261 名前:【SS】影送り 1/2[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 16:01:18.10 ID:VNV1NBp70 [1/3]
「京介、起きて」
身体を揺さぶられる感覚に目を覚ませば、何時かのように桐乃が俺に馬乗りになっていた。
ビンタで起こされなかっただけマシだよな、と思いつつ、ふと違和感を覚えた。
違和感の対象は桐乃の表情。あの時のような不機嫌そうな顔ではあるが、一点だけ違っている。
「おまえ、泣いてるのか?」
少しだけ、目じりに水滴が見えたような―
「~~~~!」
俺の言葉に、桐乃は慌てたように腕で顔をぬぐう。
「平気か?」
身体を起こしながら桐乃に尋ねる。
「うっさい!とにかく早く起きて」
桐乃はそう言うと俺の上から降りた。
俺に見られたくないだろう顔を見られたっていうのに、桐乃はあまり怒っていないようだ。
一体どうしたっていうんだ。
俺は桐乃に言われた通りにベッドから起き上がる。
それと同時に、桐乃が部屋のカーテンを開けた。
今日は晴天だ。青い空が寝起きの目に眩しい。
「ちょっとこっち来て」
桐乃に促され、窓際に立つ。
温かな陽光に体が包まれる。それ自体は気持ちがいいんだが、桐乃の様子がおかしいので気分は良くならない。
「・・・・・・ちゃんと影はある」
影?影がどうかしのか?
「おい桐乃、何のことだか説明してくれ」
「黙ってて」
桐乃はピシリとそう言うと、俺の体を触り始めた。
頭、顔、首、肩、腕、胸、腰、足・・・
そして最後に俺の手を強く握った。
「触れる」
そう言うと、桐乃はふぅと一息ついた。
桐乃が俺の手を握って安心してくれるのは嬉しいんだけどよ、何を心配していたのかわからなきゃ俺のほうが安心できねえじゃねえ
か。
「一人で納得してないで俺にも説明しろ」
俺の言葉に、桐乃は言い辛そうに目をそらす。
「・・・・・・言いたくねえなら、無理には聞かねえけどよ。
でもな、俺はおまえの兄貴なんだから、おまえの力になってやりてえんだよ」
俺の言葉に、桐乃はおずおずと視線を俺に返した。
「・・・・・・変な夢を見たの」
桐乃がポツリと話し始める。
「変な夢?」
「うん。あたしと兄貴が公園で遊んでるんだけど、空がピカッと光ったと思ったら、兄貴が影だけ残して消えちゃったの」
「俺が影だけ残して消えた?」
「それでね、あたしはワケが分かんなくてずっと残った影を見てたんだけど、ふと空を見たらその影が空に浮かんでいっちゃったの
」
「・・・・・・」
「怖くなって家に帰ったんだけど、家に帰ってもお父さんとお母さんどころか家も無くなってるし・・・・・・
寂しくなって一人で泣いてたら目が覚めたの」
それで不安になって俺のところに来て、俺の体と影を確認したのか。
子供っぽいと言っちゃそうなんだけどよ、夢の事を気にして俺を確かめに来るなんて、意外と可愛いと思ってやらなくもないな。
262 名前:【SS】影送り 2/2[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 16:01:51.49 ID:VNV1NBp70 [2/3]
それにしても、今の話どっかで―
『桐乃、いっしょに十まで数えるんだぞ』
晴天の空の下。他に誰もいない公園で。
そこで俺と桐乃は二人で手をつないで地面を見ていた。
『うん!
いーち、にーい、さーん』
『しーい、ごーお、ろーく』
『しーち、はーち、きゅーう』
『『じゅう!』』
空を見上げると、空には仲良く手をつないだ二人の影が空に映し出されている。
『お兄ちゃん、すごーい!』
『桐乃、これは『影送り』って言ってな―』
そうか。今日は八月六日だから、そんな夢を見ちまったのか。
「ねえ京介。
京介は黙っていなくなったりしないよね」
桐乃は俯き、俺の手の感触を確かめるように、握ったままの手に少しだけ力を込めた。
「桐乃・・・・・・」
俺たちはずっと無視しあって来たけれど、俺たちはよく喧嘩するけれど、それでもこいつを不必要に思ったことは一度もない。
昔は煩わしく思ったこともあったけど、今はもう離れたいとは思わない。
そう、なにがあっても。
俺の手を握る桐乃の手。その手を握り返す。
「京介?」
「桐乃、俺は黙っていなくなったりしねえから。
もしどこかに行っちまっても、絶対におまえのところに帰ってくるから」
だから、おまえはそんな顔すんな」
もう一度、桐乃の手を握る手に力を込める。
「・・・・・・わかった。
あんたが帰ってくるって言うなら、あたしもずっと待ってるから」
桐乃も、握る手に力を込める。
あの戦争で、一体どれだけの恋人が、親子が、兄妹が、こんな約束を立てたんだろうか。
そして、一体どれだけの約束が果たされたんだろうか。
俺たちは、この約束を生涯守りきれるだろうか。
そんなことを考えながら、握る手に力を込めた。
「京介ー、桐乃ー、ご飯よー」
下からお袋が呼ぶ声が聞こえる。
「それじゃあ下に行くか」
「うん」
桐乃の手を握る手から力を抜く。
でも、握り合う手は放さない。
ご飯を食べたら、二人であの公園に行ってみよう。
そして、あの日のことを話しながら、あの日のように影送りをしてみよう。
空にはあの時のように、仲のいい兄妹が映るだろうか。
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最終更新:2011年08月08日 21:17