籠の中(その8)

766 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/06/13(水) 16:14:50 ID:J7wu4ZRG
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「お前はお兄ちゃんなんだから、妹のことを護ってあげなきゃいけないんだぞ」
父は、嘗てそう云った。
記憶がぼやける程に古い過去。
その過去の中にある一組の兄妹。
いつも僕の後をついて廻ったちいさな妹の姿に。
父に云われるまでもなく、この娘は自分が護るのだと己に云い聞かせていた。
いつも一緒。
ずっと一緒。
何があっても仲睦まじく。
何が起きても共に在った。

何度かの季節が巡って。
僕にはもう一人の妹が出来る。
忘れられた人形のような、寂しげな少女。
親族だという、小柄な女の子。
「あの娘の兄になってやってくれ」
叔父は子供の僕に、そう云って頭を下げた。
寂しさを埋めてあげられなかった自分に代わって、聖理を救ってあげてほしいと。
僕は頷く。
家族が増えるのって、とても素晴らしいことだから。

家族。
そう。
僕は家族が大切だった。
家族として、二人を愛したのだ。
それ以上でも、それ以下でもなく。
それ以外でもなく――

「いらない、いらない!さとりちゃんなんていらない!!!もう消えてよ!!!私達の前から
いなくなってよ!!!!!!」

声がする。
愛しい、妹の声。

「にいさんは私が幸せにするの!!コトリなんかじゃにいさんを幸せに出来ない!!不幸にするだけ
でしょう!?そんなの許せない!そんなの認めない!!!にいさんはっ!私を幸せにしてくれた
にいさんはっ!この私が幸せにするの!!!私だけが幸せに出来るの!!!!」

声がする。
大切な、妹の声。

「お兄ちゃんは私と結婚したの!指輪を交換したの!!!ずっと一緒にいるって云ったの!!!
だから一緒にいる!!これまでも、これからも!!私達兄妹はずっとそうしてきたの!!!!!!
さとりちゃんの入る場所なんてもとからないの!!出て往って!!!邪魔なさとりちゃんは出て往って
よ!!!私達の間に入ってこないでよォォオ!!!」

何でそんな声をあげるんだ。
お前はいつだって穏やかに笑っていただろう?

「結婚!?どうせ優しいにいさんを罠に嵌めただけでしょう?貴女、昔からそうだったものね。
他人に付け入って、自分は良い子の振りをする!!にいさん、指輪を迷惑がってたのよ?だけど
外したがらなかった!それってつまり、貴女がにいさんを嵌めた証拠でしょう!?」

どうしてそんな声をだすんだ
お前の喉は、そんなことの為に使うものじゃないだろう?

767 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/06/13(水) 16:16:39 ID:J7wu4ZRG

「なにが“にいさん”よ!!偽者のくせに!赤の他人のくせに!!お兄ちゃんのことを気安く
“にいさん”なんて呼ばないでッッッ!!!!」

違う。
聖理は僕の妹だ。

「にいさんは私のにいさんだもの。にいさんと呼ぶのは当然でしょう?それとも、こう呼んだほうが
良い?“マコト”さんって。それも良いかもね!にいさんはもう唯のにいさんじゃないの!
私の旦那様になるのよ!!!」

違う。
僕は、兄でありたいんだ。

「認めない!そんなの認めない!!お兄ちゃんは、さとりちゃんの旦那様なんかじゃない!!
私のお婿さんだもの!」

ああ――
        • やっぱり・・・・。
理理も。
『そういう』目で僕を見ていたのか。

「コトリなんかに認められなくても良いの!貴女は私の人生には元から不要だもの!!!!!
必要なのは、にいさんだけ!他は何もいらない!!にいさんだけが居れば良いの!!!!!!!
見たでしょう、コトリ!私とにいさんが愛し合ってる姿を!」

すれ違いの愛でも――

「認めないって云ったでしょう!?あんなのは、性質の悪い幻覚に決まってるもの!!!!
お兄ちゃんは私だけを愛してるの!お情けで偽妹になったさとりちゃんなんかとは違う!!
血を分けた実の妹の私だけがお兄ちゃんとひとつになる資格があるんだよ!!!あんな出来の悪い
幻覚なんかじゃなく!肌で!!心で!!!お兄ちゃんと繋がった私だけがお嫁さんになれるの!!!」

形の違う愛でも――

「繋がった?寝言は寝て云って!にいさんがコトリなんかと“繋がる”訳が無いっ!!!!」

方向違いの愛でも――

「お兄ちゃんの“初めて”は私だよ?交換したのは指輪だけじゃない。お互いの“初めて”も、
これからの未来も!全部全部全部全部!!私達は交換したの!!共有するの!!!」

それでも僕は――

「そんな嘘はこの私が許さない!!コトリ、貴女、不愉快なの!その存在自体が!どこまでも
不快なのよ!もういいわ!消してあげる!不愉快な嘘と一緒に消してあげる!!!!!!!!」

妹達を――

「消えるのはさとりちゃんのほうだよ!私のお兄ちゃんに纏わり付く害虫の癖に妹面して!
あまつさえ、こんな気色悪い幻覚まで見せて!!許せない!もう死んで!!!!!!!」

――誰よりも愛しているんだ。

瞳を開ける。
どうやら僕は倒れているようだ。
頬をカーペットに押し付けて、糸の切れた人形のように臥している。
虚ろな身体を起こそうとし、失敗した。

768 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/06/13(水) 16:19:17 ID:J7wu4ZRG
身体が重い。
そして、酷く痛む。
目を転じると、最も愛した二人の姿があった。
鋏を持った理理を聖理が掴み。
ナイフを持った従妹を実妹が掴む。
両者の瞳には揺らぐ暗い炎が宿っていた。
穏やかで優しい笑顔も。
優美で活力に富んだ微笑も。
柔らかさも。
暖かさも。
思いやりも無い双眸。
目の前の相手をどこまでも憎み。
消去することだけを望んだ相好。
愛憎の念。
二人はそれが強すぎる。
こんなに強く誰かを愛し。
こんなに強く誰かを憎む。
どうしてその感情に気づいてやれなかったのだろう。
そうすれば。
そうすればこんなことにはならなかっただろうに。

僕は――莫迦だ。

とうの昔に兄貴失格だったんだ。
二人の『本当』を見てやれなかった。
大好きと僕に云う妹を。
寂しいと僕に云う従妹を。
満たしてやることが出来なかった。
これは――
この凄惨な光景は。
愚かな兄によって起こったことなのだ。
救ってやらなければ。
妹達には、まだ未来があるのだから。

(身体が重い・・・)
精神的なものか。
それとも“薬”の影響か。
喉の奥に血の匂いと味がする。内臓を傷めているのだろうか。
(動け・・・)
少しで良い。
(動け・・・)
二人の所まで。

「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!
死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!
死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!
死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!
死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」

「消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!
消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!
消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!
消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!
消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!
消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!」

駄目だよ。
お前達二人は、家族じゃないか。
仲良くしなきゃいけないんだ。

769 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/06/13(水) 16:21:34 ID:J7wu4ZRG

掴みかかり。
互いを殺そうとした妹達は。
やがて兇器を振りかぶる。
(駄目だ・・・・っ)
瞬時に覚醒する。
僕にはわかった。
あれは両者にとって致命傷になると。
(動けぇぇ!!!)
腹に力を入れる。
今動かなくて!いつ動く!!
持てる力で地面を蹴り飛ばす。
今度は喉ではなく、口から血の味がする。吐血したのだろうか。

「「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」」

同調した憎しみ。
それは己が身体を切り裂く諸刃の剣。
刺して。
死んで。
殺して。
なにが残ると云う!

「やめろぉオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

僕は叫ぶ。
体中の力を使って。

――刹那。

激痛。
腹と背中から激痛が走った。

「「――え」」

二人は再び同調する。
(痛い・・・)
ぼやけた頭では自分の調子がよくわからない。
「お・・・・お兄ちゃん・・・・」
カタカタと震える妹。
「なんで・・・にいさん・・・・」
ぶるぶると震える妹。
「よかった・・・・」
どっちにも・・・・怪我は無いみたいだ。
僕はしりもちをつく。
ごぼり、と口から嫌な音がして、僕の体から何かが毀れた。
「い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
それはどちらの声だったろうか。
聞き分けることが出来なかった。
慟哭。
二人の妹にあるのは、それだけ。
「そんな顔するな」
そう云ったつもりだけど。
「ひゅう・・・・ひゅう・・・」
耳に届いた己の声はそれだけだった。
「・・っ!!!・・・・!!!!!」
「・・・・!!・・・・・・!」

770 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/06/13(水) 16:24:04 ID:J7wu4ZRG
二人が何かを叫ぶ。
(もう少し・・・大きな声で云ってくれないと、聞こえないよ・・・・)
身体中が痛い。
「どうしてぇ!!!どうして、お兄ちゃん!!!!!」
よかった、今度は聞こえる。
「にいさん、しっかりして、にいさぁん!!!!」
だから、そんな顔するなよ。
二人が僕の体に縋りつく。
どくどく。
どくどく。
僕の身体から流れた命が、綺麗なカーペットを汚して往く。
「こ、の・・・・」
拳骨をつくり、
「ばか・・・・ど、もが・・・・」
二人の頭を叩こうとしたけど、届かなかった。
腕を上げるのって、結構大変なんだな。
「か、ぞく・・・・なんだか、ら・・・・な、なかよ・・・・しなきゃ・・・・駄目、だ・・・ろ」
ごぼごぼと雑音が煩い。
「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!!!し、しっかりして!!!!
「にいさん!!にいさん!!!ああ・・・わ、私・・・・なんてこと・・・・」
(まずいなあ・・・・)
視界がぼやけて来た。
朝は近づいてるはずなのに、さっきより暗くなったように思える。
「ごめんなさい!!!ごめんなさい、お兄ちゃん!!!!!」
「にいさん・・・にいさん・・・・ゆるして・・・・ぁぁぁ・・・・」
手を伸ばす。
今度は、届かせないと。
赤い右手が妹の腕を掴み。
紅い左手が妹の腕を握る。
「な、かよ・・・・く、し、ろ」
そうしたら。
「ぜんぶ・・・・ゆるし、てやる・・・・」
元々、悪いのは僕なのだから。
「するから!なかよくするからっ・・・だから・・・・」
「にいさん!!目を開けてぇぇぇぇ!!!!」
あれ・・・?
(俺、いつ目を瞑ったんだ?)
暗いのはそのせいだったのか。
「ごぼっ・・・・ひゅっ・・・ひゅぅ・・・ひゅ・・・」
駄目だ。声が出ないや。
「泣くなよ」って。
「笑えよ」って。
そう云ってやるつもりなのに。
かけるべき言葉がかけられないなんて。
本当に駄目な兄貴だな、僕は・・・・。

『もしも神様がいるならば、ひとつだけ願いを聞いて欲しい。
僕はこの先どれほど不幸になっても良いから、その分、この娘に幸せを与えてください』

前に、そう願ったことがある。
妹達が泣いているんだから。
不幸になって欲しくないから。
もう一度。
もう一度だけ、お願いします。

僕の未来と引き換えてでも。
どうか二人の妹が――仲良く幸せになれますように。

771 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/06/13(水) 16:26:45 ID:J7wu4ZRG

お兄ちゃんと。
にいさんと。
笑顔でそう呼んでいた、最愛の妹達が幸せになれますように。

それだけが僕の願い。
それだけが僕の希望。

命よりも大切な――ささやかな夢。

妹達の気持ちに気づいてあげることの出来なかった、愚か者の願い。

笑顔。

僕が見たかったのは――それだけだったんだ。

神様。

どうか二人を、

幸せにしてあげてください。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

~epilogue~

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

海の見える大きな公園を、柔らかな風が吹きぬける。
遊歩道の柵に手を乗せた女性が、空を見上げている。

昔、この場所で仲の良い兄妹がアクセサリーを買った。
銀色に光る、ペアのリングを。

「お兄ちゃん・・・」
女性はそれを思い出し、左手を撫でる。
そこに、

「背中ががら空きね。突き落としてあげようかしら」

背後から響くメゾソプラノ。
天使。
そう冠してもいいような、驚くほどの美声。
「やってみたら。落ちるのは、貴女だと思うけど」
云って、女性は声の主に振り返る。
華奢で小柄な肢体と、柔らかなセミロングの髪の毛。
やや垂れ目がちで、穏やかな表情。
吐息するほどの佳人。
それほどの容貌だった。
見た目は20台前半。けれど実年齢はもう少し上である。
「いつまでたっても、嫌な女ね」
「それはお互い様でしょう」
声の主を女性は見つめる。
やってきた人物は、女。
小さな身体に不似合いなバストを持った、凄まじいまでの美女である。
大きなツリ目は活力に富み、その容貌は気品があった。
息を呑むほどの麗人。
外見は20台前半。けれどやはり、実年齢はもっと上である。

772 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/06/13(水) 16:28:56 ID:J7wu4ZRG
「神理(しんり)はどうしたの?」
垂れ目の女性が問う。
「天理(てんり)と一緒。まだ向こうに居るわ」
ツリ目の女性は自分の背後を顎で示す。
垂れ目の女性が肩越しに覗こうとすると、
「えいっ!」
「おっと!」
ツリ目の女性の突き出した双掌を垂れ目の女性がかわした。
「・・・・・さとりさん、今、私のこと、本気で突き落とそうとしたでしょう?」
「当たり前でしょう?私がコトリに手心を加える理由があると思って?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「「ふんっ」」
二人は同時にそっぽを向く。
二人の女性――月ヶ瀬理理と月ヶ瀬聖理は、結局仲が悪いままである。
憎しみも殺意も変わらずに持っている。
多分、前よりも重く。
けれど、二人を取り巻く環境は大きく変わった。
そのうちの一つが、子供の存在。
月ヶ瀬神理と月ヶ瀬天理と云う、二人の少女。
父は同じ人。
二人を心から愛してくれた、『兄』である。
理理も聖理も、初めて交わったその日に、新しい命を授かった。
それが神理と天理。
神理は理理の娘で、天理は聖理の娘である。
異母姉妹は“今のところ”仲が良い。
姉妹とも誰かに似て、『好きなものにとことん執着する』と云う素質をすでに見せている。
「まだしてるのね、その指輪」
聖理は理理の左手を見る。
「当たり前でしょう。一生外さないって、云ったもの」
「ふぅん・・・」
聖理はつまらなさそうに目をそらした。

「ママ~!」
「かあさん」

そこに二人の少女が駆けて来る。
愛くるしい、美少女。
垂れ目の女の子と、ツリ目の女の子が。

773 名前:籠の中 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/06/13(水) 16:31:08 ID:J7wu4ZRG
「ふたりとも、走ると危ないわよ」
母の心配を他所に。
「あのね、聞いて聞いて!私と天理ちゃん、同じ人をすきになったの!」
「“なった”じゃなくて、私は前から好き。きっと運命だわ。ねえさんには悪いけど、あの人は
私のものになる。・・・ううん。私のものにするの」
「違うよ~。神理のものだもん!神理のこと、愛してるって云ってくれたもん!!!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
理理と聖理は顔を見合わせる。
(まったく、誰に似たのかしら)
心でそう呟いて。
「で、誰を好きになったの?クラスメイトの男の子かなにか?」
「ううん」
「違う」
二人は同時に首を振った。
「じゃあ、誰?」
母がそう問う。
二人は顔を見合わせてから、元気良く振り返る。



そこには男性が一人。
背の高い、優しい瞳をした。
彼は微笑む。
大切な家族に。








大地は生命の揺り籠。

幸せは家族と云う籠の中で育まれ。

新たな命は無限に続いて往く。

たとえそれがどれほど歪であろうとも。

永遠に歩いて往こう。



この広い――籠の中を。

                   (了)

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最終更新:2007年11月01日 00:43
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