戻せない欠片 第1話

121 戻せない欠片 sage 2010/01/30(土) 01:00:30 ID:U/mo9hyP
誰も本当の私を見てくれることのない絶望の中


あなたに触れた温かさが、感触が。


私のすべてを狂わせた。


その温かさに触れた私に残されたのは、醜い嫉妬心。


くだらない日常の中で、あなただけが私の光。


だから・・・・・・。


私はあなたの《殻》になる。






朝の眩しい日差しを浴びて、俺は目を覚ました。傍らに置いた時計を横目で見る。
時刻は6:30を指していた。
学校に行くにしては早すぎる時間だった。
1階からは何とも旨そうな味噌汁の香りがする。
『あいつは既に起きているだろう』
布団のぬくもりをおしみつつ起き上がり、顔を洗いに洗面所まで移動した。
『二人で住むには広すぎるよなぁ・・・・・・』
俺は今、妹と二人暮らしをしている。
両親はとうの昔に他界し、俺たちは二人で生きてきた。
洗面所の蛇口を捻ると、俺の後ろから声が聞こえた。
「珍しく朝早いんですね、私が起こしに行く前に起きるなんて」
「何、お前にばかり家事を任せるのもなんだから、朝飯くらい作ろうと思ってさ」
「嘘ですね、兄さんは早起きしても私を手伝ってくれたことはありませんから」
「じゃあ俺に朝飯作ろうとすると台所から追い出すなよ」
「まずくなるからやめてくださいね、それなら食器でも出しておいてください」
「だったら初めから言うなよ……」
しれっとした顔で俺の言葉をいなす、こいつはいい性格してやがる。
顔を洗って顔を拭いたタオルを洗濯機に放り込む。
洗面所を出ようとした時。不意に声をかけられた。
「あ、そういえばすっかり忘れていました」
「ん、何か用事か?」
俺が後ろを振り向くと、すぐ目の前に妹の顔があった。
「おはようございます、兄さん」
俺の妹、白木葵は綺麗な笑顔でそう言った。





122 戻せない欠片 sage 2010/01/30(土) 01:07:22 ID:U/mo9hyP


時刻は5:00、学生が起きるには少々早すぎる時間帯だ。
私は態々その時間に目覚ましをかける。
今私がやるべきことは、兄さんに朝ご飯を作る事。
それともう一つ、私は熱い息を吐き出して、2階への階段を上る。
兄さんは6:00までは決して起きることはないと長い間一緒に生活してきた私にはわかっていた。
兄さんの部屋の前に立つと、顔が火照り始めていた。
『ごめんなさい、兄さん』
私は心の中で呟き、扉を開けて素早く中に入る。
窓は開け放たれていて、部屋から兄さんの匂いを感じることはできなかった。
少しだけ残念だったが、落ち込んでいる場合じゃない、私はベッドに近づき、兄さんの顔を覗き込んだ。
ぐっすりと眠っていてとても起きそうにない。
私はそっと兄さんの布団を捲りあげ、隣に寄り添う。
『あったかい・・・・・・』
兄さんは背中を向けている、どんな時も私を守ってくれた大きな背中。
そっと手を触れると、その温かみが私の手に伝わる。
自然と笑いがこぼれてしまう。
暫く兄さんを満喫していると突然兄さんが私のほうを向いた。
私はあわてて飛びのこうとしたが、どうやらただの寝返りだったようだ。
そのせいで、先ほどまで離れていた距離が一気に縮まり、私の顔の目の前に兄さんの顔が来ていた。
後数センチ距離さえあれば唇が重なってしまう距離。
心臓が痛いほど高鳴り、体はどんどん熱を帯びていく。
兄さんは私にとって毒だ、いや、どちらかと言えば麻薬に近い。
おそらく兄さんがいなくなったら、私はどんな手段を使ってでも兄さんを見つけ出すだろう。
横目で時計を確認すると、既に時刻は5:30を指していた。
そろそろ朝食の準備をしなくてはならない。
私がこんなに兄さんに執着する妹だと思われたくないし、やはり世間の目もある。
私は一向に構わないのだが、兄さんが近親相姦者の烙印を押されるのは何にしても避けなければならないからだ。
名残惜しいが、ベッドから這い出し、布団を整えて部屋を出た。
これ以上兄さんの部屋にいると、私の自制が効かなくなってしまうかもしれないからという理由もある。
1階の台所に移動し味噌汁を作っているときに、真上の部屋からごそごそと何かが動くような音がした。
兄さんはそろそろ降りてくるだろう。
兄さんは朝起きたらすぐに洗面所に行くので、私は洗面所に向かう、
やはり洗面所で顔を洗っていた。私は兄さんに声をかけ、他愛無い会話をした。
これだけでも十分私は幸せなのだが、幸せだとさらに欲が出てくる。
兄さんは顔を拭いたタオルを洗濯機に入れて洗面所を後にした。
兄さんが完全に見えなくなったころを見計らい、洗濯機の中を漁る。
あった、さっき使ってたタオル。
私はそれを取り出し、丁寧に畳んで自室にもっていき、かばんに詰め込んだ。
学校でも兄さんの匂いを感じるための大切な日課だ。
そして勉強机の上に飾ってある兄さんの写真を見る、その中には仲睦ましい兄弟が笑顔で写っていた。
私の兄、白木蒼治は照れたような笑顔で笑っていた。





123 戻せない欠片 sage 2010/01/30(土) 01:14:19 ID:U/mo9hyP


俺は洗面所から出てから、食卓テーブルにつき、新聞を手にコーヒーを啜っていた。
大きな見出しと共に、大物政治家汚職発覚!などと取り上げられていた。暫くすると葵が入ってきて朝食を盛りつけ始めた。
「何か変わったニュースはありますか?」
葵はを俺の目の前に置いて席に着いた。
「いんや、いつも通りだよ、平和だねぇ」
「私は汚職って結構大きいニュースだと思いますけどね」
そういいつつ俺たちは朝食に手をつける。
程よく塩のきいた塩鮭と出汁が旨い味噌汁、これだけで米がどんどん進む。
何気なくカレンダーを見ると、今日の日付に赤い丸が振ってあるのに気がついた。
今日が何の日なのかすっかり忘れてしまっていたようだ。
「そうだ葵、今日の放課後は時間はあるか?」
葵は箸を止めて俺を見据えた。
「今年もまた行くんですね、わかりました、開けておきますね」
「そうしておいてくれ、これだけはいかないとな」
「でもさっきまで忘れてたんじゃありません?」
にやにやと笑いながら葵は俺を見る。
「んなことないさ、ほら、学校行くぞ」
「どうでもいいんですけど兄さんはそんな恰好で学校に行くんですか?」
そう言われ自分の服装を見ると、まだ寝巻のままだったことに気がついた。
「先に行ってもいいぞ別に、俺は気にしないから」
すると葵の顔からさっきまでの笑顔が消えた。
「ここを片づけておきますから、着替えてきてくださいね」
若干睨まれているのが気になるが、俺は自室に戻って着替えることにした。
カレンダーの赤丸の下には、命日と書かれていた。



兄さんが着替えるため、自室に戻っていた。
私は兄さんの使っていた箸と自分の箸をとる。
そして兄さんの箸をそのまま自分の弁当の箸入れにいれ、かばんにしまう。
私の使っていた箸は、軽く拭きとってから兄さんの箸入れに入れた。
擬似的な間接キス。こんなどうしようもないことに私は喜びを感じる。
こんなことをしているのを兄さんに知られたら、私は何を言われるだろうか。
変態となじられ、軽蔑の目で見られるかもしれない。
だけどそれもなんだかいいような気がしてくる。もっと私を見てくれるなら、どんな風でもいい。
最近自制が効かなくなってきている気がするが、まだ大丈夫。
ふと思いついて、兄さんの弁当箱に私の写真を挟んでおく。
兄さんの恥ずかしがる顔が目に浮かぶ。
今、兄さんは着替えている。今部屋に入っていけば・・・・・・という邪な考えが浮かぶが、どうにか押しとどめた。
今日は母さんと父さんの命日だ、だから放課後、墓参りに行くのだろう。
墓参りはどうでもいいが、せっかく兄さんと二人で出掛けることができるチャンスなのだ。いかないはずがない。
誰の約束よりも兄さんと出掛けるのが大切だから。
兄さんを生んでくれたことには感謝するが、それ以上の感情はない。
私は生まれた時、両腕がなかった。
今は科学や医学の発達によって、私の両腕は本物のように動くけど、同時の私は好奇の目にさらされ続けていた。
実の両親にですら、良い顔はされなかった。
だけど、兄さんは私の《殻》になってくれた。
殻となって私をずっと守ってくれた、あの時の気持ちは今も忘れられない。
だから今の私があるのは兄さんのおかげだ。
多少は私の努力もあったかもしれないが、殆ど兄さんのおかげ。だから今度は私が兄さんを守ってあげる番なのだ。
兄さんのためなら何でもする。それが私の生きている意味だと思っている。
洗いものをすべて済ませて兄さんを待つ、携帯電話で時刻を確認してみると、7:30を指していた。
ちょうどいい時間帯だ。
私は1度自室に戻って、机の上に置いておいたペンダントを身につけ、下の階に下りた。
兄さんが高校の入学祝に買ってくれたペアのペンダント。銀でできていて割れた卵の殻を模している。
兄さんのものと合わせることによって1つの卵になる、私の宝物だ。
私はその殻を弄くりながら兄さんを待った。

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最終更新:2010年02月07日 20:37
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