青年の詩、少女の季節 第1話

36 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04:47:57 ID:A3r/7N0h


 初夏の緑に包まれた山々。その中を無粋に横切る国道の中腹。トンネルの手前で、俺は買ったばかりの中古のスクーターを路肩に停めた。
「……ここまできてやっと半分か」俺はポケットに突っ込んでいたくしゃくしゃの携帯地図を広げ、トンネルの位置を確認する。
かなり進んだ気がしたと思ったが、実際それほど進んでいなかったようだ。
山道ばかりだったのが進んだと錯覚させた原因なのかもしれないが。
「まだ半分?」俺の背後から妹の文句が飛んでくる。「遅いー」
「原チャリに毛が生えたようなスクーターじゃこれが限界だっつの」
実際隣町に行くだけの小旅行だって、もう十分長距離ツーリング状態だ。
目の前でぽっかりと口を開けるトンネルからは、大量の自動車の吐き出す排ガスの熱気が目に見えて漂ってくるようだった。
と言うか、確実に熱気がこっちに来ている。
「……そら」はぁ、とため息をつき、俺は背中につかまる妹の名を呼んだ。「ちょっと休憩しようか」
「うん」そらは答えた。
よっ、と声をあげてそらは歩道に降り立った。
俺も続くようにして歩道に降りたつ。
「うひゃー」そして、まるでアホのような声を上げた。「こりゃすごいわ」
歩道は海に面しており、急な斜面の下には新緑の原生林に混じってぱらぱらと集落らしき青や赤の屋根が見える。
真夏の晴れ渡った空と、北国の海は夏らしい色に染まり、それらを一望できる柵越しの目に映る景色全てがひどく綺麗だった。
「これはすごいわー」そらも俺と同じように妙に呆けた感想を口にする。
ふと、熱気を包んだ自動車の生み出した風とは違う、心地よい潮を孕んだ風が山間の国道に吹きわたった。
「きもちいー」横に立つそらは、んー。と声をあげて風を感じていた。
風はヘルメットからはみ出したそらの髪をさらう。そらの細い髪の毛は風を受け、ぱらぱらと宙を舞った。
「お兄ちゃん」不意にそらはこちらを向く。
普段兄貴と俺を呼ぶそらから、久々に聞けた言葉だった。
風の中、そらは笑っていた。俺の好きな、そらのいっぱいの笑顔。
そして多分これが、そらの笑顔を見た最後だと思う。


37 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04:48:27 ID:A3r/7N0h
「ぁー……あじぃー」
照りつける夏の太陽の下、夏休みにもかかわらず夏季講習のために学校にやって来るはめになった哀れな学生たちで溢れる電停。
その哀れな学生の一人として、俺は電車を待っていた。
体をぐっと伸ばすと、講習でダレた体はそれに呼応するようにグキグキと嫌な音を鳴らす。
最近運動不足なのかもな。とひとりごちに思っていた時、俺は肩を叩かれた。
「千歳、お前も今帰るのか?」
「ああ、健史」
交友関係の広くない俺の数少ない友人、藤野健史は厚い眼鏡の向こうの目を緩ませ、にやりと笑みを浮かべていた。
「どうだった?今日の試験問題」
「とにかく英語が壊滅的だった。それ以外は上々だったけど」
「お前もか」
はぁ、と健史は肩をおとす。
「お前もか、と言うことはお前もか」
「残念なことにな」
俺もはぁ、と肩を落とした。逆に健史は少し救われたような表情になっていた。
「と言うか、アレって本当は特進科連中の問題じゃないのか?」
「言えてる。進学科の問題があんな難しいわけがない」
うんうん。と二人でうなずく健史と俺だった。
「って、そんなことはいいとして、千歳」健史はすぐに立ち直ったかのように、俺に言う。
「今日のカラオケ、結局どうする?」
お前本当に受験生かよ。と言うほどに健史は大学受験への緊張感がない。
と言うか、俺と健史の友人はほとんどそう言う危機感を持ち合わせていない。
なんせ定期テスト前にカラオケに行ってた連中だ。俺はそらが無理矢理連れ帰ってくれたおかげで助かったが、後のメンバーはかなり悲惨な状況だったらしい。(藤野はお得意の現代文と世界史でなんとかぶら下がっていたが、大の苦手の英語は補習ギリギリだったと言う)
「お前ら……まだこの前の定期試験で懲りてなかったのかよ」
ちっちっち、と健史は指を振る。
「千歳、俺たちは確かに受験生だ。だが勉強ばかりやっていたら考えが煮詰まっていずれ空気が限界まで入った風船のようにパンクする。つまり、だ。俺たちは勉強もいいが、息抜きとしてきっちり夏をエンジョイしなきゃいけないのだよ」
思いっきり屁理屈だ。
大体夏をエンジョイするのにカラオケ行くのか?と無性に訊きたい。
しかし、この後特に予定もないし、一応我が親友の誘いとあらば受ける他ないだろう。
「…………まぁ、お前が行くなら行ってもいいけどな」
「流石千歳……っと、やっと来たな」
道路の向こうから二両連節の路面電車が草色の車体を揺らして、風と共に縁石で築かれた電停へと舞い込んだ。
俺たちが乗り込んだ時にはほとんどガラガラだったはずの連節車は、学生服の集団で全ての座席が埋まっていた。
仕方ないな。と、俺と健史は渋々吊革につかまる。
電車は大げさなモーター音を響かせ、しかしゆっくりと動き出した。


38 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04:49:26 ID:A3r/7N0h
「ところで、他の奴らは?」
「雄ちゃんとヒロシは理系だからまだ試験、杉ちゃんはなんか進路のことで調べ物だって」
「安田は?」
まだ説明されていない友人の名を訊くと、健史は何も言わずに携帯を取り出すと、何やら画面を操作する。
「電車の中は携帯はダメだろ」
「優先席付近だけだ。それ以外はマナー推奨ってだけであって」
一通り屁理屈をこねると、健史は携帯を俺に突きつけた。
脂で汚れた液晶画面には『今着いたから、先に部屋取っておくZE』とだけ書かれた、俺もよく知る友人のメールが表示されていた。
送信時間は一一時四二分。俺たちがちょうどあの非情なる英語の模擬試験を受けていた時間帯だ。
「…………そういや、今日あいつ見てないな」
「そう言うこった」
早い話が夏季講習ブッチだ。
「ふざけんな」苦笑交じりに呟く。
「後で講習メンバーで安田ボコろうぜ」健史は冗談なのか本気なのかわからない口調で言った。
俺はいやに健史のさわやかな笑顔を眺めながら、電車の振動に合わせて身を揺らしていた。
「…………あ」
ふと、俺はそらの事を思い出した。
一応同じ高校に通っているものの、ある部分では俺以上にズボラな我が妹は夏季講習なるものを受ける気すらなかったようで、今日も俺が出る時にはまだ布団の中だった。
「……のクセに放っておくとしっかり俺の分も昼作るからなぁ」
俺はブレザーのポケットから携帯を取り出し慣れた手つきで展開すると、メール画面を呼び出す。
「電車の中は携帯はダメなんだろ?」
「お前も開いてたし、マナーモードにして、通話はおやめ下さいって言ってるんだ。メールはダメとは言ってない」
そう言っている間にも予測変換を多用した、短いメールが出来上がった。
『今日カラオケ行くんで昼いらないから』
作成時間一分にも満たないメールを妹の携帯に向けて送信すると、俺は再び携帯をブレザーのポケットに押し込んだ。
冷房こそないが、窓を全開にして走っているからか、電車が進むたびに窓の外から涼しい風が車内へと入ってくる。開いた窓の斜め後ろと言うのは風の当たるベストポイントだ。
車窓には見なれた景色が流れてゆき、俺も健史もあまり変わり映えのしないその景色を眺めていた。
不意にポケットの携帯が、着メロの節に合わせるようにして震える。俺は携帯を取り出すと、慣れた手つきで携帯を展開する。
そらからのメールだった。少し待たせたにも関わらず、内容は『了解』の二文字と言う手抜きである。
まぁ、そららしいと言えばそららしいが。
携帯をしまうと、流れる車窓に行きつけの東急ストアが映った。
「…………後で本でも買っていくか」遠ざかってゆく東急ストアを眺めながら、俺はそう呟いた。


39 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04:50:02 ID:A3r/7N0h


「バカ」
時計の音以外、何も聞こえないようなダイニングで私は呟く。
手元にはまだ買って間もない携帯が無造作に置かれている。
兄貴からのメールを返して以来、ずっとそこに置きっぱなしの携帯電話。
「お昼どうする気よ、バカ兄貴」
あの兄のことだ、どうせコンビニでおにぎりか何か買って済ませて、帰ってきてから買い置きのお菓子を貪るに違いない。
「ほんと、バカ」
私は食卓テーブルに伏せた。
「私、なんであんなバカ兄貴のこと好きなんだろ」

私が兄貴を好きになったのは、まだ私が兄貴のことを「お兄ちゃん」と呼んでいた頃。
母さんがまだ生きていて、父さんがまだ壊れていなかった、私たち家族が今より幸せだった時代。
どうも私は天性的にブラコンのケがあったのか、物ごころついたときからいつの間にかほんのりと兄貴のことが好きだった。
しかし、確定的に兄貴に恋してしまったのはきっとあの時だろう。
私が七歳の夏休み、父さんが久しぶりに連れてってくれた隣町の水族館。あの日、私は兄のとなりでイルカショーを見ていた。
ショーの中盤、調教師の女性がショーのエキストラを観客の中から探し始める。期待に満ちた視線が周りからいっぱいに溢れるのを感じながら、私も同じように視線を注いでいた。
『あ、そこの女の子。キミに決めた!』
女性はそう言って私を観客席からイルカのプールの前に連れ出す。後ろからはよかったな、そら。と父さんと母さんの声。
エキストラの仕事はプールの前に並んだイルカに餌をあげるコトで、女性から餌の魚が入ったバケツを手渡された私はちょこちょことイルカの近くに寄る。
と、イルカの前までやってきて、私は立ち止まった。
間近に見て、イルカが怖くなったのだ。
鋸のような歯を備えた、大きな凶悪な口が今にも私のことを食べてしまいそうな錯覚が一瞬にして私の中を駆け巡る。
餌をやったら一緒に食べられるんじゃないか。そう思うと、私は怖くて仕方がなかった。
私はぺたんと膝をついて、よそいきの服を濡らしてしまうのもかかわらず泣き出しそうになった。
何分、いや、きっと何十秒だったのだろうが。とにかく私には何分もかかったように感じられた時間を終わらせたのは、右肩をたたく、私よりも少し大きな手だった。
涙を浮かべた顔で振り向けば、そこには兄の姿があった。
『大丈夫』兄は優しい声で言い聞かせる。『ぼくがついてる』
そのとき、兄は私にとっての無敵のヒーローのように思えた気がする。
半泣きのまま私はうなずくと、震える手を兄に支えてもらいながらもイルカへ餌をやっていった。
結局イルカは私を食べず、魚を与えられたお礼に宙返りジャンプを披露してくれた。
だが、私はイルカのジャンプのことをよくは覚えていない。
ずっと無敵のヒーローの顔を眺めていたから。
そのとき胸がくぅっと抑えつけられるような奇妙な感覚を、私は初めて知った。

「あの時の格好良かった兄貴はどこ行ったのよ……」
よく家に訪れる濃い友達たちとキーの合わない声優ソングを熱唱する兄貴の姿を思い浮かべると、私はため息をつきたくなった。
「ほんっと、バカ」


40 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04:50:24 ID:A3r/7N0h


結局俺が古マンションの八階に位置する自宅に帰ってきたのは、午後五時を回ったころだった。
エレベーターを降り、陰気な長い廊下の途中の重い鉄製の扉を引く。鉄扉はまるでホラーゲームの演出のごとき音を立てて、ゆっくりと開いてゆく。
靴を脱いで早々に俺は入ってすぐの自室へと足を運んだ。
「お帰り、兄貴」出迎えたのはそらの声。
「ああ、ただいま。そら」
兄妹兼用の自室で、そらは二段ベッドに寝転がってDSに興じていた。
静まり返った部屋に、そらがボタンを鳴らす音と、ゲームのそれらしい技名を叫ぶ賑やかな声が響いていた。
「なにやってるんだ?」
「兄貴がこの前クリアした奴」
そうか。と俺は適当に答える。この前クリアしたのと言えば、途中でダレて時間かけたあのRPGだろう。
と言うかこのハードで恥ずかしげもなく技名を叫ぶゲームなど、俺の持ってる中ではあれしかありえない。
「楽しいか?」
「結構。言ってること自体はさぶいけどね」
「ま、最近のRPGなんてそんなもんだろ」
戦闘が一段落したらしく、そらは顔を俺の方に向ける。
「カラオケ、楽しかった?」
「ん、まぁな。いつものごとくみんな暴走してたけどな」
「ふーん……」
どうもまた戦闘に巻き込まれたらしく、そらは顔をまたゲームに戻し、技を連発する。
「あ、そうだ」俺はごそごそと鞄をあさると、小さめの書店の紙包を取り出した。
「前にお前から借りた本の続編、帰りに東急ストアで買って来た。先に読んでもいいぞ」
俺はそらの机の上に本を置くと、二段ベッドの上段へよいしょとへりに足をかけて昇る。
そして制服のまま二段ベッドの上段にダイブした。
例えいかなる状況でも、布団に寝転がってる時は至福の時だと思う。
「兄貴」そらが言う。「中華と洋食、どっちがいい?」
「中華」一瞬の隙も与えない即答だ。
「オーケー」
ゲームの電源が切られたのか賑やかな音楽が消え、すぐにそらがベッドの下段からのっそりと這い出してきた。
「飯なら手伝うぞ」
俺はベッドの縁に手をかけようとする。
だが、俺の手がベッドの縁を掴むよりもそらの口の方が早かった。
「いらないわよ、バカ」そらはそう言い残して、食堂の方へと走り去ってしまった。


41 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04:51:08 ID:A3r/7N0h


「ったく、ロクな番組やってねぇなぁ」
せわしなく番組の入れ替わる居間のテレビを眺めながら、リモコンのチャンネルボタンを連射する。
しかし、そのままリモコンを連射していても埒が明かないのでとりあえず適当なチャンネルに固定して、しばらくその局を眺めることにする。
運の悪いことにランダムに入った局でやっていたのは、俺が嫌いな最近流行りの馬鹿馬鹿しいクイズ系バラエティだった。
「…………やっぱ変えよ」俺はリモコンを握り、再び別の局に変える。
そのとき、玄関扉がまたホラー映画のような音を上げて開く。
誰が入って来たのかは見ないでも分った。
と言うか、俺とそら以外でこの家の扉をインターホンもなしに気安く開けられる人物など一人しかいない。
そして、その一人は居間のドアを開けた。
「ただいま、千歳」
「ああ、お帰り。父さん」
父さんは隣の和室へ向かい、やれたスーツを掛けると居間に戻ってソファに腰掛ける。
その横顔はまるでこの前やっていた映画の、追い詰められた独裁者に似ていた。顔自体は別に不健康な兆候はないが、威厳と言うものを感じられない、どこか疲れた表情。
それが母さんが死んでからの、壊れた父さんの横顔だった。
「これ」父さんは口を開く。「面白いのか?」
「見てればすぐわかるよ」
俺は麦茶を注ぎに台所に向かう。しばらく父さんはテレビを眺めていたが、やがてチャンネルを変え始める。
「わかった?」
「ああ、よくわかった」呆れ顔で親父は言った。
「…………ところでそらは?」
「シャワー」
そうか。と答えると父さんは台所へ向かう。
「今日の飯、マーボー茄子だから」
父さんはこくりとうなずく。
そして食器の鳴る音がしばらくすると、父さんは食器の入った盆を持って再び居間に戻ってきた。
「どうしたの?」
「いや……なんとなくな」親父はテーブルの前に腰を降ろし、黙々と夕食をとりはじめた。
「家のことでなんか変わったこととかないか?」
父さんは味噌汁をすすりながら、いきなり訊いてきた。
「何もないよ」
「そうか……」父さんは今度はマーボー茄子をつつく。「……そらの様子はどうだ?」
「なんでいきなりそんな事を?」
「いや、なんとなくだよ」柔らかくそうは言ったが、父さんは煮え切らないような、どこか焦りに似た含みのある表情をしていた。
なんとなく、なんかじゃない。とすぐに俺は思った。
「…………そらはいたっていつも通りだよ」
「…………そうか」父さんの顔から含みが消える。
「大体、なんで俺に聞くの? そらの事ならそらに聞けばいいじゃん」
「……俺じゃ駄目なんだよ」
父さんはほとんど具の無くなった味噌汁を飲み干して、言った。
「お前じゃないと駄目なんだ。俺だと、色々とまずいことになるからな」
そして、父さんは一言も口を発さないまま、黙々と夕食をとり続けた。
「……なんなんだよ」俺は何が何だか分からないままだった。
「時が来ればわかるさ」
父さんはごちそうさま。と小さく呟くと、食器の入った盆を持って、立ち上がる。
台所に食器を置くと、そのまま何も言わずに父さんは自分の寝室に使っている隣の和室へと消えていった。
いったい何が言いたかったのか。と思ったが、あの壊れた父のことだろう。どうせあまり大したことじゃないはずだ。
そのうちに和室からかちゃかちゃと音が聞こえ始めた。恐らく仕事の続きを始めたのだろう。
俺も部屋に戻ろうと思い居間の扉へと向かおうとすると、不意に脱衣所の扉が開く。
「兄貴ー」扉からは風呂上がりの濡れた髪をタオルでまとめた、パジャマ姿のそらが現れる。「父さん帰って来たの?」
そらの間延びした声に、首を縦に振って答えた。
「とっとと飯食って仕事の続き始めちゃったけどな」
「ふーん」そらは迷わず台所へと向かい、流しの横に伏せられたコップに水を注ぐ。
コップの中の水道水を飲み干すと、ぷはぁっ。と大げさな声をあげて、口の周りの水滴をぬぐった。


42 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04:52:15 ID:A3r/7N0h
「サウナの後でビール飲む親父かよ」
「いいじゃん、どんな飲み方したって」
そらがまさにいー! とでも言わんばかりの顔で、俺を睨む。
不意に俺はテレビの方を振り返ると、テレビの中ではまた最近売れだした芸人が下ネタを飛ばしている。
「そら、消していいか?」
「うん」いつものように即答だった。
俺は何も言わずにテレビの電源を落とすと、もう用はないとばかりに居間を出る。
そらもそれに続いて、俺たちは二人揃って共用の寝室に戻ってくる。
俺はすぐにベッドのへりに足をかけ、上段に上った。この二段ベッドには階段なんて上等なものは付いていないので、上段を使うのは実は意外と面倒だったりする。
こんなことならどちらか上段か喧嘩せず、そらに大人しく上段を譲ってやればよかった。と使い始めてから三年くらいから思い始めていたりする。
同じように下段にそらが下段にもぐりこんだようで、もそもそと布団のずれる音が俺の耳に入った。
不意にとんとん、とベッドの天板が蹴られる。
「どうした?そら」俺は訊く。こうやって天板を蹴る時はそらが俺に何か言いたいときだ。
「あのさ、兄貴」しばらくの沈黙の後に、そらは呟くように言う。「本。ありがとうね」
「ああ、俺は読めればいいから」俺は生返事をすると、パイプ枕に手首を添え、DSの電源を入れた。
ソフトはピンクの球体が冒険するアクションゲーム。少し古いソフトだが、俺の中での鉄板だ。
「兄貴」再びそらの声。「わたしもやっていい?」
「むしろやってくれた方が助かる。一人じゃヘルパーマスター出来ないし」
「了解ー」間延びした声でそらもDSに電源を入れる。
結局、俺たちがゲームをやめて寝たのは一時を回って少ししたころだった。

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最終更新:2009年09月05日 22:21
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