727 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 16:42:36.42 ID:spxm8CgS0 [4/4]
SS2つの世界と兄妹と


 「へっ。あっちの桐乃は素直で可愛いじゃねえか。こっちの桐乃とはえらい差だぜ」

 目の前の画面に映る2人の兄妹を見た俺は、素直な感想を口にする。
 俺が今見ているものは、特別な力を持ったテレビらしい。手に持っているリモコンを弄ると
異なる世界線の自分たちを見られるという代物だ。全く誰がこんなもん作ったんだろうな。
 俺の隣ではこっちの桐乃が憮然とした表情で画面を見つめている。まあその気持ちは分からんでもないさ。
何せテレビの向こうでは黒髪の桐乃が仲よく俺──京介と談笑しながら歩いているんだ。俺と桐乃が仲よく
並んで、話したり笑いあうなんて考えすらしなかった事だしな。

 「ふん。それはお互い様だっつーの。あっちのあんたも超かっこいいしね! いつもどんよりして
後ろ向きなどっかの誰かさんなんか話しになんないって」

 俺の言葉に対抗するかのように棘のある言葉を返してくる桐乃。言われなくても分かってるさ。
でも、いつかの俺はあんな風に頑張っていたような気もする。言っとくが負け惜しみじゃないぜ?
 俺は昔の──もう記憶にすら残ってない遥かな過去を手繰り寄せようとしてみるが、無駄に終わる。
 画面を見ていた俺は、ずっと気になっていた事を桐乃に聞いてみることにした。

 「なあ桐乃」
 「……ん、何?」
 「お前ってなんで髪染めようなんて思ったの?」
 「内緒」

 素直に教えてくれるなんて思ってなかったが、即答かよ。
 俺が嘆息すると、桐乃が小さく舌打ちするのが聞こえた。……そこまで言いたくねえのか?

 「……つじゃん、こっちの髪だとさ」
 「今何て言った?」
 「だから目立つじゃん! 今のあたしの髪ってさ」

 全く予想外な事に、桐乃は俺の問いに答えてくれた。しぶしぶだろうけど、桐乃にしちゃ珍しいな。
 そんな俺の表情をみて、桐乃は心外だと言わんばかりにムスッとした表情になる。
 ──いや、お前っていつもそうだから! 俺のがおかしいみたいな態度を取るのは止めような。

 「金髪とか色々試してみたんだけど、この色が一番しっくり来たんだよね。まるであたしの為に
ある色っていうか、超可愛いあたしをより可愛く見せてくれるって言うかまあそんな感じ」
 「……そこまで自画自賛できるのはある意味天性の才能かもしれん」
 「あったり前じゃん! あたしが可愛いのは神の仕業なの。世界が望んでいるの」
 
 いや別に褒めてないからね。
 心の中で突っ込みを入れる俺をよそに桐乃は神妙な顔を見せる。

 「ま、それだけが理由じゃないんだけど……ね」
 「そうなのか?」
 「あたしが目立ちたかったのは確かに理由の1つ。でもそれが役に立ったかも正直分かんない」
 「髪を染めるほどの理由なんて、何に目立ちたかったんだ?」
 「……ね、全然意味無かったっしょ」

 俺ってヘンな事言ったか? なんかさっきよりさらに機嫌が悪くなった気がするんだが……。
 つか今日で一番不機嫌になっているみたいだ。これ以上突っ込むと余計こじれかねないな。
 仕方ない……暫くそっとするしかねえか。
 桐乃は暫く俺を睨んでいたが、どうしようもないと悟ったのか画面へと向き直る。
 そんな桐乃を見て俺はほっと胸をなでおろす。
 俺は暫く、桐乃と一緒に向こうの世界の”俺たち”を見守る事にした。
 画面の向こうでは相変わらず仲の良い”俺たち”が映っている。
 どうやらあちらの世界の京介は、スポーツマンで陸上のエースらしい。俺が……目立っている……だと?
 しかも成績優秀ときた。おいおい、それじゃまるでこっちの世界の桐乃じゃねえか。
 だが何より違っているのは、俺が桐乃を大切な妹として扱っている事だった。
 ──向こうの”俺たち”みたいな関係には逆さまになってもなる事はないだろうな。
 それだけは断言できる。世間的に認められている仲が良い兄妹には決してなれないだろう。
 それに向こうの京介みたいな羨ましがられる兄貴になる事もないだろう、と思っている。
 だが俺は──完璧な兄貴で無かったお陰で、一番大切な事に気付けたんだよな。

 「ちょ……何やってんのあいつ! なんで仲よくぷ、プリクラなんてやってるワケ!?」

 桐乃の声で我にかえると。向こうの”俺たち”は仲よくプリクラで写真を取っていた。
 桐乃は何か釈然としない様子だが、お互い携帯に貼ってる立場で言えた義理じゃないからね。
 まあ無理やりふっ切って撮ったのと仲よくとじゃ差があるっちゃあるが──
 少し違うのは、向こうの俺は必死になってプリクラを貼るのを否定している事だ。
 おいおい、世界が終ってもって……今の俺なら嬉々として貼ってるぜ。
 こっちの桐乃はと言うと、俺になにか言いたそうな顔を向けている。

 「ねえ、向こうのあんたって」
 「妹思いでイイ奴じゃねえか」
 「キモ……と、そうじゃないってば!」

 そう言った桐乃は何故か口をモゴモゴさせていて──顔もほんのりと赤くなってる気がする。

 「その……向こうのあんたって、あたしをどれくらい好きなのかな」

 桐乃は唐突にそんな事を言い出す。いやいやいやちょっと待て!? 好きだつっても妹だぞ?
兄妹なんだから──なんてのは今の俺に言える訳ない……か。
 仲良し兄妹やってる癖に向こうの俺はプリクラ程度貼れないってのか? ──いや、それとも。
 そこで俺はある考えに至る。

 ──向こうの俺も今の俺と同じ気持ちだったりするって事かな。

 模範的で世間的にも仲の良い兄妹をやってる向こうの”俺たち”は、きっとその模範を崩せないんだろう。
 向こうの俺は頭が良くて妹が誰より大切なだけに、自分のエゴで妹を苦しめたくない──そう感じた。
 こっちの俺は世間的にダメージを受けすぎて、今更道理がどうとかなんて知ったこっちゃねえけど、
向こうの俺はみんなの人気者で世間の評判も良くて、そのイメージを崩す訳に行かないんだろう。
 例えそれが自分の気持ちを押し殺すとしても、一番大切なものを守りたいんだろうな。
 ──ったくよ。どんな世界においても俺は桐乃を中心に動いちまうようになってるらしいな。

 「ねえ! あんた聞いてる?」

 向こうの俺について思いを馳せていると、しびれを切らした桐乃が問いかけて来る。
 こっちの”俺たち”はお前ら程上手く立ちまわれないんだろうけどよ。
 それでも──こっちの俺は、他のどんな世界の俺より桐乃を傍に感じているはずだぜ。

 「聞こえてるっつーの。さっきの返事だよな?」
 「そ。聞こえてんなら返事くらいしろって! このシスコン」
 「まあな。それについては否定する気はねえ」
 「今更ヘンタイの自覚すんな」
 「変態はちげえだろ!? つか俺は向こうの俺じゃないからな──ただ」
 「……ただ?」
 「黒髪の桐乃を泣かせる事は、きっと一生無いんじゃねーか?──それが良いか悪いかは別だけど、よ」

 桐乃は俺の答えに少し寂しそうな表情を見せる。

 「……だよね。でも──向こうのあたしがその答えを望んでるかは、きっと違う気がする」
 「望んでるかどうかじゃねーよ。正しく見える選択も、本人からすれば正しいと限らないって事さ」

 桐乃は画面にそっと手を触れる。

 「うん。あんたと仲が悪くなったり、離れたりして──色々あったお陰で、本音で向き合えたんだもんね」
 「まあその代わりに俺の世間体は地に落ちちまったけどな」
 「いいんじゃない? あんたには名声なんかより大切なものあるっしょ」
 「俺の名声が地に落ちたのはお前のせいだからな!? 俺にもスーパー京介になれるチャンスが
あったってのに……よし! 今からでも遅くないし、表走って来るか」
 「別に走るのはいいけどさあ。あんた受験生って事忘れてるっしょ。落ちてもしんないよ」
 「うっせ。しかしまあ、なんつか──こう言うのがやっぱ俺たちだよな」
 「そうそう。なんかいい子ぶって仲良しやってます、なんてのは合わないってば」

 お互いの顔を見合わせ、俺たちはどちらからともなく笑い合う。
 相変わらず素直に言えない関係だよな。それでも、俺はこう考える。
 選択肢ってのは、何も必ずベストに見えるものを選ばなきゃならない訳じゃないんだ。
 最終的にベストでさえあればいい。途中にどんな障害が待ち受けたとしても、苦しんでも、
最後にお互いが納得して──幸せでありさえすればいいんだろう。

 そして俺は──俺に笑いかける桐乃を見て、こう思う

 俺の妹がこんなに可愛い訳がない──ってな


 □


 「……ねえ、向こうのあたしみたいな髪、どう思う?」
 「髪を染めるのは止めとけよ。親父にどやされるのは嫌だろ?」
 「うん、分かってるって」
 「しかし向こうの”俺たち”って良く言い合ってんだなあ。そんなに仲が悪いのか」
 「本当だよね。なんかこっちのあたし達から見たら考えられないくらい」
 「……つか携帯にお互い貼ってんのかよ。ありゃさすがにヤバいだろ」
 「羨ましいなあ。お兄ちゃんって心底嫌そうなんだもん」
 「兄妹であんなの貼ったら何て言われるか分かったもんじゃねえって」
 「兄妹なんだしヘンじゃ無いでしょ? 仲良しなだけだってば」
 「兄妹だからダメなんだよ……その辺気付けって」
 「ふーーーん。なんだかヘンなお兄ちゃん」
 「まあいいけどな。でもさ……」
 「うん、なあに?」
 「向こうの”俺たち”って──凄く楽しそうだよな」
 「そう、だよね。たぶん、お互いすっごく信じあってるんじゃないかな」
 「おいおい。それって俺たちは信じあってないって事なのか?」
 「ううん、そうじゃないよ。ただ、ね」
 「……」
 「あたしには分かんないケド──ううん、それ以上はきっと言っちゃダメなのかな」
 「……そろそろ行こう。あんまり遅くなるとお袋たちが心配するぞ」
 「そうだね。お兄ちゃんがまた怒られちゃう」

 ──全くよ、どっちの俺の方が勇気があるんだろう、な。
 そしてこっちの俺はいつまで妹を──桐乃を見守っていられるだろうか。俺の心の中の気持ちは
決して桐乃に知られる訳にはいかない。これが知られたら俺だけじゃなく桐乃まで……。
 俺は向こうの俺──京介がとても羨ましい。
 だからこそ俺は画面の向こうの俺に向けて一つの──最も大切な願いをかけ、テレビを消した。
 
 頼んだぜ京介──お前はいつまでも桐乃を傍で見守ってやってくれよ──な。




-------------

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年10月03日 23:24