キモ兄とキモウト

455 キモ兄とキモウト ◆YMBoSzu9pw sage 2009/08/18(火) 03:45:01 ID:t1uwgf6Q
 私には素敵なお兄ちゃんがいる。
 優しく、かっこよくて。妹の私を可愛がってくれる。
 私がいじめられて泣いてしまったときには、泣き止むまで一晩中傍にいてくれたりもした。
 私の(ちょっと過度の)甘えも、笑って受け入れてくれる。
 そんな素敵な、愛しのお兄ちゃんなのだ。

 だが、それも昔の話。
 今のお兄ちゃんは、ほとんど毎日家に籠り、パソコンに向かって何かハアハア言っている。
 伸びきった髪はボサボサで、瓶底メガネをつけ、アニメTシャツをズボンにイン。……どんなテンプレオタクだよ。
 大学を卒業してから、もう一年もそんな状態だ。いったい何でお兄ちゃんが変わってしまったのか、それは私にもわからない。
 とにかくお兄ちゃんは、そんな気持ち悪い兄、略してキモ兄になってしまったのだ。


 もちろん、私は昔みたいなお兄ちゃんに戻って欲しい。
 そこで今日はちょっとした作戦を実行することにした。

 コンコン、とお兄ちゃんの部屋のドアをノックする。返事はないが、いつものことなので遠慮せずに開ける。
 お兄ちゃんは、いつも通りパソコンの前に座っていた。入ってきた私を無視して、パソコンの画面をじっと見ている。
 少し遠くてよく見えないが、あれは確か「にちゃんねる」とかいう気持ち悪い掲示板だ。
 私は小さく息を吸って、愛嬌たっぷりに呼びかける。
「お・に・い・ちゃ・ん」
 昨日見た、お兄ちゃんの好きなアニメキャラの声優の声を真似てみた。うん、我ながらちょっと気持ち悪いかも。語尾にハートマークがつきそうな勢いだ。
 だけどお兄ちゃんの好みにはあってるはずだ。
「……何?」
 う……、だけど返ってきたのは鈍い反応。しかも顔はパソコンに向かったまま。
 ……ちょっと落ち込むけど、ここで挫けちゃ駄目だ。
「話すときは、私の顔を見て欲しいなあ」
 プウとわざとらしく頬を膨らませて、ちょっと拗ねたように言ってみる。
 ついでに、少しモジモジした感じでもう一言付け加える。
「……私も、お兄ちゃんの顔、見たい」
 よし、これでお兄ちゃんもイチコロだ!
 そして振り返ったお兄ちゃんの顔は……あれ? 怒ってる?
「…………何?」
 しかも不機嫌な反応。
 ……お兄ちゃんはこういうの、好きじゃないのかな。
 つまりあれだ。お兄ちゃんにそういう「ぞくせい」とかいうのがないんだ。



456 キモ兄とキモウト ◆YMBoSzu9pw sage 2009/08/18(火) 03:45:56 ID:t1uwgf6Q
 まあいい。今回の仕込みはそれだけじゃない。
 露出の多いキャミソールに、下はパンツだけ。肌はさっき入った風呂の影響で少し上気し、おまけにうる目。
 ……ふふ、いくらお兄ちゃんでも、これには少しぐっとくるでしょう。
 そう思ってお兄ちゃんの目をじっと見つめていると……
「…………何?」
 あれ、さっきより不機嫌?
 何でだろう、何かまずったかな。
 ていうかさっきから私、「何」しか言われてない……。

 むう……とりあえず、ここでお兄ちゃんを怒らせるのはまずいかもしれない。後の作戦にも支障が出る。
 この場は、普通に用件を伝えて去ることにしよう。
「お風呂あいたから、入っていいよ」
 できるだけいつもの調子に戻して喋った。
「わかった」
 無愛想な反応だ。
 だけど、見てなさいよ。ここまではまだまだ序の口。作戦の本番はこれからなんだから……!
 私は自分を鼓舞すると、お兄ちゃんの部屋を出て自分の部屋に戻った。

 作戦の準備のために着替えつつ、廊下の様子を窺う。しばらくしてお兄ちゃんが部屋を出て、風呂に向かった。
 浴室に入ったのを確認して、私は早足で再びお兄ちゃんの部屋に戻った。
 あとはお兄ちゃんを待つだけ……なんだけど、少し気になったのでパソコンのところに向かった。パソコンの電源はつけっぱなしだ。
 少しマウスを操作して、「にちゃんぶらうざ」とやらを起動する。ふふ、こんな時のために操作を勉強しておいたのだ。
 さらにいくつかクリックをすると、お兄ちゃんの見ていた「すれっど」がいくつか出てきた。
 とりあえず『二次元に行きたい』とかいう「すれっど」を開いてみる。

『二次元という名のエデン』
『三次元の女に価値などない』
『パソコンのモニタに突っ込めばいけるんじゃね?』

 うう、なんだか気持ち悪い。でもお兄ちゃんもこれを見てたってことは、同じようなことを思ってるのかな。
 待っててねお兄ちゃん、もうすぐ私が現実に引き戻してあげるからね……!
 次に『愛里たんにハアハアするスレ139』というのを見てみた。
 「愛里たん」というのが、お兄ちゃんが「嫁」と呼ぶキャラであることは調査済みだ。


457 キモ兄とキモウト ◆YMBoSzu9pw sage 2009/08/18(火) 03:47:43 ID:t1uwgf6Q
 なになに……?

『愛里たんハアハア』
『愛里たんに踏まれたい』
『愛里たんのおしっこ飲みたい』

 な、何て気持ち悪い連中だ……! 吐き気がする。
 私は首をぐるりと回して、部屋の隅のベッドを見た。その上には「愛里たん」の抱き枕が転がっている。
 大きな口で笑うその顔を見て、一気に私の中に嫉妬の炎が燃え広がった。
 くそっ! 私は沸き上がる不快感のままに、机に置かれたハサミを手にとりベッドに駆ける。
「この泥棒猫め! 泥棒猫め!」
 抱き枕にブスブスとハサミを突き刺す。
 こいつがお兄ちゃんを……! こいつさえいなければお兄ちゃんは……!
 ブスッ! ブスッ!
「はあ、はあ……」
 何度も突き刺された抱き枕は、空いた穴から綿が飛び出し見るも無惨な姿になっていた。
「ふふ、私のお兄ちゃんに手を出すからこうなるのよ……!」
 無言で横たわる目の前の泥棒猫(抱き枕)に向かって、悪態をつく。

 ガチャリ。
「ふう…………って、え?」
「あ、お兄ちゃん」
 お兄ちゃんがお風呂から戻ってきた。ちなみに私は、無惨な泥棒猫の死体を跨いで手にハサミを持った状態である。
「な、何してるんだよ!」
「え? ……あ」
 しまった! 泥棒猫の始末に夢中になって、作戦のことをすっかり忘れていた。
 待ち伏せしてお兄ちゃんを驚かす作戦は失敗してしまったが、仕方がない。私は急いで起き上がると、お兄ちゃんに駆け寄った。
「ふふー、似合う?」
 私はスカートの裾を軽く手に持ち、ゆっくりと一周回る。
 私が着ているのは、作戦のために自分で裁縫して作ったドレスだ。何のためについてるのかよくわからない装飾に、派手な原色の生地。
 ……泥棒猫と同じ格好なのが癪だが、これがお兄ちゃんの好みなんだろうから仕方がない。「愛里たん」のコスプレではない、断じて違う。
「おにーいちゃん」
 そう言って、さらにお兄ちゃんに抱きつく。
 大きなおっぱいをムニムニと押し付ける……のは、泥棒猫のような忌々しい巨乳を持たない自分にはできないけれど。私はAカップのおっぱいを、グリグリとお兄ちゃんに押し付けた。
 ふふ、お兄ちゃん……! 三次元の魅力に目覚めなさい!
 しばらくお兄ちゃんの胸に顔を埋めてそうした後、様子を窺うために上を向く。
 ……あ、あれ? お兄ちゃん?
「あ、愛里…………! 愛里……! 愛里たぁぁぁん!!」
「きゃぁっ!」



458 キモ兄とキモウト ◆YMBoSzu9pw sage 2009/08/18(火) 03:49:00 ID:t1uwgf6Q
 お兄ちゃんは私を突き飛ばすと、ベッドの元に横たわる泥棒猫へと駆け寄った。
「愛里たん! 愛里たん!!」
「そ、そんな……」
 私はその場にペタリと座り込んだ。
「な、何てことをしてくれたんだ!」
「わ、私は……」
「何でこんなことをしたのか知らないけど、もう僕に寄らないでくれ!!」
「わ、私はただ、お兄ちゃんを現実の世界に引き戻すために……」
「いい加減にしてくれ!!」
 その強い口調に、私はビクリとすくんだ。
「僕が何でフィクションの世界に逃げ込んだかわからないのか!? お前がそうやって迫ってくることにうんざりしたからだよ!!」
 え……? お兄ちゃんがオタクになったのは私が原因……?
「だ、だって、前は私が甘えたって、お兄ちゃんは笑って受け入れて……」
「拒めなかっただけだ! 受け入れてたわけじゃない!!」
「そ、そんな……」
「とにかくもう僕に近寄らないでくれ! 三次元の妹に迫られてもキモいだけなんだよ!!」
 三次元……妹…………キモい…………。
「そう、なんだ……」
 そうか、私は……。
 いつの間にか私の顔を、涙がツウっと流れていた。
「あ……」
 私の涙を見て我に返ったのか、お兄ちゃんが声をあげた。
「ご、ごめん、ちょっと言いす……」
「ううん、私が間違ってた……。ごめんなさい……」
 私はそう言って、何か言いたそうなお兄ちゃんの視線を背に部屋を出た。


  • *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 次の日、パソコンのモニタに突っ込もうとしたら母に止められた。
「何やってるのよあんたは!?」
「二次元の世界に行くの!! 三次元の妹に価値なんてないのよ!!」

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最終更新:2009年08月20日 19:56
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