16 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/10/03(月) 22:07:07.22 ID:DK4OU30D0
SS真実と願いはクリスマスの夜に
「はあ……何て言うか、ほんとスケールが大きいよね」
目の前に広がる景色に思わず素直な感想を漏らす。
あたしは今日、ある人に誘われて都内某所の公園に来ていた。普通の日であれば散歩をする人がいたり、
芝生の上で子供たちと遊ぶ親子連れがいたりと、思い思いの時間を過ごしている様な変哲もない公園だ。
それが今日──この日に限ってはいつもと違う様子を見せていた。
歩道の左右にはズラリと木が並び、それぞれにリンゴ、ベル、杖やお菓子等が飾り付けられ、頂上には
天使が座っている。天使は歩道を挟んだ天使とイルミネーションライトが取り付けられたケーブルを互いに
持ちあっていて、そのライトの光が道行く人々を照らしていた。
「うん。わたしもパーティにお呼ばれしたのは初めてだけど、凄く素敵だと思う」
あたしの隣を歩いているあやせは、うっとりした表情で周りを見ながらそう答える。
確かに普通じゃないもんね。──公園貸し切りでクリスマスパーティ開くなんて桁が違うって。
しかも公園丸ごとクリスマス一色にデザインしてるし、どれだけ手間かかってるんだろう。
あたし達は、今日──クリスマスイブの日にパーティを開くと言う事で招待されたのだった。
招待者は藤真美咲さん。某有名ブランドの女社長であり、あたしがモデルの仕事を再開するきっかけを
作ってくれた人だ。
誘われたのはつい数日前だけど、仕事の関係上誘いを受けるしかなかったんだよね。
本当は断りたかったんだけどな。モデルやってる間はヘタな事言えないから仕方ないか……。
仕事面では正当に評価してくれるし、人としては嫌いじゃないんだけどな。ちょっと強引だけど。
「桐乃、会場見えてきたよ」
「むー。美咲さん機嫌悪くしてないかな」
「大丈夫だって。お昼過ぎに一緒に連絡したじゃない」
「うん。そうなんだけどね……」
今日は休日なのだけど、進路の事や今後どうするかについて学校で話してきたのだ。夕方までには
終わる予定だったけど、長引いてしまったお陰でパーティには少し遅れてしまっていた。
あやせも学校に用事があったみたいだけど、なんだろう。あたしと同じくらいまで残ってたな。
でも一応これであたしの進路は決まった。後は──
「うわあ! 桐乃見て。すっごく綺麗」
あやせが指をさす方向をみると、巨大なクリスマスツリーが立っていた。そのツリーには煌びやかな
イルミネーションが飾り付けられ、まるでパーティドレスを着ているかの様にも見える。
クリスマスツリーにまでモデルさせてるなんて、どれだけスケール大きいんだっての。
ツリーの周りにはテーブルやそれを囲む人の姿が浮かび上がっている。どうやらあの巨大なツリーの
周りがクリスマスパーティの会場になっているらしい。
「ほんとに綺麗だよね」
あたしとあやせは、しばし巨大なツリーに見入っていた。虹色のライトでドレスアップされた
クリスマスツリーを見てると、あたしの中にある乙女な部分を刺激してくるんだよね。
本当ならあいつとこうやって──ってないない! 突然頭に浮かんできた妄想を必死に打ち消す。
「桐乃。急にどうしたの?」
「ううん、なんでもない。とりあえず美咲さん探して、挨拶してこなきゃ」
「そうだよね。……ツリーの下に人が集まってるけどあそこにいるのかな」
あやせの言う通り、ツリーの足元にあたる部分に人だかりが見える。あたしはあやせと一緒に
人だかりの方向へと進んでいく。歩いている途中で聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「桐乃ちゃんじゃない。それにあやせちゃんも。要件は済ませてきた?」
あたし達に声をかけてきたのは、美咲さんその人だった。彼女は人だかりを片手で制しながら
あたし達の方へ歩いてくる。その表情には失望の色は感じられない。
ま、表面じゃ分からないケド、一応は面目保てたのかな。
「挨拶に間に合わなくてごめんなさい。それと、今日はお招きありがとうございます」
「わたしも遅くなってすみません」
あたし達の言葉を受けとった美咲さんは、口の端で軽く笑みを作る。
「遅れた事は気にしないで。それより今日はクリスマスなんだし楽しんで頂戴」
そう言うと美咲さんは、再び人だかりへと戻って行った。彼女を見送ったあたしはふと周りを見ると
テレビや雑誌で見た事のある顔が何人も見える。──あそこにいる人って有名女優じゃん。それに
隣でお酒飲んでる人もトップモデルで良く雑誌に出てるし、凄い人しか来てないんじゃないの?
……なんか場違いっぽい気がする。周り見渡しても大人しかいないし──他のモデルの子とかも
来てるはずなんだけど。
とりあえずあやせと他のとこに移動──って、いないじゃん! もう、どこに行ったんだろう。
あやせを探して周りを見渡してみるが、それらしき姿は見当たらない。急に消えないでよ──ったく。
1人になって心細くなったあたしは、大人ばかりの場所から離れるべく会場の外側へ移動する事にした。
──なんでクリスマスだってのに、こんなに辛い思いしなきゃなんないんだろう。
ほんとだったらさ、エロゲー10本クリア記念とか適当に言って、あいつとで、デートみたいな事を
してあげようかなとか思ってたんだけどな。去年はちゃんとしたデートじゃ無かったし。
それに──今年であたしは中学を卒業するし、あいつも高校卒業だし、きっと今までみたいには
行かなくなるはず。……だから本当は、今日あいつと話しておきたい事があったんだよね。
あたしにとってあいつに本音を伝えるのって、非常に難しい事。だからクリスマスってイベントの
力でも借りないと、次はいつ伝えられるか分からないってのに……。
周りの楽しげな雰囲気とは裏腹にあたしの気分はどんどん沈んでいく。
あたしは側にあったベンチに座り、深くため息をつく。……来るんじゃなかった。
「あれ。桐乃さんじゃないですか?」
声がする方向を見ると、見知った顔がこちらを見ている。
「御鏡さんじゃん。あんたもいたんだ」
あたしに声をかけてきたのは、美咲さんの専属デザイナー兼モデルの御鏡光輝だった。
「一応エタナー専属ですからね。桐乃さんは今日は1人で来たんですか?」
「あたしはあやせと一緒に来たんだけど、途中ではぐれちゃった」
「あやせ、さんですか?」
何か考え込む仕草をする御鏡さん。あやせの事知らないんだったかな。
「モデルの仕事で見た事なかったっけ。長い黒髪の可愛い子」
「……ああ! 桐乃さんと良く一緒に仕事してる人ですよね」
「そうそう、たぶんその子。新垣あやせっての」
「なるほどわかりました。それで桐乃さんははぐれてしまったので、仕方なく1人で待ちぼうけですか?」
あーもう! こいつの言い回しはなんかイラっと来るんだよね。
「……そう! なんか文句ある?」
「なんで僕が怒られるんですか!?」
溜まっていた鬱憤を御鏡さんで少し晴らす。今のあたしの前に出てきたあんたが悪いんだからね。
ムスッとしたままあたしは視線を逸らす──と、そこに走り寄って来る人影が見えた。
「桐乃! 良かったあ……探したんだよ。いきなり見えなくなっちゃってほんとびっくりした」
走り寄ってきたのはあやせだった。あやせは目に涙を浮かべながらあたしを見ている。
どこに行ってたんだ──って思い切り言ってやろうって思ってたけど、そんな顔されたら聞けないって。
「ごめんねあやせ。でもあやせがいなくなっちゃったから、あたしも探してたんだよ」
「えっと、お父さんの知り合いの議員の方がいたの。それでご挨拶してたんだ」
「そうなんだ。でも、あやせが見つかってよかった」
とりあえずあやせも見つかったけど、どうしようかな。正直あんまり長居したくないんだよね。
でも、いきなり帰ったりしたら美咲さんに悪いし……ふう、なんでクリスマスなんだっての。
「桐乃? どこか具合悪いの?」
あやせが心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。ごめんね、心配させてるのは分かってるけど、
あたしは楽しめる気分じゃないんだ……。
「ううん、大丈夫だって。なんか凄く人が一杯で疲れちゃっただけ。少し休んだら元気が出ると思う」
「ならいいんだけど。でも桐乃?」
「……なに?」
「今日ここに来てからずっとそんな調子じゃない? 何か悩んでるみたいな感じがする」
「……」
あやせって変に鋭いんだよね。でもごめん、これはあたしの心の問題だから、あんたには言えない。
「えーっと、新垣あやせさん、ですよね?」
突然側にいた御鏡さんが話しかけてきた。そう言えばこいつもいたんだ。
いきなり話しかけられたので、あやせも戸惑っている。
「はい、そうですけど……わたしに何か?」
「桐乃さんも少し飲めば気が楽になると思います。あちらのコーナーにミネラルウォーターが
あるので取ってきて下さいませんか?」
「……あなたが取りに行けばいいんじゃないですか? わたしは桐乃に着いていますから!」
あまり面識がない御鏡さんにも物おじしないあやせ。あやせってたまに頑固な時あるんだよね。
「ええと……僕はここで人と待ち合わせをしてるんですよ。だから申し訳ないですが、代わりに
取ってきて貰えませんか? 桐乃さんを待たせる訳にもいかないでしょう?」
「むー仕方ないです。でも桐乃に変な事したら許しませんから!」
こいつがあたしに何するんだってば……なんて思いながらも、あやせを見送る。
あやせが人ごみに紛れたのを確認すると、御鏡さんはこちらへと向き直った。
「さてと、桐乃さんは気分が悪いんですよね。なら一足先に帰った方が良いんじゃないですか?」
「な……何言ってんのあんた?」
いきなりあたしに妙な事を言い出す。じゃなくて、帰れるものなら帰ってるってば!
そんな事したらあたしのメンツも丸つぶれだし、あやせにだって悪いし……。
「あやせさんの事なら心配いりませんよ。戻ってきたら伝えておきます。あと美咲さんにもね」
御鏡さんはあたしの心配を見透かすかのように答えて来る。そりゃ帰りたいのは山々だけど。
「で、でもそんな事して大丈夫なの? 今日のパーティって結構大事なんじゃないの? なんか
偉い人とかいっぱい来てるしさ。あたしみたいなのがいたって、そりゃ仕方がないかもしれないけど、
だからこそ途中で帰るなんて凄く悪いんじゃないかなって」
「はは。やっぱり桐乃さんらしいですね」
あたしの言葉を聞いた御鏡さんは、柔らかな微笑みをあたしに投げかけて来る。
普通の子だったら、この表情でイチコロだったりするのかな。
「大丈夫。その辺りは僕に任せてください。それにあんまり遅くなると──寒いでしょうしね。
とりあえず急いでください。それと、帰る時は北側の出入り口を使ってくださいね」
「……分かった。とりあえずあんたには感謝しとく。あやせにもごめんって伝えといて」
「分かりました。ではお気を付けて。それと──頑張って」
□
「うぅ……さむ」
会場から外に向かう道を歩いているあたしは、急に寒さを感じる。
イルミネーションの光の間から見える空は曇っているようだった。この感じだと、雪降って来るかな。
ふとあたしの頭に1人の人物が浮かんでくる。京介のやつ、今日は何してたんだろ……。
去年のクリスマスには、無理を言ってあたしに付き合わせたんだっけ。
それでも──あたしは超嬉しかったんだよね。耳を付けているピアスをそっと撫でる。
わがままで振り回して、無理やり買わせちゃったピアス。安っぽいかもしんないけどあたしの大切な宝物。
今日付けてるヘアピンだって、ずっと昔──仲良しだった頃に買ってもらったやつなんだよ。
あいつは気付いてないだろうけど、あいつと一緒に出かける時は、あいつに貰ったモノを身につけている。
今のあたしにとってあいつ──京介の存在は無くてはならないものなんだ。
「寒い中、お疲れ様です」
「お帰りですか。お気をつけて」
出入り口にいるガードマンの人に声をかけて公園を出る──と、あたしはそこでありえないものを見た。
「あ……あんた。一体何やってんの!?」
「よお。……ってふぇくしょい!」
公園の外──標識にもたれかかる様に立っていたのは、京介だった。
なんで……? なんでこいつがここにいんの?
「思ったより早かったな。聞いてた時間じゃまだ2時間以上先だと思ったんだが」
「そんな事はどうでもいい! なんであんたがここにいて、ぼーっと突っ立ってんの!」
あたしの問いかけに何言ってるんだ? みたいな顔をする京介。
「何って……お前、今日はクリスマスじゃねえか」
「そんなのは分かってるって! あたしが聞きたいのはなんであんたがここにいるワケ?」
あたしは今日は丸一日ダメだからって言っといたじゃん! なんでここにいるんだって……。
京介は睨みつけるようなあたしから目線を逸らし、頬をかく。
「その、今日はさ、俺にとっても大切な日のつもりだったんだ。それなのに急に美咲さんから
クリスマスパーティに誘われたから行けないって言われちまうしよ。どうしようか悩んだんだが
──結局ここに来ちまったんだ」
「……で?」
「着いたは良いが、時間なんて聞いてねえ。んでそこのガードマンに聞いたんだが教えてくれねえし、
どうするか悩んでたら御鏡が通りかかったんだ。んで時間を教えてもらったから待ってたって訳だ」
「……あたしが他の出入り口から帰ってたらどうすんの」
「御鏡に話したら、桐乃に会ったら伝えておくって言ってたからさ。ならここで待つかって思ったんだ」
──もう! なんでこいつはこう後先考えないんだろう。御鏡さんとあたしが合わない可能性だって
あるんだし、あたしが万が一気付かずに通り過ぎてたらどうするつもりだったんだって! そりゃこんな
間抜け顔なんてあたしなら即効分かるけど、あやせと一緒だったら気付いてたか分かんないよ……。
「理由は納得した。んで、あんたは何しに来たの? それはまだ聞いてないよね」
京介はじっと黙ってあたしを見つめている。──あたしもそんな京介を見つめている。
「……ほら、これやるわ」
京介は急にそう言うと、あたしの手に小さな包みを乗せた。
「……何これ?」
「お前分かってて聞いてんだろ。今日はアレだぞ、その……クリスマスじゃねえか」
そんなの分かってる。でも、わざわざコレを渡す為だけに来たっての?
嬉しい気持ちとは裏腹に、あたしの中で京介に対して言いようの無い感情が渦巻いている。
こいつはあたしの為に色々頑張ってくれるのは分かってる。でも、あたしは無理してまで
あたしの為に頑張ってほしい訳じゃない。それじゃ、あたしは納得できないんだってば……。
「あんたさ、メチャクチャ震えてんじゃん! どんだけ待ってたってのよ。あんたがそんな事で
もし体とか壊したらあたしが辛いっての! そう言う事も気付けこの……バカッ!」
あたしは京介を思いっきり怒鳴りつけた。その勢いに任せ、あたしは京介の胸をドンドンと叩く。
今までの想いをぶつけるかの様にあたしは京介を叩き続けた。
「そろそろ落ち着いたか? つか鈍感で済まねえ。もう泣かせないって誓ったはずなんだけど……な」
「……うん」
落ち着いたあたしは、そのまま京介の顔を見上げる。その顔は少しばつが悪そうだ。
「ね。これ開けてもいい?」
「ああ、いいぜ」
あたしは京介に貰った包みを丁寧に開いていく。中には小さな箱が入っている。
ゆっくりとその箱を開くと、中には──銀色のリングが1つ入っていた。
「あんたこれって…」
「その、去年はいきなりだったし金も無かったから無理だったけどさ」
「……」
「今年こそはって奮発してやったんだ。まあ、少しお袋から借りたけどな」
えっと、このリングってたしか──あたしは京介の右手に視線を移す──そこには、あたしが
貰ったリングと同じ意匠のリングが中指にはめられていた。
「ねえ、京介?」
「なんだよ?」
「あたしの指にはめて」
「ちょ……! さすがに恥ずかしいぞそれって」
「今更何言ってんの。いいからさっさとはめる!」
「ちぇ、わかったよ」
京介は恥ずかしそうにしながらも、あたしの右手の──中指にそっとリングをはめてくれた。
「似合ってるじゃねえか」
「当たり前じゃん。あたしを誰だと思ってるワケ?」
「へいへい。そうだよな、それでこそ俺の桐乃だ」
「……気付くの遅いっつーの」
──今なら、きっと言えるよね。頑張れあたし……!
「……あの、さ。京介」
「ああ」
「これからもずっと、あたしと……一緒にいてくれる?」
「……俺以外に誰がお前を幸せにできるんだ?」
「ほんと素直じゃないんだから──可愛いあたしと一緒にいられるんだし、嬉しいっしょ」
「それをお前が言うか!?」
相変わらず最後にはこうなっちゃうんだよね。でもそれでいいんだと思ってる。
あたしは京介に想いを告げ、京介からの想いも受けとったんだから──何があってもきっと大丈夫。
──銀色に輝くペアリングは、まるであたし達を祝福してくれているかのように感じた。
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最終更新:2011年10月04日 22:33