212 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/10/09(日) 12:46:43.88 ID:EbB4DNIu0
SS桐乃に彼氏が出来た日
「最近の桐乃、楽しそうなのよねえ。なんだか彼氏が出来たみたい」
お袋の言葉を聞いた俺は、氷点下の屋外に放り出されたような感覚がした。
桐乃に彼氏だって。ある訳ねえだろうが! だってさ──あいつは俺の前で彼氏なんて
作らないってこの前言ってたんだぞ。俺だって桐乃の言いつけ通り彼女を作って無いしな。
まあ、俺が彼女を作らないのはもっと深い訳と迷いがあるんだが……。
俺はお袋の言葉を頭の中で咀嚼し、最近の桐乃について思い返してみる。そういや桐乃
の奴、最近俺に何も言ってこないんだよなあ。エロゲーやろうともアキバに出かけようとも
言ってこない。それが今どきの女子中学生で言えば普通なんだろうけど、あいつに置き換えると
異常だとしか思えない行動になるんだよな。
──だがそうなると、俺より先に動く奴がいるはずなんだ。そいつに当たってみるか。
俺は部屋に戻ると携帯を取り出し、電話をかける。相手は2コール程で電話に出てくれた。
『お、お兄さんどうしたんですか?』
「おう、あやせ。久しぶりだな」
『全く……特別に用事なんで無いはずですけど、い、一体なんのつもりです?』
電話の相手──あやせは、なんだかそわそわしたような口調で話してくる。
「具合でも悪いのか? なんか話し方が変な感じだぞ」
『違います! お、お兄さんが急にかけてくるからじゃないですか! 大体わたしの事は
どうでもいい癖になんでこう言う時にかけてくるんだか……。何も無いならいきなりかけて
こないでくださいこのバカァッ!』
いきなり声を荒げてくるあやせに罵倒される俺。さすがに心当たりなんてない……な。
「ちょっと待て!? なんでいきなり俺が怒られるんだ。意味が分からんぞ」
『……なんでもないです。で、一体何の用事ですか?』
俺はそれを言おうとしてただけなんですけどね……。思わずため息をつく。
あやせが落ち着いたようなので、俺は本題を切りだした。
「お前、桐乃に彼氏が出来たとか……そう言うの聞いてないか?」
『はあ!? 桐乃に彼氏ですって? そんなのいたらブチ殺します!』
いや待てブチ殺したいのは俺の方だ。……って事はあやせは知らないって事か。
「じゃ、お前は桐乃から何も聞いてないんだな?」
『……わたしの知っている限りでは、学校でもモデルの仕事でもその様な相手はいません。
この前にも言ったでしょう? 桐乃に近づくような輩がいれば……』
「ちょ、タンマ! 分かった分かった。つまりお前は聞いてないんだな」
あやせの返答にほっとする。親友が知らないってんなら、一体……。
「俺が聞きたかったのはそれだけだ、急に済まなかったな」
『お兄さん、相変わらずなんですね……少し寂しいけど、安心しました』
あやせの声が途中から、とても優しい感じに変わったのを感じる。
「まあ、俺はバカ兄貴だからな。んじゃ切るわ。急にかけて悪かった」
電話を切った俺は再び違う相手に電話をかける。今度の相手は──4コール目で
ようやく出てくれた。
『私は忙しいのよ、用事が無いならかけてこないで頂戴』──ブチ。って切りやがった!
俺は再び同じ電話番号にかける。今度は1コール目で相手が電話に出て来る。
「いきなり切る奴がいるか! つか用事があるから電話してるんじゃねえか」
電話の向こうからは深いため息が聞こえて来る。ため息付きたいのは俺の方なんですけどね!
……最近の俺って知らない所で悪い噂でも立ってんのか?
『……いま忙しい所なのよ、つまらない用件でかけてこられると非常に迷惑だわ』
電話の相手──黒猫は本当に鬱陶しそうにしている。どうも間が悪かったらしい。
「いや……何も言ってねえのにそこまで言われる俺って何なんだ?」
『で、何の用かしら? 私の儀式を邪魔してまでかけてくるとなると──どうせあの女の
絡みなんでしょうけどね』
何の儀式だおい! またムンクの叫びみてーな絵を見せて俺をどん底に突き落とそうとか、
人面猫ならぬ人面テーブル並べてる絵とか見せられるとさすがに怖いぞ。──だけど相変わらず
こいつの読みは鋭いんだな。俺は電話の向こうにいる黒猫の──相変わらずしょうがないわね、
と言う表情で話している姿を思い浮かべてしまう。
「まあそんな所だ。──で、聞きたいんだが、桐乃にその……か、彼氏っていうか男がいるとか
聞いてないよな?」
即答してくるかと思いきや、黒猫は暫く黙ったままだった。予想外の反応に沈黙する俺。
『……彼、と呼べる存在があの女にいるかどうかなんて、あなたの方が詳しい筈じゃないかしら』
「まあ、そう思っているんだけどな」
一応の想定内の答えに満足する。だがさっきの沈黙は何なんだよ。
『ただ……そうね。本当の事が知りたいなら直接聞けば早いのではなくて?
なぜあなたはそうしないの?』
「……それは」
分かっている問いかけに上手く返す言葉が浮かばない。……いや、分かってはいるんだ。
ただ、その答えを聞いた俺が正気でいられるか──
答えに詰まっていると、電話の向こうから深いため息が聞こえた。
『いい事を教えてあげるわ。夜の帳が下りて獣たちが寝静まったら、あの女を訪ねてみなさい。
そうすれば、あなたが望む答えが見つかるかもしれないわ』
「言い回しが良く分からんのだが……深夜に桐乃の所へ行けって事か?」
『それ以上は私から言うべきではないの……あのような恐ろしい存在など、
口に出すのもはばかられるわ!』
いきなり口調を荒げて来る黒猫にぎょっとする。だが、手がかりらしい物は見つかったか。
「儀式の邪魔して悪かったよ。それじゃ切るわ」
『ふふふふ……。この儀式が完成すれば新しい呪いが……』
「それはいらねえから!」
俺は黒猫の言葉をさえぎり電話を切る。……夜か。可能性としては、チャットで
話してるとかその辺だろうな。電話だとあいつの声って壁越しに聞こえるからなあ。
その時、階下から誰かが階段を上がって来る音が聞こえた。桐乃、帰って来たのかな。
今日は用事があるとかで朝からいなかったんだよな……。
部屋のドアを開けると、桐乃が自分の部屋に向かう途中だった。
「桐乃。その……お帰り」
「……ただいま」
ぶっきらぼうではあるが返事を返してくる。最近は必ず返事を返してくれるようにはなったんだよな。
それに関しては素直に嬉しいと思っている。
こちらに振り返った桐乃は、じっと俺を見つめている。──さて、どう切りだすべきか。
「桐乃?」
「……何?」
「んー、いや、特別何って訳じゃないんだけどな。その……お前って、最近エロゲーとかやってんの?」
直球だと怪しまれるだろうと考え、当たり障りの無い質問をかけてみる。すると桐乃は少し
慌てたような表情になる。
「ま、まあ、たまにやってるよ。新作とか出てるしやんないと。最近、積みゲー多いしさ」
「お前が積みゲーって珍しいな。数日もありゃコンプしてたってのによ」
桐乃の答えに少し戸惑う。今までの桐乃なら、発売直後に必ず即コンプしてたからな。
「あたしだって別にエロゲーばっかやってるワケじゃないっての。勉強とか、仕事の事とか
色々あるじゃん。だ、だからたまたまなだけ!」
「……そっか。まあそういう事もあるよな」
……やっぱり何か隠してやがる。俺は桐乃の態度と答えからそう推察する。
──何て言っても特別じゃないけどな。桐乃は隠し事を隠せないタイプなんだよ。
「用事はそれだけ?」
「ああ。急に呼び止めて悪かったな」
桐乃は何かほっとした様な顔になる。──分かりやすい奴だよなあ。だけど俺の心配が
余計大きくなっちまったのは確実だがな。
部屋に戻りドアを閉めるまで、桐乃はずっと俺を見ていた様だった。ドアを占める間際に
ちらりと横目でみると、桐乃がその場に立っているのが見えたからだ。
俺にそこまでして隠さなきゃいけない事なんて……やっぱりいるって事……なのか。
──それも今晩分かるだろうけど、な
□
携帯が震える音で俺は目を覚ました。アラームだと桐乃に気付かれるので、わざと音は消してある。
俺はゆっくりドアを開けると、足音をたてないように廊下を歩く。
──本当の事は知りたい。だが、もし桐乃が本気で好きな相手だと言い張ったなら、
俺はどうすればいいんだ……。
桐乃の部屋の前に来た俺は、ドアノブを掴む。が、それを回す勇気が出ない。
本当の事を知ってしまったら、きっと俺は相手の男を全力で否定するだろう。
そして桐乃が何と言っても絶対に別れさせようとするだろう。俺はどうやら妹を──桐乃を
本気で好きになっちまっていたらしい。そんな事はダメだと自分に何度言い聞かせても、
全く効果が無いんだからな。なら、俺のすべきことはただ1つ──いつも通り全力でぶつかるしかねえ。
覚悟を決めた俺は、ゆっくりとドアノブを回し、なるべく音を立てないようにドアを開けた。
桐乃は、と言うとドアが開いた事に気づいていないようだ。ヘッドフォンを付けながらパソコンの
画面を眺めているのが見える。画面はこちらからは見えないが、その表情は──俺が見たことが
無いくらい幸せそうに見える。
──畜生! 当たってほしくねえけど……あの画面の向こうにいるのがそう、なのか。
俺は桐乃に気付かれないように、桐乃の背後に回る形でゆっくりと近づいていく。
桐乃はまだ気づいていない。俺はそっと画面を覗き込み──言葉を失った。
画面に映っていたのはチャット画面でも彼氏でも無く──俺の写真だった。
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て考えろ考えるんだ高坂京介……!
画面に映っているのは紛れもなく俺だ。このヘタレ具合と言い死んだような目といい
──自分で言ってて悲しくなってくるな……。軽く凹む俺。
その時、背後の気配に気づいた桐乃が振り向く。その顔は今までの幸せそうな表情から一転し、
驚愕を貼りつけていた。
「な、な……な、なん……で、あんたがいる、の」
驚きのあまり桐乃は上手く言葉が出ない様だ。
「なんでって言うか……」
俺も上手く言葉が返せない。しかし、俺の写真で何やってたんだ……?
「これはその! ち、違うから! あたしは何もやって無いってば!?」
桐乃はあたふたと手足をバタつかせる。勢いでパソコンに繋がれていたヘッドフォンのケーブルが
外れてしまった。
『桐乃、お前がいないと死んでしまうかもしれない……』
ちょ……おま、これは……。
『俺は桐乃を……妹を愛してるんだ!』
やめてえ!? 俺のライフはもうマイナスよ!
「つか桐乃! お前何やってたんだ! これってずっと前のアレ……だよな。しかも写真も俺だし、
一体何が何だか分からんぞ──いや、じゃなくて、その」
上手い言葉が頭に浮かんでこない。現状が余りにも予想外過ぎてなんだよ……。
「……ま、まさかあんたに見られるなんて思わなかった……」
桐乃は顔をうつむかせてモジモジしている。
……ま、まさか。その彼氏ってのは……。
「お前……夜にその、何やってたんだ?」
桐乃は深呼吸すると、俺の目をじっと見つめてきた。
「その……最近、モデルの仕事とか忙しいし、あんたも勉強とかあるじゃん。お互い忙しくて一緒に
なんかする事も無いから……えっと、その……前に取ってた写真とかであんたの事思い出してたんだ」
「俺の……事?」
少し恥ずかしそうにうなずく桐乃。
「この言葉言ってくれた頃って、お互いあんまり良い感情無かったじゃん? それでも、
あんたはあたしを助けてくれて、それがあたしには凄くうれしくって……だから、その言葉を聞くと
元気になれんだよね」
「……うん」
「でも、言葉だけじゃなんか雰囲気ないから──あんたの写真取り込んで、その……言葉と一緒に
聞いてたんだ。そうすると……えっと……もっと元気がでるから!」
一気にまくし立てていく桐乃の顔は、さらに真っ赤になっていく。
「そっか……じゃ、俺の勘違いだったんだ、な」
桐乃から答えを聞いた俺は、急に腰が抜けて座りこんでしまう。
──へっ、やっぱり彼氏なんていなかったんじゃねえか。
「あ、あんた! 大丈夫?」
「ああ……すまねえ、ちょっと腰が抜けて動けねえ」
実際の展開は別として、一番危惧していた事が杞憂で終わった事に心から安堵する。
「というかさ、なんでいきなりあたしの部屋に忍び込んできたワケ?
その……変なことするつもりだったんじゃないでしょうね?」
「ちげーよ! 夕方にお袋が『桐乃に彼氏ができたみたい』なんて言いだしやがるから、
俺は心配してだな。誰に聞いてもそれらしい相手を知らないって言うから……直接聞きに来たんだよ」
俺の答えに桐乃は、少し考えるしぐさを見せ──目を大きく見開く。
「あたしが彼氏作るワケ無いって何回も言ってんじゃん!
大体あたしにとって彼氏に成りえる相手なんて……」
だよな。それは俺がバカだったとしか言えない。勘違いだけで慌てふためいてあちこちに
電話するわ、揚句に妹の部屋に忍び込むなんて、兄貴のする事じゃねえ。
……つか、マジで穴があったらはいりてえ……。
「あ……あんたしかいないって……の」
「……へ?」
ふと耳に届いた言葉で桐乃に向き直る。桐乃は俺をさっきからずっと見つめたままだった。
「あたしの彼氏になっていい相手は、あんただけだつってんの!」
「……おう」
思いがけず間抜けな答えを返してしまう。な……ちょっと待て。それって──。
「……俺だったら彼氏にしてくれんのか?」
「へ……? ん、まあ……そう」
今度は桐乃が間抜けな返事を返してくる。そっか……そう言う事かよ。
「じゃ、付き合うか」
「へ……っ!? あ、あんたマジで言ってんの? ……冗談じゃ、無いよ……ね?」
事も無げに言う俺。答えに焦っていた桐乃だが、その表情は徐々に真剣なものになっていく。
「俺が彼氏になれば、その……エロゲー心おきなくやれるじゃねえか。夜中に隠れてまで
そんな事しなくても、俺がいてやれば問題ねえだろ?」
「……ま、まあそうなるかもね! あんたがあたしをずっと見てれば問題ないんだし」
急に普段の調子を取り戻し、減らず口を叩きだす。それでこそ普段の桐乃なんだよな。
昔は聞いただけでイラついてたってのによ──最近じゃこれを聞かないと不安になっちまう。
「じゃ、じゃあさ。ちょっとだけ……横向いてくんない?」
そう言われて俺は顔を横に向ける。なんだよ……まさか、頬にあれしてくれるってのか?
その態勢のまま暫く待つ──が、何の変化もない。特に服を着替えてる訳でもない。
──もちろん脱いでる気配もないけどな!
「……いいよ、こっち向いて」
一体何だったんだ……などと考えつつ桐乃の方に顔を戻す──
「──っんな!?」
桐乃へ向き直った瞬間──俺の唇に何かが触れ──桐乃の顔が離れていく。
「……特別な記念日だから。京介があたしの彼氏になってくれた──その記念。
絶対忘れたらイヤだかんね」
──そんな笑顔されたら忘れようにも忘れられねえよ。
とびっきりの笑顔でほほ笑む桐乃を見ながら──俺は心からうなずいた。
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最終更新:2011年10月09日 22:09