840 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 23:41:19.12 ID:rs2t5Y0A0 [5/5]
【SS】四年後に見る麗しの君

「今日も暑いねー」
俺の隣を歩く麻奈実が、そんなことを言ってきた。
「そうだな。さっさと飯食ってあの涼しい図書館に戻りたいぜ」
俺と麻奈実は朝から図書館で受験勉強していた。
今は昼の十二時。とりあえず家で昼飯を食って、午後からはまた図書館で勉強の予定だ。
「ね、ねえきょうちゃん」
麻奈実が足を止め、真剣な表情で俺を見てきた。
なんだ?もしかして午後の勉強会の都合が悪くなったのか?
「その、もし良かったらなんだけど・・・・・・」
意を決した様子の麻奈実が口を開いたとき、

「京介くーん!」

遠くから俺を呼ぶ声がした。
「うん?」
反射的にそちらを向くと、一人の女性が手を振りながら俺のほうに駆け寄って来た。
女性が走るたびに、後ろで束ねた、少しだけ茶色に染められた黒く長い髪が左右に揺れる。
女性は黒いズボンに薄手のブラウス、灰色のベストとスーツ姿のような、大人を感じさせる格好だ。
その姿を見て、俺の頭に浮かんだ言葉は一つ。
・・・・・・一体誰だ?
女性は俺のすぐそばまで駆け寄ると、にこりと微笑んだ。
女性はここまで駆けて来たにもかかわらず、息一つ上がっていない。
だが、特筆するべきはそこではなく、その姿だ。
薄く微笑を浮かべながら俺を見るのその顔は、テレビや雑誌を含め、俺が今まで見てきた中で最も美しいといっても過言ではないかもしれ

ない。
桐乃なら彼女に張り合えるだろうが、残念ながら方向性が違いすぎる。
桐乃が子供らしさの残る元気一杯の輝きが持ち味なら、彼女はたおやかで落ち着きのある大人の輝きが魅力だ。
比べられるようなもんじゃない。
「京介君、今帰りだよね」
その女性は俺の目の前まで来ると、名乗りもせずにそう言った。
「そ、そうですけど」
やっとの事でそう口にする。
「良かった」
女性はフワリと大人びた微笑を浮かべ、

「じゃあ、ちょっと私に付き合ってくれる?」

「え?」
女性は俺の返事も待たずに俺の手を取る。
「で、でも、俺これから家に帰って飯食わないと」
出来ればこのお姉さんについて行きたい所だが、相手が誰かもわからずにそれはまずいだろう。
俺はなけなしの理性を振り絞って言い訳を見繕う。
「私が奢ってあげる」
女性は笑顔を浮かべながら、きゅっと俺の手を握る。
女性の手の暖かさがさらに俺の理性を削っていく。
「そんなの悪いし、その後麻奈実と勉強があるし」
そ、そう!ここには麻奈実もいるんだ。
約束もしてるし、デレデレし過ぎてついていくわけには行かないだろう。
俺が助けを求めるように麻奈実を見ると
「いいよ、きょうちゃん行って来なよ」
麻奈実は笑いながらそう言った。
「へ?」
「え?」
俺と女性の声が重なる。
どうやら麻奈実のこの反応は女性にとっても意外だったらしい。
「いいの?」
女性が麻奈実に尋ねる。
「いいよー。
 だって、きょうちゃんを誘いたくてそんなにおめかししたんだよね?」
麻奈実がニコニコと笑う。
俺といたくておめかし?それじゃあまるでこの女性が俺に気があるみたいじゃねえか。
「・・・・・・うん」
女性が小さく頷く。
え?マジなの?
「それならきょうちゃんを貰っていってもいいよー」
貰っていくって・・・・・・俺はモノじゃないだろ。
「・・・・・・わかった。
 じゃあ後はよろしくね」
「うん。おばさんにはちゃんと言っておくから。
 だからきょうちゃんとめいっぱい楽しんできてね?」
この女性はお袋のことを知ってるのか?
ってことは麻奈実とこの女性は家族ぐるみの付き合いなのか?
「それじゃあ行くよ、京介君!」
何も把握できない俺の手を女性が引っ張る。
おい、結局俺の意見は無視かよ。
「それじゃあ頑張ってね、『お兄ちゃん』!」
女性に連れ去られる俺を、麻奈実は手を振りながら見送った。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺と女性はなにを話すでもなく、レストランのテーブル越しに見詰め合っていた。
結局俺は女性の誘いを断ることが出来ず、のこのことこんなところまでついて来てしまったのだ。
ちなみにこのレストランは、桐乃が気に入りそうな、結構高めのイタリア料理店だ。
初対面の女性に奢られるのは気が引けるが、生憎ながら今の俺には持ち合わせがないし、
女性が持っているバッグも、財布も、桐乃が持っているのを見たことがある、かなり高級なヤツだ。
問題ないだろう。
「・・・・・・」
改めて目の前の女性を観察する。
年齢は俺より少し上、女子大生だろうか。
まあ、桐乃みたいに大人びて見える可能性もあるから、俺と同い年くらいの可能性はある。
顔は少し丸顔だが、それでも可愛らしいというより、美しい、麗しいと言う言葉が良く似合う。
穏やかな雰囲気だが、その両目からは強い意志を感じる。
それでいて、目元を飾る銀色のアンダーレムの眼鏡が知性的な印象を与えている。
薄く微笑が浮かべられた口元を彩る紅が色っぽい。
身長は桐乃より1~2cm上といったところだろうか。
胸の大きさも少し上、全体的に桐乃よりも女性らしいラインだ。
少し茶色に染めてあるロングの黒髪。落ち着きのある風貌。知性を感じさせる瞳。優しげな微笑。力いっぱい抱きしめたくなるような身体


まずい。メチャタイプだ。さっきから心臓の高鳴りが押さえられん。
気を抜くと土下座して求婚しちまいそうだ。
もし桐乃が大人になり、落ち着きが出たらこんな女性になるんじゃないだろうか。
・・・・・・もしそうなったら世の中の男共は桐乃を放ってはおかないだろう。
今のうちに対策を取っておかねば。
「ねえ」
「はい!?」
目の前の女性に話しかけられ、俺は素っ頓狂な声を上げた。
その様子に女性はクスリと笑い、
「ねえ、今の私ってどうかな?」
身体を見せ付けるように動かした。
「どうって言われても・・・・・・」
あまりに眩しすぎて直視できず、目をそらす。
今の俺の顔は真っ赤に染まってるだろう。
「その、可愛い?」
そんな、誰もが見蕩れるような微笑を浮かべられては答えは一つだろう。
「可愛―とても綺麗で魅力的です」
顔を逸らしながら答える。
なぜかはわからんが、『可愛い』って言葉は禁句な気がしたため、他の言葉を見繕う。
「ふーん」
女性は嬉しそうに言う。

「じゃあさ。
 京介君、私の彼氏になってよ」

「え?」
今、この女性はなんて言った?
言われた言葉を理解できずに戸惑う俺を置いて、女性が言葉を紡いでいく。
「京介君は気づいてなかったと思うけどね、私さ、京介君のことずっと好きだったんだ。
 十年以上の間、ずっと」
え?俺とこの人ってそんな昔からの知り合いなの?
からかわれてるのかと疑ってみるが、目の前の女性の顔を赤くし恥ずかしがる姿は、どう見ても演技には見えない。
「だから、私のこと少しでも好きなら・・・・・・彼女にしてくれると嬉しいな」
こんな美人に告白されるなんて、今まで生きてきた中で五指に入るくらいの嬉しいイベントだ。
俺の口から『結婚してください』と言う言葉が出そうになったとき、

脳裏に桐乃の姿が横切った。

「・・・・・・ごめんなさい。
 俺はあなたとは付き合えません」
意識する事もなく、自然にそんな言葉が出た。
「・・・・・・なんでか、聞いてもいいかな?」
女性の声は震え、心なしか顔も青く見える。
ショックを受けたんだろう。
・・・・・・なら俺も、正直に答えなくちゃいけないよな。
「すみません。
 妹に彼氏ができるまで彼女は作らないって、妹と約束してるんで」
深々と頭を下げる。
「妹―桐乃ちゃんと?」
桐乃のことは知ってるみたいだな。
「はい。俺が彼女を作ったらあいつが泣くから、俺は彼女を作らないんです」
「そっか・・・・・・」
顔をあげて女性を見ると、女性は肩を震わせながら俯いていた。
ひどく悲しんでいるんだろう。
こんな綺麗な人を、俺に好意を持ってくれてる人をそんな感情にしてしまった事に、心が痛む。
「じゃあ、桐乃ちゃんが私たちの中を認めてくれたらどうする?」
桐乃が認めてくれたら?
それならこの女性と付き合うことに問題はないはずなんだが・・・・・・
「それでも、桐乃が彼氏を作るまでは待ってくれませんか?」
俺はそう答えた。
「俺は桐乃の兄貴だから、俺にとって一番はあいつだから、
 あいつがちゃんと一人でやっていけるようになるまで、俺はずっとあいつの側であいつを守り続けなきゃいけないんです」
この考えが理解してもらえるとも思わない。
第一、俺自身なんでこんなことを思っちまうのか理解できてないんだからよ。
「そうなんだ」
俯く女性の震えはますます大きくなっていく。
くそっ。俺もこんな美人を悲しませたくないんだがな。
でも、桐乃が一番大事なんだから仕方がないだろ?
「もし、桐乃ちゃんに恋人ができたら、京介君はどうするの?」
もし桐乃に恋人ができたら?
そんなの考えるまでもないだろう。

「泣きます。全力で」

俺はきっぱりと答えた。
女性は顔を上げると、きょとんとした表情を俺に見せた。
そしてしばらくするともう一度俯き、前よりも肩を大きく震わせる。
む?俺何か変なこと言ったか?
「私が聞いたのはそういうことじゃなくて、桐乃ちゃんが誰かと付き合い出したら、私と付き合ってくれるかってことなんだけど」
「あ」
そうか、そうだったのか!
そりゃそうだよな。
桐乃に恋人ができたときの俺の反応なんて知りたいはずないよな。
さて、俺が桐乃と離れられるようになったら、俺は一体どうするか・・・・・・
「えっと、そうですね・・・・・・
 桐乃に恋人が出来たらひとしきり泣いて・・・・・・

 その後あなたに結婚を申し込みます」

うむ。桐乃に負けず劣らないパーフェクトビューティーに好きだと言われているんだ。
求婚するのは男として当然の行為だろう。
「~~~~」
女性は言葉にならない声をあげると、テーブルに突っ伏した。
もう肩どころか背中のほうまで震えてしまっている。
・・・・・・仕方ねえよな。好きだった男が、こんなにシスコンだったんだもんな。
ショックで気を失いそうになる気持ち、分かる気がするぜ。
俺も好きな相手が重度のブラコンだったらひくもんな。
「あの、平気ですか?」
だからと言ってこのままほうっておくわけにも行かない。
俺は泣き崩れた女性に手を伸ばした。
しかし俺の手が女性に触れる直前、彼女は顔を上げ―

「あんた、あたしのこと結婚したいくらい好きなのに、妹のほうが大事だから諦めるの?
 このシスコン、マジキモーい!」

面白くて、楽しくてたまらないといった表情でそう言った。
「は?」
俺はわけがわからず、そんな言葉しか口に出来なかった。
あれ?泣いてたんじゃないの?
女性の顔を注視するが、目が赤くなっていたり、涙の跡があったりということはない。
まさ、さっきから肩が震えていたのは、笑いを堪えていたからだったのか!?
と、なると、この女性は俺に好意なんか持っていなくて、ただからかわれているだけだとか・・・・・・
俺がそんなことを考え始めたことに気がついたのか、女性は首を傾げ、
「あんたさ、まだ気がついてないの?」
と言うと、後ろで束ねた髪を解き、眼鏡を外し、鏡を見ながら前髪を整え、最後にどこかで見たヘアピンで前髪を留めた。
「どう?」
そう言う彼女の顔は―


「おまえ、桐乃か!!」


目の前の顔は、いつもより大分大人びてはいるが、見間違えようのない、
先ほど交際を断る理由とした俺の妹―桐乃だ。
「その通り!
 ・・・・・・あんたさ、マジで気がつかなかったの?」
桐乃はジト目で俺を見る。
「分かるわけねえだろ!
 俺より年上だと思ってたんだぞ!」
なに?女ってメイクでここまで変わるもんなの?
ありえねえだろ。
「ふ~ん。
 一番大切だって言ったのに、それでも気がつかないんだ。
 本当にあたしのこと一番だと思ってるの?」
「う”。
 それを言われるときついけどよ・・・・・・
 でもよ、お前が一番だって言うのはホントだって」
「どうだか。
 今だってあたしだって気づいてないのに、鼻の下伸ばしてホイホイ付いて来ちゃうしさ」
「そ、それはだな・・・・・・」
男っていうのはそんなもんだとか、麻奈実が許可したからだとか、そもそも断ったけどお前が無理やり連れてきたんじゃないかとか、
色々言い訳は思いつくが、どれを言っても火に油を注ぎそうだ。
「なんてね。
 京介があたしのこと一番に思ってくれてるのは、さっきのでちゃんと分かったからさ」
桐乃はそう言うと、微かに頬を染めながら、そっぽを向いた。
そうか・・・・・・分かってくれたか・・・・・・
内心でほっとため息をつく。
一息ついて落ち着くと、今度は疑問が浮かび上がってきた。
「おまえさ、なんでそんな格好してんの?」
そもそも桐乃がそこまで化けてなきゃ、すぐに気がついたんだぞ。
なんでこんなことになったのか、その理由を説明してくれ。
「この格好?
 今日知り合いのメイクさんに誘われて遊びに行ったんだけどさ、普段しないメイクをしてみようって話になって、
 大人っぽいメイクをしてもらったんだ。
 あたしも鏡見て驚いちゃった。
 前から大人びてるって言われることあったけどさ、どう見ても大学生くらいなんだもん。
 やっぱりプロのメイクさんてすごいよね」
朝からいないと思ってたら、遊びに行ってたのか。
それにしてもプロのメイクさんすごいな。
メイクさえしてもらえれば俺や麻奈実の地味面もちょっとはマシになるんかね。
「でもよ、体格まで変わってねえか?
 背も高くなってるし」
「せっかくだから、徹底的に凝ってみたの。
 背丈はヒールでごまかしてるし、肩とかお尻のラインとかもパット入れたりして変えてるんだよ」
「なるほど。
 その三センチくらい大きくなった胸もパットか」
俺の言葉に、桐乃は胸を隠し、
「妹の胸凝視すんな、この変態シスコン!」
「してねえよ!」
凝視しなくても、普段見慣れてる桐乃のサイズと違ったらすぐに気がつくだろうが。
「た、確かにパットは入れてるよ。
 もっと大きくしたかったんだけど、ラインが不自然になるし、メイクさんもこれくらいがちょうどいいって言ったの。
 ・・・・・・本当はもっと大きくして、あんたがだらしなくあたしの胸に釘付けになるところを見てみたかったんだけど」
「釘付けになんかならねえよ!」
多分だけどな!
「大きければ良いってもんじゃねえの。
 メイクさんが言ったとおり、少し大きめなそれくらいがちょうどいいんじゃねえか?」
桐乃は一度自分胸に視線を向けた後俺を睨みつけ、
「変態」
と言った。
あれ?褒めたのに何で怒られてんの?
「それでせっかくだからあんたをからかおうと思って、このままの格好で帰ってきたの。
 バレにくいように眼鏡かけたり、髪形変えたりしてね」
その結果がこの有様か。
ところで一つ気になったんだが、
「なあ桐乃、もし俺がおまえの彼氏になるって言ってたらどうなってたんだ?」
考えるだに恐ろしいが、一応聞いておきたい。
「そ、それは・・・・・・」
桐乃は顔は俺のほうへ向けつつ、視線は外しながら、もごもごと言いにくそうに、
「口にしたことの責任は取らせたに決まってるじゃん」
口にしたことの責任か・・・・・・
「思いとどまってよかったぜ」
心底そう思う。
「え?
 ・・・・・・嫌だった?」
桐乃が心配そうに訊ねてくる。
「当たり前だろ?
 どうせ『彼女を作らないっていうあたしとの約束を破った罰だから』とか言って、エロゲを買いに行かされたり、
 エロゲのクリアを命じられたりしたんだろ?」
・・・・・・あれ?罰じゃなくてもいつも命じられてね?
「そ、そうかもね!」
桐乃はどことなくほっとした様子でそう言う。
そしてすぐに表情をにんまりとしたものに変え、
「けど、全然あたしだって気づかなかった罰はあるから」
「げ、マジかよ・・・・・・」
まあ仕方がない。
桐乃だって言うことを気づかなかったのは事実なんだからな。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
桐乃はあのときに見たのと同じ、大人びた微笑を浮かべ


「ここに来る前に付き合ってって言ったでしょ?
 今日一日はずっと一緒にいるんだからね!」



「それじゃあ京介君、次はスィーツショップに行くからね」
そういうわけで、俺は桐乃とデートしていた。
この前の偽彼氏の時とは違い、今度は桐乃が俺をエスコートしている。
髪形も戻して眼鏡もかけたし、俺のことを京介君と呼んで自分のことを私って呼ぶし、
どうやら俺を弟扱いしてるみたいだな。
それにしてもスィーツショップねえ。
この通りからすると、前にデートのときに言ったあそこか?
男だとあの雰囲気には耐えられんのだが、仕方がないか。
・・・・・・あれ?なにか、忘れているような?
「この間は普通に食事しただけだけど、本当はカップル専用のメニューがたくさんあるんだよ。
 私食べてみたいのがあるから、それにするからね」
げ。カップル専用かよ・・・・・・
一本のスプーンでパフェを食べあったり、二本のストローでジュースをちゅーちゅーしなきゃならんのか・・・・・・
まあ、反対しようにも持ち合わせのない俺が意見できるはずもないんだけどな。
そんなことを考えて歩いていると、後ろから声をかけられた。

「あ、お兄さん」

この素敵ボイスには聞き覚えがある。
毎日朝昼晩と聞きたくなるような、ラブリーマイエンジェルの声だ。
だが、今ここで会いたくない人物ナンバーワンでもある。
俺は冷や汗をかきながら、ゆっくりと振り向いた。
「あ。あやせじゃん」
俺の隣で桐乃がその名を呼ぶ。
その通り、俺に声をかけてきたのは全日本加奈子埋葬選手権第一位の新垣あやせたんだ。
隣には加奈子もいる。
忘れてた。あのスィーツショップなら桐乃の知り合いに会う可能性が高いじゃねえか!
やばい、お洒落した桐乃とデートをしていると思われたら、俺の寿命は今日限りかもしれん。
「・・・・・・お兄さん。
 その隣の女性は誰ですか?」
あれ?もしかしてこいつが桐乃だってバレてない?
こいつ、桐乃の親友なのに、桐乃だって気づいてないのか?
それってどうなんだ。
・・・・・・まあ、俺も人のこと言えないけどよ。
とにかくデート相手が桐乃じゃないと思っているなら何とかなるだろう。
「こいつはだな、えーっと」
「京介君と付き合ってるリノです。
 よろしくお願いしますね、あやせちゃん」
何を思ったのか、桐乃はにこりと笑うと、あやせにそんな挨拶をした。
「ちょ、おまっ!」
桐乃に小声で問いかける。
「なに?
 嘘はついてないよ」
確かに今日一日付き合うって言ったし、おまえは『妹空』の作者の『リノ』だけどよ!?
「お兄さん、本当ですか?」
あやせが俺に問いかけてくる。
なんだか、その瞳からは虹彩が失われているような。
「そ、それはだな」
「私、嘘は言ってないですよ。
 ね、京介君」
桐乃は悪戯っぽく俺に笑いかけてくる。
「それとも、何か問題があるのかな、あやせちゃん?」
そして、そのままの笑顔をあやせに向ける。
待て。それ以上あやせを挑発するんじゃねえ!
「・・・・・・あなた、誰なんですか?
 私のこと知っているみたいですけど」
「あやせちゃんのことは良く知ってるよ。
 読者モデルだってことも、桐乃ちゃんの親友だってことも、嘘つかれるのが嫌いだってことも」
不機嫌そうに警戒するあやせに対して、桐乃は笑みを浮かべたままだ。
しかし、その笑みはどことなくぎこちないような。
・・・・・・まさか、俺が桐乃だって気づかなかったから怒ったみたいに、あやせに気づいてもらえなくて怒ってんのか?
「お兄さん、黒猫さんという方と別れたと思ったら、今度はこの人と付き合い始めたんですか?
 確かに同姓の私でも見蕩れてしまいそうなほどに綺麗で素敵な人ですけど・・・・・・
 お兄さんは桐乃に彼氏ができるまで誰とも付き合わないって約束したんじゃないんですか!?」
え?なんであやせまでその話知ってんの?
黒猫と分かれたことはともかく、桐乃に彼氏ができるまでは恋人を作らないって話を麻奈実が話したとは思えねえし、
まさか桐乃があやせに喋ったのか?
なんで俺のことを『妹を愛して止まない変態妹婚上等兄貴』だと勘違いしてるあやせにそんなことまで話すの!?
「桐乃ちゃんからの許可は貰ってるよ。
 兄貴は頼りないからちゃんとリードしてあげてねって」
まあ、おまえから誘ってきたんだし、許可は取ってあるようなもんだよな。
そして今回はリードしてもらってるから嘘じゃねえし。
「え?
 あの桐乃がお兄さんと付き合うのを許可したんですか?
 一体どうやって・・・・・・」
あやせがショックを受けたように目を大きく見開く。
「それに京介君とは最近一つ屋根の下で暮らしてるし・・・・・・
 今日だって一緒に寝る予定だよ」
確かにずっと前から一つ屋根の下で暮らしてるけどよ!?
さらに誤解を深めるような発言するんじゃねえ!
それに一緒に寝るのくだりは流石に嘘だろうが!
「ま、まさか親の公認だなんて・・・・・・」
あやせは桐乃の言葉に衝撃を受けたようだった。
今にも『orz』のポーズをとりそうなほどだ。
これ以上あやせに誤解させると、せっかく『シスコン変態兄貴』だとあやせに勘違いされてるのがどうにかなりそうだし、
それ以上になんだか俺の命が危険にさらされる気がする。
一体どうするか・・・・・・
俺が悩んでいると、今まで無言で俺たちのやり取りを見ていた筈の加奈子がいつの間にか俺の隣におり、
俺にだけ聞こえるようにそっと囁いた。
「なあお兄さん。
 あれって桐乃だべ?」
驚いて加奈子を見ると、加奈子は楽しそうにニヤニヤと笑っている。
「やっぱなー。
 加奈子、最近コスプレしてるヤツとかよく見るから、アレくらいなら見破れるようになったんだよね」
なるほど・・・・・・メルルの関係で仮装とか変装とかを見慣れてんのか。
「それにしてもよー」
加奈子が俺と桐乃を見比べる。
「前に比べて、お兄さんと桐乃はちょっとはマシなカップルになってんのな。
 まあ、同棲してるとか、一緒に寝てるとかはまだまだ嘘くせえけどヨ」
そういやあこいつ、まだ俺のことを桐乃の彼氏だと思ってんのか。
だがあの中で的確に嘘だけを見抜くとは・・・・・・偽彼氏だって怪しんでいたことといい、結構いい目を持ってるな。
まあ、俺たちのことをカップルだって思ってる時点でまだまだ甘いけどよ。
加奈子が俺に語りかけてくる最中も、桐乃とあやせはなにやら会話を続けている。
俺としてはラブリーマイエンジェルとラブリーマイゴッデス(大人バージョンだと俺に優しくしてくれるので今日限定)の戦いは見たくない

んだが・・・・・・
「なあ今からあのスィーツショップ行くんだろ?」
「そうなんだが・・・・・・どうするか」
「あやせのことは気にしないでさっさと行けって。
 後は加奈子様が面倒見てやるからヨ」
「いいのか?」
下手すると埋められるぞ?
「いいって、いいって。
 代わりに今度桐乃になんか奢って貰うかんな。
 それにまるで気づいてないあやせをからかうのが面白そうだからヨ」
「そうか・・・・・・すまねえな」
馬鹿が、無茶しやがって。
後で思い出したら掘り起こしてやるからな。
「おい、そろそろ行こうぜ」
俺は加奈子に目配せした後、桐乃の手を取りそう言った。
「そうだね。
 じゃあ私たちは用事があるから。
 またね、あやせちゃん」
桐乃も潮時と考えたのか、特に反抗することもなくこの場を去ることに賛成した。
しかし、
「ちょっと待ってください!」
あやせが俺たちを呼び止める。
加奈子があやせを止められるか?そう考えたが、
「一つだけ言わせて下さい。

 まだリノさんのことを認めたわけじゃありませんけど、
 お兄さんのことを本当に好きなら、桐乃に認めてもらっているなら・・・・・・
 お兄さんのことをよろしくお願いします」

あやせはそう言い、ぺこりと頭を下げた。
そして桐乃は

「・・・・・・うん。
 あやせの分も、ちゃんと幸せにするから」

と言うと、ぎゅっと俺の手を強く握った。



あの後俺たちは夕飯ギリギリの時間まで二人であちこち巡った。
帰った後も桐乃はメイクを落とさず、
「ほら、口元汚れてるよ」
などと、食事中もお姉さんぶっていた。
「桐乃もいつかこうなるのか」
と無表情を保とうとしつつも口元がニヤける親父と、
「京介はお姉ちゃん子ねえ」
とニヤニヤするお袋が印象的だったな。
その後は二人で俺の部屋に篭り、勉強していた。
そうなると必然的に勉強は俺のほうが先を行ってるんだけどな。
ゲームではなく、勉強を選んだのは、俺の勉強を妨げちまったのを気にしてるのか、あるいは一緒にゲームでもして地を出すのを嫌った

か・・・・・・
まあ、どうせ後者だろうさ。
「・・・・・・それじゃあ、もう遅いしシャワー浴びて寝ようか」
桐乃が少しだけ名残惜しそうに言う。
そうか、これで年上の桐乃を見るのも終わりか。
「・・・・・・今日のあたしどうだった?」
部屋の扉に手をかけながら、桐乃は背を向けたままそう尋ねて来た。
今日の桐乃か。そりゃあ―
「結構よかったぜ。
 俺に姉がいたらこうだったのかなって思った」
「そうなんだ。
 私も弟な彼氏ができたみたいで楽しかったよ」
「そうか。
 でもな」
今日の桐乃は結構優しかったし、綺麗だったし、元に戻るのは少し寂しくはあるが・・・・・・

「やっぱりおまえは俺の妹だからさ。
 今の大人びたおまえは四年後にでも取っておいて、明日からは何時も通りの、桐乃でいてくれよ」

「うん!」
桐乃は振り返ると、昨日も今日も、そしてきっと明日からも変わらない、極上の笑みを浮かべた。















-おまけ-

「ところでさ、一つ京介君に言っておきたいことがあるんだ」
桐乃はこちらを振り返ったまま悪戯っぽく笑った。


「今日の言った事の中で、嘘は一つだけだから」


桐乃はそう言うと、スッと扉の向こうに消えていった。
「嘘は一つだけ?」
流石にそれはないだろう。
今日は色々と嘘を言っていた気がするんだが。
たとえばあやせの時とか・・・・・・でもあの時はギリギリ嘘はついていなかったな。
じゃあどこなんだ?
そう考えた時、一つの言葉が脳裏を横切った。
もし、嘘が一つだけなら―
俺が扉を開けると、ちょうど桐乃が自分の部屋から着替えを持ってきたところだった。
「なあ桐乃。今日の嘘は一つだけなんだろ?」
「・・・・・・うん、そうだけど?」
「俺にはおまえの一つの嘘がどれだか分からないけどよ。嘘が一つしかないなら―

 今日は一緒に寝るんだよな」

「あ」
俺の言葉に桐乃は顔を赤くする。
まあそうだよな。
今日はずっと桐乃に振り回されていたが、これでようやく一矢報いることができたぜ。
俺は満足して部屋に戻ろうとしたが、それを遮るように桐乃が、

「そ、そうだね。
 今日一日付き合ってもらうって言ったんだから、一緒に寝ようよ」

顔をさらに赤くしてそう言った。
「ちょっ!
 いいのか!?」
想像していなかった答えに、今度は俺が戸惑う。
「これもあたしだって気づかなかった罰だから。
 一晩一緒にいたら、今度からはあたしがどんな格好してても気づくでしょ?」
余裕そうな態度で言う桐乃。
メイクが取れていないからまだ大人な態度なのか?
「で、でもよ・・・・・・」
覚悟が決まらない俺に、桐乃は赤い顔で笑みを浮かべ、


「これは決定事項だから。
 それと、寝る時もエスコートするのはあたしだから、覚悟しててね?」


-END-




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最終更新:2011年09月03日 06:08