812 名前:【SS】だっこ[sage] 投稿日:2011/08/21(日) 00:57:30.34 ID:foFswZqh0
【SS】「だっこ」
あ~あ……、なんか桐乃と顔を合わせづれーな……。
図書館からの帰り道、そんなことを考えながら家へと向かう。
詳細は省かせてもらうが、俺はこの間、あろうことか桐乃を“お姫様だっこ”してしまったのだ。
あれを、お姫様だっこと呼べるものかどうかは別にして、
あの一件で桐乃を怒らせてしまい、それ以来まともに会話をしていない。
もちろん、食事は一緒にするし、いつもと変わらないのだが、未だ二人きりになってはいなかった。
ところが、今日親父とお袋が不在のため、家には俺と桐乃の二人だけとなる。
……あいつ、部屋に引きこもっててくんねーかな……。
「……ただいま。」
帰宅を告げる俺の声に反応はない。
まぁ、いつものことだがな。
うだうだ考えたって仕方ねぇ。あいつだって俺と顔を合わせるのは嫌だろう。きっと部屋に引きこもってるさ。
それにしても、暑いな……。麦茶で喉を潤してから二階へ上がるとしよう。
台所へ向かおうとリビングのドアを開けると、ひんやりとした空気が俺を包み込む。
お、エアコンついてるのか?……ということは―――桐乃がソファーで雑誌を読んでいた……。
……俺はバカか?そのままリビングを素通りして部屋に向かえば良かったではないか。
桐乃がいるかもしれないくらい、想定の範囲内だったはずだ。
そんな可能性も頭から消えてしまう位、今日は暑かったんだな……たぶん。
ドアを開けてしまった以上、そのまま閉めるのも不自然なので、とりあえず麦茶を飲みに行くことにする。
何事も起きなければ良し。もし桐乃の逆鱗に触れてしまっても、その仕打ちを甘んじて受けてやるさ。
俺は、覚悟を決め、桐乃と目が合わないよう冷静さを保ちつつ冷蔵庫へと向かった。
ソファーに座っている桐乃には目もくれず、台所一点に気持ちを集中させ、麦茶を目指す。
危なげなく桐乃の横をすり抜け、冷蔵庫に辿り着いた。が、まだ油断は出来ない。
冷蔵庫をそっと開け、中から麦茶のパックを、食器棚からグラスを取り出す。よーし、いい感じだ。
後は麦茶を注いで飲み干すだけだ。早く麦茶にありつきたいぜ。
ゆっくりとグラスに麦茶を注いでいく。なみなみと注いだその時―――。
「……ねぇ。」
桐乃に声を掛けられた……。ですよねー。あんなことがあったのに桐乃が何も言ってこないわけがなかった。
……しょうがねぇ。とりあえず話を聞いてやるか。
「ん?なんだ?」
「こないだのアレ。一体どう責任取ってくれるつもり?」
「こないだのアレ?」
用件は大体察しはついているが、少しとぼけてみる。
「……何とぼけちゃってるワケ?あたしを……お、お姫様だっこしたでしょ!?」
……もう逃げられそうにないな。さっさと謝って楽になるとするか。
「あの時はすまなかった!勘違いとはいえ、みんなの前であんなことをしてしまって。もう二度としないから、どうか許してくれ!」
俺は伝家の宝刀“土下座”をしようとしたのだが……、
「はぁ!?話は最後まで聞きなさいよね!……アレ……もっかいしてよ。」
「……アレ?……とは?」
「だ~か~ら!お、お姫様だっこ……、もう一回してって言ってんの!」
は?なに言ってんのこいつ?
「お、おまえ、あの時あんなに嫌がってたじゃねーか!」
「あの時はみんなも見てたし?いきなりだったし?……ちょ、ちょっと恥ずかしかったってゆーか……。」
「だ、だからって、な、なんでもう一回するって話になるんだよ?」
「あんたね、女の子にとってお姫様だっこっていうのは憧れなの!それを……あんな形で……。
あんたはね、あたしのお姫様だっこバージンを奪ったの!わかる?!」
「ちょ!まて!その言い方は誤解を招くだろ!」
「……と、とにかく!あたしはちゃんとしたお姫様だっこを経験したいの!あんたには一度されちゃったワケだし?
一度も二度も同じだから、今度はちゃんとしたお姫様だっこしなさいよね!」
道理が通っているのかいないのかサッパリだが、俺と桐乃は兄妹だ。お姫様だっこなんて普通ありえねーし。
「出来るわけねーだろ!」
「なにあんた、シスコンのくせに妹の言うことが聞けないっての?あ……そっか。
あんたに頼みごとするときは可愛く言ったほうがいいんだっけ?
しょうがないな~。じゃ期待に応えてあげるからちょっとこっち来て。」
こいつ、「妹」ってだけで何でも俺が言うことを聞くとでも思ってるのか?
「可愛く」?また、あのエロゲーを買いに行かせたときみたいに「お願~い」をやるつもりだな?もうあの技は通用しないぜ?
……まぁ確かに可愛かったのは間違いない。お姫様だっこをするつもりは毛頭ないが、「お願~い」のあの桐乃はもう一度見たいな。
しょうがねぇ。言われた通りそっちに行ってやんよ。
「……じゃあここ、座って。」
桐乃は持っていた雑誌をテーブルの上に置き、ソファーの左側に寄る。右側にスペースを作り、ポンポンとそこを叩いた。
さっきは桐乃を見ないようにしていたため気付かなかったのだが、よく見ると、とんでもない格好をしてやがるなこいつ……。
上は真っ白で無地のシンプルなキャミソール、下はデニムのホットパンツときたもんだ。
髪は夏らしく後ろで一つに縛っている。いわゆるポニーテールってヤツだ。
肩と背中の露出度が高いせいか、うなじが妙に色っぽい。
程よい太さでスラリと長く伸びた張りのある太ももは、透明感があり、スベスベしていそうで思わず触りたくなってくる。
上着がシンプルゆえに強調されてしまう胸元も、身体全体のラインとのバランスが取れていてとても良い感じだ。
こういう服装を着こなしてしまうあたり、さすが読者モデルといったところか。
俺の身近で、この格好が似合う奴ランキングをつけるとすれば、おそらく桐乃が一番だろう。
麻奈実や黒猫は論外、あやせは……いい線いくだろうが、桐乃の比ではないな。
……ん?まてよ……。沙織なら……あるいは……。
「……ちょっとあんた……。なんかエロい事考えてない?」
「べ、別に考えてねーよ!」
どうして女ってのは、こうも鋭いのかねぇ……。
「だったら早く座んなさいよ。ほら!」
「……ほらってなぁ……。そんな格好をしているおまえの横に座れるわけねーだろ!
いくら家の中だからってそんな露出度の高い服―――。」
「やっぱエロい事考えてんじゃん。スケベ!変態!!
ケド、あんたシスコンだし?それも仕方ないか。とにかく早く座ってよ。
せっかく可愛く頼み事してあげるって言ってんだしさ。聞いてくれたら特別サービスで
あんたの大好きな『ありがとね、兄貴』をやってあげてもいいよ?」
……ほう、そいつは魅力的だな……。って!なに考えてんだ俺は!?
だが、これ以上のやり取りは不毛だな。とりあえず座ってやるか……。別に『ありがとね、兄貴』をやって欲しいわけじゃねぇよ?
「しゃーねーな……。ほらよ。」
俺は桐乃の隣に浅く腰掛ける。
「……………………。」
「……………………。」
……あれ?どうしたんだ桐乃は?何も言ってこねえな……。
と思っていたら、突然斜め後方から両手を俺の左肩の上に乗せ、身体を伸ばし顔を俺の耳に近付け囁いた。
「…………だっこ……………………して?」
振り返ると一瞬俺と目が合ったが、照れくさそうに下を向く。
……なんだこの可愛い生き物は?こんなの俺の妹じゃねぇ。妹じゃないと分かれば、お姫様だっこの一つや二つ朝飯前だぜ。
「よし。わかった。」
俺は立ち上がり、桐乃の方へ向き直る。
「じゃあいくぞ。」
「…………うん。」
桐乃は身体を横向きにして、やや仰向けに寝そべる様に俺を待つ。
俺は少し屈み、桐乃の背中に左腕を、膝の裏に右手を入れて持ち上げた。
……以外と軽いな……。
この間は桐乃が暴れたため、もっと重く感じたんだがな。それもすぐに下ろしてしまったし。
今日は素直に持ち上げられようと大人しくしてくれているので力が入れやすいといったところか。
などと冷静に分析をしていたのも束の間、俺は激しい後悔の念にかられていた。
……こ…これは……。思っていた以上に恥ずかしいぞ……。
と、とにかく顔が近い。しっかりと目を開けてる桐乃の顔をこんなに至近距離で見るのは初めてだ。
薄く施された化粧にあどけなさを感じさせる。
整った顔してるな……。少し恥ずかしそうに俺の目を見つめている。
……めちゃくちゃ可愛いじゃねえか。くそっ!
桐乃と目を合わせるのに耐えられなくなった俺は、視線を少し下に逸らしたのだが―――。
……ここの描写は割愛させていただく。俺も一瞬しか見てないしな!
だが、我が妹様はその一瞬を見逃さなかった。
「ちょ!あんたどこ見てんの!?エッチ!!それにそのやらしい手つき、どうにかなんないワケ!?」
「しょうがねーだろ!不可抗力だ!」
右腕は太ももとふくらはぎに挟まれているものの、右手で太ももを掴まなければ支える事ができない。
左手も同様に桐乃の右の二の腕を掴んでいる。
なんで今日に限ってその服装なんだよ!そんな格好でお姫様だっこしたら地肌に触れるしかないだろ!
俺はいたたまれなくなって、
「……もういいだろ?下ろすぞ……。」
と任務を終了しようとしたのだが……、
「ま、まって!せっかくだからさ、あたしの部屋まで連れてってよ。」
「……まだ続くんすか?これ。」
「あったりまえじゃん。この前あたしを辱めた責任とってもらうんだから。」
こいつ、俺を下僕のように扱って優越感に浸ろうって腹だな?
さっきの恥ずかしそうな目つきも、俺をからかおうとしてたに違いない。
だが、確かにあの時悪かったのは俺だから、素直に従うしかないか……。
そうと決まれば、さっさと終わらせてしまおう。
「部屋までだからな!」
と、小走りでリビングを出ようとした瞬間、入り口のところでつまづいてしまった。
危うく桐乃を投げ出しそうになったが、桐乃が俺の首に両腕を巻き付けてしがみついてくれたおかげでなんとか事なきを得た。
…………事なきを得た……?いや……むしろ状況は悪化した。
桐乃は俺に抱きつく形になって顔を俺の胸にうずめている。
「だ、大丈夫か?」
「……………………。」
「一旦下ろすぞ。」
「大丈夫!…………だから……。」
桐乃は俺にしがみついたまま答える。
「いや……でも……この体勢は……。」
「うっさい!大丈夫っつってんの!早くあたしの部屋に連れてけ!」
こいつ必死に怒りを堪えてるんだな……。自分で言い出した手前、引くに引けなくなって……。本当に頑固なヤツだぜ。
だが実は俺、今桐乃に顔を上げられなくて良かったと思っている。だって今の俺の顔、多分真っ赤だ。
こんな顔見られたらまた「なに欲情してんの?キモ。」とか言われるに決まってる。
しかし今の体勢はマジヤバい。桐乃の髪の毛が俺の顔に触れている。……なんかスゲーいい匂いするんですけど。
心臓がバクバクいってやがる……。このままでは俺の身が持たん。とっとと任務を終わらせてしまわねば。
さっきの事もあるし、階段を一段一段慎重に上る。しかし、ここに来て腕が痺れてきやがった。暑さのせいもあるだろう。
エアコンの効いていたリビングとは違い、階段は暑い。とにかく暑い。桐乃を掴む手も汗でヌルヌル滑り出す。
何度か桐乃を抱え直し、階段を上りきったころには、もう既に“お姫様だっこ”とはほど遠い体勢になっていた。
首に巻きつく腕はさらに深く、桐乃と俺の顔は擦れ合い、頬擦り状態になっている。
汗で滑る手は、いつしか滑らない場所を求めて……弾力のあるお尻を両手で抱えていた。
……なんだこれ?天国か?地獄か?俺の脳みそは沸騰寸前である。
……それにしても桐乃のヤツさっきから一言もしゃべらねーぞ?大丈夫か?まさか熱中症じゃないだろうな……。
って俺もヤバそうだ……。と、とにかく俺が倒れる前に部屋に連れてかねーと……。
フラフラになりながらも、桐乃の部屋の前まで辿り着いた。なんとかドアを開け、桐乃をベッドの上にそっと下ろす。
……つもりだったのだが、桐乃にしがみつかれたままなので、俺も一緒にベッドの上に倒れ込む。
何なんだろうなこの状況……。あやせに見られたら確実に殺されるな……、俺。
つーかそれどころじゃねぇ!桐乃の安否の確認が優先だ!
「おい!桐乃!」
「……ふぇ?」
ようやく桐乃は俺の首に巻きつけている腕をほどいてくれた。
ヤベ……こいつ顔真っ赤じゃねーか。汗びっしょりだし……。
「大丈夫か?」
「……ん……大丈夫……。」
「おまえの部屋だぞ。わかるか?」
「……うん……。あ…ありがとね、兄貴。」
そう言い残すと、桐乃はゆっくりと目を閉じていった。
ヤベぇ!!マジで熱中症かもしんねぇ!!
俺は火照りきった脳みその中から、このあいだテレビでやっていた熱中症患者への応急処置の内容を搾り出す。
たしか衣服を緩めるってのがあったな。背後にまわる時間が惜しいので、
そのまま正面から背中に手を回し、ブラのホックを外す。あとは……ズボンのボタンだな!と下のボタンに手をかけたその時―――。
ビッターーーーーーン!!!!
「いってぇな!!なにすんだよ!!」
「それはこっちの台詞!!ちょっとあんた!!いったい何やってんの!!!!」
「え?いや、おまえが顔真っ赤にして、急に目を閉じたりするから―――」
「だからって、そこまでしていいって言ってない!そういうのは順番ってもんがあるでしょ!いきなりとかありえないから!!」
「俺の知ってる知識だと―――」
「うっさい!うっさい!うっさい!!とっとと出てけ!!この変態!!強姦魔!!!!」
ドコォォォオオオ!!
バタン!!
いててて……。くそぅ。なんなんだ一体……。でもまぁ、あの様子なら大丈夫だろ。何事もなくてよかったぜ。
それにしても喉がカラカラだ。あ…そういえば台所に麦茶置きっぱなしだったな。とりあえず、麦茶を飲みに行くか……。
そして俺は台所へ向かう。俺がしでかした事の重大さに気付くのは、ぬるくなった麦茶を飲み干した後だった。
~終~
最終更新:2011年08月26日 14:34