321 幸せな家族 sage 2009/12/06(日) 15:16:35 ID:Qa27HYNY
人差し指を小さな手が握った
ふくふくとした頬を空いている手で撫ぜると寝苦しそうに顔をしかめて、なんとも愛らしい
くすりと笑みが漏れる
己が子の僅かな挙動すら愛らしく感じるのだから、私は相当親バカなのかもしれない
そう思っていると私のもうひとつの宝物がやってきた
今揺りかごで眠っている子の兄、我が家の長男
「この子はオレが見てるから、おとーさんに会ってきなよ」
そう言うと彼は自分の妹の頬をにこにこしながら触る
その幼い兄妹の姿がいつかの風景に重なり、私は嬉しくなって頭を撫でた
「ありがとう、いい子ですね」
「いいからはやく行けって!!」
少しあの人の面影があるその子は少し照れくさそうだった
がちゃりと、ある部屋のドアを開ける
しばらくは次女の世話に追われて訪れていなかったので随分ご無沙汰だ
最初に埃っぽい空気が流れて行った後、私は懐かしい匂いに包まれた
「ああ・・・・」
私は自然と瞳から涙が溢れるのを感じた、そこに居る人の幸せそうな姿を見ると私の心の中にまで幸せが広がってくる
「お久しぶりです兄さん・・・・」
愛おしさで、声が震えた
手錠と足枷が嵌められた手足、虚ろで、濁った瞳
見る人間が見ればそれは痛々しい光景でしかないのだろう
だが私は、私たちの場合は違う
私という伴侶と、子供達に囲まれた暮らし
それが兄さんの幸せに他ならない
『あの女』に監禁されていた兄さんを救い出してここに連れてきたとき、兄さんは錯乱しているのか酷く暴れていたけれど、今ではこんなに静かだ
きっと兄さんも私と同じように今、溢れんばかりの幸福を感じているに違いない
「もう、六年も経ったんですね」
私は壁に寄り掛っている兄さんの頭を膝に乗せて、六年前に思いを馳せる
「ここにお引越ししてきたときは大変でしたね」
兄さんが『あの女』の口車に乗せられて結婚すると言った時は本当に驚いて、喧嘩したことのない兄妹だったのに初めて大喧嘩をしてしまいましたね
でも兄さんの為だったんですよ
あの女に騙されている兄さんを見ていられなかったから
兄さんを監禁して不幸せにするあの女が許せなかったから
でもそんなことはもうどうでもいい
今が幸せだから
言いたい事が、伝えたい事が沢山あるのに、私の口は上手く動かない
愛しすぎて、幸福すぎて、私の求めた全てがここにある
そう思ったとき、私の瞳から大粒の涙が溢れた
「どうしたんでしょう・・・・ね・・・・なんだか・・・・」
呂律が回らない、自分が何を言いたいのかもわからない
ふと膝に温かく湿った感触がして、兄さんを見ると硝子玉のような瞳が涙を流していた
それは例えようもない幸福に咽ぶ涙に違いない
「兄さん・・・・兄さんも幸せなんですね・・・・?」
ああ、なんて私は素晴らしい家庭を築けたのだろう
妹思いの長男に、これからどう育っていくのか楽しみな次女、兄さんというこれ以上ないくらいの旦那さま
兄さんの頬を伝う涙を丁寧に舐め取りながら、今日も私は願う
どうかこの幸せが、永遠に続くようにと
最終更新:2009年12月15日 14:40