199 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/09/30(金) 13:03:27.97 ID:FB7ycEZv0 [1/2]
SS海外留学─リアとの思い出 ※オリキャラを適当に増やしてます。
「位置に着いて──レディ」
トラックの横から聞こえる、スタートの合図を耳にしながら、あたしは体重を前にかける。
足の位置は問題ない──あとは深呼吸して──
「ゴーッ!」
コーチの声に合わせ、あたしは左足でトラックを思い切り蹴った──はずだった。
『くそっ……もうあんな所にっ!』
あたしの前には1人の女の子が走っているが、まるで差が縮まらない。あたしは全力で走っている、
それでもその背中は大きくならず、むしろ小さくなっていく。
あたしは全力でその背中を追いかけ──圧倒的な差で負けた。
「あっはー。キリノ遅いね! 後ろ向きで走った方が良かった?」
今一緒に走ったばかりの女の子──リアがあたしに声をかけて来るが、肩で息をしているあたしと
違って、息の乱れが一切感じられない。
あたしはこんなにしんどいってのに、マジでバケモノだってコイツ。
「うるさいっ! ……こっちは真面目に走ってんのに、あんたがおかしいって!」
この……! マジでムカつくわこいつ! だけどあたしより遥かに速いのは事実だしね。
あたしは改めてリアの姿を見つめてみる。たしか年はあたしの3つ下だったっけ。身長も全然あたしのが
上だし、脚の長さだって上だけど、コイツはバネが半端ないんだよね。
スタートじゃ負けてないんだけどな──今負けたばかりの相手との勝負を頭で思い出してみる。
スタートダッシュ直後からトップスピードに乗っていたリアからすれば、スロースターターな
あたしはさぞかし遅く見えただろう。ウサギとカメならぬウサギとドンガメってとこか。
「キリノには無駄なモノついてるもんね! そんなのついてたら走るのに邪魔だって」
「無駄なものって何よ」
「それそれ、そこに2つついてるやつ」
リアはあたしの胸の辺りを指差してきたので、思わずあたしは両手で胸を覆ってしまう。
「な……うっさい! この程度でそんなに差が着くかっての」
「だよねー。キリノってここじゃ一番遅いもん」
このガキ……マジで殺す。つか絶対打ち負かしてやんないと気が済まない。
心の奥に邪な光を湛えるあたしに興味を無くしたのか、リアの視線があたしから外れる。
その視線を目で追うと、丁度他のメンバーが走っていた。その姿を追っていたリアがこちらへ
視線を戻す。その目は──何か思案している風にも見える。
「キリノってさあ、なんでそんなに遅いの?」
「ま、まだ本調子じゃないんだってば……たぶん」
リアの言葉に、さすがに自信を持った答えが返せない。あたしはもっと速いと思ったんだけどな。
あたしの自信は留学初日に早々と打ち砕かれている。その理由が目の前にいる──リアだ。
こいつに圧倒的な差で負けて実力の差を思い知り、上には上がいるのは理解できた。
ただ──他のメンバーの誰にも勝てないのは誤算だった。本気でやってるし、調子も悪くないはず。
なのにあたしは未だに一度すら勝てていない。日本でも調子悪い時ってあったけど、さすがに誰にも
勝てないなんてのは無かったな。でも、それこそが世界との実力差ってやつなんだろう。今までの
あたしは井の中の蛙だったんだ──そう思うしかない。
くぅ……! それでも誰にも勝てないまま終わるなんて、そんなあたしは絶対に許せない。
「ねー、キリノ?」
「なによ。まだ言い足りないワケ?」
何かを言おうとするリアに思わずトゲを返す。今のあたしって超情けない気がする。
「キリノって、ホントに今のが全力なんだ?」
あたしの言葉に全く動じず、そう問いかけて来るリア。こんの……! どこまであたしを
バカにするつもりなんだコイツ。でも、その問いに対する明確な答えがあたしに浮かんでこない。
本当に今のあたしは全力でやれてるんだろうか? そう自分に問いかけてみるが、答えは出ない。
あたしは1人でもやれるんだ──そうでなきゃあいつに顔向けなんて出来ないよ。
□
「はあ……気が滅入るなあ」
この日も結局誰にも勝てないまま、あたしは宿舎へと戻ってきた。隣にはリアが並んで歩いている。
あたしはリアとルームメイトなのだが、その事も気分が憂鬱な理由でもある。
単純に留学メンバーで一番年下のリアに年が近いのがあたしだけだったのが部屋割りの理由なんだけど。
それでもリアは今回のメンバーでは断トツに速いんだよね。こいつ絶対体の8割くらい機械で出来てるって!
「あっははー! 楽しかったねキリノ」
「……あたしは楽しくないっつーの」
心底楽しそうなリアを横目に、あたしは愚痴を漏らす。バツゲームと称して24時間走らせても
喜んで走ってるんだろうなあ。リアはそれだけ走る事が大好きなのだ。
「キリノ、まあ落ち込むなって! 相手が悪いだけ。それにシンシアやベスとは殆ど差が無くなって
来てると思うよ」
「ちょっと。シンシアはともかくアタイはまだ追いつかれると思ってないよ! まあキリノも
ちょっとは速くなってるかもしれないけど、まだまだだね」
あたしの後ろを歩いていたリズとベスが励ましと、ライバルとしての言葉を投げかけて来る。
2人はあたし達の隣の部屋にいる同じ留学メンバーで、どちらもあたしより1つ上だ。
「ふん! まだこれからだっての。あんたらも首を洗って待ってなさいよね!」
「そうそうその調子! そうだキリノ、夕ご飯終わったら外に出かけない? いい場所見つけたんだよね。
イイ男も結構いるし、キリノだったらあっちから声かけて来ると思うよ」
「んー。ゴメン、あたしは遠慮しとく」
リズがあたしを気にして誘ってくれたのは分かるけど、気分じゃないんだよね。男がいる時点で却下だし。
「そっか、じゃ仕方ないね。そう言えばキリノって彼氏いるんだっけ」
「な……! いないいない、そんなのあたしにいるワケないってば!」
「ふーん。キリノってルックスもセンスもイイし、男の方が放っておかないんじゃない?」
「違うってば。あたしが興味ないんだって」
ぶんぶんと両手を振って否定のパフォーマンスをするあたし。
あたしにはどうでもいいけど、こういうネタの食い付きが良いのは、万国共通なのか。
リズは少し怪訝そうな顔であたしを見る。
「キリノってもしかして……レズだったりする?」
「ちっがーーーう! 大体あたしに男が寄ってきたら兄貴が許さないってば」
きっとそうだって! あたしにその……彼氏なんていようものならあいつが絶対とやかく言ってくるはず。
まあそれ以前にあたしが彼氏なんて作る訳ないけど、もしヘンなのが寄ってきたらきっとなんか言うって!
だってあいつってシスコンっぽいトコあるし、あたしを妙に意識してるっていうか……。
──そう言えば、いまあいつ何してるのかな。
「アニキって?」
「あ、ええと、あたしの”おにいちゃん”って事」
「へえ、キリノってブラコンだったんだ」
「ち、違うってば!? あたしじゃなくてあいつがシスコンなの!」
「ふうん。つまりお互いが大好きって事なんだ」
「な……! そ、そうじゃないってば。あーーーもう!」
「でもキリノって、今顔が真っ赤だよ」
「うそ……!」
そうリズに言われてあたしは顔を両手で探る。やば、超熱っぽい。
──て言うかなんでこんなに熱くなるんだあたし。
そんなあたしを見て何か納得してるリズとベス。妙に恥ずかしくなってきたあたしは、何気なしに
リアに顔を向けると不思議そうにあたしを見つめていた。
「まあ、そう言う事なら納得するかあ。キリノを連れてけばイイ男が引っかかると思ったんだけどなあ」
「……あたしは釣りエサかっつーの、ったく」
「アハハ。じゃあまた。明日こそは勝てよ!」
「うん。また明日」
リズ達と別れたあたしとリアは自分達の部屋に戻ってきた。
リアを見ると、まだ不思議そうな表情であたしを見ている。その表情は今まであたしが見た事がなく、
何か言いたそうにしている──そんな感じがした。
「リア? なんかあたしに言いたい事でもあんの?」
あたしがそう言うと、リアは何か納得出来ないような表情に変わる。言ってくんなきゃ分かんないってば。
「キリノってさあ……走るのって好き?」
急にそう問いかけられる。何言ってんのこいつ。好きだからあたしはここまで来てるんじゃん。
「好きに決まってんでしょ」
「じゃあさあ。さっき言ってたキリノの”おにいちゃん”とどっちが好き?」
「え……! そ、それは……」
走る事のが好きに決まってんじゃん──そう答えるべきなのに、あたしは言葉に詰まっていた。
あたしはこの為に半年以上、モデルや本のお金を貯めてきた。大好きな趣味に一旦ケリつけて、
大切な親友にも一言も告げず、日本にあるあたしのほぼ全てを置いてここに来た。唯一持ってきた
ノーパソにエロゲーを大量にインスコしてきたけど、一度すら立ち上げていない。
──ここであたしが結果を出さなきゃ、あいつになんて言えばいいのか分かんないよ。
あいつ──京介──あたしの、大嫌いなはずの兄貴。あいつはあたしの事を嫌いな癖して
今まで何回もあたしを助けてくれた。そんな姿を見てあたしも頑張ろうって思えてきた。
だからこそ、あの日──留学前日に、あいつの姿をこの目に刻んでおこうと無茶を言った。
結局一番言いたかった事、見せたかったモノは出せずじまいだったけど、それでもあいつは
大嫌いだけど一番、信頼できる兄貴だと分かったし、だからあたしの全てを任せてたんだ。
──本当はもっと知りたい事もあったんだけどな。
「キリノ、どうしたの?」
気が付くとリアがあたしをじっと見つめていた。しまった、少し考えに耽っちゃってたか。
さっきのリアの問いかけに対して、あたしは──素直に答える事にした。
「あたしの”おにいちゃん”は特別なの。好きとか嫌いとかそう言う問題じゃないの」
その答えを聞いたリアは、少し考えるそぶりを見せた後、ニパッと笑う。
笑った顔だけ見てれば、超可愛い妹って感じなんだけどな。目の前にいる妹の姿をした悪魔を見て思う。
「ふーんっ。じゃあ、キリノのチョー大好きな”おにいちゃん”って事なんだね!」
「ちょ……まっ! そうじゃないってば! あいつはそんなものじゃないんだって!」
「でもさあ。キリノがチョー大好きな”おにいちゃん”の話をしてる時って、すっごく嬉しそうだよ。
やっぱりチョー大好きって事なんだよね?」
こいつってあたしより年下の癖に、なんでこうマセてんだろう。海外じゃこれが普通なのかな。
リズもあたしと1つしか違わないけど、あたしの知らない事とか色々知ってるし、その……男のアレが
どうとかあたしには考えが及ばないというか、想像できない事を話してくれるし。ま、そんなのは
興味ないしあいつで間に合ってる──って今何考えた!? ううん気のせい気のせい。
「超大好き──かあ。どうなんだろう。正直分かんないんだよね」
小学生相手に何言ってんだあたしは。そう思いつつも何か言わずにいられなかった。
あいつと離れて数ヶ月経った今、吹っ切れてるつもりだった。あいつが普通に傍にいると感じていた間、
心の中でいつもあいつを頼ってた──そして、心では漠然としない感情が渦巻いていた。
留学して、距離を置いてしまえば、きっと忘れてしまえる。そう思っていたんだけどな……。
最近では毎晩のようにあいつの夢をみる。あいつがあたしに何か言って、あたしが大声で返して──
その辺りでいつも夢から覚めてしまう。目が覚める瞬間のあいつの顔は凄く寂しそうに見えた。
──そんなワケないじゃん。あたしがいなくなってせいせいしてるって!
「……キリノ? なんで泣いてるの?」
リアの声でハッと我に返ったあたしは、いつの間にか泣いていたらしい。
こんな姿をリアに見られるなんて情けないってば。
「なんでもないって。今日は疲れたし、ここまでにしよ」
「そだね。また明日もキリノを思いっきり負かしてやらなきゃ!」
「このクソガキ……ッ! 見てなさいよ、きっとあんたに追いついてやる」
涙を拭いたあたしは、リアの言葉に少し元気づけられた気がした。まさか分かってて言ったのかな。
そうだ。まだ明日も明後日もあるんだ。必ず勝ってやる──そして、あいつに言ってやるんだ。
──『あんたの妹は、世界一速いやつに勝って見せたんだ』って。
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最終更新:2011年09月30日 20:15