389
未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 22:55:01 ID:77Gx4fu1
ある平日の昼過ぎ、雨宮家にて
「馬鹿なの馬鹿なのねえ死ぬの? なんで事態悪化してるのよ、どれだけ無能なのよ、ねえ?」
「うるっさいですね社会ギリギリ適合者。わたしはお母さんみたいな狂犬じゃないんですよ」
いきなり罵り合いが発生した。わたしの人生初の合コン参加から二週間程が経っている。
いわゆる橘さんの件で興信所に頼んで行っていた調査の結果が出たらしいので、お母さんが休みの日を見計らって第二回雨宮家嫁姑会議を開催したのだが。
まずはこちらの現状報告を行うことになり、つらつらと述べたところ盛大な罵倒合戦になったのだった。
まったくもって、五月蠅いったらない。
「まあいいわ。それで肝心要なんだけど、結局橘雪菜は義明を狙ってるの、どうなの?」
「その前に。そっちの方でもそれなりに調べたんでしょう? そろそろ教えてくださいよ」
「はん? あなたからは『おともだちになりました』なんてふざけたことしか聞いてないんだけど。こっちは金掛けてんのよ?」
「あーもうこの酔っぱらい。第一次接触に成功したって言ってんでしょうが」
例によってお母さんの手には缶ビール。今度はわたしが持ち込んだものじゃなく、勝手に朝から飲んでるものだ。これだからクズな人種は。
その後しばらく嫌味とあてこすりの応酬が続いたけど、結局お母さんは大振りの封筒を持ちだしてきた。
どうせ少しでも相手の優位に立つための嫌がらせだ。橘さんの件なんて片手間みたいなもの。不倶戴天もいいところの相手は、お互い目の前にいるのだから。
それにしてもなんて非効率的な共同戦線なんだろう。やっぱり一人で対処すべきだったのかと後悔する。
ぺらぺらと、お母さんが封筒の中に入っていた何枚かの書類をめくる。
「えー、橘雪菜。市内商業高校の二年生、でまあ義明と同じクラスね」
「ういっす。それが全ての元凶っすね」
「住所は……あら、名字が違うわね。今は親戚の家に居候してるみたいよ。両親は……うわ、これは酷いわ」
「あんたが言うか」
「うっさいわね。えーっと、車や不動産、ブランド物で借金を重ねて二回自己破産してるみたいね。で、しばらく生活保護を受けてたけど贅沢がばれて打ちきり。それからしばらくして夫婦揃って詐欺で逮捕されてるわ」
「パーフェクトのクズ来たー!」
「嬉しそうね。でまあ、その後も色々問題起こして服役中。橘雪菜は親戚の家に引き取られたみたいね。うーん、本人は特に素行不良はなさそうね。売春でもしてるかと思ったのに」
「くたばれ。にしても何ですかねダーリンも、そういう人間引きつける匂いでも出してんでしょうか」
「あんたもね」
橘さんのことを思い浮かべる。屈託無く、心配りのできる人間。そのイメージからは、クズな両親のことなど伺えない。当たり前だけど。
まあ、今現在高校に通えているということは、世話になっている親戚とはそれなりに良好な関係にあるのだろう。いや、それとも気に入られるように演技しているのかもしれない。
それはありそうな想像だった。できるかどうかは別としてわたしだってそうするだろう。ただもしも橘さんの態度が演技だとしたら筋金入りの猫かぶりだ。
もちろん性格が遺伝するだなんて絶望的なことは言わないが、少なくとも教育環境においては子供は親の影響を免れない。なにしろわたし自身がそうなのだから。
個人的には橘さんに対して俄然親近感が湧いてきたが、ある種のクズである疑惑は持っていた方が良さそうだ。
ただ、クライマックスで告白するような設定を攻略サイトで見てしまったような後ろめたさは否めない。
「それで結局、肝心要のところ、橘雪菜はどうなの? 義明のこと狙ってるの?」
新しい缶を取り出して、お母さんが下衆い口調で聞いてくる。このやろう。
「ん……とりあえず、わたしの感触だとシロじゃないですかね」
「本当に? 根拠は?」
「あー、なんというかですねー」
その時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。来客の合図だ。
うわ、早い。慌てて腰を上げたわたしに、立つ気配もなくお母さんがうろんげな目を向ける。こいつ家主の分際で、誰が来ようがわたしに応対させる気満々だったな。
しっし、と奥の方に追い払うよう指示してから玄関に向かう。
サンダルをはいてドアを開くと、小さく手を振る橘さんの姿があった。高校のブレザーに、大きめのバッグを提げている。
「やっほー、晶ちゃん。約束通りゲーム持ってきたよー」
「やー、いらっしゃい橘さん。どうぞ上がってください」
晶ちゃんの、泥棒猫を小一時間問い詰め大作戦
後編
390 未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 22:56:42 ID:77Gx4fu1
あの日から、橘さんとは友達付き合いを始めていた。
合コンの夜におそるおそる電話を掛けてみたら、そのまま一時間も立ち話をする羽目になった。例によって雨宮家の電話を使ったのだけど、足が痺れましたマジで。
聞いてみると彼女達ぐらいの年齢にとって一時間や二時間の電話など常識の範疇らしい。恐るべし女子高生!
その日から、夜のバイトに出かけるまでの三十分程を、わたしは橘さんとの電話に費やしていた。まあ、向こうから掛かってくるんすけどね。
話題は実に多彩だった。わたしの熟知するサブカル向けのジャンルもあれば、わたしのまったく知らない流行や音楽の話題を面白可笑しく語る話術にも彼女は長けていた。
ダーリンとの時間が削られるのは惜しかったけど、それ以上に橘さんとの会話は新鮮だった。
中学時代は優香ちゃんともよく話していたけれど、話題を振るのはもっぱらわたしからだった。それとて毎度似たようなことの繰り返しだ。
わたしも優香ちゃんも、程度の差こそあれ閉じた人間だった。身の回りの僅かな人さえいればそれで充分生きていけると、そんな世界を持っていた。
話をするに橘さんをまったく逆で、開いた世界を持つ人だった。
広く、浅い。知人はたくさんいるけれど、親友と呼べる人はいない、そういう人のようだった。
だから人に頼られることも多く、実際にそれを捌くための人脈も持っている。合コンのセッティングとか、試験の山とか、流行のファッションとか、カップルの状況だとか。
そういう情報を、携帯一つで取り出せるのだ。やっていることは普通の女子高生ではあるんだけれど、彼女はそのスキルが卓抜している。ほとんど人脈屋といってもいい。
要するに、なんてことはない。わたしも彼女の人脈候補として白羽の矢を立てられたということなんだろう。自分自身にどんな価値があるのか、さっぱりわからないんすけどね。
これでわたしが、彼女に何かを頼めばもれなく貸しとしてカウントされ、いつか橘さん経由で誰かのお願いに協力しなければいけないという案配だ。
ギブ&テイクのネットワーク。それが橘さんの束ねるものだ。
それは、使える。
社会性の欠如したわたしの欠点を補うのに、これほど適したものはない。大多数と我慢して付き合う必要はなく、橘さん一人と関係を維持すればいいのだから。
他人の面倒事を抱え込むリスクを考慮したとしても、彼女との友達付き合いは有益なものになるはずだった。
わたしはテレビゲームの類をほとんどしたことがない。
まずあの手の娯楽はお金がかかり過ぎる。わたしは貧乏キャラだ。
ついでにハブにされ続ける人生を送ってきたから、友達の家に招待されてマリオに触れるなんて経験もなかった。
だからわたしのサブカルな趣味はマンガ方面に偏っている。一応はネットユーザーなので一通りのネタは抑えてはいるが。マンガ喫茶は月に一度の贅沢です。
もちろん今なら自由になるお金もあるけど、この年になるまでゲーム抜きで生きてくれば今更手をつけようとは思わなかった。
そんなことを橘さんに漏らしたら、一気にゲームやろうと誘われたのだった。
『友達が使わなくなったPSPあるっていうから貰ってくるよー。モンハンやろう、モンハン』
とのことで。そうして翌日、橘さんが我が家を訪れることに相成った。
とりあえず彼女を居間に通し、お茶を入れる。幸いにもお母さんはどこかに引っ込んでくれたようだ。やっと空気読んだか。
橘さんが鞄から、掌より大きいくらいのゲーム機を二つ取り出す。片方はそっけなく使い古されたもの、片方はぺかぺかとラメやシールが貼ってある。こっちが橘さんのだろう。
「こ、これが噂の。いやー、携帯ゲーム機でネット対戦ができるなんて時代は進んだんですねー」
「えーと、晶ちゃんってホントに今までゲームやったことないの?」
「生まれてこの方自前の機械は電卓止まりでしたぜー!」
391 未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 22:58:28 ID:77Gx4fu1
そうしてしばらく、二時間ほど橘さんと遊ぶ。ネット対戦をやるには一人でしばらく進めなければいけないらしく、じょうずにやけましたーと声を揃えながら同じ画面を覗き込む。
そうか、友達と遊ぶというのはこういう感覚だったのか。道理で、どいつもこいつもしたがるわけだ。
それはひどく新鮮な感覚だった。今までテレビの中の出来事としか思っていなかったものが不意に押し寄せてきたような。
感動といえばそうだったのかもしれない。涙が出かけた。
「ってうおう、もうこんな時間ですか。夕食の準備しないとー!」
「あ、そうなんだ。それじゃあそろそろ私、帰ろうか?」
当たり前のように彼女が提案する。時間配分的には、わたしが食事の支度をしているときにダーリンが帰ってくることになる。
この点が、橘さんをシロだと思う最大の理由だった。どう考えてもダーリンよりわたしの方にアプローチをかけてきていて、何の厭味も見せないのだ。
そこに橘さん自身の利用価値も相まって、どうしても彼女を敵視しにくくなっていた。
「いあー、もうすぐ義明さんも戻ってくるし、良ければ待っててくださいよ」
「そう? じゃあ晶ちゃんのモンハンで素材集めておくよ」
「おおサンクス!」
エコバッグと財布を掴んで家を出る。家捜しされてもヤバいものは部屋に鍵かけてあるし、ダーリンが一足先に帰ってきても、お母さんがいるから大丈夫だろう。
「……」
ピコピコ
「……」
ピコピコ
「……」
ピコピコ
「あー。ねえ」
「はい? えーと、お……雨宮君の」
「うん、母よ。あなたは橘雪奈……よね?」
「はい、雨宮君からお話は伺っています。秋菜さんって呼んでいいですか?」
「ええ、まあいいけど」
「よろしくお願いしますっ」
「……」
「……」
「ちょっと聞きたいんだけど、義明のクラスメイト、よね?」
「はいっ。雨宮君とは仲良くさせてもらってます」
「一応聞くけど、あの娘……藍園晶が義明の彼女なのは知ってるわよね?」
「はい、知ってますよ」
「……」
「……」
「ええと……じゃあ、義明のこと、どう思ってる?」
392 未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 23:01:53 ID:77Gx4fu1
それからしばらくして、第三回雨宮家嫁姑会議が開催された。
場所は例によって雨宮家リビング、時刻は双方仕事帰りの午前零時。
わたしとしては橘さんを取り込む方針で進みたい以上、お母さんを適当に誤魔化して有耶無耶にするつもりで、それは難行だと思っていた
が。
「あのー、別にもう」
「まあ、あの娘のことはもういいんじゃないかしら」
「は?」
いきなり終わった。
お母さんが手にしているのはコップに注いだ大吟醸だが、それはまだ大して減ってない。既に酔っぱらっているわけではなさそうだが、妙に笑っている。にやにや。
はっきり言って気味が悪い。ていうかなんだその余裕、あんたそもそも酒が入ってなければ小動物のように怯えるキャラでしょうに。
当初の予定を考えれば、渡りに船なんですが余りにも都合が良すぎた。
「一応確認しますが橘さんのことですよね?」
「ええ、雪菜のことね」
「……は?」
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。ええと確か、前回まではフルネーム呼ばわり、だったよね? 乏しい記憶容量を掘り起こして確認する。
うん多分そうだ、でなくても名前だけ呼び捨てはあり得ない。ついでに言うと口調からとげとげしい敵意が消えている。ただしわたしに対するものは除いて。
「あれ、橘さんと知り合ったんですか?」
「ああ、ほら。この前家に来てたじゃない。そのときにちょっと話してね、それからまあちょくちょくね。いい子じゃない」
「まさか継続的に話してるんですか? 二十も年増だしそんなテクはあんたにはないでしょう」
「ぶっ殺すわよ。そんなのあなたにもないでしょうに」
それからしばらく、ぎゃあぎゃあと聞き苦しいことこの上ない罵声を浴びせ合う。
お互いの認識は完全に正しい。なにしろ現時点で建設的な会話は不可能になっているし、似た者同士といえばそうだがクソッタレすぎる遺伝だ。
となれば、その手の会話テクを持ち合わせているのは橘さんということになるし、その推測はおそらく正しい。
もっと言うならお母さんは喋らされていただけだろう。会話スキルに隔絶の差がある以上、誘導などお茶の子さいさいに違いない。
やれやれ、全く。その程度で警戒を解くなんて、どれだけ腑抜けた危機感の持ち主なんだ……か……
「ちょっと待て」
「ん? なによいきなり」
「……手玉にとられたのはわたしも? わたしもっすか?」
「はあ?」
……ぞっとした。背筋に冷たいものが走り抜ける。
それまでずっと、わたしは、わたし達は橘さんの存在を大した脅威とは思っていなかった。お母さんとわたしはお互いを最大の敵と見做しており、今回の件もその延長線上のやり取りでしかなかった。
大体。お互いいつか殺してやると決めた相思相殺の間柄だ。時期的にあり得ないと理解していても、油断していればどこから刃物が飛んでくるかわかってものじゃあない。
それに比べれば(確かに死角ではあるが)学校のクラスメイトなんて大した問題じゃあない。大体わたしには、既に彼女であるという圧倒的アドバンテージがある。
最悪ダーリンがレイプされたとしても、見逃さずにフォローさえ利けば最終的な勝利はわたしのものだ。だからこそ、そのアドバンテージを覆す手札を持つお母さんだけは絶対に殺さないといけないわけだが。
けれど。
敵を排除することだけが勝負じゃあない。将を射んとするならまず馬を射よという諺もある。
たとえばわたしとお母さんの両方に取り入って、時期尚早の同士討ちに導けば漁夫の利で勝利を手にできる。いや、それ以前に警戒されずに取り入るだけでも、わたし達はお互いに憎悪を向けて橘さんが自由に動けることになる。
やばいやばいやばいやばい。だとしたらわたし達はどれだけ素直に騙されてるんだ。他にどんな仕掛けがあるかわかったもんじゃない。
いや、流石に今は外堀を攻めている段階だとは思うから仕掛けはないか? 大体考えすぎである可能性の方が遙かに高いのだ。何が悲しくて、彼氏持ちの男をわざわざ選んでアタックしなければならないのか。
けど優香ちゃんも言っていた。大切なことは最悪を想定して行動するべしと。
貰ったゲーム機を叩き壊したくなる。一体わたしは何を浮かれていたんだろう。
「お母さん、橘さんのことですが」
「なに、まだなんかあるの?」
「興信所の調査、追加で何か来てませんか?」
「ああ。あれならもう打ちきったわよ、どうせ必要なさそうだったし」
「う、嘘だっ!」
「何よいきなり。あれ成功報酬とかじゃなくて日給なのよ? だらだら続けても仕方ないじゃない」
「……うーん、じゃあ仕方ないっすね」
393 未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 23:02:18 ID:77Gx4fu1
愉快そうに日本酒を啜るお母さんをじっと凝視する。上機嫌。さっきからあまりに不自然な態度だ。
考えられる事態としては、調査は継続していて橘さんについて何か決定的なことを掴んだが、それをわたしに隠しているとか。
基本的に興信所を使っているのはお母さんだからそんなことはし放題だ。それについてはわたしも初めから覚悟はしている。
考えられる最悪としては、橘さんとグルになってわたしを追い落とそうとしている、とか。
わたしとお母さんはお互いにジョーカーを持ち合わせているが、それは出せば自滅する類のものだ。
だからそれ以外の方法で殺し合わなければいけないし、追い詰めすぎての諸共自爆も警戒しなくてはいけない。けれど橘さんならそんな心配はない。
お母さんの立場で考えれば、橘さんを後押しする戦法も充分考えられるのだ。ただしそれは、お母さん自身が橘さんに騙されなければという前提だが。いや、もう騙されてるのか?
「……じゃあ、橘さんのことはもういいってことで、いいんですか?」
「あんないい子なんて早々いないわよ。どっかの自称嫁よりよっぽど信用できるんじゃないかしら」
「まあそれについては同感ですが。目の前の相手よりはよほど信頼できますよねー」
「死ね」
「お前が死ね」
ああもう、やっぱり単独で対処するんだった。信頼できない相手との共闘なんてろくなものじゃない。優香ちゃんカムバック!
というわけで、雨宮家嫁姑会議はgdgdのまま終わりを告げた。得たものは徒労と時間の無駄だけだった。とんだ回り道だ。
わかってはいたことだけど、わたしには戦略構想が欠けすぎている。じっと耐えるだけの人生だったから仕方ないけど、優香ちゃんの爪の垢でも煎じたい。
ついでに言うと紫織姐さんのような『事を運ぶに当たっての猛烈な運の良さ』も持ち合わせてはいない。いわゆる負け犬の類なのを自覚すべきだった。
それでも一つだけわかっていることがあるとするのなら、ダーリンは悪くない。
ならば何が悪いのかと言えば、わたしであり、お母さんであり、橘さんであり、世間が悪い。悪いものは是正されなくてはいけない。OK,立ち直った。
さて。
ここまで突っ走っておいて難だけど、橘さんが敵か味方かはまだまだ不明だ。
確率論的に考えれば味方である可能性が高いけれど、最悪の事態を想定するなら敵と考えるべき。
じゃあどうするかといえば、どちらでも良いように対応手段を考えておくのが戦略というものだって優香ちゃんが言ってた(今更思い出した)
まず橘さんが味方だった場合。味方というか、敵でない場合か。わたしに対しても、お母さんに対しても、そしてダーリンに対しても、ただコネを繋げるためだけに接近してきているのだとしたら。
それなら話は簡単だ。前述した通り橘さんには利用価値がある。友達付き合いもゲームの相手もこっちからお願いしたいぐらいだ。ただし優先順位はダーリンの次にだが。
では橘さんが敵だった場合。ダーリンに好意か敵意を持っている場合になるが。それはこちらで橘さんを攻撃すればいい。お母さんと組んだりしたら返って足の引っ張り合いになるから単独で。
……なんだ、方針はこれだけでいいのか。なんてシンプル。gdgd行動するのはダメすぎる。
つまるところ、まずすべきことは警戒線を引くことではなく、橘さんの真意を見極めることだったのだ。情報第一。
というわけで『泥棒猫を小一時間問い詰め大作戦』を実施します。作戦概要は、一緒に遊びに出かけた日の最後に、人気のない公園で行う。これ最強。
394 未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 23:05:56 ID:77Gx4fu1
「やー、今日は楽しかったです。ありがとうございます」
「うん、そう言ってくれると嬉しいなー」
かねてからの予定通り、わたしは橘さんと祝日一緒に遊びに出た。
バイトはシフトを変更させてもらって空けた。ダーリン部活の方で試合があるそうだ。ホントはそっちを応援し行きたいところだけどぐっと我慢。
わたしからの申し出に、橘さんは喜んで応じてくれた。その時点で、彼女との友好度は(優香ちゃんを100とするなら)60ぐらいはいっていたと思う。
毎日電話でお話しするし、モンハンも一緒に狩りができるようになったし、学校帰りに良く訪ねてくるし。
はっきり言えば有難かった。わたしの単調な生活の中で、貴重なメリハリを提供してくれた。そこには確かに友情があったと思う。ただしダーリンと優香ちゃんの次にだ。
今日は午前十時から待ち合わせて、二人で映画と食事、それからショッピングと洒落込んだ。
橘さんの服装は、髪をヘアバンドで留めてボレロにミニスカートというキャピキャピしたもの。わたしは例によって水色のパーカーにジーンズ。
あまりの一張羅っぷりに、橘さんの監督で服と小物を何着か買いこむ羽目になった。安さ優先にしては良いものがそろったとは思うけれど。
映画はヒトラー暗殺の実話を映画にした軍事スパイもので、結構燃えた。後でwikiってみたらほとんど史実で二度びっくりのお得感。
ショッピングの後は休憩も兼ねてアイス屋で、二人とも三段重ねのカップアイスを頼んだ。お互いにぬるい攻防を展開しながら、計六つの味に舌を喜ばせた。
本当に、楽しい一日だった。
帰る途中「ちょっといいですか」と公園に入り、ベンチに座った。時刻は夕方、逢魔が刻。橙色が遠くで目に染みる。
そうして冒頭の会話に戻る。
「にしても、さすがに今日だけで年間予算を大散財ですよ。しばらく一カ月一万円生活ですねー」
「あははは。小物はともかく、服はそろうと高いからね。私のお古でも晶ちゃんなら着れそうだし、今度持ってこよっか?」
「ハイハイどーせチビですよ! まあこれでも社会人のはしくれですし、それくらいは自前で揃えますから結構っすよ」
「ほんとー? 晶ちゃんって放っておくとずーっと同じ服着てそうで心配だなー。化粧っ気も全然ないしー、うりうりー」
「若さゆえにそんなものは必要ねーですよ。HAHAHA!」
夕方の公園、ベンチに座ってお互いにじゃれあう。人気はない。わたしたち以外には誰もいない。なんておあつらえ向きな舞台なんだろう。あまりにも狙いすぎだ。
言葉が途切れればすぐにでも本題に入れる。わたしは心を落ち着かせながら、静かにそのときを待った。
「そーいやお母さんから聞いたんですけど、あの人とはよく話してるんすか?」
「うん。この前雨宮君の家に行ったとき、知り合ったから。いろいろ面白いお話聞かせてもらってるよ」
「いや、よくあのアルちゅ……じゃない、年の離れた相手と会話続きますねって感心ですよ。ていうか時間合うんですか?」
「えー、いい人だよー。でも確かに時間は合わないから、やり取りはもっぱらメールかなあ」
「メール! そういう文明の利器もありましたね。自前のメアドとかないからすっかり忘れてましたよ」
「晶ちゃんもケータイ持ったら? あると色々便利だし、プリペイドなら結構安くて済むよ」
「いあー、別になくても生きていけるっすからねー。緊急事態にはちっと不便ですが」
「うーん、そっかー」
「……」
「……」
会話が途切れた。
今
395 未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 23:06:34 ID:77Gx4fu1
「あのですね、橘さん」
「うん、なあに?」
間合いを調整する。もぞもぞとお尻を動かして、手を伸ばしきらなければお互い届かない距離に。これ以上は不自然だ。たとえいきなり首を絞められる危険があっても。
準備した武器はただの二つ、ダーリンを想う心と、アクセサリ風にベルトに引っかけたメリケンサック。心許ないことこの上ないが、たぶん使わないだろうと踏んでいた。
橘さんの運動能力は優香ちゃんと違ってわたしとどっこいどっこいだろうし、姐さんみたいに凶悪な武装を隠し持っているわけでもない。
大体あの二人は何か誤解しているようだが、暴力というのは最終手段であって、交渉段階ですべきことは無数にある。もしもやるとしても背後から不意打ち一択……こほん。
ともあれ、わたしはにこやかなまま、『泥棒猫を小一時間問い詰め大作戦』の仕上げを開始した。
「そういえば前から聞きたかったんですけど、橘さんって彼氏とか好きな人とかいないんですか?」
「うーん。今はまあ、いないかなあ」
彼女が困ったように眉根を寄せて、苦笑いした。不自然な仕草じゃないし、そこから何かを読みとれる程わたしは空気を読めない。
それでも失言を狙って言葉を重ねていく。今日一日、わたしは本当に楽しんだし、橘さんもそうだと思う。誓ってそこに嘘はない。
だからこそ、彼女も多少は油断しているはずだった。一日がかりで失言を引き出す作戦。その割にはあまりにも狙い過ぎな場所を選んでしまったことを後悔もしたが。
「えー、勿体ないですよ。彼氏持つと色々物の見方が変わりますよー」
「でもそういうのは色々あるからね。結局相手次第だし、晶ちゃんの場合は雨宮君がいい人だからだったと思うよ」
「えへへ、まあそうかもしれませんけど。でも橘さんって結構もてたりしないんですか?」
「そんなことないってー。あのね、同じ学年にすごく綺麗な人がいてね……」
「いやいやいや。義明さんから聞いてますよ。結構告白されてるそうじゃないですかー」
ダーリンからあらかじめ裏を取っておいた情報だ。彼女の知り合いには同年代の異性も多い。接触の機会が多ければそういうものも芽生えやすいということだろう。
もちろん、橘さん自身も普通に可愛い。普段から身だしなみに気を遣ってるし、細かい気配りのできる性格は高嶺の花よりもある種の理想と言えるかもしれない。
そうして結局、これで彼女はぼろを出した。
橘さんが照れくさそうに笑う。
「えー、雨宮君、そんなこと言ってたんだー。ちょっと寂しいかな。でも私なんかほんと、あんまりパッとしないし……」
「――――寂しい?」
「あ……」
わたしの声音と表情から一瞬で感情が抜けた。背筋を冷たいものがぞわりと撫でていく。
今のは失言だったと橘さんも自覚したのだろう、反射的に口を手で押さえる。それが決定的だった。
『告白された』という話を『ダーリンに』話されて『寂しい』とはいったいどういうことなのか。自分に当て嵌めてみれば一瞬だ。
あり得ないけれど、もしもわたしが仮に誰かに『告白された』として、それを『ダーリンに』なんてこともないように流されたのだとしたら、胸をかきむしるほどに『寂しい』だろう。
だってそれは異性としてなんとも想われていないということだから。自分の想いが空回りしているだけだから。嫉妬の一つもしてくれたっていいじゃない、と。
それは、つまり、そういうことだ。
同じ種類の好意を抱いているということだ。
ああ、さよなら友情。
「えーとですね、橘さん」
にっこりと笑う。彼女は顔を真っ青にしている。これからの展開を悟ったんだろう。
こんなことを言うのは心苦しいんですが、と前置きをする。本心だ。この数週間で培った友情は本物だったと思うから。
396 未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 23:09:48 ID:77Gx4fu1
「そーいうことなら、あんまりわたしの彼氏に近づかないでくれませんか?」
「ち、ちがっ……」
「いやいやいやいや、誤魔化さなくて結構です。ていうかですね、悪いんですが最初っから疑ってたんですよ、ぶっちゃけ。
あ、でも橘さんのことは友達だと思っていましたよ、これは誓って本当に。できればこれからも友達でいたかったんですけど。
でも、でもですね。自分の男を誘惑する女に、そこまで寛容にはなれないですよ。
ちょっとよくある話と奇跡があって、わたしはダーリンに救われたんです。私はそれに殉じると決めたんですよ。それを邪魔するのなら許せません。
ああ、気持ち悪い女だと思いますよね。その通りで、わたしは地雷の仲間です。橘さんの友情はありがたかったですけど、それより遥かに大事なことがあるんです。
誤解ですか? それなら尚更いいじゃないですか。義明さんにこだわる理由もないなら、どうかお引き取り願いますよ。それがお互いのためですよね?」
にこにこと笑いながら、わたしは橘さんを恫喝する。対して彼女は泣きそうな顔をしている。傍目からみればわたしの方がひどい女なんだろう。
でもその通り、わたしはクズだ。犬が自分の縄張りに入ってこようとする者に牙を剥いて唸っているのと変わらない。大変結構!
「違う、違うの……」
「はあ、一体今更何がですか?」
この期に及んで橘さんは逃げない。目の端に涙さえ浮かべているのに、立ち上がって逃げ出そうとしない。キレて罵倒しがえしたりもしない。
これ以上は噛まれるだけだってのに、よくわからないけれどプライドというものか。あるいはそこまでダーリンに惚れてるのか。どっちにしろ殴っていいということになる。
それにしたって腑に落ちない。確かにダーリンはかっこいいけど、かっこいいけど、そこまで入れ込むほどの理由になるんだろうか、常識的に。
あるいは、もしかしたら、橘さんも
わたしの知る何人かと同じように、常識から外れた信念を抱えているのだろうか。
「違うの、雨宮君は、私の……」
眉根を寄せたわたしに、橘さんは絞り出すような声音で
夕陽に染まった公園の中、懺悔するように告白した。
「雨宮君は、生まれ変わる前から私のお兄ちゃんだったのっ!」
…
……
……ぜ
前世系キタ―――――!?
397 未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 23:10:20 ID:77Gx4fu1
それでも私には、たった一人だけ、救いを望める人がいた。
それが、お兄ちゃん。
一人っ子だった私には兄弟なんていない。けれど物心ついた時から、その人が私を救ってくれると知っていた。
強くて、優しくて、かっこよくて、なにより私を大切にしてくれる人。
馬鹿な両親から、押し寄せる借金から、ギスギスした家庭から、外面だけを取り繕う呪いから、私を守ってくれる人。
その人がいると知っていたから、私は生きてこれた。
その人がいることを頼りに、私は生きてきた。
きっと私達は一緒に生まれるはずだった。生まれる前があるのならそのときから、生まれ変わった先があるのならそこででも。それが何かの手違いで、離れ離れになってしまっただけなのだ。
そうでもなければ、私の中にある確信は説明がつかない。
私にはお兄ちゃんがいる。私はその人を、ずっと探して生きてきた。
……そうして、会えた。
初めて雨宮君に会った時、体に電流が走った。胸がどっくんどっくんと高鳴り、かあっと顔に血が上り、目の奥に火花が散った。
その瞬間に世界が塗り替わったみたいだった。
私はこの上もなく確信する。この人が、私のお兄ちゃんなのだと。
この人が私の救いなのだと。
私は雨宮君に、いいやお兄ちゃんに近づいた。まずはクラスメイトとして話をして、それから趣味や行事の話題を通じて仲良くなっていった。
お兄ちゃんはやっぱり、強くて、優しくて、かっこよくて、イメージ通りの人だった。私は嬉しくなってべたべたと甘えてしまい、他の人にからかわれることもしばしばだった。
けれど一つ残念なことがあるとしたら、お兄ちゃんはまだ前世の記憶を取り戻してはいないようだった。私のことは名前で呼び捨てにしてもいいのに『橘さん』と遠慮がちな呼び方しかしないのだ。
それに今のお兄ちゃんには彼女がいるみたいで(どうしてか、そのことを考えると泣きたくなる)女性との関わりに最低限の線を引いている感じがあった。私はその線と、前世との隔絶を乗り越えたくて、ある日お兄ちゃんを放課後の教室に呼びだした。
記憶を取り戻すための呼び水として、その人を呼ぶために。
「……私ね、ずっと兄弟が欲しかったの。お父さんもお母さんも馬鹿な人で、借金して言い争って、私はずっと一人でいて。私はずっと、苦楽を分かち合える兄弟に憧れてたの」
「うん」
「それでね、あのね。男女の関係とかじゃなくて……雨宮君のこと、お兄ちゃんって呼んでいい?」
「――――ああ、いいよ」
お兄ちゃんは頷いてくれた。
結局、お兄ちゃんは前世の記憶を取り戻さなかった。けれどそれでもあの人は、私を受け入れてくれた。それはきっと、とても尊いことだ。それなら、前世の記憶なんて無くてもいいかもしれない。
一人の人間として、見栄ばかり張っていながら都合のいい救いを求めている、こんな私を認めてくれるのなら。
何かから解放されたようだった。
そうして、二人きりの時にお兄ちゃんと甘えて、お兄ちゃんの彼女やお母さんとも仲良くなって、ようやく私は本当の家族を手に入れられたような気がするのだ。
今、私はきっと幸せだ。
398 未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 23:14:31 ID:77Gx4fu1
……さて。
そうして、それから、橘さんがどうしたのかといえば。
まだ、いたりする。
「ねえねえ晶ちゃん。今日の夕御飯、なににしよっか?」
「あー、たしか今日は肉のバーゲンがあったはずですから、鶏肉でも狙ってみましょうかねー」
「じゃあ親子丼とか、唐揚げとかかな。お兄ちゃんはなにがいい?」
「ん? そうだなあ……なんでもいいから雪菜に任せるよ」
「もう、お兄ちゃんったら。そういうのが一番困るんだよ、ねー晶ちゃん」
「いやいや雪菜ちゃん、倦怠期風ダーリンも萌えっすよー」
「ええええ、レベル高い、レベル高すぎるよっ!」
「えーと……買い物行くなら僕も一緒に行こうか? 手が空いてるしさ」
「おお、じゃあダーリンには米袋背負ってもらいましょうかね。ちょうど切れてましたし」
「頑張ってねお兄ちゃん」
「あ、あはは。お手柔らかに頼むよ」
こんな調子で。
『泥棒猫を小一時間問い詰め大作戦』から数週間が経っている。あれから橘さん、いや雪菜ちゃんは更に雨宮家に入り浸るようになり、今や家事手伝いまで行っている。どんだけだ。
あの作戦は結局成功したのか失敗したのか微妙なところだった。真意を引き出すという意味では成功だが、邪魔者を追い出すという意味では失敗している。いや、雪菜ちゃんもダーリンも意識はあくまで『妹』なんすけどね?
雪菜ちゃんのあまりにも衝撃な前世系カミングアウトで思考停止してしまいあの場はお開きになったが、その日の内にダーリンを問い詰めた。その場凌ぎの言い逃れにしてはぶっ飛びすぎていたが、裏まで取れてしまう。
なんと二人きりの時はお兄ちゃん雪菜呼ばわりしているらしい。ちょ、呼び捨てとか、わたしですらまだなんですが。
ただし半分キレながら更に聞いてみると、雪菜ちゃんは前世云々の話はしていないらしい。あくまでただの疑似兄妹。同級生だけどね?
一応、ダーリンはお互い恋愛感情はないときっぱり断言してくれた。信じる。言い方は悪いが可哀想な子を保護したという程度なんだろう。色々と言いたいことはあるけれど特性的に文句は付けられない。
流石に、わたしは雪菜ちゃんを追い出すわけには行かなくなった。要するに、わたしもまたダーリンに同情されて拾われた可哀想な子に過ぎないからだ。雪菜ちゃんの気持ちは痛い程わかるし、ここで攻撃したらダーリンに愛想を尽かされるんじゃないかという恐怖がある。
結局、わたしの敗北は最初から決まっていた。ダーリンとそこまで仲良くなっている時点で、対恋人に0%の勝率を誇るわたしにできることなど無かったのだ。
あと、お母さんが途中から明らかに手の平を返したのは、どうにかしてそういう事情を知ったからだろう。そのことでまた会議を開いたりもした。
『くおら駄目母! あんた雪菜ちゃんの妹キャラ知ってやがりましたね?』
『ああなんだ、もうばれたの? もっと泥沼になってくれれば良かったのに』
『あーそうでしょうね。雪菜ちゃんが妹キャラならライバルにはならねーし、わたしが牙を剥いて自滅すれば万々歳っすか』
『まね。それに、雪菜の方がよほどいい子だし。普通に母親としてもあっち応援するわよ』
『まともな母親面するのは死の間際だけで結構です。あんたの遺伝子半分受け継いでるし。っていうか、矢面に立たせておいてその言い草はねー』
『うっさいわねえ、あんたなんてわたしの子じゃないわよ。義明と雪菜で充分よ。そうよそういうことにしましょ?』
『別にそれでもいいけどくたばれ! ま、さておき……前世って存在すると思いますか?』
『あるわけないでしょ』
『ですよねー。じゃあ雪菜ちゃんの妄想っすか。アトランティスの転生戦士とか言い出さないだけマシですが』
『生い立ちが悲惨だったのは裏を取ったし、王子様願望の変形じゃない?』
『ああ、あんたの意見に賛同する日が来るとは……にしてもなんですかね、ダーリンはそういうの引きつける匂いでも出してるんすか?』
『つくづく不憫ね、義明も……』
『わたしを見ながらお前が言うな。お父さん呼びますよ?』
『ひいいいいっ!』
399 未来のあなたへ11.5後編 sage 2009/11/02(月) 23:16:30 ID:77Gx4fu1
最後憂さ晴らしにびびらせておいた。アポカリプスに決着は付けてやる。さておき。
わたしが彼女への呼び方を改めたのはダーリンに合わせてだ。一人だけ名字で呼んでいたらハブになる。これは雪菜ちゃんへの対応にも関係することだが。
現状維持。これが対雪菜ちゃんの戦略とした。同類として推測するなら、現状さえ維持できているなら雪菜ちゃんが暴発する可能性はゼロに等しくなる。そのためにはわたしも家族ごっこに参加して状況をコントロールするのが最善だ。
味方でさえあるのなら、彼女はとても使い勝手のいい道具だし、気のいい友人だ。そうするメリットは充分にある。これで恋人でも作ってくれれば言うことはないのだけれど、それはこちらから働きかけていけばいいか。
やれやれ、それにしてもわたしは行き当たりばったりの消極的な案ばっかりだ。こんなことで人生を戦い抜くことなんてできるんだろうか。
「どうしたの、晶ちゃん。悩み事?」
「えー、まあなんというかですね……ダーリン」
「うん。なに? 晶ちゃん」
「そう、それです。えーとですね、雪菜ちゃんだけ、その……」
「?」
「あっ、あー、そっかそっか。ごーめんねー、晶ちゃん。そしてお兄ちゃんは鈍感すぎっ!」
「え、え? どういうこと?」
「いやいや、雪菜ちゃんもそれくらいでいいですから。そのですね、名前……」
「あっ、そっか! ああ……ごめん、その……晶」
「きゅー」
「ああっ、晶ちゃんが鼻血吹いて卒倒した! しっかり、ほらお兄ちゃん!」
「う、うんっ! 大丈夫か、晶!?」
……まあ、いいか。
最終更新:2009年11月08日 18:33