未来のあなたへ11中編

250 名無しさん@ピンキー sage New! 2009/09/05(土) 23:20:05 ID:/Xscd8p7
その夜。
俺の家のダイニングは、異様な雰囲気と光景が支配した。
綺麗に拭かれたテーブルの上には、大振りの封筒が一つだけ置かれている。何故か箸立てや急須の類はすべて撤去されていた。
封筒の中身は何枚もの写真で、それらはこの場の全員が既に確認し、収められている。正直、その内容はショッキングだった。
席に着いているのは四人。俺と、妹と、父さんと、母さんだ。
両親は俺の向かい側に並んで座っている。
母さんはひどく陰鬱な顔をして(当たり前だ)無理矢理に気を張っているようだった。何故か年季の入った木刀を膝に載せている。似合わないこと夥しい。
父さんは無手でいつも通りの無表情だけど、纏う雰囲気がいつもと違う。びりびりとした、まるで争う前のような一触即発の空気だった。
俺はといえば、そんな二人を前にして堂々と胸を張れるはずもなく、悄然と肩を下ろしていた。
そして、俺の隣に座っている優香は
後ろ手に手錠を掛けられ、椅子に繋がれている。
ちゃりちゃりと、時折鎖の擦れる音が静かな部屋に響く。それがこの場所を異様な光景にしている、最大の原因だった。
妹は深く項垂れ、表情は髪に隠れて見えない。
その様子に、俺はたまりかねて口を開いた。ダイニングに満ちている重い沈黙を、泥を押しのけるような気持ちで破る。

「あ、あのさ。手錠なんて、掛けることないんじゃないかな? ていうか掛けるならむしろ俺の方で、優香は……」
「危険性において判断したまでだ」
俺の懇願に即答したのは父さんだった。母さんはそのやり取りに頬をひきつらせて「うふふふふ」と気味の悪い笑いを洩らす。何かあったんだろうか。
優香の危険性……と言われて、思い浮かんだのはさっき突き付けられた写真の数々だ。
正直、引いた。
まず目についたのは、俺が映った写真。
妹と一緒にビニールプールで遊んだ時の、七五三の時の、小学校に入学する時の、運動会で走った時の、夏休みの真っ黒に日焼けした時の、サッカーをしている時の、中学を卒業した時の、
修学旅行に行った時の、文化祭をした時の、空手を始めた時の、水族館に行った時の、優香と並んで歩いた時の。
俺が知っているものもあれば、知らないものもある。アルバムに入っていたものもあれば、学校の行事で撮ったものもある。中心にいれば端に写っているだけの時もある、あらゆる場所からかき集めたとしか言えない、俺の写真だった。
それはまあ、いい。その熱意は想像しがたいものがあるけれど、優香は俺のことが好きなのだから、写真を集めても不思議はない。
問題は盗聴器と、その……『収集物』の方だ。
父さんはさっき、いくつか布ボタンのようなものを取り出して見せた。俺の部屋やカバンに仕掛けられていたそれは優香の用意した盗聴器だという。
え、だって盗聴って……ええ?
好きな人のことを知りたいと思うのはあるかもしれないけど、そんなのは明らかにやりすぎだ。というか、犯罪だ!
いや、それだけならまだ、気持ちとしてはわからないでもない。けれど最後の『収集物』については意味すら分からない。
髪の毛とか、爪とか、どうしてそんなものを集める気になるのかマジでわからない。もうまるきりストーカーだ。


「ストーカー規制法違反。親告罪だが6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金にあたる」
「そ、それはそうかもしれないけど……まさか警察に届ける気なの!?」
「いや、これらは違法手段で集めたもので、証拠能力はない。公権力に頼らないのならば、自衛のために拘束するのは必要だろう」
理路整然と反論されて言葉に詰まる。優香に手錠をかけることに、納得できたわけじゃない。できるわけがない!
それでも俺が引き下がってしまったのは、警察に届けるつもりはないという言葉に心のどこかでほっとしたから、なのと。
もう一つ。必然的に浮かび上がった想像のせいだった。
優香は、今までずっと、一人で黙々と、俺の写真を眺め、俺の日常を盗聴し、俺の排泄物を収集していた、のだ。
考えるだに、ぞっとする。生理的な嫌悪より、何より、そんなことを何年も続けてきた動機の、強さに。
けど、そんなことが有り得るんだろうか。そんな……あまりにも強すぎる感情が、有り得るんだろうか。
優香は一言も喋らない。自分がストーカー扱いされて尚、手錠をかけられたままじっと俯いている。
俺の、隣で。



251 未来のあなたへ11中編 sage New! 2009/09/05(土) 23:21:01 ID:/Xscd8p7

不完全燃焼とは言え一段落ついたやりとりのあとで、今度は母さんが口を開く。
「ねえ、健太。あなたはその……優香の気持ちを知ってたの? 優香と付き合ってるの?」
「あ……う……ん」
その人の、確認するような、藁にも縋るような問いに
俺は、頷くしかなかった。
『――――ああ、わかった』
つい一時間前、俺は優香の懇願に頷いてしまったのだから。その優香が、隣にいるのだから。
母さんが絶望したような顔をする。天井を見上げて目を閉じて「ああ、なんでよりにもよって……」と呟いた。
ああ、母さん、ごめんなさい、ごめんなさい。
心の中で平身低頭する。さっき父さんと話すために上げた視線が、自然と下がる。そうしてまた食卓を重い沈黙が支配した。
そんな空気を
今度は父さんが、なんの気負いもなく破る。

「さて、健太。結論から話そう」
「あ……うん」
「もしも兄妹間の恋愛を諦めるのなら、今回の件は不問としよう」
「!?」
「ただし対症療法として、何らかの形でお前たちを引き離させてもらおう。離婚という形はなくなったが」
「あたりまえよ……」
父さんの言葉に思わず顔を上げる。普段と何も変わらない表情。
母さんが陰鬱な目をして、父さんの言葉にツッコミを入れながら頷いた。この件に関しては同じ意見らしい。
この場に着いてから、一晩中非難されると覚悟していただけに、その提案は意外だった。特に母さんは感情的な人だから、泣きながら責められると思っていた。
だって、普通、そうだ。自分の子供が『そんな関係』になっていたなら、絶望するに違いない。動じない父さんが異常なだけだ。
離婚という話だって、決して大袈裟じゃない。育てた責任を擦り付け合うなんて、いかにもありそうな話で。この二人が賢明だっただけだ。
それでも尚、無かったことにしてくれるというのなら。それは両親が、それだけ俺たちを大事にしてくれている証拠なんだ。
けど、けれど……自分を殴りたくなる。そういう当たり前のことに俺が気付いたのは、ついさっきだった。

あの水族館の帰り道で、優香の気持ちを知ってから
それが家族に対する裏切りに他ならないことを、念頭に置くべきだったのに。
俺は、自分の気持ちだけに一杯一杯になってしまって、優香を傷つけないようにするにはどうするのかとそればかり考えて、最後には……
『――――ああ、わかった』
頷いた。
ああ、ああ、俺はなんて馬鹿なことをしたんだ。数時間前の自分を殴りたくなる。
あの時の優香が、壊れそうなほどに縋っていたから、ただ優香を傷つけないためだけに頷いたんだ。
俺にとって大切なのは両親も同じなのに、そのことにすら気付かずに。
この人達はこんなにも、俺達のことを大事にしてくれていたのに。

「基本的に、僕達はお前たちの恋愛を認めない。そのようなことをさせるために扶養しているわけではない」
自責する俺を尻目に父さんが続ける。
「それでも尚、優香と恋愛行為を続けるというのなら、扶養する義務はないものと考える。つまり――――出て行ってもらう」
母さんが何か口を開こうとして、やめた。
妹は手錠をかけられたまま、じっと俯いている。
榊家のダイニングを、再度沈黙が支配した。
「……」
「……」
「……」
「……」

家から出ていけ。
父さんは本気だ。もしも俺がそちらを選んだのなら、今すぐ着の身着のままで追い出すだろう。そういう人だし、そういうことをされても文句は言えない。
けれど、その選択は、優香を選んだ場合のことだ。
つまりそれは――――『好きにしろ』ということなのか?
勿論本音は家族が元の関係に戻ることを望んでいるんだろう。だけど
その関係を認めることはできないが、親の庇護がない世界に行くのなら、好きにしろ……ということなんじゃないだろうか。
それは……それが、不器用な父さんが子供に向ける、精一杯の愛情なのかもしれない。



252 未来のあなたへ11中編 sage New! 2009/09/05(土) 23:21:58 ID:/Xscd8p7

「あのね、健太」
ダイニングに満ちていた沈黙を破って、母さんが俺に声をかけた。その口調は陰鬱で、刺々しい。
考えなくてもわかる、この中で一番ダメージを受けたのはこの人だろう。父さんはあの調子だし、優香は覚悟の上だろうし、俺は思い至らなかっただけだ。
母さんにとってはまさしく、青天の霹靂を食らったようなものだろう。それだけに、この人のスタンスは父さんよりもさらにはっきりしていた。
「出て行って、どうするつもりなの。どこに泊まるの? 一日だけならいいかもしれないけど、その次の日は? 次の週は? 次の月は?」
「それは……」
「それに学校にも通えなくなるのよ? お友達とも会えなくなるし、すぐにでも働かないと生きていけなくなるのよ? ねえ、わかってるの健太?」
「う……ん」
「あなたたちが一つ頷いてくれれば、私たちは無かったことにするわ。健太には卒業したら上京してもらうと思うけど……それは普通の話でしょ……?」
母さんは必死に、出ていくことの非現実性を訴える。崩壊しかかった家庭を必死で取り繕おうとするその姿は、普段ののほほんとした雰囲気は感じられない。
元々が感情的な人なのにヒステリックに声を荒げたりしないのは、事前に父さんと論理的に打ち合わせてあったんだろう。涙ぐましい努力だ。
と思ったら最後にキレた。
「っていうか、なんでよりにもよって妹に手を出してるのよあなたはー! 何考えてるのよー!」
「ご、ごめんなさい!」
「落ち着け。推測するに健太は被害者だ。その点を責めても仕方がない」
「被害者って……何言ってるのよあなた。健太の方がお兄ちゃんなのよ?」
「この状況で、君がそこまでして優香を庇う気持ちが理解し難いのだが」
優香は手錠をかけられたままじっと俯いている。
そんな娘を一瞥してから父さんは淡々と持論を続けた。
「統計的に兄妹間では恋愛感情の発生率が低いと考えていいだろう。
 この場合、偶然双方向に恋愛感情が発生したとは確率的に考え難い。
 しかし実際のところ、健太は優香を恋愛対象として受け入れている。また逆もしかりだ。
 ならば、一方からもう一方にそのように洗脳が行われたと考えるのが自然だ。
 でなければ、兄妹間での恋愛が相手に受け入れられる可能性はごく低いからな。事実、我々は受け入れていない。
 そして優香なら幼少期からそのような思考と、一貫した行動が可能だろう。逆に健太には不可能だ。
 よって今回の件に於ける加害者は優香であり、被害者は健太であるという推測が成り立つ」
「…………」
優香が……洗脳……?
俺が優香を女の子として意識するのは、それもまた優香が仕組んだことなのか?
思えば優香は昔から、少し離れたところにいた。なんでもそつなくこなして、家族にも弱いところは見せなくて。普通の兄妹とは違う距離感があった。
俺のことを厳しく指導して、少し前まで甘えてくることなんてほとんどなかった。だから急に甘えてくるようになってからはそれがすごく新鮮で。
実の妹に対してドキドキするなんて、俺は自分もおかしいんだとずっと思ってきた。だけど……
「…………」
優香はじっと俯いている。
どうして
どうして優香はさっきから一言も弁解しないんだろう。
優香なら父さんの物言いに対して幾らでも反論できるはずなのに。母さんを幾らでも言いくるめることができるはずなのに。
俺がそうであるように、家族に対する罪悪感なのか?
俺がそうであるように、もう完全に観念してるのか?
……違う。
手錠を掛けられたまま、じっと俯いた優香は
さっきからずっと、父さんや母さんの話には耳も貸さずに、一つのことに意識を向けている。



253 未来のあなたへ11中編 sage New! 2009/09/05(土) 23:22:33 ID:/Xscd8p7
「…………」
俺に、だ。
ダイニングでこの話が始まり、優香が俯いてからずっと、ずっしりとした重圧を背中に感じていた。
巨大な目玉に、背後から覗き込まれているような、吐き気を催すような異様な気配。
それがあまりにも異質すぎて、最初は全員が発する雰囲気のせいだと思っていたけれど、実際それは一人の人間が一人の人間に向けているだけの気配だった。
どうして優香は何も言わないのか。
優香が俺に向けているのは、一体何なのか。
それは……信頼だ。
恐ろしいことに、この吐き気を催すような重圧は、この異様な気配の正体は、信頼なんだ。
『――――ああ、わかった』
優香は、あの時頷いた俺の言葉を信じている。父さん母さんの糾弾より何より、俺が裏切るはずがないと信じているんだ。
だから二人にどんな糾弾をされても、一切反論しなかった。反論する意味がない。優香にとっての正当性とは、俺が頷いたことだけで必要充分なのだ。
俺は今まで、信じるということは人間の美徳だと思っていた。
けれど、けれど……こんな、怖気を奮うような信頼の形と、重さがあるだなんて。
ああ、きっとこれが優香の――――今までずっと隠してきた――――想いの強さ、そのものなんだ。
あまりにも強すぎる。
こんなものをずっと抱えてきた優香が、壊れてしまうのも当たり前だ。

「けど……優香の気持ちは……」
押されるように
「優香の気持ちはどうなるんだよ……」
背中を押されるように、俺は優香の代弁をしていた。
俺に優香のような想いはない。
恋愛感情という形だけじゃない。将来の夢や、叶えたい目標。そういうものを全てひっくるめても、俺は優香のような想いの強さを持ち合わせてはいない。
俺や母さんがどうしても優香を憎めない理由の一つが、一種の才能とも言える、目的意識の強さに対する憧れなんだろう。
夢のない人間が、目標に対して邁進する人間に憧れるようなものだ。たとえそれが歪んだ姿だとしても、そこには人間の強さの一側面がある。
だけど、そういったものに全く感慨を抱かない人間もいる。結果が全てと無味乾燥に割り切れる人間がいる。父さんが、そういった人種の一人だった。
「恋など脳内物質と思春期の作用だし、愛など庇護対象を持てば自然と発生する。どちらも条件によって移り変わるものだろう。生存する上の副産物に過ぎないものにどうしてそうも振り回されるのだ」
「――――」
「そもそも人生のパートナーとして、何故わざわざ余分なデメリットのある相手を選ぶのかが理解できない。健太にそれを覆すメリットが存在するともぐふっ」
いきなり父さんが脇腹を押さえて突っ伏した。ちらりと、母さんが片手に握った木刀の柄を引き戻すのが見える。え、そういう用途で持ってきてたの……?
母さんが「まるで成長してない……」と陰鬱そうに呟いてから俺の方に向き直った。
「……けど、父さんの言うことにも一理あるのよ。別にね、恋した相手とじゃなきゃ幸せになれないってわけじゃないのよ」
「でも……」
「それにね、一つだけ確実に言えることがあるわ。若い頃の勢いに任せて決めたことは、後で絶対後悔するのよ」
その言葉は
なんだか、ものすごい説得力を感じた。俺達にはない年の功と言うんだろうか、母さんが自分自身の経験から物にした悟りの一つなんだと思う。
母さんが今度は優香に向き直る。その声は、さっきよりもとげとげしさが薄れている。
「ねえ優香。正直、なんでそこまで誰かを好きになれるのかはわからないけど、それだけが人生じゃないのよ? 意固地になってるだけじゃないの?」
「……」
「あなたは私と違って器量も才能もあるし、いろんな人と出会っていろんなことができるはずでしょ? 自分から可能性を閉じることはないじゃない」
「……」
優香はじっと俯いて答えない、表情も見えない。
それでも母さんは、少しずつ言葉を重ねて、優香を何とか説得しようとしている。
前からそうだったけど、父さんは俺を、母さんは優香を庇う傾向にあって、それはこの期に及んでも変わっていないようだった。
父さんは意志決定を俺に委ねてくれたし、母さんは優香を何とか更生させようとしている。
俺も優香も、面罵されて、殴られて、失望されて、追い出されても仕方ないことをしたのに。
父さんと母さんが、俺達の関係を解消させようとするのは、自分たちの世間体のためなんかじゃない。俺達を心配して、それが最善だと信じてるからだ。
俺の家族はきっと、誇るべき人間なんだろう。
優香だけじゃなく、父さんも、母さんも。
……俺、は……



254 未来のあなたへ11中編 sage New! 2009/09/05(土) 23:25:50 ID:/Xscd8p7
「なあ。優香……」
この席で
俺は初めて、優香に話しかけた。
母さんの声がぴたりと停まる。
それまで何を言われようと俯いていた優香が、すっと顔を上げたから。
「……」
優香が首をひねって俺を見る。
表情は、ない。涙の痕も、唇を噛んだ痕もない。ただぼんやりと、少しだけ口を開いて、優香はじっと俺を見ている。
重圧。
凄まじく重いものが、俺の肩に掛かる。それは人間一人を左右する重さと、優香の想いの強さだ。
歯を食いしばり、お腹に力を込める。それでようやく、動ける。
全身全霊を振り絞って
俺は口を開いた。
「もう……やめないか……?」
「――――」
「あの時頷いたのは、ごめん……けど……やっぱり、普通の兄妹に戻らないか……?」
「――――」
沈黙。
沈黙が胸を刺すということを、初めて知った。
痛い、痛い。ぐさりぐさりと、一秒ごとに刺されるような痛み。けれど耐える、耐えなきゃいけない。
ああ、ああ、ごめんなさい、ごめんなさい。あらゆるものに謝る。どうかごめんなさい。
父さんも母さんも、じっと成り行きを見守っている。
…………
そうして、どれだけの時間が流れたのだろう。
無限に思える空白の後
優香はぽつりと呟いた。

「――――はい……わかりました」

つう、と、閉じた瞼から涙が溢れる。

「明日から……普通の兄妹に戻ります……」

榊家ダイニング
「ぷふー……」
「優香は部屋に繋いできたが……飲んでるのか」
「そーよ飲まなきゃやってられないわよ。あなたも飲みなさいよほらほらー」
「いや僕はやるべきことが……むぐぐっ!」
「きゃははははは」
「(ごくごく)……ごふっ」
「あーなにもう顔真っ赤になって、相変わらずお酒弱すぎよねー、全くもー」
「…………」
「大体、なんでこう私の人生ってこんなのばっかりなのよ、なんで私ばっかりこんな目に遭うのよ。リアル近親相姦とかホント勘弁してよ」
「…………」
「それにわっかんないのよマジわっかんないのよ。愛とか恋とか、そんなのしらねーっての! 私達には縁がありません! 対応不能なのでした!」
「…………」
「あー、でもあなた、優香が洗脳云々gdgd言ってたけどさあ。好きになった相手に振り向いて貰おうと努力するのって普通じゃない? よくわかんないけどさあ」
「…………」
「健太も健太よ。お兄ちゃんなんだから最初からびしって断りなさいよ。ていうか優香はなんであれに惚れたのかしら、私もさっぱりわかんないわ」
「…………」
「そういえば離婚云々ほざいてたけどあれマジだったの? あなたにとってこの十数年はそれだけの価値しかなかったの? 答えなさいよ、ねえ」
「…………」
「なんだ寝ちゃったの……つーか、この男もいつデレ入るのよ。クーデレどころかツンデレの気配すらないし、まるで成長していないってーの!」
「…………」
「もうね、なんてーの。逆にこっちがいい加減悟り開いちゃうわよ。良妻賢母になっちゃうわよ。なにこの倦怠期デレ。ブルデレ? 絶対流行んない絶対流行んない」
「…………」
「……ぐー」
「……すー」


255 未来のあなたへ11中編 sage New! 2009/09/05(土) 23:27:29 ID:/Xscd8p7

「はあ……」
ベッドに寝転がることで天井を見上げて
溜息をつく。
もう……何時になるだろう。一時か、二時か。
時計を見る気力すら起きない。それでも、罪悪感のあまり眠気は訪れない。
ああ、ああ、俺はなんて酷いことをしてしまったんだろう。
あれからずっと、俺は死んでしまいたいという思いに打ちのめされていた。
あの時の優香の表情と、涙。自分を裏切った人間を見る眼差しが、脳裏に焼き付いて離れない。
これからずっと、目を閉じるたびにあの光景に苛まれるのかもしれない。

優香は俺を信じていた。
思えば今日の夕方、一緒に食事に出た時から、優香はこうなることを予期していたんだろう。だから、ああまでして
『ですからどうか、どうか。
 兄さん、好きです、付き合ってください』
俺に決断を迫って、言質を取ろうとしたんだろう。
いや、もっと前。水族館の帰りに、俺に告白した時から、優香はこういう日が訪れることを覚悟していたんだろう。
だから、まるで生き急ぐようにして甘えてきたんだ。対して俺は、あんな日々がいつまでも続くとのだと楽観して流されるばかりで。
優香は、今日という日が訪れることを知っていた。今がいつか終わることを、やがて終わりが訪れることを、決断を迫られることを。
そうして、俺が一緒に家を出ていってくれると信じていた。
信じていたんだ。
両親に何を言われようと黙して、一切弁解もせず。全身全霊で、自分の人生そのものを託していた。
あの言葉に。
『――――ああ、わかった』
それを俺は踏みにじったんだ。
優香がその想いの強さで形作った、歪んではいるけれど精緻で綺麗な結晶を、俺は裏切り打ち砕いたんだ。
優香を拒否することは、優香を壊すことだと知っていたはずなのに、それでも俺は。

どうして優香を受け入れられなかったのか。その答えはひどくひどく残酷で単純だ。
優香は俺を、他の何もかもを捨てれる程に、好きでいてくれた。
けれど俺は……他の何もかもを捨てられる程に、優香を好きじゃなかったんだ。
もちろん優香のことは大切だ。妹としてなら、身を挺したって助けられる。けれど大切なのは家族や友人も同じで、優香もまたその括りにあるんだ。女性としての優香も意識はしていたけど、それは淡いものでしかなかった。
だから優香を選べなかった。元通りの関係に戻れるのなら、それがいいと……思ってしまったんだ。
俺は優香ではなく、これまでの日々を選んだ。
ああ、ああ、でもそれなら、なんで俺はあの時頷いたんだ。いや、どうして初めから優香を拒絶しなかったんだ。それが妹をより一層傷つけることになったのに。
それに、全て自分勝手な都合だ。父さんも母さんも純粋に子供のためを思っていてくれたのに、優香ですら俺を信じて何一つとして反論もしなかったのに。
俺だけが、自分のことを考えるばかりで、その場凌ぎの嘘を付いて、結局は妹を手ひどく裏切って、最低の兄だ。最悪だ。
……でも、それでも。だからといって優香と駆け落ちなんてできなかった。俺にそんな覚悟はない。どう足掻いても、今までの全てを捨てられるような覚悟はなかったんだ。
家族も妹も、どちらも大切で。女性としては、そこまで優香のことが好きではなかったんだ。

ベッドの中で自己嫌悪のあまり、頭を抱える。情けないことに俺は涙さえ流していた。
そうしてどれだけ時間が経ったのだろう。一時か、二時か。
きい、と部屋の扉が開く音がした。
電気は消している。光源は窓から差し込む月明かりだけだ。俺が反射的に部屋の入り口を見ると

優香がそこにいた。

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最終更新:2009年09月05日 23:43
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