476 名前:【SS】桐乃と花火の記憶[sage] 投稿日:2011/08/24(水) 10:15:59.82 ID:OhAB/Nxi0
『桐乃と花火の記憶』
《今夜、デートしようぜっ!!》
俺は唐突に、桐乃宛にメールを送った。どこからどう見ても、妹に送るメールの文面ではない内容で。
(メールメルメルメルメルメルメ~♪)
送信から間もなく、携帯の着信音が鳴り響く。メール受信ボックスを開くと、桐乃からの返信が届いていた。
「返信、速すぎだろ……」
これが現役女子中学生の性能なのか。俺は若い世代の実力に畏怖しつつ、液晶に表示された文面を見る。
《ウザ。アンタ、誰と間違えて送ったの?怒んないから言ってみて》
そこには、鬼嫁による浮気する旦那への問いかけのような内容が映し出されていた。
俺はやましい事などしていない。しかし、妙な圧力に気圧されそうなのは気のせいだろうか?
《間違ってねぇよ。お前に送ったんだ》
俺は正直にそう返した。一瞬、敬語で返してしまいそうになったが、それでは兄としての威厳が皆無なので、淡々と答えてみた。元々、威厳があったかは怪しいけどな。
《ソンナーヤサシクシナイデー♪》
すると今度は、別の着信音が響き渡る。これはメールではなく、電話の着信音だ。
液晶には『桐乃』と表示されている。
「(ピッ)よう!」
『よう!じゃないわよっ!アンタ、さっきのメール、何っ!?』
通話口を飛び越えて、桐乃の怒りの言葉が、俺の耳を責め立ててくる。
「何って、今夜一緒に出かけようと思って、メールしただけだぞ?」
『だ、だからって……デ、デートとか言うなっ!!』
「別にいいだろ?」
「良いわけないでしょ!?このシスコンッ!!」
うぅ~む、俺はちょっとでもフレンドリーにと思ってそう書いたんだが、桐乃にとってはお気に召さなかったようである。キモいだの、変態だの、罵声がいくつも届いてくる。
「わ、悪かったよ!まさかそんなに怒るとは思わなくて……」
『……べ、別に怒ってはいないけど……』
ウソつけ、めちゃくちゃ怒ってただろうが!あれで不機嫌じゃなかったら、機嫌の良い時は天使になっちゃうだろ!?
「あ~、まぁいい。とにかく、今夜時間空けられるか?」
『えっ?あぁ、さっき練習終わったから、別に大丈夫だけど……』
「そっか。じゃあ家に帰ってきてから、一緒に出ようぜ」
『……いいけど。で?アンタ何処に連れて行く気なワケ?』
ひとまず誘いにはOKしてくれたものの、当然のように行先を聞いてくる桐乃。まぁ、当然の反応だろう。
「それなんだが、今夜、花火大会があるだろ?」
『あの、隣町のやつ?』
「そうそう。それに行こうと思ったんだよ」
『……ふーん』
具体的に場所なんか言わなくても、この辺は兄妹での意思疎通が容易いところだ。
俺達が小さい頃からやっている、隣町の花火大会。
この近所では、夏の恒例とされているイベントだ。
小さい頃は家族みんなで行った事もあった気がする。詳しくは思い出せないが、桐乃が一発で言い当ててくれたおかげで、説明せずに済んだ。
『分かった。いいよ』
思案したのか、少しの間があって桐乃から了承の言葉が返ってくる。
「よし、じゃあ家で待ってるわ。気を付けて帰ってこいよ」
『うん。……ねぇ、アンタさ』
「ん?どうした?」
『まだ……覚えてたの?』
不意に、桐乃から何かを確認するような問いかけがあった。
「え?一体、何の事だ?」
『……別に。じゃ、後で』
『(プツッ。ツー、ツー、ツー)』
「なんだ、いきなり切りやがって……」
桐乃は俺の聞き返しには答えず、すぐに通話を切ってしまった。まったく、相変わらず自分勝手な妹だぜ。
……それにしても、さっきの問いかけ。何か意味があったのだろうか?
俺は心当たりがないのでそのまま答えてしまったが、それはアイツの望んだ答えとは違っていたようだ。
覚えてる、か――。
当てはまる記憶を探そうとはしてみたが、生憎俺の頭じゃスマートな解答は出せずにいた。
そのまま時間だけが過ぎていって、不機嫌な表情の桐乃と合流をし、何とも言えない居心地の悪さのまま、俺達は花火大会へと向かうのだった。
「おー!出店とか、結構出てんのな!」
「……」
「おっ、アレ型抜きじゃん!?まだあるんだなぁ!!」
「うっさいなー。子供じゃないんだから、そんなにテンション上げないでよ」
一緒にいるこっちが恥ずかしい。そう言わんばかりに、桐乃は俺をジトーっと見つめてくる。不機嫌さ丸出しである。
「ひ、久し振りなんだし、別にいいだろ!」
「単純バカ」
「うるせーよ!」
普段からトゲしかないような発言ばかりの桐乃だが、今日はいつもにも増して手厳しい。こうやって一緒に来てくれているだけ、最低の気分ではないらしいが、それでもご機嫌ナナメである事には変わりない。
なんとか機嫌を良くしなければ。さて、どうしたものか。
そう考えている俺の視線の先には、お面がいくつも並ぶ、子供向けの出店があった。そしてそこに、今の俺にとって天の救いのようなアイテムが用意されていた!
「おい、桐乃!アレ、メルルのお面じゃね?」
「メルちゃんキター!!」
俺の声を遮らんばかりに、桐乃は勢いよくその出店へと向かっていった。
「すみません!コレとコレッ!!表情違いで一つずつください!……ほら、そんな所にいないで、早くお金払ってよ」
「お前の方がテンション上がってんだろっ!!」
なんで当然のように俺が支払う事になってるのか。そんな疑問は置いておいて、とりあえずは桐乃の機嫌は一気に回復したようである。恐るべし、メルルパワー。
「えへへー。メルちゃんマジ天使ー」
「プッ」
さっきまでむくれていたのに、今じゃしまらない顔してさ。コロコロ表情が変わるヤツだけど、やっぱり笑ってる桐乃が一番だよな。
「何ニヤついてんの?」
「いーや、別に」
「ふん!……キモ」
相変わらず、一言多いけどな。
「そういえばさ……」
「ん?」
花火が見えるスポットへと、二人並んで夜道を歩く。
そんな中、桐乃が俺に話しかけてきた。
「どうして急に、花火大会になんて誘ったの?」
「……あー」
「だれか誘うにしても、他に選択肢はあったでしょ?地味子とか、黒いのとか……。なんで、アタシなの……?」
桐乃は俺に目を向けずに聞いてくる。その表情は暗くて窺い知れなかったが、声のトーンを聞く限りでは、曖昧に答えてはいけない気がした。
「そうだなぁ」
そもそも、花火大会に行こうと思ったのは、他愛もないきっかけだった。家への帰り道に、道端に貼られたポスターに目がいき、久し振りに行ってみたいなと、単純に思ったからだ。
デート、なんて茶化した言葉を出すには、あまりにもくだらない理由だったと思う。
それでも、桐乃を誘ってここに来たのは――
「一緒に見たいと思ったんだよ。お前と」
「えっ?」
「ここに来ようと思った時、最初に浮かんだのが、お前と一緒に花火を見てる光景だった。ただ、それだけだ」
「……」
理由を伝えようとしても、それ以上の説明が出来なかった。
言葉通り、桐乃と行きたい、それだけを思って誘い出しただけだから。
「……ふーん。あっそ」
バカじゃん。
小さくそう呟く桐乃は、表情を悟らせまいとあさっての方へ視線を送っている。
俺の誘い文句が、コイツの意に沿ったのかは分からないが、この様子じゃそれほど不愉快ではないらしい。つい最近、見抜けるようになった事だけどな。
定速に進む、二人の足音。
まばらに続く人の波は、皆同じ方向へと流れていく。
この景色を眺めていると、俺は無意識に記憶の奥に閉まってあった出来事を思い出していった。
そう、あれはもう十年近く前の事だろうか?
いつかの夏休みに、俺と桐乃は両親に手を引かれ、花火大火に訪れた。
子供の頃に見上げた花火は、ただただ大きくて、夜空に咲く色鮮やかな花を、食い入るように見つめていた。
時間を忘れ、一つ、また一つと打ち上がる花火に夢中になっていたのだ。
一方の桐乃はというと、幼いから仕方無いだろう、花火の轟音にも関わらず親父の背中で眠りこけていた。
やがて花火も打ち終わり、家に向けて歩いている途中に、桐乃は目を覚ました。
「ウワアァァン!!ヤダ、ヤダ!アタシも花火みる―っ!!」
自分が寝ている間に花火大会が終わってしまった事を知ると、桐乃は泣きながら親父の背中で暴れた。
「うっ、すまん桐乃!泣くな……」
「ほーら。また来年もやるんだから、泣かないの」
親父とお袋は、困惑しながらも桐乃をあやす。しかし桐乃は、「見たい!見たい!」と駄々をこねるばかりであった。
桐乃はなかなか泣き止まない。その様子に困り果てた両親だったが、当時の俺は大きい声で桐乃に向かってこう告げた。
「またオレが連れてってやるよ!!」
「……ふぇ?」
「またいつか、オレが桐乃を連れてきてやる!その時は、いっしょに見ような!」
「……グスッ」
「だから、泣くな桐乃。なっ?」
「……(ゴシゴシ)……うんっ!!」
俺がそう言ってやると、桐乃はニッコリと笑ったっけ。
親父もお袋も、「京介にはかなわないなぁ」なんて言って、安堵して俺達を見ていた。
それから桐乃は、親父の背中から降り、嬉しそうに俺と手を繋いできた。
「やくそくだからね、きょうちゃん!!」
「おぅ!」
「えへへ」
それまでの泣き顔などどこ吹く風で、桐乃は嬉しそうに笑っていた。
そんな仲の良い兄妹の姿が、俺の脳裏に映し出されていく――。
あぁ。
俺はなんという馬鹿野郎だ。
俺と桐乃にだって、こういう時代があったんだ。
それを今まで忘れていて、思い出す事もなく日々を過ごしてきた。
その後の花火大会も、結局一緒に行く事は叶わなかった。
そこから何度かの夏は、行こうと思っても都合がつかずに行けず、そしてある時を境に、俺達はその約束さえ無かったものにしてしまい……今に至る。
いや、正しくは、「俺が約束を忘れた」のだろう。
多分、今日の電話越しに桐乃が聞いた「覚えてる」というのは、この約束の事だと思う。
そうすれば、忘れていたのは俺だけで、桐乃はずっと、連れていかれる事を願っていたのかもしれない。
そう気付かされた瞬間、俺は自分の愚かさを激しく悔やんだ。
コイツは俺を嫌いなはずなのに。
それでも、忘れないでいてくれた。
顔を合わそうとしなくても、口をきかなくても。
幼い頃のささいな約束を、ずっと覚えてくれていたのか……。
その事実を知ると、一気に目頭が熱くなり、自然と涙を零してしまった。
(ヤベッ!!)
俺は急いで涙を拭う。今は桐乃と一緒だ。昔の記憶を思い起こして泣いている場合ではない。
桐乃に、気付かれただろうか?俺は慌てて桐乃を見やるが、桐乃は別の方へ目を向けていた。助かった。
それにしても、今回の件は俺に落ち度がある。
小さい頃とはいえ、桐乃を騙していた事になるのだから。
……謝ろう。時間は遅れたけど、それで少しでも桐乃の積年の思いが救われるのならば。
大袈裟かもしれないけれど、俺にはそんな風に思えていたんだ。
「なぁ、桐乃」
「何?」
「さっきの……電話で話した事だけど。……今、思い出したわ」
「……それで」
続けて。桐乃はそう促してくる
「ごめんな。連れてこれなかっただけじゃなく、忘れちまってさ」
「…………」
「ホント、ごめんな」
「……いいよ、もう。気にしてないから」
桐乃はそう言ってくれた。本当に気にしてないわけではないだろう。けれど、思い出してくれたから、いい。そう、思ってくれているのか?
「それにさ、連れてきてくれたじゃん。今日、こうして、約束通りに、さ」
「桐乃……」
「確かに、忘れてるって気付いてムカついたけど……でも、さっきアンタ……京介がアタシと見に行きたい、って言ってくれて、……ちょっと嬉しかったから」
暗い中、わずかに桐乃の頬が紅潮していくのが見てとれた。
それでも桐乃は、俺を見つめながら、少しだけ照れくさそうに
「それでチャラにしてあげる!」
そう、笑ってみせる。
それを見て、俺は思わず胸を高鳴らせてしまった。
(ぐっ!!妹なのに……)
天使かと思ったぜ。悔しいが、本心からな。
そんな甘い雰囲気を兄妹で醸し出していると、
(ドーンッ!)
大きな音を響かせて、大輪の花火が俺達の頭上に花を咲かせた。
「おーっ!」
「ワーッ、綺麗ー!!」
お互いに照れくさい空気を作っていただけに、タイミング良く打ち上げられた花火に二人共に視線を移す。
ドン!
パラパラパラ……。
絶えず彩り豊かな花火が続く。周りの人達もその場で足を止め、喝采交じりに夜空を見上げている。
「ここだと大きく見えるねー!」
「あぁ、そうだな……」
桐乃も無邪気に花火を眺めている。その姿は、いつか花火を見れずに泣いていたあの頃の桐乃と、重なって見えた。
(良かったな、桐乃――)
数年遅れで叶えられた約束を、声には出さずに喜んだ。
今も昔も、桐乃のこの表情が、俺には何より嬉しいらしい。
そんなシスコン全開の思考のままに、俺も空に描かれる花火を見上げていた――。
「本当の事を言うとね」
花火大会も終わり、家に向かって歩いている途中で、桐乃は俺に言ってきた。
「昔、花火を見れなくて泣いた時さ、別な理由があったんだよね」
「別の理由?」
「そっ」
「寝ちゃってたのが悔しいとばかり思ったぜ」
「勿論それもあるけど……」
桐乃はチラッ、チラッ、と俺を横目で窺いながら、何かを切り出そうとしている。
「あの時、ア、アンタがあまりに嬉しそうに花火の事を話すから、なんだか悔しくなっちゃって……」
「えっ?俺、そんなに楽しそうだった?」
「そうよ!すげー、すげー!って何度も繰り返してさぁ」
「へ、へぇ……」
「アタシは見てないのにー!って思って、だんだん寂しくなっちゃって」
……桐乃さん、それは君が正しい。今更だけど、マジでゴメンね。
「思わず、泣いちゃったってわけ」
「それは悪いことしたなぁ……ゴメンな」
「それはさっき許したでしょ?もういいって」
「サンキュ。……でも、それでよく泣き止んだよな」
「え?」
「いや、いくら俺が今度連れてくって言ったにせよ、そう簡単には納得しなさそうだけどなぁ」
「それは!アンタが言ってくれたから……」
桐乃は勢いよく何かを言おうとしたが、急に言葉を詰まらせ言い淀んだ。
「えっ?俺が?何?」
「え、えっと……えっと……」
キョトンと聞き返す俺、対して桐乃は、視線を泳がせながら慌てているように見える。
そして、
「……な、何でもないっ!!」
と、急にムスッと黙り込んでしまった。
「何だよ~、そこまで言ったら言えよなー?」
「うっさい。バカ!さっきまで忘れてたのに、エラソーにすんな!」
「うぐ……結局、いつも通りかよ」
さっきの健気さは何処に消えたのか……。目の前じゃ桐乃はフンッ!と頬を膨らませて、高圧的な姿勢でそっぽ向いている。
まぁ、なんだ。
たとえ昔の記憶を思い出しても、収まる所に収まる、というか。
俺も桐乃も、こういう関係が今の俺達なんだろうよ。
そう思うと、妙に落ち着いちまってさ。
「俺の妹が、可愛いわけがないもんな」
「……何か言った?」
「いや、なにも」
そんな悪態だって、不意に零れてしまうわけだ。
「まぁ、今回は許してあげたけど――」
ただ、少し変わった事があるとすれば、
「これからは、もう約束破らないでよね!!」
そう言って、桐乃が俺の手を取り、自分の手を重ねてきた事ぐらいか。
「それは、また連れてこいって事か?」
「当たり前じゃん?」
「へーへー。分かったよ」
「絶対だからね、京介!!」
ったく、見惚れるくらい良い笑顔しやがって。
そんなの反則だろ?何も言えねぇよ。
いつかの夜と同じ、手を繋いで歩く帰り道。
また来年の夏も、その先も、俺が桐乃の傍にいるのが確定したわけだ。
ただ、今度はもう忘れねぇよ。絶対に、な。
俺は不意に絡まった二人の小指に、そう誓った――。
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最終更新:2011年08月26日 13:29