人と妖の姉 三話

147 人と妖の姉 sage New! 2009/10/16(金) 11:33:45 ID:xG+yT8TI
 太陽が真上に位置している正午。
 都会から少し離れた山中に、久衣那姉弟は居た。
 滝の流れ落ちる音。川のせせらぎ。小鳥の囀り。生い茂る緑の匂い。
 ここは山中にある小さな湖がある広場。
 綾架は湖沿いの大きな岩の上に座り、読書をしている。
 服装は半袖のワイシャツに薄茶色のサマーセーターを上に着ており、
下は青のチェックが入ったミディスカートを穿いている。
 スーツ姿とは違い、ラフなプライベートで着る服装だ。
 そして綾斗は、広場の中心にある湖に佇んでいた。
 上半身は服を着ておらず、下はジーンズの半ズボンを穿いている。
 湖の水深は三十センチ程で、脹脛の上辺りの深さ。
 綾斗は目を閉じ、右腕は脇を締めて後ろに引き、左腕は肘を曲げて前に出している。
 左手は紅い光を纏っており、綾架に反して綾斗はラフな雰囲気とは思えない状況。
 そんな彼の様子など気にも留めず、綾架は読書に耽る。
 数分間このような状態が続き、変化は起こった。
「はあ!!」
 綾斗がいきなり、水面に向かって光を纏う左拳を突き付けた。
 バシャンと水飛沫を上げ、拳は無抵抗に湖に浸かる。
 それ以上は何も起こらず、ただ滝の音がその場に響く。
 その中に、綾架が本の頁を捲る音も混じる。
 とてもシュールな光景かと思われた瞬間、突如綾斗の拳が浸かっている水面が震え始めた。
 初めはプクプクと小さく泡立ち始めたのが、すぐにそれはボコボコと大きくなり出した。
 そして、綾斗を中心とした湖の一点が――爆発した。
 ダイナマイトを放り込んだのかと思う程の爆音と水飛沫を上げ、湖を波立たせる。
 そんなことが起こっても、綾架は平然と読書をし続けている。
 やがて水飛沫が晴れ、そこにはあれだけの爆発が起こったというのに、身体に全く傷一つ無い綾斗が立っていた。

「放つまでに霊力を溜める時間が四分十二秒一三。
送り込んで発破するまでが八秒七五。
威力は良いとして、総合的に見ればとても合格点とは言えないわね」

 不意に読書をしていた綾架が、本から視線を反らさずに言い放った。
 その言葉を聞いた綾斗は、肩をガックリと落とした。



148 人と妖の姉 sage New! 2009/10/16(金) 11:36:55 ID:xG+yT8TI
「久衣那流拳脚術の奥義――拳に集めた霊力を敵に送り込み、その霊力を内部から爆発させる技。
本来なら霊力を溜めて放つまでに五秒だと言うのに、
その何十倍も掛かってしまうのでは会得出来てないと同義よ。
実戦じゃ敵は何分も時間を待ってくれない。せいぜい数秒が限界」
 綾架は読書をしながら、淡々とした口調で喋る。
 姉の厳しい指摘に、綾斗は大きな溜息を吐く。
 二人は現在修行兼ピクニックでこの山に訪れていた。
 綾斗は修行のつもりで、綾架はピクニックのつもりでいる。
 修行を一旦中止し、湖から上がって来た綾斗は、大岩に座る姉を見上げる。
「でも初めてこの技をやった時に比べたら、随分時間も威力も上がったんだけどね~……」
「とは言え、実戦で使用出来る域まで全く届いていないことは事実でしょ?」
 綾斗の見栄っ張りに言い返した綾架は、パタンと本を閉じ、軽やかに大岩から飛び降りた。
 着地した際に、彼女が来ているミディスカートが大きく舞った。
「パンツ見えてんですけど……」
 ボソリと呟く綾斗に、綾架は頬を少し紅くさせる。
「綾斗はそんなに私の下着が見たいの?」
「いえ結構です」
 恥ずかしそうだがやや嬉しそうに訊く彼女に、綾斗は無表情で即答した。
 彼の反応に、綾架はつまらなそうな顔になる。
 二人がそうやって平和なやりとりをしていると、その平穏を破るかのように――

 銃声が鳴り響いた。

 それは連続で三発響き、音の出所は近くであった。
 木々で翼を休めていた鳥達は驚き、瞬時に飛び去る。
 綾斗はその音に一瞬動揺するも、綾架は澄ました表情で右手を前に突き出していた。
 その手の数センチ先には、三つの銃弾が青白い光に包まれて空中で止まっている。
「相変わらず嫌なタイミングで来て、随分な挨拶をするのね」
 綾架は静かだが強い口調で喋ると、右手を下した。
 それに釣られて、三発の銃弾も砂利に乾いた音を出して落ちた。
 すると二人がいる湖の広場から少し離れた森の奥から、調子の良い声が聞こえてきた。
「いやはやそっちこそ~、隙だらけに見えるのに全く隙が無いのは相変わらずだよね~」
 そんなことを言うと、声の主はその姿を現す。
 黒いスーツを着た女性。
 下は綾架が来ているスーツのそれとは違い、ロングスカートではなくズボンである。
 金髪に染めたセミロングの髪と瞳を隠すサングラスは、太陽に反射して煌めいている。
 年齢は綾架と同じ位であろうその女性の右手には、リボルバー式の拳銃が握られており、
その銃口からは灰色の煙が微かに流れていた。



149 人と妖の姉 sage New! 2009/10/16(金) 11:39:07 ID:xG+yT8TI
「いや~悪気はなかったよ~? 
ただ退魔師である貴女が~、平和ボケしていないかど~かを見たかっただけだよ~。
それに仮に命中してても急所は外してたから、許して欲し~ね~」
 へらへらと、気が抜ける口調で話す金髪の女性。
 そう言いながら、右手に握っている拳銃をクルクルと器用に回し、
右太腿に巻き付けているホルスターに仕舞う。
「ビビった……夜凪さんかよ……」
 彼女の姿を見た綾斗は、力が抜けたように砂利に座り込んだ。
「綾斗、玖梨子に「さん」を付ける必要は無いわ」
 彼女を一直線に睨む綾架は、無表情で話す。
「いやいや~綾斗くん。年上に対して敬意を払うのは当然だよ~。
だから君の言葉遣いは何ら間違いない等無いよ~」
 またへらへらと、金髪の女性は調子の良い口調。
 彼女は夜凪 玖梨子(やなぎ くりこ)。
 日本政府の裏機関・超常現象特別捜査隊の隊員である。
 この機関は主に霊的なモノを調査・解決する機関であり、内容は退魔師と差ほど変わらない。
 玖梨子自身も綾架や綾斗同様に、妖を退ける能力がある。
 彼女と久衣那姉弟の関係は、簡単に言えば仕事の仲介役。
 何故退魔師と同じ能力を持ち、日本政府と言う大きな後ろ盾を構えながら、
あくまで表向きだが民間人である綾架達に仕事を紹介するのか。
 それは日本政府の後ろ盾が大きく関係している。
 バックにこれ程のようなモノがあれば、返って大きな動きが出来ないのである。
 彼女ら捜査隊が妖に関する事件に動いた時、
もし一般人に妖の事や日本政府が関係していることが明らかになっては、表の世界では混乱が生じる。
「何故こんな妖(モノ)が世の中に蔓延っているのに、政府は隠し続けていたのか」
「政府は今まで妖に殺害された人達の遺族や関係者に謝罪をするべきだ」
 などと言う声が飛びかねない。
 故に政府は民間人の退魔師に仕事を依頼し、報酬と引き換えに秘密裏に解決してもらっているのだ。
 だが常にそんなことでは、政府お抱えの裏機関の存在意義が無くなってしまう。
 上級の妖や、民間人の退魔師では解決出来ない事態が生じれば、機関も動きを見せる。
 その分、解決した際の一般人に感づかれない為の証拠隠滅にも、
大きな手間と費用が掛かってしまうのだが。



150 人と妖の姉 sage New! 2009/10/16(金) 11:41:21 ID:xG+yT8TI
 綾架は胸元から一枚の御符を取り出し、いきなりそれを玖梨子に目掛け投げ放った。
 弓矢のような鋭さで迫る御符を、玖梨子は即座に銃を抜き取って早撃ちの要領で撃ち落とした。
 撃ち落とされた御符は勢いが無くなり、何も起こらずにヒラヒラと砂利に落ちる。
 玖梨子は銃口の煙を息を吐いて掻き消すと、ニヤリと口元を歪める。
「な~んのつもりかね~? 久衣那嬢?」
「さっきのお返し。これでチャラでしょ」
 冷たい表情の綾架は、何事も無かったかのように言い終えた。
 この二人、共にあまり仲がよろしく無い。
 綾架は実直真面目で必要以外のことはあまりしない主義だが、
 玖梨子は面倒臭がりで必要以外どころか必要なことすらしないこともしばしばの道楽主義者。
 所々対極な面があるこの二人は、今のように衝突することが度々ある。
 その度に当事者の綾斗は冷や汗をかいているのだが。
「まあまあ二人共そこまでにして。それで今日は何の用ですか? 夜凪さん」
 二人の間を割って入った綾斗は本題に入ろうと言い出す。
 また玖梨子のことを「さん」付けで呼ぶ綾斗に、綾架は不満げな顔になるも黙ったまま。
 玖梨子は今度は「ニヤリ」とではなく、ニッコリ」と笑った。
「うんうん。やっぱ綾斗君は話が早くて良~ね~」
 感心したように話す彼女に、綾架は「さっさと話しなさい」と急かす。
「いや~こんな所で立ち話もど~かと思うしさ~。とりあえず久衣那家まで戻ろ~よ? 
あ、それとお茶とか茶菓子も出してくれたら嬉し~な~。いやホント~」
 彼女のいつまでもへらへらとした態度と言い様に、
 綾架は図々しい奴と心中で舌打ちし、
 綾斗は本当にマイペースな人だなと溜息を吐いた。

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最終更新:2009年10月17日 22:18
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