635 名前:【SS】ガンバレ 1/3[sage] 投稿日:2011/08/11(木) 10:19:51.72 ID:xdBhCdG70 [2/10]
「八月十一日はガンバレの日か」
ガンバレの日( 日本)
1936年8月11日に、ベルリンオリンピックの女子200m平泳ぎ決勝で、
ラジオの実況をしていた日本放送協会の河西三省アナウンサーが前畑秀子選手に「前畑ガンバレ」と20回以上連呼し、日本中をわかせたことに由来。
前畑は優勝し、日本人女性として初めての金メダルを獲得した。
wikipediaより
『ガンバレ』なんて言葉を見ると、桐乃とリアの対決を見たあの日のことを思い出す。
俺がどれだけ応援しようが、桐乃を勝たせることは出来なかった。
そもそも、最近になったようやく頑張り始めた俺の応援が、ずっと一人で頑張り続けてきたあいつを力付ける事なんかできたのか。
時々、そんなことを考えてしまう。
俺が努力をするようになったのは、桐乃の頑張る姿を見たからだ。
桐乃の努力する姿を見たからだ。
あの小説の盗作事件のとき、俺は自分が桐乃に覚えていた劣等感を気づかされ、それ以来努力するようになった。
でも努力の大切さと一緒に、必ずしも努力が報われるわけじゃない事も知った。
黒猫も、瀬菜も、フェイトさんも、努力しても報われなかった。
『周りと合わないから』そんな理由で努力は無為になる。
周りが求めるものを取り入れればいいじゃん、妹様ならそんなありがたい言葉を下さるだろうが、それでもそれが『出来ない』奴らもいるんだぜ。
そして俺の中には、頑張り続ける桐乃に対して、今でも劣等感が残ってる。
例え今の桐乃が努力した結果の姿だとしても、桐乃と比べられると自分が惨めになる、
だから今も、俺を小馬鹿にしたりする妹の事が嫌いだ。
俺より遥かに優秀な妹が大嫌いだ。
きっとこの劣等感は、俺がどれだけ努力をしても、桐乃に好きなところを見つけても、生涯消えることはないだろう。
「俺って最低だな」
桐乃だって挫折を知ってる。
越えられない壁にぶつかった事も一度や二度なんかじゃないだろう。
あるいは俺よりもコンプレックスを持ってるかもしれない。
俺は兄貴だから、どんなに気に入らなくても、例え無駄だろうと、
ちゃんと自分の気持ちに素直になって、あいつを応援し続けなきゃいけない。
当面の目標を確かめる。
1.目標の大学の合格
2.桐乃と仲良くなる事
「よし!」
桐乃に一言だけ「ガンバレ」と声をかけて、それから図書館で勉強しよう。
俺は勉強道具をバッグに詰め込み、自室の扉を開けた。
636 名前:【SS】ガンバレ 2/3[sage] 投稿日:2011/08/11(木) 10:20:14.29 ID:xdBhCdG70 [3/10]
「八月十一日はガンバレの日か」
『ガンバレ』なんて言葉を見ると、あたしがリアと勝負した日のことを思い出す。
京介があんなに応援してくれたのに、結局あたしは勝てなかった。
普段からもっと京介に素直になっていたら、あいつの応援にもっと力を出せたのかもしれない。
時々、そんなことを考えちゃう。
あたしが何事にも全力で頑張るようになったのは、あいつが原因だ。
あいつとあんな事があったからだ。
あの日から、あたしはあいつを見返すために頑張り続けてきた。
いまじゃそれだけの理由じゃないけど、それでも始まりとして胸に刻んでる。
勉強とかモデルとか、成功したものはいくつもある。
でもあきらめた事、あきらめかけた事もいくつもある。
あたしは絵が下手だし、不器用だ。
黒猫みたいに好きな衣装を作ることも、一人でゲームを作ることも出来ない。
ゲーム作りは結局最後には手伝ってもらったって話だけど、それでも素直にすごいと思う。
そしてあたしは何度も、色んな事をあきらめかけた。
オタク趣味やあやせのこと、小説を盗作された事や、アメリカでダメになりそうになった事。
どれももうダメだと思った。気持ちは諦めていなくても、もうどうしようもなくて挫けかけた。
努力じゃどうにもならない事を思い知った。
でもその度に、いつもいつも京介に助けられてきた。
そしてその度に、あたしは胸にかすかな痛みを覚えた。
京介はいつもあたしをこんな気持ちにさせる。
あたしを見てくれない京介が嫌いだ。
あたしより全然ダメな京介が大嫌いだ。
京介のことを考えるたびに生まれるこの胸の疼きは、きっと生涯消えないんだろう。
「ダメだな、あたし」
京介はいつもあたしのために頑張ってくれているのに、あたしはこの気持ちを全部京介のせいにしようとしちゃってる。
京介は今大切な時期なのに、色々と迷惑をかけちゃってる。
きっとこれからも何度も迷惑をかけちゃう。
京介はたぶん、ちゃんとあたしのことを見て、あたしのことを想ってくれている。
言葉にしなくても、傍にいてくれるだけであたしを元気付けてくれる。
だから、あたしもちゃんと返していかないと。
当面の目標を確かめる。
1.世界陸上へのリベンジ
2.京介と仲良くなる事
京介に一言だけ「ガンバレ」と声をかけて、それから自主練しよう。
あたしは練習に使っているスポーツバッグを手に取ると、自室の扉を開けた。
637 名前:【SS】ガンバレ 3/3[sage] 投稿日:2011/08/11(木) 10:20:34.64 ID:xdBhCdG70 [4/10]
扉を開けると桐乃がいた。
「あ・・・・・・」
俺の顔を見て桐乃が硬直する。
この様子からすると、俺の部屋に用事でもあったのか?
だがスポーツバッグ持ってるしな・・・・・・
「おまえ、今からどこか行くのか」
「う、うん。今から陸上の練習」
練習か。こんなに暑いのに相変わらずの努力家だな。
「あんたは?」
「俺は図書館で勉強だ」
「ふ~ん」
会話が途切れる。
桐乃は何かしら言いたそうにこちらをチラチラと見るんだが、一向に口を開かない。
仕方がない。俺から切り出そう。
「暑い中大変だな。
俺も応援してるから、陸上の練習『ガンバレ』よ」
「―うん!
あんたも受験勉強『ガンバって』ね」
「ああ」
とりあえず目標の『ガンバレ』は言えたが、なんとなく去る気にはなれずに立ち尽くす。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
桐乃も同じようだ。まだ何か言いたいんだろうか。
どうしようか、そう考えたとき、頭に当面の目標が思い浮かんだ。
「一緒に行かないか?」
「一緒に行く?」
見事にハモった。
「・・・・・・あたしの中学と図書館ってまったく別方向なんですけど。
なに?あたしと一緒にいたくて、この暑い中遠回りするつもり?」
桐乃がくすくすと笑う。
「お、おまえだって俺を誘っただろ?」
「あたしはいいの。
・・・・・・図書館の近くのスポーツ用品店に用があるから」
「なら俺も、おまえの中学の近くの本屋で参考書が買いたくてな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
再度無言で見つめあう。
ど、どうするか。
次の行動を考えようとした俺の手を、桐乃が掴んだ。
「ほら、早く行こ!」
桐乃は楽しそうに笑うと、俺の手を引いて階段へと向かう。
「あんたはいつ頃勉強終わる?」
「昼飯に一度帰るつもりだけど、四時くらいだな」
手に桐乃の暖かさを感じながら答えた。
「わかった。じゃあ四時に図書館で待ち合わせね。
その後何か冷たいもの食べに行こ!」
「それは良い考えだな」
一緒に冷たいものでも食べれば、俺はこの大嫌いな妹ともっと仲良くなれるだろうか。
確かに努力が実らない事はたくさんある。
確かに努力でどうにもならない事もある。
だがよ、努力しだいで良くなるものもあるだろう。
お互いに仲良くなる努力をして、大嫌いよりも大きな大好きを集めて、俺たちの距離は少しずつ縮まっていく。
最終更新:2011年08月13日 16:03