55 約束の代償 sage 2010/01/25(月) 14:41:58 ID:aTvnpGZs
妹の柚子(ゆず)に連れられて、昔よく二人で遊んだ山に来た
結構奥深く危険な場所も多いために子供の頃は行くことを禁止されていたが、親の言いつけを破って遊びに来ていた覚えがある
土臭い草の臭い、吐き気がする
小学校の高学年にあがる頃には遠い都会の地に引っ越してしまったから、この臭いを嗅ぐのもかなりご無沙汰だ
「懐かしいねお兄ちゃん!!」
柚子はしきりに辺りを見回しながら騒いでいる
今日は朝からこの調子でご機嫌だ、何が嬉しいのやら
「俺は早く帰りたい」
俺は本音を漏らすことにする
なんと言うか俺は昔からここが苦手なのだ
昔ここで迷ったことがあるからだろうか、あの時は大変だった
何週間、下手すると何ヶ月か俺は柚子と一緒にこの山で暮らした
よく覚えていないが生還したとき俺は傷だらけで、周りの大人は奇跡だ奇跡だとはやし立てていたっけ
あんな恐ろしい目にあったというのに柚子はこの山に行きたい行きたいと常々言っていた
正直俺は行く気なんてなかったのにあんまり柚子がこの山に入りたいと言うから根負けしてしまったのだが
「おまえちょっとだけだとか言ってたじゃないか、話が違うぞ」
俺は抗議することにする、だってこいつはここにくるとき言っていたのだ
曰く『ほんのちょっとだけだから行こう?』と
なのに気づけば俺たちは大分奥まで歩いてきている
すでに時刻は夕暮れ時、これ以上は暗くなるし危険だ、どう考えてもまずい
「もうちょっとで秘密基地だから、そこまで行ったら終わりにしようよ」
超にこにこご機嫌フェイスの妹が振り返る
他の男は釣れるだろうが兄の俺にはまったくの無意味
柚子は思いっきり最初のマニフェストを違えているようだ、制裁を加えねばならん
俺は柚子の両こめかみに拳を当て、可愛い妹に泣く泣く裁きの鉄槌を振り下ろした
ぐりぐり
「あううううううう~っ」
柚子は変な声を上げながら涙目になっている、クククいい眺めよ
これくらいでいいだろう、と拳を離すと今度は照れくさそうな顔で「えへへ♪」と頬を上気させていた
おのれもう一撃食らわせてやろうかとも思ったが俺も鬼ではない
「わかった、じゃあその秘密基地までな」
仕方なく妹の意見に妥協してやるのだった
しかし俺には引っかかることがあったのだ
秘密基地なんてあっただろうか?
俺の記憶にはそんなものはなかった
忘れているだけか?
だが俺の本能のようなものが警告を出している
『秘密基地』に行ってはいけないと
「どうしたのお兄ちゃん、暗くなっちゃうよ?」
「ん、ああ・・・」
柚子の声に促されて俺は慌てて後に続いた
『秘密基地』は小さな小さな小屋だった
倉庫と言う方が近いのだろうか
俺はその『秘密基地』の入り口で
56 約束の代償 sage 2010/01/25(月) 14:42:42 ID:aTvnpGZs
震えていた
何が?
身体が、手が、足が、脳が、心が
「あっ・・・あっあっあっ・・・・」
自然と引きつった声が出る
何が言いたいのかもわからない
気持ち悪い、頭が痛い
「おかえり」
後ろから抱きしめられる
背中に柚子の控えめな感触がする
俺は思い出した
忘れていた記憶を
封印した恐怖を
血塗れの椅子、手錠、足枷
与えられる拷問、容赦のない狂愛
俺は、この山で迷ったのではなく
監禁されていたんだ
他でもない、妹に、柚子に
「約束してくれたから、一緒に外に出てあげたのに」
柚子の声が聞こえる
いつもの子供っぽい声ではなく、艶を帯びた、幼子に言い聞かせるような声
『お願い・・・します』
呼び出される、無理やり『なかった』ことにした記憶の断片
『家に・・・帰して・・・ください』
妹に懇願する、幼い自分の、いつかの言葉
『・・・いいよ』
幼い柚子が答える
『でも、約束だよ』
「柚子をお兄ちゃんのお嫁さんにして?」
記憶に上乗せするように柚子が耳元で囁く
いつの間にか本当に忘却していた記憶の中の約束
お嫁さんにする約束
「約束してくれたはずなのに」
少し拗ねたように言って柚子が俺の耳たぶを甘く食む
そう、約束したのに俺は
「あんな女に騙されちゃうなんて、酷いよ」
恋人を作って
「だからお仕置きだよ」
最期に聞こえた声は、悪戯っぽい、無邪気な言葉だった
「ずぅっと・・・柚子と一緒にいようね?」
この『ふたりだけのおうち』で
最終更新:2010年02月07日 20:07