791 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/09/19(月) 04:32:57.00 ID:fde2OHJu0 [1/2]
SS『ある家族の夕食時』
「ただいまー」
「パパー、おかえりなさーいっ!」
会社から帰宅すると、世界一可愛い俺の娘が迎えに来てくれる。
今年3歳になる娘は、母親に良く似た黒髪を揺らしながら、とことこと駆け寄ってくる。
「ママと一緒にいい子にしてたか~?」
「うんっ!」
抱きしめてやると、イヤイヤしながらも嬉しそうに笑っている。
そのままお姫様抱っこに切り替えて、リビングへと向かう。
リビングからは美味しそうな匂いが漂ってきている。今日は和食だろうか?
それにしたって、あいつも本当に料理が上手くなったもんだ。
昔は、消し炭チョコみたいに、俺や親父が死に掛ける様なモンしか作れなかったってのによ?
いまじゃ、魚をさばくことだってお手のもんだ。
ん?しんじられねーって?
「ママの料理はおいしいもんな~、楽しみだな~」
「あたしもママのおりょうりだいすき~」
ほれみろ?
俺の娘もおいしいって言ってるだろ?
子供はこういうことでウソつかねーからな!
もちろん、簡単な道のりじゃなかったって事は、俺も良く知っている。
麻奈実の所に、週5日くらいで通ってたもんな。
和解したとはいえ、色々と思う事もあったろうにな・・・
リビングに入り娘を椅子に座らせたところで、キッチンの奥から嫁が迎えてくれた。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ、ただいま」
くぅぅぅぅ~~~~っ!
あの桐乃が―――俺の嫁が、こんなに淑やかな言葉で俺を待っていてくれるんだもんな!
就職してこの数年毎日のことだけどよ?新婚夫婦みたいで本当に嬉しいんだぜ?
それにしても・・・いつもの事ながら、改めて桐乃を凝視してしまう。
あの頃はモデルをやっていた桐乃も、今では主婦をやっているのだがそのスタイルに衰えは無い。
それどころか、当時は持っていなかった大人の色気を身につけ、
おそらく俺の周りの人間しか知らないだろうが、世界一の美女になってしまっている。
もっとも、髪を染めるのはやめ、化粧も大分大人しくなって、当時とは印象が違ってしまってるが、
それでもなお、俺のプレゼントした、髪留め、イヤリング、指輪だけは、着けてくれている。
―――と、桐乃と目が合った。
「な、なに凝視してんのよ」
「いや、おまえは相変わらず綺麗だなって」
「~~~~!」
顔を真っ赤にしてキッチンへ逃げてしまった。
相変わらず、直接褒められると弱いやつだ。
「はいはい。実の母親の前でそんなにいちゃつかない」
「ああ、ただいま。お袋」
「はい。おかえりなさい」
桐乃に代わってキッチンの奥から出てきたのはお袋だった。
俺が桐乃と一緒になるって言った時、一番反対したのはお袋だったが、
娘も出来た今となっては、俺たちの事を暖かく見守ってくれている。
「そういえば親父は?どっか出かけてんの?」
「おもちゃ屋さん。さっき『お姫様』にお人形さんおねだりされて―――飛び出してっちゃった。
今すぐ買ってくる!って張り切ってたわよ」
「・・・やれやれ」
なにを隠そう親父、孫にデレデレである。
あの厳格だった親父の影は、今や見る影も無い。
・・・というか、意外にも、俺と桐乃が一緒になるって言ったときも、実はさほど強硬には反対しなかった。
まあ、可愛い娘がずっと家に居てくれると言うところで、何か思うところがあったのかもしれない。
そこに来て、可愛い孫の誕生である。
あの時の親父のはしゃぎっぷりは、正直、人様に見せられたもんじゃなかった・・・
「娘をあんまり甘やかさせないでくれないかな・・・ありがたいけど度を超すと教育にも悪いし」
「ごめんねえ。」
苦笑するお袋。
キッチンからは、魚の焼ける匂いに味噌汁の香りが漂ってくる。
「それにしても美味そうな匂いだな・・・ハラ減ってきた。」
「はいはい。お父さん帰ってきたら夕食にするから」
お袋は、我侭な子供を諭すように言ってくる。
こういう所、いつになってもお袋はお袋だよな。
「でも・・・」
「ん?」
「二人とも、本当に大人になったわねえ」
「な、なんだよ、急に」
「もう、あんまり危なっかしくないって事よ」
これは・・・ほめられてんのか?俺。
「あんたたちが一緒になるって言ったとき、これからどうなる事かと思ったわ」
「まあ、普通に考えりゃそうだよな・・・でも、大丈夫だったろ?」
「そうね。あんたたちにを支えてくれる人たちがあんなにたくさんいるなんて、本当に驚いたものよ?」
「ははっ。そうだよな。実は俺たちもびっくりしたんだぜ」
「あなた、お母さん。なんの話をしてるの?」
俺とお袋の立ち話を聞きつけた桐乃が、キッチンからひょいと顔を覗かせる。
「俺がおまえの事愛してるって話だよ」
堂々と言ってやる。
「ええっ!?」
桐乃はさっき以上に赤面して、キッチンの奥へ逃げていってしまった。
お袋との話も切り上げ娘の所に戻ると、携帯ゲーム機で遊んでいるようだった。
ゲームに集中してる娘を微笑ましく思いながら、娘の隣に座る。
『お兄ちゃん・・・大好き♪』
「って何プレイしてんだよぉ!?」
「これ?ママがしゅくだいって」
「・・・・・・・・・」
とりあえず、タイトルを確認する。
『妹めいかぁvol.22~妹と結婚しよっ!~』
・・・確か、これは携帯ゲーム機向けの全年齢版のみだったはず。
ギリギリ許容範囲なのか・・・な?
なぜそれを知ってるかについては、詳しく聞かないでくれ。
「ね、パパ」
「ん?なんだ?」
「パパとママはきょうだいだからけっこんしたの?」
・・・複雑な心境だ。俺と桐乃の場合は、確かに兄妹だから結婚までこぎつけた様なもんだが。
「え、ええとな?普通は兄妹は結婚しないんだけどな?」
「えー?ゲームだと、きょうだいだからけっこんできたっていってるよー?」
・・・目の前のゲームが恨めしい。
つーか、俺が桐乃と仲良くなったり、桐乃と結婚したり、挙句の果てに桐乃と子供作ったり・・・
全部が全部、元はと言えばこのゲームのせいじゃねーかっ!
いや、今を不満に思ってるわけじゃない。
むしろ、きっかけとなったこのゲームに感謝こそする事はあっても、恨みに思う筋合いはねえんだが・・・
「そうだな。ゲームでは、ふだん起こらない事がいっぱいおきるだろ~?」
「うんっ!」
「だからな~、パパとママが兄妹っていうのも、ゲームみたいに普通は起こらない事なんだぞ~」
「うん、わかった~」
とりあえず納得してくれたようだ。
この調子だと今後も苦戦しそうだぜ・・・
でも、いつかは娘にもしっかりと話をしなければならない。
俺と桐乃の歩んできた道。
もしかすると娘に嫌われるかもしれなくて怖いけど、正直に、全てを伝えよう。
「ねえ、パパ~パパ~」
ふと考え込んだ隙に、また質問タイムがやってきたようだ。
ほんとに子供はいろんなことに興味を持つんだよなあ。
「こらっ!ダメでしょ?パパを困らせたら」
いつの間にか、桐乃もリビングへと戻ってきていた。
お盆の上には焼き魚に散らし寿司。
今日の晩御飯はかなり豪華なようだな。
「え~?あたし、パパをこまらせてなんてないもんっ!」
「さっきから、パパを質問攻めにしてたでしょ?
そんなにしたら、パパも困っちゃうでしょ?」
「パパ、あたしのことすきだから、ぜんぜんこまってないも~ん!」
「なっ・・・!?あ、あたしの方を好きにきまってるしっ!」
まったく。
あれから十年も経ったってのに、根本的なとこは全くかわんないのな、おまえ。
つーか、お袋も俺たちをみて笑ってんじゃねーか。
「それに、あたしのほうがママよりパパのことだいすきだもん!」
「あ、あたしはパパの事愛してるしっ!」
おいおい、そろそろ俺が恥ずかしすぎて逃げ出したくなるじゃねーか。
だから、俺はこう言ったのさ。
「二人とも、大好きだよ。愛してる」
ちょうどその時玄関で、バタバタと慌しい物音がした。
「ただいま!買ってきたぞ!人形!買ってきたぞ!」
どうやら『孫が大好きなお爺ちゃん』が帰ってきたらしい。
「さあ、ご飯にしましょうか」
と、お袋が言う。
「その前に―――ごちそうの理由を聞いていいか?」
俺は、満ち足りた笑顔で、桐乃の顔を仰ぎ見る。すると、
「その・・・ちょっと、ね」
桐乃は頬を赤らめながら、お腹をさする。
「ねえ、京介。桐乃、二人目なのよ~」
「二人目・・・か!」
「も、もうっ、お母さんっ!」
桐乃は、あの頃に戻ったように、顔をムスっとさせて、俺たちをにらみつける。
『再び出会』って、家族に戻って、恋人になって、また家族に戻って・・・
そんな時間を過ごしてきた今なら、はっきりと分かる。
こいつは、自分の感情をつたえるのがほんとに苦手なヤツだってね。
そして、俺もそうだ。
だから、言葉にはせず俺の気持ちを伝える事にする。
俺は桐乃の頭に片手をのせて、くしゃっとかき回す。
「ばっ、馬鹿っ!」
「あっ!ママずる~い!」
娘の頭にも、もう片方の手をのせて、くしゃっとかき回す。
掌に伝わる愛しい手触り。
その温もりは、紛う事なき現実だ。
桐乃と共に歩んできたこの十年。
高校、大学、就職・・・様々な挫折と苦悩を二人で分かち合って、
そして、結婚―――結局書類上は認められてないけど―――桐乃の出産、育児・・・
俺達が歩んできた道程は、振り返ればそこにある。
もう二度と、流されぬように、離れえぬように・・・
暖かな団欒に包まれて、俺はふと、そんな事を想うのだった。
End.
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最終更新:2011年09月19日 17:08