22 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/09/22(木) 16:31:56.73 ID:DVpV8SRm0 [1/4]
SS台風とあたしとシスコン兄貴
「凄い雨だね。お父さん達、大丈夫かな」
カーテンを少し開けて窓の外を見る。雨が窓をたたく音に混じり、時折小さな雷の音が聞こえた。
「朝早く出かけたし、もう向こうに着いてるだろ。それになんかあったら電話あるだろうしな」
京介はそう答えてあたしの隣に立ち、窓の外を眺めている。
あたしはその横顔を見ながら──ふと去年の事を思い出していた。
そう言えばあの時も、2人きりだったよね──1年前なら、こんな風に並んで立つ事も無かったかな。
あの頃に比べると、兄妹としての仲はかなり変わったとは思う。
でも─あたしが望んでいるのは、兄妹としての関係じゃないんだ。
1年前のあたしは、京介に認めさせたい一心であらゆる事に全力で取り組んできた。
勉強もお洒落も、陸上も─ってこれを思い出すと少しムカつくんだけど、全て京介を見返したくて
頑張ってきた事だ──それなのに京介はちっともあたしを見ようとしなかった。
家でわざわざ化粧してるのも、京介にみっともない姿を見られたくない為だしね。
だから、あの時まであたしは─京介に心底嫌われているんだ─そう考えてた。
外じゃ誰もがあたしを見てくれる、褒めてくれるのに…って。
「そうじゃなかったんだよね──あたしも気づいてなかったんだ」
ふとそんな言葉が出てくる。そんなあたしを不思議そうに見つめてくる京介。
「桐乃、なんかあったのか?」
京介の表情は無関心に見えるけど、言葉の端々に─気遣う想いが感じられた。
「何でもないっての!」
心を見透かされないように、思い切り強く答える。
─今はまだこいつに気付かせる訳にはいかない。
「まあいいけどよ。それより桐乃、夜飯どうする?」
「ん…お弁当買ってくる?」
あたしの答えに京介は少し考えるようなそぶりを見せる。
「この雨風じゃコンビニ行くのも一苦労だな。雨が殆ど真横に降ってるじゃねーか」
「あんたは別に濡れても轢かれても大丈夫っしょ。かわゆいあたしが待ってるんだし」
「おまっ濡れるのは分かるがなんで轢かれる必要が!?」
あたしの冗談に的確に返してくる京介。うーん、兄妹漫才なんてのも悪くないかな。
あ、でも兄妹なんて流行らないか。ええっと…あれだ!ふ、夫婦漫才──ってえええ!?
何考えてるんだあたし─それもこれもこいつが素直に買いに行かないから!
「いいから買いに行ってこいっての!買ってくるまで鍵開けないかんね」
「俺の選択権ねーのかよ!」
しぶしぶながら出かける京介を見送りつつ、心で反省するあたし。
急に京介の顔を見ていられなくなるんだよね。なんでこうなんだろう…。
リビングに戻ったあたしは、1人の心細さを打ち消すためにテレビを付けた。
テレビではちょうど台風のニュースをやっていて、風に飛ばされそうになりながら
必死な表情で台風の凄さを伝えている。既に水浸しの地域もあるみたいだ。
この辺りは近くに川もないけど─京介は大丈夫かな。
ニュースを見ていると不安が増すだけなので、適当にチャンネルを変えてみる。
─と、ふとドラマが目に入ったのでそこでチャンネルを止めた。
そう言えばこの時間って恋愛系ドラマやってたっけ。でもベタ過ぎんだよね。
主人公の女の子が一途に男を追いかけるって話だったと思うけど、主人公の女の子って
一途なのに奥手だし相手は超鈍感だし見てて歯がゆいって言うかもうイラって来る!
なんかさあ、少しだけ親近感無くもないケドもっとハッキリ言えっての!
─というか京介、まだ帰ってこないかな。
あたしは仕方なく家の前で京介を待つことにした。
コンビニまで行ったら入れ違いになるかもだし、あいつ家に入れないし
家の前で待っててやる位なら構わないよね。あいつも大喜びしそうだし。
何しろ超かわゆい妹のあたしが出迎えてあげるんだから!
ドアを開けると、横殴りの雨が顔を叩きつけて来る─うっ冷たい!
素早くドアを閉めたあたしは、傘をさして家の前まできて通りを見渡してみた─が京介は見えない。
まだ帰ってきてないなあ。あいつ何やってんの─まさか地味子んとこ行ってないよね。
別の不安が頭をもたげてきたので、頭を振って打ち消す。
真横から叩きつける雨は、傘をさしていても容赦なくあたしをずぶ濡れにしていく。
ったく!帰ってきたら許さないかんね─でも、京介もこんなに濡れてるのかな。
今度はまた違う不安が頭に浮かんでくる。こんなに寒いし冷たいし。
まさか事故とかにあってないよね…あいつぼけっとしてる所あるから。
─と遠くに人影が見えた。なにか手に持っている。
もう─心配させるなっつーの馬鹿。
「遅いっつーの!あたしがどんだけ待ったと思ってんの。凍死させるつもり?」
京介の姿を確認したあたしは大声をあびせ─ごめんね、と心で謝る。
やっぱり本音で京介に話すって難しいよ。
「へいへい。すまねえな。雨で電車も車も止まってるみたいでコンビニに弁当なくってな。
仕方がなかったから一駅先の弁当屋まで買いに行ってたんだよ」
そう答える京介は2人分のお弁当と─スイーツが入った袋を持っている。
「あんた。そのスイーツって」
「ああ、これか?弁当屋の側にあった店で買ってきたんだよ」
あれ…このスイーツのお店ってお弁当屋さんよりまだだいぶ先のはず。
「結構待たせちまったしな。こいつでまあチャラにしてくれ」
────馬鹿、散々心配させておいてそんなの──あたしのが馬鹿じゃん。
「…馬鹿。あんたずぶ濡れでしょ。とりあえずお風呂入ってきたら」
「だな。さすがに濡れ過ぎてやべえ。つかまだ連絡こねーのか?」
京介に言われて電話の事を思い出す。家で待ってたほうがよかったかな。
─でも待ってるだけだと不安だし、仕方ないよね。
「ま、まだかかってきてないと思う。とりあえず入って」
「そうだな。これ以上濡れるとマジで風邪ひいちまう」
激しく降り続ける雨から逃げるように、あたし達は家に戻った。
「…ん?桐乃」
お風呂場に向かう途中、京介はあたしの体をじっと見つめてくる。
まさかこんな場所でセクハラしてこないよ…ね。
「な、なによ」
「桐乃、お前もずぶ濡れじゃねーか。なんでだよ、家で待ってたんじゃないのか?」
言われて自分の姿を思い出す。やば、化粧も完全に落ちてるじゃん。
こんな姿見られたくないっての。
「あ、あんたが遅いから、その辺の猫にでも轢かれてないか気になっただけだっての!」
「だから勝手に殺すな!って俺は小動物より柔いのかよオイ!」
「と、とりあえずお風呂入って!このままじゃ風邪引くかもしんないでしょ」
それでもその場を動かない京介。もう、なんかまだあるっての?
「いや。先に桐乃入れって。お前もずぶ濡れだったろ。俺は自分の部屋で着替え取って来るからよ、
お前が出てから入るわ」
──もう、自覚してやってるのか分かんないケド。こういうのが京介なんだよね。
「というか、妹の残り湯で変な事するつもりじゃない?」
「しねーっての!」
真っ赤になって否定してくる京介。するワケないじゃんって分かってるし。
まあ別に何やっても構わないけど。
「ふーーん、どうだか」
「寒過ぎて変な気すら起こらねーっての。風邪引く前に入れ」
相変わらずごく自然にあたしを心配してくれてる──はず──だよね。
「はいはい。そうだ、入ってる間にあたしの下着盗らないでよね?」
「ぶっ!お前どんだけ俺を変質者にしたいの!?」
「だってぇ~あんた超シスコンだしぃ」
別に欲しかったら盗ってもいいけど。なんて言葉は心の中にしまっておく。
「お、お前こそ俺が入ってる間に下着嗅ぐんじゃねーぞ」
「ぐはっ!?ちょ、ああああれは冗談の話だって言ってんじゃない!?」
ちがっ─あれは誰も見てないはずだし。黒いのもきっと冗談のつもりだって─きっとそう!
だけどあたしを見る京介の目は少し怪しんでいる。
くっ─このままだとあたしのイメージがやばくなる。
「へっあの時の反応は、不味いものを見つかっちまったそれだったぞ」
「とりあえず入るからっ!あんたもさっさと着替えてきて」
やたらと食い下がろうとする京介を部屋に促して、あたしはお風呂に入る事にした。
□
「ふー気持ちよかったあ。やっぱりお風呂は最高だよね」
寒さも不安もその他色々な事をお湯で流したお陰で、凄くさっぱりした気分だ。
そして入れかわりに京介が入って来る。
「桐乃。親父から電話があったぞ。電車も何も動いてないってんで帰るの明日になるってさ」
「連絡あったんだ。でも無事で良かった」
外の雨風を思い出して身震いする。さすがにこんな天気じゃ帰ってこれないもんね。
「んじゃ風呂入って来るわ。すぐ出るからよ、弁当だけ頼むわ」
「うん。部屋でちょっと用事済ませたらお弁当用意しとくね」
「部屋って─なんかあるのか?」
あたしを見て不思議そうな顔を見せる京介。こいつはやっぱり気づいてなかったか。
「鈍いあんたには分からないっての」
「まあいいけどよ。つかなんだか素直じゃねーか」
「…何が?」
「いつもだったら『あんた用意しといて!』とか言ってくるはずなんだが」
「……!」
思わず絶句する。やばい、京介が変な事するからあたしもおかしくなったのかな。
スイーツなんか買ってくるし妙にやさしいし。
──そうじゃないんだ。あたしが、いつも素直に話せないのが悪いんだ。
京介は─きっと昔から変わってなかった。確かに一時期仲は悪かったけど、
それでも、いざという時は助けてくれてたんだよね。
「んじゃ入ってくるわ」
絶句したままのあたしを置いて京介はお風呂に入っていく。
頭の中を感情が暴れまわってるのは分かる、けどとりあえず今は置いておこう。
2階へあがり、自分の部屋に戻ったあたしは、タンスの上に置いてある化粧品で手早く化粧を済ませる。
「誰の為にしてあげてるんだか。もうちょっと気付けっての」
外出する時とかと違うし、目立たないようにしてるけど─む、なんか少し腹が立つ。
2階から降りてリビングに向かう途中、お風呂場を見たけど京介はまだお風呂から出てない様だった。
─べ、別に覗くとかなんか嗅ぐとかし、しないかんね!
2人分のお弁当を準備し─そういえばお湯のポットあったんだっけ。温かいお茶でも淹れとこうかな。
台所の端に置いてあった茶葉で、2人分のお茶を用意する。
「ふー生き返るってマジこういう気分だろうなあ。─って桐乃?」
お風呂からあがった京介が、リビングに入ってくるなりあたしを凝視してくる。
「な、なに。なんか言いたい事でもあんの?」
「いや、その。なんでわざわざ化粧すんのって思ったんだが」
こ、こいつ気づいてた…?
「女の子はそういうもんなの!じゃなくて、あんたもしかして気づいてた?」
「そりゃな。お前と喧嘩してた間もずっとそうだろ?誰に見せるつもりなんだって。
親父とかお袋相手にそういうのも変だしよ。てか女の子って大変なんだな」
な──ずっと前から気付いてたんだ。京介はあたしを─見てくれてたんだ。
「すっぴんとか人に見せらんないし。それくらい察しろっての」
「そうか?お前ってすっぴんでも十分可愛いじゃねえか」
「な、なな…なな!?こ、この──キモいっつーの…超シスコン」
「そうだよ!もう否定すんのも面倒くせえ」
ふくれっ面でそっぽを向く京介。でも、あたしはそんな姿を見てすごく愛おしく感じてた。
兄妹とか、家族とか関係ない。あたしは絶対に京介から離れないかんね!
ずっと──あんたから言いだしてくれる時まで──待っててあげるから。
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最終更新:2011年09月23日 08:01