籠の中(その1)

38 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/04/09(月) 18:00:51 ID:cgAwCeoG
結婚するなら村のうち
もっといいのは近所同士
一番いいのは家のうち

南仏蘭西の古い諺だと云う。

僕は朝飯の準備をする妹――月ヶ瀬理理(つきがせ ことり)を見てそんな言葉を思い出した。
理理は良いお嫁さんになる。
それは、昔から言われていたことだし、僕もそう思う。
華奢で小柄な肢体。愛くるしい顔。柔らかなセミロングの髪という容姿も。
家事文武に秀でている能力も。
穏やかでおしとやかな性格も。
多分、妹は具現化した女性の理想像のひとつなのではないかと思う。
ただ、惜しいことに理理にはひとつだけ欠点がある。
兄思いなのだ。
それも度を越えた。
依存に近いブラザーコンプレックスの持ち主といっていい。
昔のことだ。
僕と理理は同じ部屋を使っていた。
寝食はもちろん、入浴も一緒。昔から仲が良すぎると云われてきた。
僕が中学に上がると、流石に部屋は分けたほうが良いと両親は決めたようで、食事の席で
そう告げた。僕はまあそんなものだろうと納得したが、理理は首を縦に振らなかった。
説得する両親にいやいやを繰り返し、僕に泣きながら縋り付いた。
困り果てた両親は僕に説得しろと命じた。理理は僕の云うことならば、何でも聞くからだ。
ところが、珍しく妹は承諾しなかった。同じ家の中なのに、お兄ちゃんと離れたくないと
泣き叫んだ。
結局、週に一度一緒に寝てあげると云う僕の案を呑んで解決したのだが、理理は勉強する
時も音楽を聴くときも、僕の部屋にいるので、あまり変わってないのかもしれない。なし
くずしてきに同じ布団で寝ることも多い。勿論、週一の「約束」とは別に。
理理は修学旅行に行ったことがない。
その日が来ると必ず熱を出すからだ。
普通、修学旅行の日が近づくとわくわくするものだが、妹は逆に沈んでいく。
「何日もお兄ちゃんと逢えなくなっちゃう」
そう云って落ち込み、精神的なものからか、必ず発熱→残留と云う形になる。
理理は友達も多くない。
元々大人しい性格なのに、放課後はまっすぐ家に帰り、家事に専念するからだ。
両親は仕事が忙しく、家事は兄妹で分担するのだが、年頃だというのに友人と遊ぶよりも
兄の世話を焼くことを喜んだ。
当然、彼氏もいない。
理理がもてることなんて、しょっちゅう紹介を頼まれる身としては嫌でもわかることだ。
勿論紹介なんてしないが、誰それが振られたらしい、誰々が狙ってる、なんて小学校の
時から何度も何度も聞いてきた。
けれど生まれてから現在まで、フリーである。理理がその気になれば、大抵の男は
落とせるだろうに。
つまり、本人にその気がないと云うことだ。
正直、兄貴としてはそれでは困る。
世話をしてもらうのは助かるし、慕ってもらえるのも嬉しい。理理に恋人が出来たら
寝込む自身もあるが、それはそれとして一人の人間として自立してもらいたいのだ。
家事万能で聡い理理ならば、能力的には充分だろう。となると、問題は精神だ。
両親などにはお前が甘やかすからいけないのだ、と度々叱られるが、僕だけの責任
ではあるまい。妹にいつまでも兄貴といられるわけではないと自覚してもらわなくてはいけない。
「僕が理理とずっと一緒にいてやる」
「大きくなったら、結婚しよう」
そんなことを云った男が昔にいたような気もするが、やはり問題は受け手による所が大きい
のではないか?
朝も早くから起き出して本格的な料理と手抜きのない弁当をつくり、心底嬉しそうに兄貴の
世話を焼く妹を見て、また複雑になる。

39 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/04/09(月) 18:03:05 ID:cgAwCeoG
テーブルにつく僕の前にはなんとも美味そうな和食。
僕が和食党だから、らしいが、気合の入り方が違う。漬物を自分で漬ける高校一年生など、
そう多くないのではないか。僕が当番をしていたときは、シリアルとか、パンと紅茶とか、
たまに目玉焼きとか、そんなものしか用意しなかった。態々魚を捌いて刺身にしたり、
出汁から拘って吸物を作ったりはしなかった。
しかし、毎日がこうである。
家事は当番制のはずなのだが、いつの間にか炊事・洗濯・清掃は妹が一人でやるようになった。
僕がやることといえば、ゴミ出しと日曜大工くらいで、寄り掛かること甚だしい。
甘えるわけにもいかない、と手伝いを申し出ても、自分がやりたいのだとやんわりと、でも
確実に断られる。
僕が駄目な奴なのか。妹に問題があるのか?はたまたその両方か。問題は深刻である。

妹が僕の髪にブラシをかけ、ネクタイを結ぶ。弁当を持って、外に出る。鍵をかけるのも
理理の仕事だ。
向かう先は同じ高校。妹の学力ならばもう少し上も狙えたはずだが、両親や教師の反対を
押し切って兄と同じ場所にしたらしい。
「じゃ、いくか」
「うん」
声をかけて歩き出す。
「そういやもうすぐテストだなぁ。お前は大丈夫か?」
「うん。大丈夫だと思う」
まあ平均点が95を下回ったことのない妹には愚問だろう。
「家事に時間とられてないか?なんなら、俺が少しかわるけど」
「そっちも大丈夫だよ。心配してくれるのは嬉しいけど、私がやりたくてしてることだから」
そう云って微笑む。言葉には一切の嘘がない。
「友達とテスト勉強とかしないのか?」
「そういう話はなくはないけど・・・・家事もあるし、場所もないから」
「ばか。テスト中くらい家事はやんなくて良い。それに、集まる場所ならうちにすれば良い
だろう?」
「え・・・?家?」
「ああ、お前のグループって三人だか四人だか五人だか、そのくらいだろ?だだっ広い家が
あるんだから、活用すべきだ」
「家は・・・ちょっといや、かな」
妹は眉をハの字に変えた。あまり乗り気ではないらしい。
「なんでさ?」
問うと、理理は僕を見上げる。
「・・・・見せたく、ないから」
「見せたくない?うちは別に見られて困るようなもんもないだろうに」
「あるよ。見せたくないもの。獲られたくないものが、私にはあるから」
真剣な顔だった。妹がこんな表情をすることは多くない。
「おいおい。獲られるって、お前の友達は盗人ぞろいか?」
茶化して聞いてみる。理理は困ったように目を伏せた。
「違うと、思いたいな。でも、お兄ちゃんカッコイイから」
「何でそこで俺のご機嫌取りに走る?」
欲しいものでもあるのか?そう聞いてやると妹は手を振った。
「あはは。そうじゃないよ。でも、・・・ぼう猫になられるのは嫌だから」
「ぼうねこ?なんだそれは?」
「なんでもないよ。そう云う訳だから、家はちょっと、ね」
そう云う訳と云われてもどう云う訳かサッパリわからないが、妹が本当に嫌がってることだけは
わかった。
「・・・・そっか。じゃあ気が向いたら使うといいさ」
だからこの話はここで御仕舞い。理理は「そうだね、そうするよ」と頷いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「じゃあここでな。勉強頑張れよ」
お兄ちゃんは笑顔で手を振りました。私も手を振り返します。背を向け、自分の教室へ
歩いて行く様子を見えなくなるまで見送ります。これで昼休みまでお兄ちゃんに逢えません。
憂鬱で死にそうになります。追いかけていって抱きしめたくなりますが、我慢しました。

40 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/04/09(月) 18:04:30 ID:cgAwCeoG
「おはよー、理理」
「おはよう。紗枝(さえ)ちゃん」
教室に入ると一応の友達の紗枝ちゃんが挨拶してきました。彼女はいつも早いです。
「もうすぐテストだよー。やばいねー」
席に着いた私に、紗枝ちゃんが話しかけます。こういった話題は年中行事なので、返す言葉も
変わりません。
「そうだね。頑張ろう?」
「理理は出来がいいから頑張んなくていいじゃん。それに、いざとなれば真理(まこと)さんに
教わればいいんだし」
真理。
私の、お兄ちゃんの名だ。
お友達とはいえ、紗枝ちゃんなんかが口にしていい単語ではないはずです。
「お兄ちゃんはお兄ちゃんのお勉強があるから、邪魔できないよ」
こういうとき、いつも笑顔を作るのには苦労します。
「邪魔になるかなー?真理さんの性格だと気にせず教えてくれそうだけどな」
だから、気安くあの人の名を呼ばないで。
「私もあんなお兄ちゃん欲しかったなぁ」
お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなの。
紗枝ちゃんのものじゃないんだし、紗枝ちゃんなんかが望んでいい存在じゃないの。
あの人を兄にするってことは、あの人の妹になると云うこと。
それは私の居場所を奪うと云うことだ。
本当に不愉快な発言。
“あの女”を思い出す発言。
今も私の居場所を狙う『偽妹』を思い出す唾棄すべき言葉だ。
「理理は良いよね、優秀だし、素敵なお兄さんがいて」
「私はともかく、お兄ちゃんは優秀で素敵だよ?」
「あー。はいはい。ブラコンご馳走様。で、その“素敵なお兄ちゃん”はまた記録伸ばした
みたいね」
「記録?」
「そう。記録。理理、テニス部の峰屋(みねや)先輩知ってる?」
私は頷いた。私たちのいっこ上の先輩で、美人でもてると云う話。このクラスにも憧れている
男子が数名いるくらいだ。
「・・・真理さんにコクって、振られたらしいよ」
紗枝ちゃんは小声で云った。
「え」
私は、呆ける。
あの女、私のお兄ちゃんに手を出そうとしていたのか。
怒りがこみ上げてくるが、それを飲み込む。所詮は負け犬だ。お兄ちゃんがあんな女に靡く訳もない。
「この学園のアイドル達を悉く袖にするなんて普通じゃ考えられないもんねー。流石は“撃墜王”」
「撃墜王?なぁに、それ?」
「真理さんの異名。アタックする子がみんな叩き落されるから。ちなみにアンタは“不沈艦”。
難攻不落の月ヶ瀬兄妹の名は、他校にも知れ渡ってるからねえ」
「そういう渾名はちょっといやだなぁ・・・」
「でもさあ、ブラコンの理理はいいとして、なんで真理さんは恋人つくんないのかな?
もしかして、付き合ってる人でもいるのかな?」
「――いないよ。そんなの」
気分の悪くなる冗談を口にするな。目玉を抉るぞ。
「まあそうだよねぇ。彼女いたら、妹と戯れてる時間ないもんね」
紗枝ちゃんは笑います。
この娘は空気を読めないので、悪意なく失言を繰り返すんです。
死ねば良いのに。

レベルの低い教師による授業と、退屈な休み時間を耐えて昼休みになりました。
私はお弁当を抱えて中庭へ走ります。学校にいて一番楽しい時間がここなのです。
「お兄ちゃん」
「おう。おつかれ」
大好きな人が、そこにいます。
私の作った、私の混じったお弁当を広げて、お兄ちゃんが手を振ります。
二人だけで過ごす、一番幸せな時です。

41 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/04/09(月) 18:05:45 ID:cgAwCeoG
雌猫達は、ここに同席したがります。
でも、そんなことは許しません。至福の時間を自分で汚す莫迦はいないでしょうに、
あの子達はそれがわからないようです。
お兄ちゃんはいつものように涼しげな笑顔で私を見てくれます。お兄ちゃんの顔って、
とっても綺麗なんですよ。
お兄ちゃんと話して、お兄ちゃんといただきますをします。
お兄ちゃんは私の作ったお弁当を美味しそうに食べてくれます。
私はその様子を見るのが大好きです。
(それは私の唾が入ったもの)
(それは私の血が入ったもの)
(それは私の皮膚が入ったもの)
(それは私の愛液が入ったもの)
一品一品、口に運ばれていくおかずを心で解説します。
ああ・・・私自身も食べて欲しいのに・・・・・。
「理理」
見つめているとお兄ちゃんが私を見ました。
「今日ちょっと遅くなるかもしれない。まあ、なるたけ早く帰るけど」
お兄ちゃんはお友達との付き合いがあると、帰りが遅くなります。多くの場合夕方には
帰ってきてくれますが、やはり寂しいです。でもお兄ちゃんを困らせるわけにはいきませんので、
了承しました。
これで夕方から夜まで、愛しい人に逢えなくなる訳です。
お兄ちゃんの「お友達」、少し数を減らしたほうがいいかしら・・・。
バランスを考えると、「間引き」って必要なんですよ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

メールがきたのは授業中のことだ。
『放課後 逢えますか?』
シンプルに、それだけ。
差出人の名前を見て、僕はやれやれと呟いた。
『おk』
そう送ると、駅前で待ち合わせ、と返ってきた。
それで、駅前に立っているわけだ。
『困り果てる両面宿儺』像は僕たちに限らず、待ち合わせで使われる。僕もそこにいるが、
相手がまだこない。学校からの距離を考えると、こちらのほうが早くなるから仕方ない。
ただ突っ立っているのは勿体無いので、本を読むことにした。
暫く目を落としていると、
「に~いさん。おまたせっ」
甘い声が響き、腕に手を回された。
「ん。待ったぞ」
まだ五分と経っていないがそう云って本をしまう。
待ち合わせをしているであろう男たちが、皆こちらを、否――こいつをみている。
それはそうだろう。
名門私立の制服を着た、すごい美少女がいるのだから。

月ヶ瀬聖理(つきがせ さとり)。

父方平行従妹で、僕にとってはもう一人の妹だ。
小柄な理理よりも背は低いが胸は大きい。
あいつは垂れ目で、こいつはツリ目だ。
声質はややたかめのメゾソプラノで、歌が上手い。ちなみに理理はアルトである。
顔立ちは従姉妹だから似ているが、穏やかな雰囲気の理理と違って、聖理には明るさが
具備されている。
まあ一言で言うと、可愛い、のである。
「えっへっへ~。にいさん♪兄さん♪」
ぐりぐりと腕に抱きついてくる。その度にグニグニとましゅまろが形を変えた。
「こら。離れなさい」
「や~ですよ~だ」

42 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/04/09(月) 18:07:52 ID:cgAwCeoG
嬉しそうに纏わり付く。子供もころからまるで変わっていない。
僕は抵抗を諦めて従妹の少女に話しかけた。
「で。今日はなんか用があるのか?」
「ん~?“にいさん分”を補給しに来たんだよ~」
ごろごろと懐いて来る。悪い気はしないが、やっぱり流石に周囲の視線が痛い。
「ちょっとで良いから、離れてくれ・・・」
「駄目だよ。にいさんの体中に聖理の匂いをつけるんだもん。嫌な臭いを上書きしなきゃ」
「え!?俺、臭いか!!??」
すんすんと自分を嗅ぐ。体臭には気を使っているはずなんだが。
「にいさんは臭くないよ。近くにあるものが問題なの」
「は?近くにあるもの?」
僕は『困り果てる両面宿儺』像を見上げる。
「あはは。そっちじゃないよ。とりあえず、行こ?」
組んだ腕を引っ張って歩き出す。
「お、おい、どこ行くんだ?」
「デート。素敵なお店があるんだ♪」
そのまま連れ去られる。鼻面をとって引きずり回される、と云った方が近いかもしれない。

その後、あちこちのお店を回った。
なんだかんだ云っても聖理といるのは楽しい。
会話も面白いし、互いの好悪を知り尽くしている。何より大きいのは親族ゆえの気の置けなさ
だろう。
規律に厳しいはずの名門私立の制服を着たまま遊び歩く従妹に連れ回され、気づくと日も沈もう
という時間だった。
「聖理、そろそろ帰らないと」
「えー。久しぶりに逢ったんだから、もう少し遊んでよ」
「駄目だ。もう暗くなる」
僕は首を振る。
「じゃぁ・・・・」
僕の服をキュッと掴んで、上目遣い。
「聖理のおうちで、晩御飯食べていって?」
「無理だよ。理理を一人には出来ない」
僕がそう云うと、大きな瞳がじわりと歪んだ。
「ひ、酷いよぉ。にいさんはいつもいつもコトリ、コトリって、あの子ばかり優先する・・・」
「いや、そんなことは・・・・」
「聖理だって、にいさんの妹なのに、にいさんはいつも一緒の妹ばかり気にかけて、たまにしか
逢えない私のことは・・・全然・・・・」
ぽろぽろと泣き出す。
「あ、ああ、泣くなって。俺は聖理のこと大事にしてるだろう?」
「してないよ・・・!コトリ、コトリ、コトリ、コトリって、そればっかりだもん!たまのお食事に
誘っても、今日みたいにコトリ、コトリって・・・」
泣きながら抱きついてくる。
僕は頭を掻いた。
「わ、わかったよ。今日は聖理といてあげるから」
「ほんとう?」
目を輝かせて見上げてくる。
たまのことだし、仕方がない。
僕は頷くと、ケータイを取り出した。2回のコールで実妹がでる。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
少し心配そうなアルトボイス。この時間では帰宅していることが殆どだから、気にしていたのだろう。
「あ~、遅くなってごめんな」
「ううん。良いの。お兄ちゃんにも付き合いはあるだろうし、少しなら、我慢できるから」
早く帰ってきてね。言外にそう云っているのがわかった。だから、云いづらい。聖理に目をやると、
僕にしっかり抱きついて、服をぎゅうぎゅうと掴んでいる。
「晩飯のことなんだけど」
「うん。もうつくってるけど、何かリクエストがあった?」
「いや。悪いけど、晩飯は済ませてくるから今日は食べられない」
「――え?」
虚を突かれたような妹の声。それはそうだろう。僕が晩御飯までに帰らないことはまずないのだから。

43 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/04/09(月) 18:08:47 ID:cgAwCeoG
「お兄ちゃん、どうして?」
驚くように問い返す。説明しようとすると、聖理が手を伸ばした。かわってくれということだろう。
「ちょっと待って理理。今、かわる」
「かわる?」
従妹に手渡す。
聖理はツリ目をキュッと細めて、ケータイを耳に当てた。
「こんにちは、コトリ。ううん。今晩はかな?」
(あれ?)
俺は首を傾げる。聖理の声って、こんなに冷たかったろうか。
「さ、さとり・・・・ちゃん?」
驚いたような妹の気配。聖理はくすりと笑うと、ケータイを持ったまま僕に抱きついた。
「うん。私だよ。久しぶりだねぇ」
「・・・・・・・・・・」
「どうしたの?挨拶もできないのかな?」
「・・・・・ひさし、ぶり・・・だね・・・・」
搾り出すような声。聖理はふっと笑う。
「いま私、にいさんといるの」
「っ・・・・・」
「そして、これからも、にいさんといるの」
「・・・・・」
「あれ?聞こえてないのかな?コトリ、聞いてる?」
「聞こえ、てる・・・よ・・・・」
「そうだよねえ。こっちには歯軋りの音がきこえたもん。いつも私が鳴らしてた音だけど、
貴女が鳴らすと格別だね。あははっ」
聖理は嬉しそうに笑う。
何だろう、なにか良くない空気が流れている気がする。
「・・・どうして、さとり、ちゃんがお兄ちゃんといるの?」
「どうして?私だってにいさんの妹だよ?デートくらいふつうでしょう?」
「・・・・デー・・・・・ト・・・・」
「そう、デート。今日一日、すごく楽しかったなぁ・・・・。にいさんとっても優しいから、
私凄く幸せだったよぉ。ああ、まだデートの途中だった。これからにいさんは私のおうちに
来るんだもの」
「・・・・・・・・・・」
「コトリ、今日は無口だね。どうかしたの?」
「・・・・駄目」
「駄目?何が駄目なのかな?」
「お兄ちゃんを、返して」
「返して?まるでにいさんが自分のものみたいな云い方だね。にいさんはコトリのものじゃないし、
にいさんの妹は貴女だけじゃないんだよ?それなのにいつもいつもにいさんを独占して、
私がたまにデートして貰うと“返して”?コトリは少し傲慢なんじゃないのかなぁ?」
ねえ、にいさん?暗い瞳で僕を見上げる。
何か良くない。
そう思った僕は聖理からケータイを取り上げた。
「そ、そう云う訳だから今日は晩飯いらない。なるたけ早く帰るから、悪いけど今日は・・・」
「嫌!待ってお兄ちゃん、いかないで、理理を一人にしないで!」
泣き叫ぶような実妹の声。
申し訳ないと思いつつも、聞こえない振りをして電話を切った。
(泣かしちゃったよなあ・・・)
なぜあんなに嫌がっていたのかはわからない。が、酷く罪悪感がある。
けれど、たまにはこちらの『妹』にも構ってやらねば、兄として公平ではないだろう。
「にいさんは、聖理を選んでくれたんだよね?」
嬉しそうに少女が云う。
「莫迦。どっちを選ぶとかじゃない。かわりばんこに相手するだけだ」
「かわりばんこ?ふぅん・・・・」
従妹はふっと笑った。時々、この娘には妙な色香がある。
「じゃあ、コトリと過ごして来た分の時間を、これからは聖理が貰っていいんだよね?」
そう云って頬をすり寄せる。
僕が呆気にとられていると、聖理は腕を回し、指を絡めてきた。
「行こう、にいさん。私たちのおうちに。まだデートの途中なんだから」
従妹は楽しそうに笑う。けれど何故だろう。僕は笑うことが出来なかった。

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最終更新:2007年11月01日 00:27
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