678 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 13:18:20.87 ID:/2tYHyk30 [4/14]
【SS】きっとすべての世界線で
「…………」
「…………」
ベッドで一緒に寝転がりながら『黒髪の妹メチャ可愛い』を読み終えた俺たちは、どちらも話しかけることなく沈黙したままだった。
……確かにこの妹は可愛いぜ?俺の妹には完敗だけどな。
兄貴だっていつも格好良くって、きっと赤城に負けねえくらい仲が良い兄妹なんだろうさ。
『あた兄』本編や俺たちと違って、な。
でもよ……なんか寂しいよな……
おまえもそうなんだろ?
いつもなら読み終わってすぐに意見を求めてきたり、ハイテンションに感想を言いまくる妹様だが、今日は何も言わずにずっと静かなまま

だ。
気になった俺は横目で隣の桐乃を見ると、
「…………」
泣きそうな顔をしていた。
「どうしたんだ、桐乃?平気か?」
「~~~なんでもない!あっち向け!」
俺が心配になり声をかけると、桐乃は俺の顔を反対向きに押し、自分も背中をこちら側に向けてしまった。
桐乃が平気ではないことはわかったが、とりあえず桐乃の言うとおりに、桐乃に背中を向ける。
「……なに泣きそうになってるんだよ」
背中越しに桐乃に問いかける。
「泣きそうになんてなってない!」
いや、泣きそうだったぞ。そうは思いつつも、言えば怒ることは必至なので黙っておく。
しばらく声もかけられずお互いに黙ったままだったが、ようやく心が落ち着いたのか、桐乃が話しかけてきた。
「……たださ、感傷的になっちゃっただけ」
「感傷的に、か」
「うん。
 ……二人ともすっごく仲がいいけどさ、なんか本編よりも二人の間に溝がある気がして、寂しくなっちゃったの。
 『恭介』は『霧乃』ちゃんが望んでることを察してるのに、気づかない振りして踏み込んでこないし、
 『霧乃』ちゃんは素直にお兄ちゃんに甘えられてるのに、どこか距離感があるし、本編と想いの方向性が違うし、空回りしてるし。
 変だよね。本編よりも仲が良い筈なのにさ」
「そうだよな……仲が良いんだからもっと甘えても良いよな。
 一緒にプリクラとったり、腕組んで歩いたり。
 『恭介』がいっぱいいっぱいで『霧乃』と距離を置こうとしてるのはわかるけどよ、なんか寂しいよな……
 ……本編のあいつらって、仲が良いのか悪いのかわからない、本当に絶妙な距離感なんだって、改めて認識できたぜ」
「そうだね。
 ……でも、それだけならこんな気持ちにならないんだけど、最後のアレが……」
最後のアレ……『霧乃』が大切にしていたはずの秘密の隠し場所。
そこには何もなく、ただただ空虚だった。
「……あのシーンを想像したらさ、胸が締め付けられるような気持ちになったの。
 もし、あたしの隠し場所も同じようにカラッポだったらって、想像するだけで泣きたくなった」
もし、あの場所がカラッポだったら―俺の知る限りでも、何度かそうなる可能性はあった。
その原因は親父で、桐乃のスランプで、俺はその度に全力で『妹』と『自分』のために頑張ってきた。

「ありがとうね。
 ……あと、ごめん」

桐乃は背中を預けるように、俺へと少し近づく。
「…………」
背中と言葉から温かさが俺の中へと伝わり、俺は何も言えなくなった。
「お父さんに全部捨てられそうになった時、守ってくれてありがとう。
 すごく嬉しかった。
 あたしがダメになりそうになった時、助けに来てくれてありがとう。
 あの時は言えなかったけど、本当に嬉しかったよ」
「……礼を言われるようなことじゃねえよ。
 全部自分のためにやったことなんだからよ」
「それでもお礼を言わせて。
 ……もしアメリカから帰ってきたとき、あの場所に何もなかったら、今よりももっともっと苦しい気持ちになってたから。
 ちゃんと頑張れても、無くしちゃったものの大きさに気がついて、後悔したかもしれないから。
 ……我慢できなくて泣いちゃって、『何で捨てちゃったの』てあんたを責めてたかも知れないから」
桐乃がさらに俺に寄りかかり、俺の背中はもっと熱くなった。
「……おまえは決してそんなこと言わねえよ」
「言わなくても!
 きっとあんたが『おまえの大切なものを捨てちゃってごめん』て泣いて謝ってくるから!
 そういうの、イヤだから……
 
 だから、ありがとう」

背中越しの熱が心を熱くする。
だから、今こんな気分になるのは、きっとこの熱い背中のせいだろう。
「……俺は兄貴だから。おまえに幸せになってほしいから。
 だから、助かってくれて、ありがとうな」
あの時、俺だけじゃなくて、本当に桐乃も助けられていたのなら、それはきっと何よりも幸せなことだ。


「ねぇ、兄貴はさ、あたしと黒髪の『霧乃』っぽいあたし、どっちの方が良い?」
しばらくして、桐乃がそんなことを聞いてきた。
「お兄ちゃん子の桐乃か……中々可愛いな」
黒髪の『霧乃』のように振舞う桐乃を想像してみる。
フヒ♪桐乃が毎日起こしてくれて、俺とのプリクラをご所望するなんて夢のようだぜ!
「……ふ~ん。やっぱりあっちの方がいいんだ?
 テンプレ的な可愛い妹だもんね」
後ろから聞こえる声はどことなく不機嫌だ。
「まぁな。毎朝起こしてくれて、下手だった料理の腕を俺のために上げてくれて、兄のお財布事情を察して高価なものはねだらなくて。
 良くなついて、甘えてきて、本当に可愛い妹だと思うぜ。
 凡人の俺とつりあうしな」
「…………」

「でもな、俺にはお前の方が魅力的だよ」

「え?」
「乱暴でも、料理が下手でも、我侭でも、素直じゃなくても、甘えてこなくても、不器用なヤツでも。
 俺にはお前の方が魅力的だし、おまえと一緒にいるほうが刺激的だ。
 これからもずっと一緒にいたいと思う。
 
 だから、俺はお前の方が良い」

「……面と向かってそんな恥ずかしいこと言うな」
桐乃が少し離れ、背中から伝わる温かさが減ってしまう。
「面と向かってねえよ。背中合わせだ」
「そうだけど……恥ずかしいセリフ禁止!」
「へいへい。
 それで、おまえはどうなんだよ。
 今の俺と、あっちの『恭介』みたいな俺。どっちがいいんだ?」
少し怖いが聞いてみる。
「あっちの京介の方が格好いいよね。
 妹に良い所を見せ続けようとして常に全力の兄貴。
 こっちもテンプレだけどいいよね」
まぁ、そう答えると思ったよ。
「あんたと違って目が生き生きしてて、いっつも頑張ってて、友達にも堂々と自慢できて、甘えれば答えてくれて。
 優しくて、強くて、本当に格好良い兄貴だよね。
 優秀なあたしにつりあうし」
「…………」
比較されると悲しくなるぜ。
これでも、最近は頑張ってるんだぜ?
落ち込んでいると、背中からついに桐乃の温かさが消えてしまった。
……愛想つかされたか。
そう思っていると、

「でも、あんたの方がいい」

身体に手を回され、背中にはコツリと熱く、硬いものが押し当てられた。
「あんたはずっとあたしを守ってくれたから。あたしの大切なものを守ってくれたから。
 素のままのあたしが出せるから。
 あの兄貴は、きっとメール一つでアメリカまで飛んできてあたしを救ってくれないから。
 だから、あんたが死んだ魚のような目でも、頑張らなくても、強くなくても、情けなくても、鈍感でもかまわない。
 あたしはずっとあんたの側にいる。
 
 あんただけが、あたしのかけがえのないたった一人の兄貴だから」

桐乃が俺の背中に額を強く押し当て、ぎゅっと腕に力を込める。
「…………恥ずかしいセリフは禁止じゃなかったのかよ?」
「あたしはいいの」
「妹だから?」
「ううん……あたしだから」
「……そうか」
「そういうこと」
「…………」
「…………」
二人とも喋るのをやめ、穏やかな時間が過ぎる。
抱きつく力も、押し付ける力も弱くなったが、それでもまだ桐乃は俺の背中におでこを触れさせているらしく、
そこから程よい温かさの熱が伝わってくる。
「……なあ桐乃」
「なに?」
「これから秋葉原に行かないか?」
「秋葉原?何しに?」
「別に用はないけどよ。

 でも、秋葉原のオタクショップを回って、メイドカフェで休んで、エロゲを買って、
 二人でプリクラ撮りたいと思っただけだ」

「……うん。
 あんたにしてはいい考えだね。
 あと、メルルのぬいぐるみはちゃんとあんたがゲットしてよ?」
「まかせとけ。
 これでも黒猫や沙織からUFOキャッチャーのレクチャーは受けてるんだぜ。
 ばっちりゲットしてやんよ」
「ん。期待してるからね。
 けど―」
桐乃は一度そこで言葉を切り、額を軽く俺に押し付けた。


「もうちょっとだけ、こうしていさせて」


もしあの冷戦がなくて桐乃が黒髪のまま俺と仲が良いままの世界があったとしたら、
その世界の俺たちは、この世界の俺たちをなんて評するんだろうか。
きっと信じられないくらい仲が悪いとか、間違った兄妹のあり方だとか言うんだろうさ。
確かに今の俺たちよりもっと仲の良い俺たちって言うのには憧れるよ。
だがな、そいつらが俺たちの関係を望まないように、俺たちもそいつらの関係を望まない。
どれだけ情けなくても、どれだけ上手くいかなくても、どれだけ挫折しても、俺にとって今のこの世界が最高なのさ。


なんたってこの俺にとって、他ならないこの桐乃こそが、きっとすべての世界線で一番なんだからな。


-END-




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最終更新:2011年10月03日 23:24