『あにぃナイト・リオレイアース』

506 短編『あにぃナイト・リオレイアース』 ◆uC4PiS7dQ6 sage 2009/09/17(木) 19:34:29 ID:43++NKIY
1

 車輪が回る。

 カラカラカラカラ。

 車椅子を押して、毎日、毎日、同じ道を、毎日、毎日、散歩する。
 病院の中庭。ここでは車輪の音だけが唯一で、後は二人の呼吸音。
 辺りに人の気配は無く、すっかり秋色に染まった風景だけが、この空間全体を芸術品に仕上げていた。
 見上げれば一面の紅葉、見渡せば一面のススキ畑。そして見下ろせば、風になびく長い赤髪。
 そう、間違いも無く、妹の示堂 光(しどう ひかる)は、アーティファクトの中へと溶け込んでいるのだ。
 事故で足が不自由になり、痩せ細って肌は雪の様に白く、髪の色素まで薄くなって。
 でも、それでも、俺はコイツが綺麗だと思う。家族として、兄として、他の誰よりも大切な妹。
「ねぇ、おにいっ……ボクの世話がイヤになったら言ってね? 首、絞められても文句なんてないからさ」
 二ヶ月前、親父の車が事故にあった。相手側の飲酒運転による衝突事故で、親父と母があっさりと他界。
 奇跡的に助かったヒカルも、衝突のショックで足に障害が残った。
 ただ一人、俺だけが二度寝して買い物に付き合わなかった、からっ……
「はっ、バーカ! たった一人の家族だぞ? んな事しねーよ。それよりもリハビリ頑張れ、早く学校に復帰して、彼氏……作るんだろ?」
 リハビリと言っても言葉だけ。実際は麻痺だ、足はまず治らないと宣告されている。
 だから、これから先一生涯、車椅子を押すだけの生活でも、それは俺の罰。
 俺がめんどくさがらず起きて、一分、三十秒でも出発を遅らせられたなら、きっと今でも家族四人で暮らしてた筈なのだから、どんな罰でも喜んで受けよう。

 全ては、たった一人の家族への懺悔。
 ハンデを背負う事になった、妹への懺悔。





507 短編『あにぃナイト・リオレイアース』 ◆uC4PiS7dQ6 sage 2009/09/17(木) 19:35:26 ID:43++NKIY
2

 車輪が回る。

 カラカラカラカラ。

 病室へ戻る為に回る。
 車椅子にパジャマ姿の妹を乗せて、平らなアスファルトをカラカラカラカラ。
「あっ、そう言えばさっ♪ あにいっ、エフエフって知ってる?」
 ヒカルの視線は前に向けられたまま、声だけは俺に向けられて楽しそうに弾む。
「んっ、ゲームか? 名前なら知ってるぞ?」
 エフエフ……FF。日本人なら、知識の大小はともかく、殆どが俺と同じ連想をするだろう。
 つまりはファイナルファンタジー、ゲームだ。
「ふーん、じゃあさ? ドラクエでも良いや、回復魔法を唱えてみて? ボク、あにぃは魔法使いだと思うんだよね」
 変わらず視線は前に向けられて、恐らく俺は驚いた顔でヒカルの後頭部を見てる。
 もちろん魔法使いじゃないからだ。そう思わせる素振りすらした覚えは無い。
 なら、何かのジョークか? ボケか? 最悪は、脳に障害が有ったとか?
 深呼吸して、冷静に、冷静に。単語を一つ一つチョイスして、冷静な台詞……を装う。
「残念ながら、俺は魔法使いじゃないぞ? んなもん使えたら、すぐに家族を四人に……」

 装おうとして、

「いいからっ!! あにぃはボクの言われた通りにすればいいのっ!!!」
 即座に遮られた。それも信じられないぐらいの大声。
 どうしたっつーんだ? 取り敢えずは、ヒカルの回答を待つのが正解だな。

「はあっ、わかったよ。ゴホン……ホイミっ!! さぁ、これっ!? で……まん、ぞ、く……」

 遮られる。俺の言葉は二度までも。
 ホイミ、そう言った瞬間、ヒカルは顔を上げ、互いの視線を交差させて微笑んだ。
 口元を吊り上げて、目を三日月の形に細めて輝かせ。
「あは、はははっ♪♪ あにぃ最高っ♪ あにぃアイシテルぅっ♪♪ くふっ、あはははははははははははっ!!!」




508 短編『あにぃナイト・リオレイアース』 ◆uC4PiS7dQ6 sage 2009/09/17(木) 19:36:24 ID:43++NKIY
3

 車輪が回る。

 カラカラカラカラ。

 車輪は止まる。

 ギギィギギィギギ。

 止めたのはヒカル。それも直接ホイールを素手で掴んで。
「ほぅら、この通り……あにぃの魔法でスッカリ治っちゃった♪」
 赤い、髪が、揺れる。
 ヒカルは簡単には立ち上がると、その場でクルクルと回転して見せた。
「たっけこっぷたぁ~っ♪♪」
 楽しそうに手を広げクルクルクルクル。車輪の代わりに回り続ける。
 俺の身体は固まったまま。搭乗者の居ない車椅子を掴み、声さえ吐き出せずに突っ立つだけ。
「いや~、あにぃゴメンね? 今月コナイからさ、もう嘘はヤメにするよ」

 うそ、ウソ、嘘……
 コナイって、何の事だ?

「ふぇっ? コナイって言ったらアレしかないじゃない? 女の子のボクが 今月は コナイ って言ってるんだよ?」

 コナイ、こない、来ない……
 先月は、来た。

「セ、イ、リっ♪ せいりだよ生理っ♪♪ あにぃでも、わかるよね? すぐに、家族が四人に戻るよ」

 こんな障害持ちのメンドクサイ女、誰も好きになってくれない。
 処女のまま死にたくないから、あにぃ、ボクの処女をもらって。
 一月も前にそう泣き付かれ、俺は病院のベッドでヒカルを抱いた。これも罰だと思って……でもっ! しっかりゴムは付けた! 避妊は完璧だった!!

「アナ、空けるのなんて簡単じゃん♪ それに、ねっ? あにぃ勘違いしてるようだけど、ボク……最初からケガなんてしてないよ?」

 俺は……
 妹は……
 なにをしたんだ?

「両親の保険金って幾らか知ってる? 億だよ億っ!! だからそれでね……病院の関係者に口裏合わせてもらってね……あにぃを、騙してたの」

 振り返れば、事故の現場を直接見た訳じゃない。
 妹に付きっきりで、医師から口頭で教えられただけ。

「天罰だよ。ボクを女子寮に入れるなんて言うから、あにぃと引き離そうとするから、神様が……ブレーキコードを切ってくれたんだよっ♪」

 おれは、どうしたらいいんだ!?

「こーして退院できるし、彼氏もできたし、家族も四人に増えるし……ぜーんぶ、元通りだね? 大好きだよっ、あ、に、ぃ」




おわり

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最終更新:2009年09月21日 20:33
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