりした口調とムチムチのボディで男子のエロい視線を一手に引き受けている。
 もっとも彼女自身はそんなことを全く気にする様子は無いあたりが天然なのだろうが。

⑥男勝りな担任教師・【秋元加奈子】。よく授業中に居眠りをしている祐二を目の敵にしている。
 黙っていれば美人なのだが、一旦怒ると椅子をも投げ飛ばす怪力教師だ。

彼女達にはある共通点がある。それは皆、牧原祐二に恋している、というものだ。そして、恋をしているのは彼女達だけではない。
従姉妹の娘、学級委員長、部活の後輩、保健の先生、地味な図書委員、近所の若奥様、etc...
立場、年齢は違えど彼女達はそれぞれ「牧原祐二」という男を愛し、様々なアプローチを仕掛けている。

そんなリアルギャルゲーの世界での俺・新庄雅人のポジション。
それすなわち『親友キャラA』なのである。



「ふぅ~・・・。朝から全力疾走させるなよなぁ・・・」
俺の隣の席に倒れこみ、開口一番呟いたのはもう何度も聞いたお決まりの台詞だった。
「ぜーたく者め。俺じゃなかったら殴ってるところだぞ、その台詞」
「はは、なんなら変わってやりたいくらいだよ」
―――少しイラッとくる。
ギャルゲ主人公のお決まりの台詞なんだろうが、実際に聞くとやはりこみ上げてくるものはあるようだ。
「トイレ入ったら里恵が鍵閉め忘れててさ。殴られて、支度遅れて、おまけに鞄を真紀菜ちゃんに隠されて・・・。
 たまには遅刻ギリギリじゃなく普通に登校したいってもんだよ」
本人は心底迷惑なんだろうが、俺をはじめ、一般男子なら羨む非現実的なシチュエーションを毎日体験している祐二。
こういった愚痴を聞くのは親友キャラの義務なのだろうが・・・。
「お前な、俺たち一般ピーポーからすりゃそういったイベントは一生に一度あるか無いかってくらいレアなんだぜ。
 間違って他の男子に喋ってみろ、フルボッコにされて海に沈められるぞ」
ははは・・・と笑う俺の口元は乾いている。
口ではこう言ったものの、いつ飛び掛って殴り倒すかわからないほどに俺の心はざわついた。
―――変わってやりたい? 普通に登校? 
願っても、祈っても、俺たち一般人にはそんな現実は訪れない。
ただただ空しくこの世界の1キャラクターとして生きていくだけ。
こいつの愚痴の一つ一つが、常人とは違う甘美な世界が、俺を益々惨めにしてゆく。
―――どうして、おれは、こんなせかいに、うまれた・・・。
「雅人?」
ハッと我に返る。
そう、いくら考えたところで答えなど出ない。賽は投げられ、物語は続いてゆく。
この世界に生まれてしまった時点で、俺は「ハーレム主人公の親友A」というピースとなって生きてゆかなくてはならないのだ。
「いや、なんでもねぇ。ほら、さっさと着替えようぜ。次は体育だ」
「うへぇ。また走るのかよ」


俺だって思春期の男だ。可愛い女の子と仲良くなって、たくさんお喋りして、あわよくば彼女を作って・・・。
ゲームみたいな日常じゃなくていい。
ただ俺は普通に、どこまでも普通に、高校生活を送りたかっただけなのに・・・。
結局、クラスはおろか学校の主な女子は皆祐二に目を向けた。
勿論、男の中には俺や祐二よりイケメンの奴はごまんといる。
そいつらはまだしも、俺の隣にはいつだって祐二がいた。
だからこそ、俺に目を向けてくれる子など、この学校にはいはしなかった。
「牧原く~~ん」
体育倉庫で用具をしまっていた俺たちに声を掛けたのは天然巨乳・岡村エリカだ。
「先生がね~、お片づけの手伝いをしなさいって~。だからはーちゃんと一緒に手伝いに来たんだ~」
後ろからはスポーツ少女・叶葉月がボール籠を引きながら入ってきた。
「2人より4人の方が早く終わるだろう。とっとと済ませてしまおう」
「はは、助かるよ。ありがとうね2人とも」
2人の顔がみるみる赤くなっていくのがわかる。なるほど、ベタ惚れとはこういうものなのだろう。
「ほら~牧原く~ん。そのコーン私が持ってあげるよ~」
「お前には無理だエリカ。どれ、貸してみろ」
「ちょ、ちょっと!? そんなに引っ張ったらっ! わぁっ!!」
ドシンッとマットに倒れこむ3人。そしてお約束にも岡村の胸や叶の尻に潰される祐二。一般男児には至福のイベントなのだろうが。
「・・・ごゆっくり」
祐二にとってはこれが日常。俺がいくら望んでも、羨んでも、起こることの無い現実。
自然と俺は体育倉庫を後にしていた。


「ったく、先に帰るなんて酷いよなー」
「だーから悪かったって。お邪魔かな? と思ってさ。空気読んだんだよ」
「どこがだよ! あそこは助ける場面だろー」
帰り道、俺と祐二の会話は先の体育倉庫の件で盛り上がった。
が、それは上辺だけ。俺の心は嫉妬で満ちていた。
―――助ける場面?
あの巨乳に顔面を埋めてもか?
引き締まった尻にのしかかられてもか? 
それでも助けて欲しいと?
俺だけじゃない、世の男子高校生ならあんな状況で助けて欲しいなんて絶対に思わない。
なのに何故俺を責める?
ちゃんと空気を読んだじゃないか。
3人だけにもしてやった。・・・普通なら感謝されて当然じゃないのか?
―――それとも自慢したいのか? 優越感に浸りたいのか?
「・・・っ!」
やめよう。
いくら嫉妬したところで何も変わりはしない。これが俺の世界。俺の役割。俺のポジションなのだから。
「兄さん」
と。
聞き覚えのある声が後方から聞こえてきた。
「やあ涼香ちゃん。今帰りなの?」
「あら、牧原先輩こんにちは」
ペコリ、と頭を下げ微笑む小柄な少女。俺と年子の妹、新庄涼香。
平々凡々なスペックの俺に似ず、学年トップクラスの頭脳と容姿を備えた1年のアイドル的存在だ。
おしとやかな振る舞いと絶やさぬ笑顔で1年はおろか、2、3年にもファンは多い。
そして、例に漏れず彼女もまた祐二に好意を寄せている一人である。
「そうそう兄さん、冷蔵庫が空っぽなの忘れていました。お買い物行くので荷物持ちに着いて来て下さい」
もっとも涼香から直接祐二が好きだと聞いたわけではないが、事ある毎に「牧原先輩とは末永くお付き合いを」と言われ続けている。
俺が祐二と仲良くしている限り、涼香にとって祐二はかなり近い存在となる。
特別な接点の無い涼香が自然に祐二と絡むことが出来る。
つまり、俺は完全に妹の恋路の出汁に使われているだけ。
家族からもピエロとして扱われる惨めなポジションというわけだ。
「・・・悪い、俺腹が痛いんだよな。すまんが祐二、手伝ってやってくれ」
「兄さん・・・?」
惨めだろうが、何だろうが。俺の信条は「空気の読める男」だ。妹の恋路は応援してやらなければならん。
何より、これ以上ここにいると泣き出してしまいそうな自分がいた。
兄としては迂闊に涙を見せるわけには行かない。
「ああ、構わないぞ。じゃあ涼香ちゃん、行こうか」
てっきり涼香の歓喜の声が聞こえると思っていた。
がしかし、声の代わりに強引に手を引かれ、ギュッと腕を絡められた。
「申し訳ありません牧原先輩。お気持ちだけ受け取っておきます」
もう一度ペコリと頭を下げて今度はギロリと俺を睨む。
「仮病を使ってもバレバレですよ兄さん。家の問題に他人様を巻き込む事は許しません」
「なっ・・・お前、せっかく俺がっ・・・!」
「それではお先に失礼します先輩。兄の無礼、本当に失礼致しました」
三たび頭を下げ、グイグイと俺を引っ張り商店街へ連れて行く涼香。
全く、小柄なこの体躯のどこにそんなパワーがあるのだろうか。



買い物を終えた頃には外は真っ暗になっていた。
そして家に向かい歩く道中、散々涼香にお説教を食らった。
「親しき仲にも礼儀あり。あんな真似は今後しないで下さいね」
基本的に自分の感情よりも体面を優先する涼香のことだ、先ほどの行為は我慢ならなかったのだろう。
こういった場合、いつもは素直に従っているものなのだが。
「・・・お前も俺を責めるんだな」
ポツリ、と頭の中の考えが口に出てしまった。
三歩ほど先を歩いていた涼香はピタリと足を止めこちらに振り返る。
「当然です。関係のない牧原先輩を巻き込んで褒めて貰えるとでも?」
俺はただ、涼香と祐二を二人っきりにさせようとしてやっただけなのに。
誰でもない、お前自身に一番感謝されると思っていたのに。
折角空気を読んでやったというのに。
どいつもこいつも・・・。
「・・・はっきり・・・言ったらどうだよ・・・」
「はい?」
「祐二のことが好きだって。俺に祐二との仲を取り持ってくれって」
抑えていた感情が関を切ったように流れ出す。
学校の誰からも、家族にさえもぞんざいに扱われた鬱憤が、言葉によって吐き出される。
「もう嫌だ! もうたくさんだっ! これ以上付きあってられるかよ!!」
買い物の荷物が落ち、野菜が地面に散らばった。それはまるで、綻び始めた俺自身の心に酷似していた。
「今までっ! ずっと俺は脇役に徹してきた! 空気を読んで! 気を使って! それで結局俺はどうなる!?」
「兄さん・・・」
「惨めで、羨ましくて、どうしようもなくて! だけどそれが俺の人生だと諦めて・・・だけどっ・・・だけど・・・」
知らぬ間に地面に膝をついていた。知らぬ間に涙が溢れていた。

なんで俺の世界は普通ではなかったのだろう。
普通に恋をして、普通に勉強して、普通に彼女を作って。
そんな当たり前な人生を、なんで俺には与えられなかったのだろう。
初めて好きになった女の子は、親友に惹かれていた。
次に好きになった女の子も、親友に惹かれていた。
次に好きになった女の子も、親友に惹かれていた。
それから2回告白して、二人とも親友が好きだと言った。
俺が好きになる女の子は、皆親友が好きだった。

彼になりたいと思ったことはない。そう、ハーレムの主人公になりたいだなんて思っていなかった。
ただ、俺は、普通に・・・普通の世界で生きたかった。
ギャルゲーの世界の登場人物としてではなく、もっと多くの一般人の一人として人生を歩みたかった。

―――どうして、おれは、こんなせかいで、いきている?

「消えたい」
もはや限界だった。
他人の、それも親友の幸せを願うくらいなら幾らでもやってやろう。だが、俺の幸せはどうなる?
自分が不幸のどん底に落ちてまで、他人の幸せを願う・・・。綺麗事の通るフィクションの世界では格好いい信念かも知れない。
だが現実は? 俺は? そんな事言えるのか?
「もう疲れた・・・」 
リセットしたい。
ここがゲームではなく現実だとわかっていても、俺はもうこの世界に居たくはなかった。


「言いたいことは、吐き出せましたか?」
温かかった。そして、いい匂いがした。
朦朧とした意識を覚醒させ、状況を確認した。
どうやら俺は涼香の胸に抱かれ、優しく髪を撫でられているようだった。
「人生なんて、思い通りにいかないものです。欠片ほどの幸せすら手に入らない人間なんて世界中に沢山溢れています」
誰かに抱きしめられるということが、これ程までに幸せな気分になれると思わなかった。
「そこへ行くと兄さんは幸せ者です。少なくとも1人、世界中の誰よりも愛してくれている人間が居るのですから」
腕に力を込め、更に強く抱きしめられる。
顔を上げる気力はなかったが、涼香が微笑んでいるのだけはわかった。
「大好きです、兄さん。だから消えたいだなんて悲しいこと、言わないで下さい」
枯れ果てたはずの涙がまた込み上げてきた。
幸せは、ここにあった。こんなに身近に、存在していた。
「ここからは兄さんが主人公です。一緒に進んでいきましょう? ね?」


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「ゆう君! お弁当忘れてるよ、はいっ」
「牧原君、今日はわたくしも手作りのお弁当をこしらえて来ましたの。味見してみて下さらない?」
「きししし! ゆーじは真紀菜とご飯食べるって約束したもんねー!」
4現目の授業が終わると同時に穂坂姉妹が、北条先輩が、我先にと祐二に詰め寄った。
これまたいつもの光景。そしてこの後秋元先生がこう言うんだ。
「あー、牧原。お前プリント提出まだだったな。飯の前に職員室に来い」
「だあああああっ! 勘弁してくれぇぇぇっ!!」
「はっはっは、今日は一段と女難の相が出てるな祐二。飯は俺が食っとくから安心しろ」
「てめっ雅人! 静観してないで助けてくれよぉ!!」
他愛無い会話。親友を取り巻くトラブル。
前までの俺だったらきっと耐えられなかったであろうこの日常風景も、今では心に余裕を持って眺めることが出来た。
幸せは、すぐ隣にあった。そうさ、他の幸せもこれからゆっくり見つけていけばいい。
主人公は俺だ、出来ないことなんてない!
「いよっ! 憎いぜRGM!」


夜、夕食を食べていた俺と涼香を尋ねて来たのは祐二だった。
いつものおちゃらけた雰囲気も、余裕の表情も消え、その顔はいつになく真剣そのものだった。
「話があるんだ」
差し出されたお茶もそこそこに、祐二は俺と涼香に向き直る。
「さっき、里恵と麗華先輩に告白されたんだ」
「おお!」
ついに祐二にも春が来たか。とはいえこいつの場合、常に新春だった気がしないでもないが。
「俺、優柔不断だろ? でも・・・俺真剣に考えたんだ。やっぱ自分の気持ちに正直になろうってさ」
「そ、そうか。で? ど、どっちに決めたんだ?」
ごくりと息を飲む俺。じっと見つめる涼香。口を真一文字に結んだ祐二。
一拍置いて、祐二が口を開いた。

「俺・・・さ。涼香ちゃんのことが好きだ」


ショックはなかった。
どちらかというと祐二に選んでもらえた嬉しさのほうが強かった。
コイツのいいところは誰より俺が一番良く知っている。
祐二なら大丈夫。涼香を悲しませるような真似はしない。
「ずっと前から気になってて。今回告白されて、初めて俺は涼香ちゃんのことが好きなんだって思った」
もじもじと顔を赤くさせながら祐二は語る。手は震え、声は擦れていた。
「涼香ちゃんが雅人を大切に思ってるのは知ってる。だから、これからは俺もその輪の中に入れてもらえないか・・・?」
彼なりの精一杯の告白なのだろう。きっとここに来るまで何度も練習したに違いない。
俺はもう前とは違う。今なら他人の、妹の幸せを心から祝福してやれる。
「涼香。祐二はこう見えていざって時に頼りになる奴だ。お前と祐二だったらこの先何があっても大丈」

「違う」

一気に。空気が変わった。
涼香の声はまるで別人のように低くなり、瞳の奥の光が消え失せた。
ユラリ・・・と立ち上がり、フラフラと戸棚のほうに歩いていった。
「え・・・と、す、涼香ちゃん・・・?」
「お前の答えはそうじゃない」
いつものおしとやかな振る舞いも、絶やすことの無い笑顔も消え、ブツブツと何かを呟き始めた。
「お前は『選んではいけない』。一生そのまま、お前が選ぶ道は、誰に付かずのハーレム世界」
声が出ない。祐二もそうなのか、いきなりの展開に脳が付いて行っていないのだ。
出来るだけ脳をフル回転させ、事態の把握を急いだ。そして、一寸速く脳が追いついたのは祐二だった。
「あ、あの。言ってる意味がわからないんだけど・・・」
「お前のポジションはそこではない、と言っている」
光の消えた瞳が真っ直ぐ祐二を捕らえた。
「兄さんの世界においてお前は『囮』だ」
「お、とり・・・?」
「お前の役目は、兄さんの周りの女を惚れさせる事。兄さんに悪い蟲が付かないようにする防虫剤」
祐二の顔がみるみる白くなっていく。俺も似たような顔なのだろうか。
「だからこそ、兄さんに常々言った。お前から離れるな、と」
「あ・・・えっと・・・?」
「『お前の世界』において私たち兄妹はただの脇役。ゆえに私はお前のゲームの攻略対象では無い。
 同時に。『兄さんの世界』においてお前は単なる防虫剤でしかない。兄さんのゲームの攻略キャラクターは私一人」
いつの間にか。涼香は祐二の目の前に迫っていた。虚ろな瞳を閉じることなく、吸い込むように祐二を見つめる。
「そして・・・。『私の世界』において登場人物は兄さんだけ。そう、私たちだけなの」

この時。俺は俺と涼香の間にある語弊に気がついた。
彼女は、涼香は俺を『そういう目』で見ていたという事に。
「大好き」とは家族としてではなく、異性としての愛だという事に。

涼香の手に、何かが握られていた。鈍く光るそれは・・・工芸用の小型ハンマーか?
身体が動かない。そして声すら上げられない。こんな一大事でさえ竦んで動けなくなる自分を呪うことしかできなかった。
「す、涼香ちゃんが雅人と2人で生きて行きたいって気持ちはわかったよ。でも・・・でもさ」
そして、こういった場面でちゃんと声が出せる祐二を改めて尊敬する。
凶器を目の前にしてもなおこういった度胸が備わっているのは流石主人公、といったところだろうか。
「2人だけじゃ生きていけないよ。人間は助け合って生きていくんだ。そうだろう?
 全部の人間は無理かもしれないけどさ、まずは俺を・・・君の世界の登場人物にしてくれないか?」
彼の愛は本物だ。豹変した涼香を前にしてこういった台詞を吐ける人間はそうはいない。


「それはつまり囮としてのポジションを放棄するという事か」

「え・・・?」

「使えないな、おまえ」

リビングに鈍い音が幾度となく響きわたる。
見てはいけないと頭ではわかっていても、俺の双眼は何度も叩きつけられ、ぐちゃぐちゃに潰されてゆく親友の顔に釘付けになった。

やがて、微かに反応していた彼の指の動きが完全に止まると、涼香はゆっくりと歩み寄り、俺の目の前にしゃがみこんだ。
「兄さん」
飛び散った肉片と、おびただしい程の返り血が付着した顔を拭いながら涼香は優しく微笑んだ。
「防虫剤、壊れちゃいましたね。でも大丈夫、これからは寄ってくる蟲は私が叩き落としますからね」
未だ瞳孔が開きっぱなしで、声すら発せない俺の頭を丁寧に撫でる。
この時俺は既に気を失っていたのだと思う。次に目が覚めたのは、翌日の夕方だった。


********************************************


「でもっ! ゆう君は新庄君の家に行くって!」
「せめて、雅人君にお話だけでもさせて貰えませんか?」
「やい涼香っ! ホントにゆーじは来てないのかっ!?」

玄関から聞こえる騒がしい声で目を覚ました。あの声は毎日聞いている。穂坂姉妹と北条先輩だ。

「兄は体調を崩しているのでお話は出来ません。牧原先輩も昨日は来ていません」

いや、涼香。祐二は昨日家に来たじゃないか。大切な話があるといって・・・いって・・・それからどうなったんだっけ?
とにかくみんなに話さなくちゃ。はやく・・・うーん・・・あれ? 身体が動かない・・・。
「全く、防虫剤が無くなった途端にこれだもの。ホントに鬱陶しい羽蟲共ですよね」
ギシ・・・と涼香がベッドに腰掛ける。涼香、と呼び掛けたつもりだったが、俺の喉から声は出なかった。
「兄さんの世界はいずれ蟲共に喰い荒らされてしまうでしょう。でも安心してください」
涼香の伸ばした左腕は俺の剥き出しの陰茎に触れた。
何で今まで気がつかなかったのだろう。俺は裸だったのか。
涼香はゆっくり、リズミカルに俺の陰茎をしごきながら右手で器用に衣服を脱いでいった。
何年ぶりかに見る、妹の裸体。最後に見たのは小学生の頃だったか。
動けぬ俺の身体に跨り、甘く、淫靡な口付けを済ますと、下半身の陰茎が何かに包まれていった。

「私の世界には私たち2人しか居ません。ここからは・・・『私が主人公です』」


                                       ――game start――

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最終更新:2010年08月04日 18:19
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