368 名前:
お姉ちゃんと明人 ◆YzvJ/ioMNk [sage] 投稿日:2007/06/27(水) 17:46:49 ID:F2k0LF7V
「お姉ちゃん、おめでとう。」
「サンクス、アキヒト。姉ちゃん、頑張っちゃったよ。」
時は4月。お姉ちゃんが、第二子を出産。出産後、二ヶ月近く実家で暮らしていた。
その間、中山家は戦場のようであった…。
~戦場その1、休日の昼間編~
お姉ちゃんの子供(海、3歳)はママ、ママと甘えまくり。そしてそのママは俺にべったり。
何をするにも二言目には『アキヒト~』である。かなり困る。
理由を聞けば『一番いい使いっ走りじゃん。迷惑かけてもごめんの一言で済むし。』
俺はこういう時ほど、お姉ちゃんに頭が上がらない性格を恨むときはない。
文句はもちろん言うが、結局一々付き合っているのだから…。
俺はそれでもいいのだが、海の相手をする時は困る。
年相応の独占欲を持つ海は俺たちの仲の良さが面白くなく、幼いジェラシーを一身に受けつつ、海と遊ばねばならない…。
結構強烈なジト目で見られるのは気持ち良いとは言いがたい。そのくせお姉ちゃんは、
「アキヒト~、沙耶(妹)のおむつ取り替えるから手伝って~」
「なして俺…。」
「アキヒト~、海が花火やりたいってさ。夜になったら、ちょっと付き合ってよ。」
「(お姉ちゃん…産後の今は、俺がいつも以上に反抗できないことを絶対理解してる)……了解。」
これである。この苦労を誰にぶちまければいいのだ。
そんなこんなで、仕事が休みの日はお姉ちゃんのパシリ、仕事の日は仕事と休めない。
むしろ仕事のほうが稼げる分マシではないかと思ったりする。
だが、結局付き合う。どこまでも。毒食わば皿まで、って気分。
369 名前:お姉ちゃんと明人 ◆YzvJ/ioMNk [sage] 投稿日:2007/06/27(水) 17:48:21 ID:F2k0LF7V
~戦場その2、夜編~
長男、海はとにかく花火が大好きで、真っ昼間から花火、花火とせがむ。
お姉ちゃんに『夜にやろうね』と釘を刺されてからは若干マシになったけど、
それでも常に花火はストックしとかなければならない。
もちろん、今夜も花火である。昼間に約束された分、自分も付き合うしかない。
お姉ちゃんは文字通りの左団扇で海と戯れている。
お姉ちゃん、俺に用意からほぼ丸投げするのはやめてください。
「えーっと…線香花火は確定。ロケット花火は近所迷惑。パラシュートは…見えないな。
ドラゴンでも持ってくか。」
片手に余るぐらいの量の花火を持っていくと、海は奇声を上げて喜んだ。
お姉ちゃんはやれやれ、って表情をしている。
まずはドラゴンから点火。
「おぉ~、しゅご~い!」
海はそりゃもう物凄い勢いで喜んでいる。
燃えた火薬の匂いが鼻をくすぐって、俺まで意味もなくテンションが上がる。
いくつになっても、ガキだな。俺って。お姉ちゃんはそんな俺に気づいているのか、微笑んでる。
消えかけた炎に照らされた顔がなんだか凄く大人に見えて、一瞬見入った。
「おっしゃー、次は線香花火だ。お姉ちゃん、海、持ってくれよ。」
ごまかすように大きな声を出した。ちょっと声が上ずってたけど。
袋から線香花火を出して、二人に持たせて火をつける。
儚い光が、少しずつ出てくる。
「この細い細い裏道を抜けて、誰もいない大きな夜の海見ながら、
線香花火に二人で、ゆっくり、ゆっくり火をつける、と。」
「すげぇ懐かしい歌を歌ってるね、お姉ちゃん。」
「できれば海がいないといいんだけどね。二人きりの花火なんて、ロマンチックじゃん?」
「姉弟にロマンもへったくれもないと思うけどね。」
一本目の線香花火が終わった。新しい花火を袋から出して、ライターに手を伸ばす。
儚い火花が、手元でまた咲く。
370 名前:お姉ちゃんと明人 ◆YzvJ/ioMNk [sage] 投稿日:2007/06/27(水) 17:49:28 ID:F2k0LF7V
「アキヒト。」
「ん~?」
小さな花火に目を向けていて、お姉ちゃんの表情がわからない。意識を集中していて、生返事しか出ない。
次の台詞は、大した事じゃないだろう、っていう俺の想像を超えていた。
「いつもありがとうね。付き合ってくれて。」
「へ?」
ちょっと狼狽した。いつも元気で、俺は振り回されっぱなし。
それでも、礼なんて言う人じゃない。少なくともさっきまではそう思っていた。
なんて反応すればいいのかわからない。
ごまかすように、新しい花火を出す。お姉ちゃんも黙って手を伸ばす。
「なんだか、キャラじゃないかな?」
「そう…かもね。でも、嬉しいよ。」
その後は、声を発せずに花火を楽しんだ。微妙な空気を感じているのか、海も神妙。
花火が終わって家に戻ると、いつものお姉ちゃんに戻っている。
元気で、俺以上の楽天家で、時折クールな人になる。
部屋に戻って、ベッドにダイブ。ちょっときしむ音がした。
(いつもありがとうね、付き合ってくれて)
さっきから、この台詞が頭をぐるぐる駆け回っている。
お姉ちゃんにこんなに重いお礼を言われたのは初めてかもしれない。
(…寝るか。テキーラでも呷って)
ため息混じりにグラスを用意して、キンキンに冷したテキーラを一気。
喉が焼けるみたいだけど、それがまた美味い。
三杯目を飲み干すと、眠りに落ちていった。
371 名前:お姉ちゃんと明人 ◆YzvJ/ioMNk [sage] 投稿日:2007/06/27(水) 17:51:08 ID:F2k0LF7V
~戦場その3、やっぱり飲み編~
さて、お姉ちゃんはつい最近まで妊娠していた。
もちろん、酒はほぼ断っている。
その辺はキッチリした性格なので、義兄も特に文句を言わずに済んだ、と喜んでいた。
ただ、無事出産した今、そのリミッターは見事に吹っ飛んだ。
そして、そのリミッターが無くなったお姉ちゃんの相手は、俺。
義兄は、必ず俺に回す。結構憎らしい。
「それではアキヒト、泉水を宜しく頼むよ。」
今にもシュタっと走り去りそうな感じで、兄貴は言い放った。
とりあえず走り去る前に捕まえる。
「何故じゃ…兄貴…。」
「決まっているだろう。俺がいなければこの地の平穏は守れんのだ。」
「…消防士兼救急救命士だから言ってる意味はわかる。だけどなんか違う気がするよ…。
なんか…こう…腑に落ちない。誇大広告的な…。」
「それは置いといても、実際のところ、二日酔いでできる仕事じゃないからね…。人命がかかってるんだから…。」
ぐ、と言葉に詰まる。言っていることにスジは通っている。
嫁さんと酒を飲んでいたら二日酔いになりました、じゃシャレにならないからね。
「…お姉ちゃんは、やっぱり飲むのかな?妊娠中でほとんど飲めなかった分、仇を取るように…。」
「まぁ、間違いないだろう。軍資金は渡しておくから、後は頼むよ、アキヒト。」
そういうと、俺が何か言う前に万券を俺に渡して、車に飛び乗り走り去っていく…。
(…逃げ方がうめぇ。流石に火事場から人を抱えて脱出するだけのことはある。)
ちょっと違う気もするが。ともあれ、相手は俺に任された。
372 名前:お姉ちゃんと明人 ◆YzvJ/ioMNk [sage] 投稿日:2007/06/27(水) 17:53:00 ID:F2k0LF7V
「アキヒト。飲むぞ。」
俺に回ってくるのである。常に。
すでに日は落ちだ。でも、海が寝るには若干早い。
「お姉ちゃん…海と沙耶は?」
「心配しないで。お母さんとお父さんに任せてきたから。」
「…手回しがいいね。」
「逃げられないよ?アキヒト。」
さらっと言った言葉とその笑顔が物凄く怖い。菩薩の笑みでオーラは夜叉だ。
俺はもう逃げる手が尽きたことを理解し、黙って酒を仕入れにいった。
「それじゃ、乾杯!」
「かんぱ~い…。」
焼酎のロックで乾杯。
俺はお姉ちゃんのペースで飲みながらチャンポンすると間違いなく二日酔いになるので、今夜は焼酎オンリーだ。
「アキヒト、テンション低いぞ。もっと上げていこう。」
上げられるか、と心の中で突っ込みつつ、黙ってグラスを傾ける。
お姉ちゃんが言うことは、いつも通り。他愛も無いこと、昔話、何度も何度も聞いた話。
それでも、なんだか今の時間が得がたいもののような気分になる。楽しい。
「アキヒト、目を閉じて。」
お姉ちゃんは、いつものようにキス魔。
俺も、いつものようにされるがまま。
と思っていたけど、その日はちょっと別の酔い方をしていたらしい。
何回目かのフレンチキスの時、唇を割って舌と酒を流し込んだ。
「…!!ぷは…。」
「いつかのお返しだよ、お姉ちゃん。」
この反撃は予想していなかったらしく、顔が真っ赤になっている。
俺も顔に血が集まるのを感じた。今まで何度もキスしたけど、こっちからなのは初めてだ。
なんだか自分の行為が物凄く恥ずかしくて、その後は潰れたフリをして寝た。
お姉ちゃんはその後も飲んでいたみたいだけど、無理に起こそうとはしなかったみたい。
そして、朝。
「アキヒト…姉ちゃん、ちょっと辛い…。」
「海と沙耶が待ってるよ。今日は厳しく行くからね。」
「うー…。」
ちょっとだけ、昨日までとは立場が違う気がした。
最終更新:2007年11月01日 00:56