246 正義少年と悪ノ姉 (1/3) ◆6AvI.Mne7c sage New! 2009/08/07(金) 08:18:26 ID:rQ+D7PT7
「おーっほっほっほっ……! さあ、かかって来なさいひー君っ!」
「真央(まお)ねえ……、あんたって人は――うおおおおおおっ!」
ここは俺の通う中学校にある、体育棟第3剣道場の練習場。
いま俺達は、互いの大切なものをかけて、闘っているんだ。
おっと、紹介が遅れた。俺の名前は中荷平英雄(なかがひらひでお)。
今年14歳の、思春期真っ盛りの中学生男子、とりあえず剣道少年だ。
「うふふ、あははははっ♪ 楽しいっ、すっごく楽しいよひー君!?」
「うるせぇっ! 早く墜ちて、灯萌(ひめ)ちゃんを返しやがれ!?」
俺の全力の打ち込みを、狂気の表情で高笑いをあげながらいなす女。
彼女こそが俺の実の姉――真央ねえで、俺の自慢の姉――だった。
成績優秀、容姿端麗、性格美人、運動神経抜群etc……。
とにかく、極度のブラコンという悪癖を除けば、最高の女性だ。
けれどその悪癖のせいで、いま俺は真央ねえと闘う羽目になっている。
俺は1週間前から、同じクラスの灯萌ちゃんに、デートを申し込んでいた。
彼女は男子からの誘いを全て断る、いわゆる『固い女』で、同時に魅力的だった。
だから、俺は持てる全てのスペックと努力と根性で、彼女に何度もアタックした。
その成果あって、なんとか今日の休日に、一度デートをしてもらえることになった。
そして喜び勇んで待ち合わせ場所に行って――今回の真央ねえの犯行が発覚した。
灯萌ちゃんは何故か弟さんと一緒に真央ねえに攫われ、どこかに監禁されてしまった。
彼女(達)を助けるには、真央ねえから監禁場所の情報と鍵を奪わなければならない。
「なんで――なんでこんな馬鹿な真似をしたんだ、真央ねえっ!?
俺が何か悪いことをしたのか!? なんでこんな非道を働くんだ!?」
半ば悲鳴のように問い詰める俺。対して真央ねえは笑いながら答える。
「違うよひー君全然違うよっ!? 私はひー君が世界で1番大好きなの!
むしろ犯したいくらい愛してるから! だからあの女を引き離したの!」
「くっ……狂ってやがるぞ真央ねえっ!? あんたは――」
「うふふあははは♪ 何とでも言いなさい、もう止まらないもん♪
彼女とついでに弟君を助けたければ、私を倒して見せなさい!?」
とにかくハイテンションで楽しそうな真央ねえに、真剣に竹刀の切っ先を向ける俺。
真央ねえは中学入学前まで、そして俺は現役で剣道を習っている。
今は2年以上のブランクがあるものの、引退までは県大会優勝を誇っていた真央ねえ。
対して俺は、小中学校ともに県ベスト4の成績で、当時の真央ねえに今一歩及ばない。
この勝負は、竹刀剣道による、無制限の無限勝負。打ち合って倒れたほうの負け。
俺が勝ったら、灯萌ちゃんの監禁場所と鍵の在処を教えて、2度と邪魔をしない。
俺が負けたら、灯萌ちゃんと今後は会話さえ許されず、身の安全も保障されない。
ちなみにこの条件を提案したのは、他ならない真央ねえだ。
「……っ! ぐぁあっ!?」 ――ビシッ! パシィン!
「……んっ! きゃん!?」 ――バシィッ! ミシィ!
時間が経つにつれて防御が乱れ始め、互いの竹刀が互いの身体を打ち始めた。
制限時間のない勝負で、俺も真央ねえも体力が切れ、互いに攻撃を避けられない。
当然避けられない攻撃は、全て互いの身体に入り、さらに体力を奪っていく。
このままではジリ貧――果ては相討ちか――それはあまりよくない展開だ。
真央ねえのほうもそれを感じ取ったのか、突然竹刀の間合いから離れていく。
そして正眼に構えて、従来の剣道の型に、綺麗に構えなおす。
「このままじゃあ埒があかないし、お互い疲れるだけで不毛だもんね?」
「ああ、だから真央ねえは、剣道本来の一撃の型に構え直したんだろ?」
俺の科白に、口元で微笑むことで応える真央ねえ。
その表情を見て、俺も真央ねえのように――基本の型に構えて向き合う。
結局のところ、俺も真央ねえも最後の最後で剣道バカだったようだ。
「さあ、来なさいひー君! この一撃で最後にしましょう!?」
「言われなくても――そのつもり、っだあああああああっ!?」
俺の掛け声とともに、道場が軋み――両者の影が一直線に交錯した。
247 正義少年と悪ノ姉 (2/3) ◆6AvI.Mne7c sage New! 2009/08/07(金) 08:19:57 ID:rQ+D7PT7
かくして、決着は着いた。
第3剣道場の木製の床板に立っていたのは、満身創痍の俺だった。
真央ねえは、同じく満身創痍で、道場の床に仰向けに倒れている。
「かふっ……、強くなったわね、ひー君――いいえ、英雄君。
この私が倒れるまで、竹刀を打ち込み続けられたなんて……」
「ぜぇっ、はぁっ……、ただ単に今回は、運がよかっただけだ……!
次にもう1回同じ条件でやったって、今度は勝てるかどうか……」
さっきまで本気で打ち合っていたけれど、やっぱり俺達は姉弟だ。
どこか心の底では憎みあえなくて、ただの喧嘩の後みたいな感じだ。
「――仕方ないか。はい、英雄君。これがあの2人のいる倉庫の鍵だよ。
2人はここから離れた新体育館の地下倉庫に監禁しているわ……」
「――ああ、真央ねえありがとう。ちゃんと約束を守ってくれて。
これから彼女を助けて――今度こそデートに行ってくるよ!」
「そっか、やっぱり悔しいな……! 私が英雄君を止められなくって。
まあでも、これからいろいろあるだろうから、がんばりなさ――」
「じゃあ、ごめんよ真央ねえ。俺もう行ってくるよ!」
そう言って、まだまだ喋りたそうな真央ねえの会話を遮って、俺は走り出す。
「ってもう、人の話をいっつも聞かないんだから……!」
最後に愚痴った真央ねえの声を尻目に、俺は灯萌ちゃんのところへ向かった。
― ※ ― ※ ― ※ ― ※ ― ※ ―
剣道場の冷たい床に身をまかせながら、私は1人ほくそ笑む。
「……うふふ、ふふふ♪ 久々に燃えちゃったよ~♪
やっぱりひー君と本気でぶつかるのは楽しいな~♪」
ひー君が道場から出て行ったのを確認し、私は懐に手を伸ばした。
取り出したのは、何の変哲もない携帯電話。私はそれである相手に連絡する。
急がないと、ひー君がソコに到達したら、もう連絡が取れなくなる。
はたして、私からの連絡は思った以上に早く相手に取ってもらえた。
「ああ、こんばんは真央さ――いいえ、中荷平先輩?
どうですか? 連絡をくれたということは、そちらの首尾は――」
「ええ、大丈夫よ灯萌ちゃん。予定通り私が負けたわ。
だからそちらに今、ひー君が向かっているはずよ?」
そう、電話の相手は私に監禁されているはずの、灯萌ちゃんだった。
「そうですか。それで、中荷平先輩? ちゃんと鍵は渡してもらえるんですよね?
わたしの大切な弟――王司(きみもり)君につけた、貞操帯の鍵のことですよ?」
「ええ。心配しなくても、ちゃんと鍵束に紛れ込ませてあるから。
ひー君が持ってきた鍵束に、青色の鍵がついてるから、それを使ってね?」
実は今回、灯萌ちゃんを脅すにあたり、まず餌として弟の王司くんを攫った。
そしたら、ちょっとひー君に似てたし、ずっと涙目で「灯萌ねえ」って泣いてて――
気が付いたら下半身を剥いで、アナルバイブを突っ込んで貞操帯をつけてやっていた。
ごめんねひー君。ひー君に手を出す前に、ちょっとだけ浮気――脱線しちゃって。
でも本当に好きなのはひー君だけだから、この件は拷問の一種と思って見逃してね?
それにこの一件(のおかげ?)で、私の作戦があっさり上手くいったんだし。
なんせひー君を諦めさせるために、昨日灯萌ちゃんを脅そうとして――
「さあ灯萌ちゃん、この哀れな王司くんを助けたければ、私のひー君を」
「貴女の弟さんはいらない。この可愛い王司君を、さっさと解放して?」
まさかたった数秒で、私の思惑が半分成功するとは思わなかった。
「中荷平先輩、わたしは貴女に少しだけ、感謝をしているんですよ?
貴女が弟さんを盗られまいと、わたしと王司君を攫ってくれたことに。
そのおかげで、わたしは王司君への恋心に気付けて、幸せになれたんですから♪」
電話の向こうには、いつもの私のような、仄暗い笑みがあるに違いない。
実の弟を愛した者――その愛に殉じる覚悟を決めた者特有の、狂気。
私も持っているものを、彼女はたった一晩で、容易く手に入れてしまっていた。
248 正義少年と悪ノ姉 (3/3) ◆6AvI.Mne7c sage New! 2009/08/07(金) 08:21:31 ID:rQ+D7PT7
「そりゃあ最初は貴女を恨みましたけど――まあ当然ですよね?
わたしが弟さんに告白されたことを知って、王司君に接近したでしょう?
そして言葉巧みに王司君の興味を引いて油断させ、連れ去ったでしょう?
嫌がらせのように、貞操帯とアナルバイブで、王司君を虐めたでしょう?
王司君は今回、特に何もしていないのに……。貴女は本当に酷い人です」
わたしが自分でやりたかったのに、という感情が電話越しに伝わってくる。
ひー君を愛する私が言うのもなんだけど、この娘も大概狂っている。
まあでも、と彼女は続けて、電話越しの私に言い放った。
「酷い目に遭っていた王司君を眼にしたおかげで、やっと気付けました。
わたしは王司君が好き、愛してる。彼を誰にも盗られたくないって。
それに貴女の弟さんのこと、わたしはそんなに好きじゃない、って」
私のひー君に好かれておいて、よくそんな酷いことを言えたものね……?
灯萌ちゃんの勝手な言い分に少し腹が立ったけど、まあ冷静に聞き流す。
相手が勝手にひー君のことを諦めてくれるのなら、とても楽で助かるし。
今までみたいに、いちいち恋慕相手にプレッシャーをかけずに済むから。
今までみたいに、わざわざ暗い夜道で、滅多打ちにしないでも済むから。
「うふふ、目の前の鉄製扉の向こう側から、何やら叫ぶ声が聞こえてきました。
たぶん貴女がこちらに送り込んだ、貴女の弟さんがそこにいるんでしょうね?」
電話の向こうの彼女の声に、若干の悪意と敵意が混じった――気がした。
元はと言えば、私がひー君を取り戻すために、一連の誘拐を企んだせいだろう。
まったく、彼女がクラスメイトのお姫さまだなんて、ひー君も見る目がないなあ。
こんな女にひー君を渡したら、ひー君絶対不幸になってたと思うよ?
「もうすぐ倉庫の扉が開いて、貴女の弟さんは嬉しそうに、わたしに近づくでしょう。
中荷平先輩には悪いけれど、トラウマになるほど完膚無きまでに、フッてあげます。
なんなら弟さんの目の前で、貞操帯を外した王司君と繋がってみせてあげようかな。
あとは貴女の思うまま、弟さんを慰めるなり、拐かすなり、ご自由にしてください。
それでは、もう二度と中荷平先輩と話すことはないでしょうから、さようなら……」
何か――おそらく携帯――を握りつぶす音が聞こえて、やがて通話が切れた。
とりあえず、あとは彼女に――灯萌ちゃんの王司君の愛情に任せるだけ。
灯萌ちゃんがひー君から鍵を奪って、ひー君をフってくれるのを待つだけ。
ひー君はたぶん悲しむでしょうけど、それはもうどうしようもないことね。
ひー君が惚れていた女が、たまたま実の弟を愛する変態娘だったんだから。
「ひー君は昔から、悪を倒す正義のヒーローにあこがれていたものね?
でも残念だけど、現実には絶対の悪も、絶対の正義も存在しないの。
今回みたいに、助ける女の子のほうが、酷いヤツだったりもするのよ?」
そして私はひー君のために、それを隠したままで邪魔しようとしただけ。
私があの女を攫ったのは、あんな女にひー君を壊されたくなかったから。
「まあ今回は、ひー君にとっていい勉強になったでしょうね」
正しいものも、中立のものも、たやすく『悪いもの』に移り変わることを。
そして、どんなスタンスでもひー君を守れる、私という存在がいることを。
私だけは、正義でも悪でも中立でも、変わらずひー君の味方でいてあげる。
だからひー君も、他のあやふやなものは捨てて、私だけを見ていて欲しい。
「……つつ。けどひー君も、やっはりオトコノコなんだよね?
手加減なしで打ち込まれたから、痛みが全く引かないんだもん……」
自分で打てる策を打ち尽くしたら、なんだか全身の痛みがぶり返してきた。
まだ時間がかかると思うので、冷たい道場の床に、傷む身体を預けて眼を閉じた。
――今度眼が覚めた時に、フラれたひー君が泣きついてくれることを祈って。
― Neither the justice nor the evil matters ―
最終更新:2009年08月10日 21:30