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私は貴方に相応しい? 1/4 sage New! 2009/10/12(月) 16:13:08 ID:tvgBn2Av
「ふぅ…これでよし、と」
人気のない廃倉庫。打ち捨てられたように機材が転がり、絨毯を作るほどに積もった埃。
そこに、一人の人間が居た。
「フン。少し優しくされただけで付け上がりやがって。これだから野良猫は」
年の頃10台半ば。背中までかかる髪をストレートに下ろした、セーラー服の少女だ。
その視線の先には、宙に吊られた『何か』があった。
「貴様は彼に相応しくない。それどころか、貴様からの一方的な言い寄りに、彼は心底迷惑しているのだ」
言葉を返さない『何か』に向かって、少女は吐き捨てるように悪言を叩き付ける。
「せいぜいあの世で指を咥えて見ているがいい。彼が貴様以外の女と幸福になるところをな」
最後に一言だけ投げつけると、振り向きもせずに立ち去っていく。
後に残るのは、少女とは異なるブレザーの制服を着た女性の亡骸だった。
ふわふわとした、軽い眩暈のような世界。ここがどこだか解らないにもかかわらず、何か安心できるような温もり。
ああそうだ、ここは…
「むにゃ…おかわり…」
布団の中だ。
「『御代わり』ではない。寝言をほざいてないで、とっとと起床しろ兄よ!」
「ぐげぶっ!?」
全身に広がる鈍い感触。鳩尾の辺りに激痛が走る。
「…ぁ…ぉ…」
「目は醒めたか? 我が愚兄よ」
痛みで呼吸困難になりながら目を開いてみると、ブラウスの上にエプロンを着ている、ポニーテールの少女が俺を見下ろしていた。
107 105 sage New! 2009/10/12(月) 18:12:56 ID:tvgBn2Av
「…か…れ…」
「目は醒めたようだな。では着替えて降りて来い。朝食の時間だ」
一言呟くと、まるで興味を失ったように、さっさと部屋から出て行く。
「5分以内に降りて来い。でなくば今日の昼飯は抜きだ」
痛みで悶絶する俺に、無理難題をぶつける少女。
気が遠くなりながら、ふと
「これをDVっていうのかな…?」
そんなことを考えた。
俺は聡明。御影・聡明。とある公立高校に通う、17歳の高校二年生だ。
「ようやく降りてきたか。だが残念だったな。規定の時間を10分もオーバーだ。よって今日は朝昼共に抜きとする。文句は受け付けんぞこの鈍間」
目の前で俺に罵詈雑言をぶつけてくるのは、俺の一応の妹、可憐。なぜ一応と突けるのかと言うと、こいつが俺を兄として扱ったことがないからだ。少なくとも、物心付いてから今まで、敬ってくれた記憶はない。
「どうした? 何か意見があるのか? だが言ったはずだ。『文句は受け付けん』とな」
「いや、文句なんてないよ。ただちょっと考え事を…」
「ほう? ノリと勢いだけで生きている貴様が考え事か。良ければ聞かせてくれないか? この私のタメになる説教を聞き流すほどの考え事を」
新聞を読みながらコーヒーを啜る可憐。これで制服のブレザーでなければそれなりに絵になったのだろうが…
「いや…『可憐』ってお前の名前、明らかに名前負けしてるよな?」
「…………」
「あれ? 可憐、どこいっ―――」
「有罪(ギルティ)」
「ぐべひゃっ!」
目の前から可憐が一瞬で消え、耳元から声が聞こえてきたかと思うと、視界が縦に回転し、後頭部に激しい痛みが襲ってきた。
俗に言う『ジャーマンスープレックス』という奴らしい。
103 私は貴方に相応しい? 2/4 sage New! 2009/10/12(月) 16:14:12 ID:tvgBn2Av
「フン…私はもう行くぞ。戸締りくらいはしっかりやれよ、この歩く不法廃棄物」」
俺を凍てついた目で見下ろしながら何かを投げつけた後、可憐は鞄を掴んでとっとと出て行ってしまった。
「行ってきます」
それでも挨拶を忘れない辺り、礼儀には律儀な妹である。
「ふぅ。全く…」
教室について早々、私はため息を付く。
「あの愚兄は本当に…人の苦労も知らないで…」
もはや習慣になってしまった愚痴を呟く。
あんな怠け者とはいえ、一応は私の兄だ。妹として生まれた以上、兄の面倒を見るのは妹としての義務である。
ついこの間まで、高飛車な態度で言い寄ってきた女に苦労させられたというのに、2~3日経った今では、元の怠惰な性格が顔を出してしまった。
「はぁ…あんな男に結婚などできるのだろうか?」
「何々? 可憐ちゃん誰かと結婚するの?」
「そんな訳がなかろう。というか、独り言に突っ込みを入れるな!」
つい癖になってしまった独り言をしながらの思考に、頓珍漢なツッコミを入れてきたのは、私の級友、『久瀬・真理亜』。
ショートカットの髪にやや小振りの顔。猫のように釣り上がった目で、どこか悪戯好きな雰囲気を窺わせる。
噂大好き、悪戯大好き、楽しい事大好きと、我が愚兄をそのまま女にしたような少女だ。
「きゃ~! 可憐ちゃん恐~い!」
「『恐い』がなぜその字なのだ!? 返答如何ではしばくぞ貴様!」
「そういうところ」
「殴ってもいいかな? 返答は一応聞いてやる」
「止めて止めて! 泣いちゃうから! 私の弱さに泣いちゃうから!」
「あらあら? 何だか賑やかですね?」
「あ、吹雪~!」
「おはよう、吹雪」
「おはようございます、可憐さん、真理亜さん」
104 私は貴方に相応しい? 3/4 sage New! 2009/10/12(月) 16:14:38 ID:tvgBn2Av
私と真理亜の喧嘩(寸前)を止めたのは、私の親友、七海・吹雪。膝裏まで届く黒髪をストレートに下ろし、いつもほわほわした笑みを浮かべている。
少々天然ボケな空気はあるが、しっかりと芯の通った性格で、その様は正に、古代に滅亡したといわれる『大和撫子』と呼ぶに相応しい。
「いつも仲がいいですね?」
「貴様の目は節穴か?」
「あらあら? うふふ♪」
「ん~? 吹雪ちゃん機嫌良さそうだね? 何かいいことでもあった?」
「え? そ、それは…」
「大方、今朝私の駄・兄貴に会ったとかそんなところだろう?」
「////」
「…吹雪ちゃん真っ赤…」
「女の私から見ても色気があるな…貴様、その美貌で今ままで、どれだけの男を侍らせて来た?」
「そんなことはありません! 私は聡明さん一筋です! …あ」
「うわぁ…」
「盛大なカミングアウトご苦労。あんな兄だからこの先死ぬほど苦労するだろうと思うが、まあ仲良くやってくれ。私もできる限りの手助けはする」
「////」
吹雪は、私が認めた数少ない女性だ。特に、あの怠惰な兄を更正させるには、彼女のようなしっかりした女性でなければ無理だろう。
「あの…ところで可憐さん?」
「何だ?」
「あの…ボソボソ(お昼の件なんですけど…)」
「ボソボソ(ああ、言われた通り、奴は昼飯抜きにしておいた。後で弁当を持っていってやれ。死ぬほど喜ぶぞ?)」
「(っ!)」
「何々? 内緒話? 私もまぜろー!」
「ああ何、美貌の割に奥手な吹雪に、我が兄を堕とすためのアドバイスを少々な」
「////」
「ふ~ん…っていうか吹雪、まだ聡明君に告白してないの?」
「えっ!? そ、それは…その…」
「残念ながらそうなのだ。年下とはいえ、毎日弁当を作ってくれる女性が居るというのに、あの朴念仁は交際しているという感覚がないらしい」
「…マジで?」
「マジだ」
「わ、私はその…聡明さんのお傍に居られれば、それで幸せですので…」
105 私は貴方に相応しい? 4/4 sage New! 2009/10/12(月) 16:15:02 ID:tvgBn2Av
「…ねえ可憐、聡明君ボコっていいかな? 女心を理解するまで徹底的に」
「どうぞどうぞ、と言いたい所だが止めておけ。吹雪が泣きそうな目で私達を見ているぞ」
「げっ!」
「…………」
「あ、あはは! やっぱり何でも力で解決するのは良くないよね!」
「その意見には賛成せざるを得ないな。だが吹雪、これだけは覚えておけ」
「はい?」
「ここまで尽くされておきながら、我が兄が貴様を振った暁には…」
「聡明君の顔が変形するまで殴るからね☆」
「あ、あはは…」
まあ実際そんなことはないだろうが、真利亜と意気込みを示しておくことにした。
(本当にそれでいいの?)
っ!?
何だ、今の胸の痛みは? 何か悪いものでも食べたか?
最終更新:2009年10月17日 22:07