367 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 21:19:06.68 ID:oPsrjdFqP [7/9]

「んん……?」

 腕に軽い痺れと重みを感じて、俺は目を覚ました。
 目を開けた部屋は暗い。まだ夜は明けてないようで、差し込む光もなかった。
 時計を見てみれば深夜の3時。こんな時間なら辺りが暗くて当たり前か。
 さて、こんな深夜にさっきから俺の右腕に痺れと重みを与える元凶はなんなんだろうね。まあ、予想はついてんだけど。
 そう思って首をめぐらせて見れば、その原因はいともあっさりと見つかった。

(やっぱりか)

 それは、いつの間に忍び込んだのか、このクソ暑いのに俺の腕を枕にして眠る桐乃だった。
 スースーと眠る桐乃は可愛いことこの上ないが、少しばかり恨みがましく思えるのはこの腕の痺れのせいか。

(ここのところ毎晩じゃねえか。こいつ、俺が気付いてないと思ってるんだろうが、一体何のつもりなんだ?)

 今俺を枕にして寝ている桐乃だが、朝起きる時間になればいつの間にかいなくなっているのが常だ。
 ま、俺より早く起きてベッドから抜け出せばいいわけだし、それほど難しいことじゃねえか。
 だからこそ俺に気付かれて無いと思ってるんだろうが。まさか俺が夜中に目を覚ましてるなんて考えもしてねえんだろうな。
 とはいえ、こうも何度も忍び込まれると一体どういうつもり何だと勘ぐりたくなってしまうんだよなあ。

 そう、桐乃がこうして俺の寝床に忍び込むのは初めてじゃなかった。
 これがいつからかといわれれば、恐らく、あの『簡単なお仕事』をやってからだろうと思う。

 俺たちが本当の兄妹でないことがわかって、それを桐乃に話したその晩、桐乃は俺の部屋に押しかけてきた。
 俺がこの家から出て行くんじゃないかと、そんなありもしない不安を抱えて。
 そして桐乃は言いやがったのだ。俺が家を出ていかないことを証明したいなら、その晩だけ一緒に寝ろと。
 なんともムチャクチャな言い分だ。でもそれを俺は断ることができなかった。
 だってしかたねえだろ? 俺に縋りつくように、不安で顔を曇らせた桐乃をどうして放って置けるってんだ。
 色々問題はあったはずなのだが、結局その晩は一緒に寝た。
 桐乃のやつは『一緒のベッドに入って、ぎゅっとして寝るだけの簡単なお仕事』なんて言ってやがったけど
全然そんなことなかったね! あんなものが簡単な仕事であってたまるか!
 ぎゅっとすれば当然、体の色々なところが密着する。桐乃の柔らかさとかそんな感じのものが色々とわかってしまうわけで。
 ただでさえ桐乃のことを意識してたのにアレはない。ありえん。あれで寝れるやつはバカか何かを悟ってるに違いない。
 その日は安心しきったように眠る桐乃とは裏腹に、俺は悶々として朝方まで眠れず翌日はとんでもない寝不足になってしまった。

 まあ、そんなことがあったわけだ。
 だけどあの時、桐乃は確かに言ったはずなんだがな。『今晩だけ』ってさ。
 なのになんでこんなことをするんだろうか。
 ああして一緒に寝たことで俺が出て行かないっていう証明はできたはずなんだけど。
 もしかしてまだ安心しきれてないとか? 俺ってどこまで信用ないんだよ。ったく……まあいいか。
 この行為が、桐乃が俺を必要としてくれてるって思えば悪いもんじゃない。
 何度もされてるうちに慣れてきたのもあるしな。

「んん……きょう…すけ……」

 ドキン

 ……ああ、そういえばそんな問題もあったっけ。
 何でかなあ。何で俺は桐乃に名前を呼ばれただけでこうもドキドキしちまうのかね。
 
 『兄妹じゃないから』

 桐乃はそういう理由で、俺を兄貴と呼ぶことをやめた。代わりに俺を京介と呼ぶようになった。
 それがどういった意味を持つのか。
 確かに俺たちは血の繋がってない赤の他人だと言ってもいいが、それでこれまで兄妹として過ごしてきた日々がなくなるわけじゃない。
 実際、俺は今でも桐乃を妹だと思ってる。血の繋がりなんて関係なしに。――他人だと意識してる部分も確かにあるけどな。
 桐乃はそうは思ってくれてないんだろうか。だとすれば寂しいことだが、しかたないって気持ちもある。
 もともと兄貴として扱われてるかあやしかったしな! ……言ってて泣きたくなってきたわ。
 
 ただ、桐乃が俺の名前を呼ぶ。それだけのことが俺の胸を高鳴らせる。鼓動を早くする。
 この気持ちがどういったものなのか、俺にはよくわからない。
 でもその事実があるのはたしかなんだよな。

 そっと、俺の腕を枕にして寝てる桐乃の顔を見る。
 その無防備な顔は、いつもの喧々とした物とは違って少しだけ幼く見えた。

 高坂桐乃。俺の妹で、家族で、そして、血の繋がらない女の子。

 開いた手でその頭をそっと撫でた。

「んぅ……」

 元々掴んでいたんだろう。胸元のシャツがクッと引っ張られた。
 くすぐったそうにぐずる姿に苦笑が漏れる。
 難しいことを考えるのはやめるか。

 血が繋がらないってわかって、そのせいでぎこちなくなった俺たち(主に俺だけど)。
 それでも、桐乃は傍にいてくれる。これまで通りに。
 不安な気持ちを持ったまま、俺に歩み寄ってくれた。心配してくれた。
 あの時はそのことに混乱したが、今はそれがすごく嬉しいことだと思えた。

「ありがとな。桐乃」

 普段はいえない言葉を、今は素直に言うことができた。
 聞かれてないとはいえ、少し照れくさい。

 さてと、そろそろ寝なおすか。
 桐乃に引っ付かれて暑いことは暑いが寝れないほどじゃない。
 それに、桐乃の体温は――心地いい。これならまたすぐにでも眠れるだろ。

 頭を撫でていた手を戻して目をつむる。
 部屋を満たす暑さと、傍に感じる心地よい温かさ。そんな二つの熱に包まれて、俺はもう一度眠りについた。


 それからしばらくたって、桐乃と二人で出かけた海岸で、
 桐乃からの思わぬ告白を受けること、そして自分の気持ちを知ることになるのを、この時の俺は知るよしもなかった。



-END-



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最終更新:2011年08月26日 13:14