435 名前:421[sage] 投稿日:2011/09/23(金) 22:18:52.12 ID:OwCJaQPK0 [2/3]
SS【ちょっと妹の様子を見てくる】
俺が家に帰ったら、同時に勢い良く桐乃が出ていくところだった。
友達と遊ぶ約束があるんだとお袋が教えてくれた。今日は黒猫達じゃなくて学校の方の友達とか。
あいつは相変わらず全力疾走してやがんな。まぁ、それがあいつらしいといえばらしいんだろうな。
部屋でラフに着替えるとまたリビングに戻ってくる。
冷蔵庫からパックの麦茶を取り出し、コップに注いでちょびっと口につけながらテレビの前まで移動する。
行儀悪いって小言が飛んできた。
へいへい、どうせ褒めてもらえる要素はあらかた持っていかれた絞りカスですよ、と悪態をついたら、
今度お父さんに…とか言い出したので八割程度の力で土下座しておいた。
テレビを点けると報道番組が映し出された。
特にこれと言って見たい番組があるわけでもないのでソファに腰掛けしばらく見る事にする。
台風が接近中とかで普段の番組を変更して各地の模様が色々なレポーターから報告されていた。
画面は左側と下側が帯状に文字情報が常時流れるようになっていてアナウンサー達が映し出される範囲が
普段よりも幾分狭い。
これをL字と言うらしい。情報源はさもありなん。
好きなアニメがこの状態で放送されると桐乃は不機嫌になる。
別に声が聞こえなくなるとか放送時間が短くなるとかじゃ無いんだからいいんじゃねぇの?
と思って桐乃にそう言った事があるが許されないらしい。
解像度がナントカ?データの帯域のムダがナントカ? 俺には良くワカランが何だかそう言う事なんだと。
自分の身に迫る危険情報を知った方が自分の為じゃないのか? と後を続けようかと思ったがその時はやめた。
また反撃されるだろうしな。
ちなみに帯の出方によっては逆L字とか額縁とかバリエーションがあるらしいが、
興味のない俺にはその意味を覚える気力は持ち合わせていない。
とか思っているとテレビでは俺達が住んでる辺りの情報も詳しく流し始めた。
この地域は既に暴風警報と大雨注意報が出ており、三時間ごとの天気では今は既に雨が降っている、と。
いや、さっき俺が帰ってきた時は降って無かったし、そんなに降りそうな空模様には見えなかったけどな―
―と窓から庭越しの空を見ると庭の木々はワサワサと体を揺さぶり、
空の雲はみるみるうちに灰色から黒へと濃度を上げていく最中だった。
おいおい、なんかコレやばいんじゃないの? 一気に大雨と暴風が来そうな気配が滅茶苦茶するんですけど。
今のうちに雨戸とか閉めておいた方がいいんじゃね? 植木鉢は? 食料の買い出しは?
停電のときの乾電池とローソクは? とか変な心配を巡らせていると、そうだ、桐乃は?
あいつは大丈夫なんだろうな。まぁ、あいつのことだからそうそう抜けたことはしないだろうけど、
少し焦ったり慌てたりすると簡単にネジが二、三個飛んだ行動を取るからな。
お袋に聞いてみた。
「なぁ、あいつは、桐乃は傘持って出掛けたのかな? もう今にも降りそうなんだけど。」
「持って出たんじゃないの? 行く前に玄関で準備してたわよ?」
ふーん、と俺は相づちを打ってソファを立ち、リビングから顔だけ出した。
…。
あった。
下駄箱の上に折り畳み傘が。オレンジと白のチェックのカバーに綺麗に収まってちょこんと。
そういやちょっと前に家族で出掛けた時に雨だったにも関わらずオレンジの柄の傘をくるくる回しながらはしゃいでたっけ。
あの時も結構な雨だったけれど、あいつが笑っているとそれだけで家族のみんなが明るくなる。
親父は仏頂面のままだが多少雰囲気が和らぐ、気がする。その笑顔が俺に向く事は無いだろうけどな。
と、そんなお気に入りの傘を忘れて行くなんてよっぽど時間に追われていたのか、
あいつの事だから何を差し置いても友達は大切にする。自分が待っても待たせる事はよしとしないだろうな。
待ち合わせは駅前で…、みんなでショッピングして…、喫茶店か何処かに入ってお喋りして…、
傘なんてコンビニかどっかで買って帰ってくるさ…。
そんな事を思いながらリビングに戻って窓を見たとき一際強い風がビュオオオと音を立てて吹いた。
そして少し離れたところでバケツか何か金属っぽい小物がカランカランと転がる音を聞いた。
そして俺は
「お袋! 桐乃のやつ傘忘れて行きやがった! ちょっとあれ持って行ってくる!」
「へ? なんで? 傘ぐらいあの子なら自分で買ってなんとかするでしょ。」
「いや、まぁ、そうかもしんねぇけどさぁ。ほら、そのー。」
「ふーん、お兄ちゃんとして心配なんだ? でも桐乃の方がよっぽどしっかりしてると思うけど?」
「んぐ…、そんなこたーわかってるよ。でも心配ぐらいしたっていいじゃねぇか!」
「ふーん、ふぅぅぅ~~~~んん、へぇぇぇぇぇぇぇ。」
「な、なんだよ!もういだろ!行ってくるからな!」
「はいはい、いってらっしゃい、お兄ちゃん♪ 送り狼にならないようにねー。」
「ぶふぉぁっっ!! な、何言ってんだよ! それが母親の言う台詞かっ?!!」
…そんなこんなで俺は家を出た。外は雨が降り始めていて道行く人は足早に道を急いでいる。
俺は小脇にあいつの傘を挟んで自分の傘をさす。自分のとは言っても俺のじゃない。親父のを拝借してきたのだ。
あのガタイに似て傘までゴツイ。だがこれ程頑丈そうだとちょっとの風ぐらいではびくともしないだろう。
その分重くて疲れそうだけどな。
傘を前傾姿勢で構えて俺も早足で駅前に急ぐ、どこにあいつが居るかって?
知るかそんなもん。行きゃーなんとかなるだろ。
行ってすぐに見つからなかったら、あいつが行きそうな場所を総当たりするだけだ。
はぁ、何やってんだろうな、俺。
相変わらずテンション上がると途中の思考がすっ飛ぶ自分に溜め息をつきつつ、駅前に到着した。
ここまでの道のりの間に雨は勢いをぐんぐんと増し、到着した時には本降りになっていた。
ここまでの雨だとあいつも傘じゃなくてタクシーで帰ったっておかしくないな、
と思いつつ首を巡らせて桐乃の姿を探してみると、…いた。
小売りの店舗が立ち並ぶその合間に小さな商店街へ路地があり、
そこから始まるアーケードで雨を避けて道の端っこで一人で携帯を弄りながら立っている。
つか、一人かよ、友達はどーしたよ?
辺り一帯を大捜索する意気込みで来た俺は多少拍子抜けしつつもどこか安心しながら桐乃に近づく。
「おい。」
「…ん? なっ! な、なんでアンタがここに居るの?!」
「居ちゃ悪いか。ほれ、忘れもんだ。」
俺もアーケードに少し入って傘を閉じ、持ってきた傘をぶっきらぼうに桐乃に差し出す。
「えっ? なに? これ届けるためにここまで来たの? バカじゃないの?」
「ちょ、あのなぁ、心配してわざわざ持ってきたってのに…」
「心配って、キモ。」
「あ、あのなぁ、兄貴が妹の心配をしてどこが…」
「シスコン♪」
「ぐ、あ、…悪かったな。」
雨の中を相当な決意の元に開始した任務は、遣り甲斐とか達成感等とはほとほと無縁にミッションコンプリートに至ったのである。
ま、いっか。最初からこんな結末の可能性も薄々は想像してた事だし。
桐乃はまだ携帯の操作を続けている。結構長いメールを打っているようだ。
「なぁ、お前、友達と遊びにここへ来てたんじゃないのかよ。なんで一人で突っ立ってんだ。」
「んーと、ついさっきまではあやせと一緒だったんだけど、雨が酷くなってきたら家の人から電話がかかってきてさ、
そしたら直ぐに車で迎えが来てサーッと帰っちゃった。」
「そうか、今日はあやせと約束してたのか…。」
「本当は加奈子もくるはずだったんだけど、
『なんか雨マジヤバくなるみたいだしぃ、カナちゃんびしょ濡れになるなんてマジ勘弁みたいな?
靴が水浸しになるのなんか想像しただけでうへぇ~、て感じぃ? てことであとヨロシク、じゃ。』
ってメールが届いてさ、今日はやめるって。」
「物真似はやめぃ。それだけでなんかイラッときた。あのチビッ子不良め。俺の妹をほったらかしやがって。」
そうか、三人で遊ぶはずだったのに天気のせいであえなくお流れか。
こればっかりは仕方ないだろう。
桐乃はメールを終えたのか携帯をパタンと閉じて、
「あーあぁ、あたしも車でお迎えが来たら良かったのになぁ~。」
「無茶言うなよ、うちには一台しかないし、それも親父が仕事に乗って行っちまってるんだからよ。」
「アンタが免許取って車買えばいいじゃん。」
「あのなぁ、高校生に何要求してくれてんだ。そんなのまだ先だ。
欲しいとは思うが、第一親父がそう簡単に許すとも思えないしな。」
「でもさでもさ、免許なんて取りに行けるのって大学生の間くらいじゃん?
それも大学の後半って就活やら卒研とかで時間ないんでしょ?
そしたら入学して最初のうちってもうすぐじゃん。」
「そ、そうなのかな。だとしたらそんなに先の話でもないのかもな…。
中古の車くらいなら買ってくれるかな?
いや、バイトして自分で買えって言われるのがオチだろうな。」
「も、もしさ、車買ったら最初にあたしが隣乗ったげようか?」
「バカな事言うなよ。最初なんて怖くてドライブ気分じゃねぇよ。親父に横について貰わないと。」
「…バカ、ヘタレ。」
「何とでも言え、大事な家族を安心できない車に乗せられるか。
それじゃ傘は渡したぞ。これ以上雨が酷くならないうちに帰って来いよ。」
当初の目的を果たした俺も帰る事にする。
桐乃には傘を渡したし少しぐらいこいつがどこか寄ったりまたメールを打ったりしててもそんなに心配するほどのことでは無いだろう。
そう思って家路に振り向きかかった時、
「ちょ、ちょっと待って!」
握っていた携帯をカバンに仕舞いながら桐乃が俺を呼び止める。
代わりにさっき俺が届けたばかりの折り畳み傘を手に持ってしばらくそれを見つめていた。そして、
「やっぱ傘使わない。」
「へ? なんだ、タクシーでも呼ぶのか? だったら俺も…」
「そっち、入れてよ。」
「なんだよ! 結局歩きかよ! つか何で傘使わないのさ、せっかく届けたのに?」
「いいじゃん、これお気に入りだからあんまり使いたくないの! そっちの傘大きいから平気でしょ!」
「いや、お前、お気に入りってこないだ家族で出掛けた時は思いっきりブン回してたじゃねーか。」
「それはそのー、一回は、一回くらいは本来の使い方をしてあげないとさ、可哀想かなーってそういう事よっ、
ほらっ、ちゃっちゃとその傘開く!」
何だか良くわからないが急き立てられて俺は傘を開く。
紳士用の大きめと言ったって人が二人入るような用途で作られてはいない。
無理に入ろうとすればお互いにはみ出して二人とも肩を濡らす事になる。
と言うわけで、俺は今肩どころか左半身を濡らしながら傘をさして歩いている。
そのお陰か桐乃の肩が濡れたりはしていないようだ。
これが赤城なら全身ずぶ濡れになっても妹のために傘をさしそうだな。
それとも妹と二人で入れるような特注の傘を用意していたり…、ヤツならやりかねん。
そんで弛みきった顔で妹と二人で並んで歩くヤツの姿が容易に想像できる。
まるで相合い傘だな。ん? じゃ今の俺達の状況も? ないない、それはない。
俺達に限ってそりゃ無いわ。
これはそうアレだ。赤城が言うところのガラガラだ。
妹がぐずらないように全力であやす、兄貴の習性・本能・哀しいサガと言うやつさ。
ってヘックシ! くしゃみが出た、少し冷えたか。
「ねぇ、もう少しこっち寄りなさいよ。そんなに濡れてちゃあたしがそうさせてるみたいじゃないの。」
その通りだと思います。
それにしても自分の重心じゃない所に腕を伸ばして傘をさすのがこんなに辛いとは。
傘そのものも十分に重いやつを選んで来ちまったからなぁ。
暴風警報が出ているらしいが今のところそんなに風が強く無いのが救いだった。
と思った途端、少し強い風が吹いて傘が煽られる。
桐乃の肩が俺の右腕に当たる。俺はわりぃ、と声を出して少し避けようとする。
しかし出来なかった。
桐乃が俺の右腕を掴んだから、正確には俺の右腕と妹の左腕で組んだから。
「こ、こ、こうすれば、そ、そ、そんなに離れないからア、アンタが濡れるのも少しは減るでしょ!」
ち、近い、ってゆーか当たってる! おいおい勘弁してくれよ、こんな所を知り合いに見られたら何て言い訳したらいいんだ!
…仲の良い兄妹? あれ? 客観的には結構普通なのか?
俺的にはかなり違和感があるけどな?
「そ、そこまで気遣ってくれるのなら、あの傘使ってくんないかなぁ?」
「あ、あれはダメ! 使っちゃダメなの。今だけは…。」
そうか、俺が思ってたよりも大事な傘なのかもな。
アメリカに行ったときのあのメールも極限の覚悟の果てに出した決断だった。
そこまで友人や持ち物を大切にするヤツだ。その傘を大事にする理由があるのだろう。
大事にされてないのは俺ぐらいなもんか。
桐乃が体を寄せてくれたお陰で幾らかは雨の当たる部分は減ったもののそれでも肩は濡れる。
家に着くまでには随分と冷えちまうな。
桐乃はどうかと思って見てみると少し顔が赤いようだ。
雨は避けてたとは言え気温はこれまでよりもかなり下がっている。
こいつも体を冷やしてしまっているのかも知れない。
兄貴としてそうそう妹に風邪なんかひかせてたまるか。
「なぁ、桐乃。」
「えっ、あ、うん、なに?」
「帰ったら、風呂入るか?」
「っっっっばっ、バカっ! 何言ってんの?! この変態! スケベ! ヘタレ! ロリコン!」
「ちょ、冷えたから風呂沸かすかって聞いただけだ! そして俺はロリコンじゃねぇっ!」
「あ、ごめん、シスコン。」
「NOOOOOOoooooooooooo!!!!!!!」
つ、疲れる。
右腕には傘に加えて桐乃の重さも加わって疲れるが、それよりもむしろ精神的な疲労の方が重大な気がしてきた。
早く家に着きたい。もうだいぶ家の近所まで戻って来たはずだ。
もう少しの辛抱だ。熱い目の風呂で温まりてぇ。
「あ、そうだ。しばらく台風で外出出来ないかも知れないからこのまま買い出しに行こうよ。」
「ここに来て何を言っちゃってくれますか、このお嬢様は?!」
「えー、なんでよー。お母さんに何が必要か携帯で聞くからさ、きっと喜んでくれるよ?」
「そりゃそうかもしんねぇけどさぁ。」
「はい、そうと決まればこっちこっち。」
ようやく見えてきた我が家を横目に今度は近所のスーパーへと進路を取る。
渋る足取りの俺の右腕を桐乃はぐいぐいと引っ張って進み出す。
なんだよこの元気は、一人でも十分じゃね? この傘預けて俺は一人で帰ろうかな、家もうそこだし。
…でも荷物持ちとかで連れて行かれるんだろうなぁ。はぁ。
そう腹を括ってついて行こうとした時に背後の少し離れた所に自動車が一台停まった音がした。
「あれ? あやせ?」
首だけ振り向いた桐乃は別れたばかりの友人の姿を見つけたようだ。
「桐乃ー! 借りてたCDさっき返そうと思ってたの忘れてたーってってってって、キリNOOOOOOOOOO!!!!!!」
なるほど、迎えに来てもらった車でそのまま預かりものを返しに来たって訳か、さすがラブリーマイエンジェル。
優しくて美人でいい子だぜ。
軽やかに近づいてくる足音が途中でタッタッタッからダッダッダッとまるで助走のような変化をした気がするが、
俺も最高の笑顔で迎えようと後ろを向いたとき、そうだなぁ、長さ24cmくらい? 幅は6cmくらいかな。
長細いゴム状の物体が二つ、俺の眼前10cmほどの所にあった。
まだすり減っていないくっきりした溝、そうか女の子の靴の底ってこんな風になってんだ、と思った瞬間、
俺のその日の記憶は終了した。
あれから数日経った。
聞けばあの後あやせの家の車に乗せて運んでもらったらしい。近い距離だったけど雨も降っていたしな。
てゆーかドロップキックはないだろ! ドロップキックは! しかもすげぇ高さだぞ?!
モデルやめてそっちで食って行けんじゃね?
それはともかく俺的に重大だったのは顔についた靴底の跡だ。
見事に目のラインに横一文字に入った跡はパンダならぬタヌキそのものだった。
これでしばらくの間、どんだけ恥ずかしい思いをしたか。
学校はもとより道行くOLさんからおばちゃんの目まで惹いて笑いを誘い、子供たちには指を指される始末だ。
まぁそれもなんとか消えたので収拾がついたけどな。
あやせは俺を家まで送り届けた時、お袋に対して平謝りだったらしいが、何なら今度俺が正しい土下座を教えてやろうか。
立派なDOGEZERに育ててやる。
スミマセン。嘘です。埋めないで下さい。
「冗談のつもりだったけど、まさか狼じゃなくてタヌキになって帰ってくるとはねぇ。
まぁアンタには狼なんて勿体無いか。タヌキぐらいが丁度いいんじゃないかしら? プッ。」
ひでぇ。それが母親の…。まぁいい、良くないけど。
見てろよいつかタヌキを返上して狼になってやる。ん? なってもいいものなのか?
それにしても妹よ、最近メールもせずに携帯を見ながらクスクス笑うのはどうも引っ掛かる。
脇からチェックしようとしてもガード固いしな、あいつ。
とにかく大雨の中を二人で一つの傘はもう懲り懲りだ。
今度迎えに行くときは御揃いの雨カッパ二つ用意してやる。
どうだ、俺とだっさいペアルックで手を繋いで歩いてやるからな、ざまぁ見ろ。
とっぴんぱらりのぷぅ
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最終更新:2011年09月26日 07:19