籠の中(その2)

67 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/04/10(火) 20:26:08 ID:Fs3hrXUi
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膝を抱える。
こうしていると、いつもお兄ちゃんが話しかけてくれた。
「どうした?理理」
柔らかい笑顔で。低く澄んだ声で。優しい瞳で。
でも、今はそれがない。こうしていても、お兄ちゃんは来てくれない。
“あの女”
あの偽妹が、私の温もりを持って行ってしまった。
「理理は綺麗な声をしてるね」
昔、まだお兄ちゃんと同じ部屋にいたころ、あの人はそうやって褒めてくれた。
私はそれが嬉しくて、お兄ちゃんの前でだけ、歌うようになった。
「理理はほんとに上手だなあ。歌手にでもなれるんじゃないか?」
その言葉が嬉しかった。
将来はお兄ちゃんのお嫁さんになるから、歌手になるつもりはなかったけれど、私の歌で
あの人が喜んでくれる。私の歌で二人でいる時間が密になる。私の歌で繋がりが出来る。
それが嬉しくて、歌の練習もした。
それなのに。
私の真似をして歌を歌った“あの女”が、全てをぶち壊してくれた。
笑いながら私の歌を聴いていたお兄ちゃんは、“あの女”の歌を聴いてから、偽妹ばかりを
褒めるようになってしまった。
「聖理はすごいな!こんなに綺麗な歌声は聴いたことがないよ、なあ、理理」
興奮気味に私に話しかける。
ねえ、さとりちゃん。
それがどんな気分だったかわかる?
よりにもよって一番大好きな人が、一番大嫌いな人を褒めるの。
偽者の引き立て役にされた私の気持ちが、貴女にはわかる?
笑いながら頷くことが、どれだけ大変だったか。
それ以来、私は歌えなくなったんだよ?
私から歌を奪った偽者は、お兄ちゃんと逢うたびに、その行為で気を引いた。
偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。
偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。
偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。
偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。
偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。
偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。
私のお兄ちゃんを奪おうというのか。

私はお兄ちゃんが大好き。
だからお兄ちゃんに近づく女は許せない。
なかでもね、さとりちゃん、貴女は格別に許せない。
お兄ちゃんだけでなく、私という存在すらも奪っていこうとするさとりちゃんが、本当に許せない。
私はお兄ちゃんがいないと生きていけないのに、あのひとを獲ろうとするの?
私から歌を獲ったのだから、それで充分でしょう?
貴女は私たちの前に現れる度に、お兄ちゃんを奪っていった。
「聖理も大事な妹だからね。たまに会う時くらいは甘えさせてあげないと」
繋いでいた手を離し、偽者と寄り添う。
私は後ろから仲の良い偽の兄妹を見つめるしかないの。
さとり『も』?『も』ってなぁに、お兄ちゃん。
貴方の妹は、私だけだよ?
唯のイトコのくせに、妹として振舞う。
唯のイトコのくせに、あの人を兄と呼ぶ。
「にいさん」?
にいさん。にいさん。にいさん。にいさん。
なに、それ?
貴女は他人でしょう?
そんな風に呼ぶ権利はないのよ?
寂しいよ、おにいちゃん。
理理は暗くて冷たい籠の中にいるの。
私はお兄ちゃんという心の餌がないと、すぐに死んじゃうんだよ?

68 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/04/10(火) 20:27:12 ID:Fs3hrXUi
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月ヶ瀬聖理は暗い籠の中にいた。
父は有能な人で、無手から事業を始め、成功させた。
私が生まれるころには大きな家と、抱えきれない大量の仕事を手に入れていた。
母の為に働き、働きすぎて母に構えず、仕事の為に母をなくした。
物心ついた時から私は一人。
家族の温もりなんかなくて。
世話をするだけの人がいて。
寂しさがあたりまえの人生で。
自身の罪悪感を埋めるための、玩具と云う名の自己満足を押し付けられた。
しっていますか、とうさん。
玩具って、人と遊ぶためにあるんです。
どれだけあったって、一人じゃ意味がないんですよ。

私には家族がいなかった。
友達もいなかった。
父の意向で名門の幼稚舎に入った。
私は出会いを信じて門を潜る。
けれどそこにあったのは、新参を成金と蔑む冷たい瞳だけ。
子供たちの親が、そんな目で私を見て。
その子供たちがそれに習う。
出会いを信じたその場所は、何もないどころか蔑視と嫌がらせの楽園だった。
まだ、生まれて数年なのに、私、死のうとしたこともあるんですよ?
冷たいがらんどう。
暗い鳥籠。
私を囲むものはそれしかない。
そう、思っていた。

ある日、父の許を男が訪ねた。
父に似たその人は、父の兄――伯父だと云う。
何のようで来たのかは知らない。いや、それどころか、いままで親戚が「在る」ことすら
知らなかった。
何か難しい話をしていたが、私には関係ない、いや、関われないことだ。
なにもかわらない。そう思って、庭へでた。
そこに――あの人がいた。

笑顔。
あの人がくれたもの。
温もり。
あの人が感じさせてくれたもの。
家族。
あの人がなってくれたもの。
あの人は、私の人生に意味をくれたのだ。

「じゃあ僕が、今日から、聖理ちゃんのにいさんになってあげるよ」
その言葉に、どれだけ救われたか。
その言葉がどれだけ嬉しかったか。

あの人――にいさんは本当に優しかった。
『私』と云う存在を見てくれる。
『私』と云う存在を認めてくれる。
偉いねと私を褒めてくれる。凄いねと頭を撫でてくれる。傍にいてくれる。抱きしめてくれる。
にいさんと過ごす時間は本当に楽しかった。
父の用事で度々やってくるそのときがだけが、私の楽しみであり、全てだった。
コトリ。
にいさんの口から良く聞かされる『本物』の妹。
楽しそうに。誇らしげに。にいさんはその娘を語った。

69 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/04/10(火) 20:28:06 ID:Fs3hrXUi
多分、私はその娘に嫉妬していたのだと思う。
にいさんと一緒に暮らせることに。にいさんの心を占めていることに。
でも、でもね、期待もしていたの。
まだ見ぬコトリちゃんが、私の新しい家族に、大切な友達になってくれるかもしれないと。

はじめて三人で遊んだ。
コトリちゃんはとっても可愛くて、そして良い娘だった。
いや、そう見えた。
誰かがにいさんを呼び、私たちは庭で二人になった。
「何して遊ぼうか?」
にいさんを見送り、振り返った私に返ってきたものは、幼稚舎で味わっていた冷たい目と、
呪詛の言葉だった。
「偽者」
土を顔に叩きつけられ、頬を張られた。
「お兄ちゃんは、理理のものなの!お兄ちゃんの妹は、理理だけなの!
急に出てきて、妹を名乗らないで!お兄ちゃんとの時間を獲らないで!
偽者のさとりちゃんなんかに、お兄ちゃんはあげないんだからぁ!!」
屈んだ私を十三回も蹴りつける。
そのときになって、ようやく気がついた。

ああ、この娘は『敵』なんだなあって。

にいさんの実の妹なんだもの。良い子に決まってるって思ってた。
でもそうじゃない。
コトリは、私を冷たい籠の中に戻そうとするだけの『敵』だった。
だってあの時、泣き叫ぶ私を楽しそうに見ていたでしょう?
そのあと戻ってきたにいさんに助けを求めると、「いいつけるなんて」って、呟いたよね?
にいさんに怒られて謝ってきた貴女は、「どうして私が怒られなければいけないの?」って、
そういう顔をしていたよね?
「ごめんなさい、ごめんなさい」
あれは私に向けた言葉じゃないでしょう?
お兄ちゃん嫌わないで。
あのときの謝罪は、それだけしか感じられなかったもの。
『偽者』
貴女は事あるごとにそう呟いたよね。
私がどれだけ家族の温もりに飢えているか知ってるはずなのに。
『偽者』
その言葉で、お前なんか家族じゃないって、思い知らせてくれたものね。
貴女、私のことが嫌いでしょう?私もあなたのことが嫌いなの。
私の全てであるにいさんを、本物の妹という理由だけで奪おうとする貴女が。
コトリ、貴女は『本物』であることをいつも自慢していたよね。
だったら教えてあげる。偽者って必ずしも本物に劣るわけじゃないって事を。

だって、偽者だからこそ――あの人と結婚することができるんだから。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

駅から一時間弱。
それで聖理の家に着く。
毎日学校までこの距離を通うのは大変だろうと思うが、サラリーマンの中には数時間かけて
出勤してる人もいるわけで。寝坊しても走れば間に合う環境にある僕には遠い世界だ。
いずれにせよ、移動時間を考えるとすぐに帰らないといけないだろう。
聖理の家は大きい。
屋敷と呼ぶほどではないが、並みの家屋とは比較にならない。庭も広い。
たしか親御さんは離婚しているはずなので、彼女の家族は叔父さん一人だ。
家の管理は何人かのヘルパーさんがやっているようで、残念ながらメイドさんはいない。
聖理の食事もヘルパーさんが作っている。今日の担当者は僕とも顔なじみの品のいいおばさんだ。
食事の後、だだっ広いリビングのソファーに座る。
飾りつけはされているのになんだかがらんとしていて寂しい気がする。

70 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/04/10(火) 20:29:33 ID:Fs3hrXUi
けれど従妹はそんなことを気にするでもなく、猫のように懐いてきている。
「にいさん、にいさん、にいさん、にいさん」
ごろごろ。すりすり。
「にいさん、にいさん、にいさん、にいさん」
すりすり。ごろごろ。
こんな感じで甘えてくる。
撫でてみると、
「んう・・・・っ」
と鳴いて目を細める。なんか可愛い。
理理の場合、僕の傍にいる時は静かに横にある。嬉しそうな、穏やかな顔で、延々僕を見つめている。
こういう部分も静と動な二人だなぁと思った。
「にいさん、にいさん、もっと撫でて撫でて~」
すりすりすり。ごろごろごろ。甘えてくる。
「あ~はいはい。これでいいか~」
さらさらの髪の毛に手を滑らせる。良い匂いだし手触りも抜群なので、実はちょっと楽しい。
「えへへ~。にぃさん大好き~」
僕の胸に顔をうずめる。
「聖理はこんなに甘えん坊だったか~」
「にいさんが聖理をこんな体にしたんだよ?責任とってくれなきゃ」
「ばっ・・・!人聞きの悪いことを・・・・!」
「あはは。にいさん慌ててる。かわいー」
「ええい、うるさい。そんなこと云う奴はこうだ!」
わしゃわしゃと乱暴に髪を撫でる。
「きゃー、やめてやめてー♪」
それでも嬉しそうにされるがままになっている。
その様子を、通りかかったヘルパーさんが見て笑った。
「貴方たちはほんとうに仲が良いのねえ」
品良く口元を押さえる。僕は赤面したが、従妹は気にするでもなく体を擦り付けた。
「そういえば真理くん、傘は持ってきた?」
「いえ。ないですけど。もしかして、降るんですか?」
訪ねると、ヘルパーさんは頷いた。
「あ~。まずいなあ、早く帰ったほうが良いかも」
頭を掻く。
「大丈夫だよ、にいさん。うちに泊まっていけばいいんだもの。うん。それがいいよ!そうしよう?
聖理のお部屋で、一緒にお話して、一緒のベッドで寝ようよ」
目を輝かせて聖理は云う。が、僕は首を振った。
「それはできないよ。やっぱり家に帰らなきゃ」
理理を泣かせてしまったこともあるし。
「や」
聖理は大きな瞳を滲ませる。
「いっちゃやだ、いっちゃやだよ・・・!聖理、一人になりたくないよ・・・!!」
服越しに僕を掴む。凄い力だった。思わず声を上げそうになるくらい。
「にいさん、にいさん、にいさん、にいさん、お願いにいさん、聖理といてよ。聖理、
まだぜんぜん甘えたりないよ、こんな状況で帰られたら、寂しくておかしくなっちゃうよぉ」
従妹は必死に縋り付いてくる。僕はヘルパーさんと顔を見合わせた。
「聖理、良い子だから云うこと聞いてくれ。僕だってお前と居るのは心地良いけど、
帰らないわけにはいかないんだよ」
「やだぁ、やだよぉ・・・、にいさん帰っちゃやだぁ・・・・!」
ぶんぶんと首を振った。
(どう宥めるべきか)
思案に暮れていると、呼び鈴が鳴る。ヘルパーさんが応対に出て行った。
「真理くん」
泣きじゃくる従妹を宥めていると、ヘルパーさんが戻ってくる。
「どうしました?」
聖理の頭を撫でながら聞く。
「妹さんが迎えに来たわよ」
僕の腕の中のもう一人の妹が、びくりと震えた。

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最終更新:2007年11月01日 00:35
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