731 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/10/12(水) 16:15:28.55 ID:no/S7tQ/0
SSとある日常にて


 静かな教室に、先生が講釈する声だけが響き渡っている。
 わたしは黒板から目を離し、軽く視線を動かす──うんうん、今日も相変わらずだね。
 視線の先には、綺麗なライトブラウンの長い髪をもつ女の子──桐乃がいる。その顔は
黒板と手元のノートを行き来しており、時折ノートに書き込む仕草が見える。
 今年も学年トップだったんだよね。どの授業に関しても全然手を抜かないし、
ほんと桐乃って凄いなあ。
 自慢の親友の事を考えると、わたしは凄く嬉しくなってしまう。桐乃が目立ったり、
褒められたりすると、まるで自分の事みたいに嬉しいんだよね。成績優秀、運動神経抜群、
それでいて容姿だってクラス──ううん、学校一素敵だって思ってるし! 
 そう言えば、男子がこっそりやってるミスなんとかってのでも、三年連続一位だって
言ってたっけ。そう言うのは正直汚らわしい行為だと思うけど、桐乃が一番素敵だって
事には同意かな。二位は毎年変わってて今年が……わ、わたしだって言ってたけど。でも、
桐乃の親友として容姿を磨いてきてる結果がきちんと出てるって事なのかなあ。学校の
男子だから評価には値しないかもしれないけど、桐乃が一番だってのは当然なんだから。
 ……と、いけない。また考えに耽っちゃってた。右手のシャープペンシルを軽く握り
なおし、黒板へ顔を向ける──と、わたしの右手前の席の男子の顔が桐乃の方を向いている
事に気付いた。……あの人、また桐乃を見てる。あなたの様な人が視線を向けると桐乃が
汚れるじゃない! ここが教室で無ければ埋められたのに……!

 「……垣、新垣。聞こえているのか?」

 突然、わたしを呼ぶような声に気付きハッとなる。ふと前を見ると先生がわたしを
見つめていた。

 「は、はい!」

 ふと気付くと周りの生徒の視線はわたしに向いている。桐乃を見ると『どうしたの?』
とでも言いたそうな表情でわたしを見ている。……うう、失敗しちゃったな。こんな所を
桐乃に見られるなんて恥ずかしいよ……。自然と顔が熱くなるのを感じる。

 「勉強が出来たとしても、授業中はしっかり集中すべきだぞ」

 先生は諭すような声をかけてくる。

 「……すみません。少し考え事をしてました」

 上手い言い訳が浮かんでこなくて、素直に答えてしまう。

 「まあ、正直なのは良い事だ。丁度いい、新垣にこの問いを答えて貰おう」

 先生に促され、席を立ったわたしは黒板に書かれた問題をさっと見る。……ここって
昨日予習した所と一緒だ。昨晩の内容を思い出しながら答えたわたしに先生が頷く。

 「結構だ。だが授業中なのは忘れずにな」

 むー。もう許してくれてもいいじゃない。わたしは心の中で舌を出す。座り際に桐乃を
見ると、わたしに向かって親指を立てていた。心配させてごめんね、桐乃。

                   □

 「うへぇ、ようやく終わったあ。つーかあの先公しつけーよな。あやせがアホ面で
ボーっとしてる時もずっと見てやがったぜ」

 加奈子はそう言うと心底嫌そうな顔をする。そう言えばあの先生が大嫌いだっけ。

 「そうなんだ。少しボーっとしてたから全然気付かなかったよ」

 少し考え、同意の返事を返す。確かにわたしもあの先生はちょっと苦手かな。
 授業が終わると、いつも通り桐乃の席に集まり他愛無い話をする。わたしはこの
何気ない時間が大好きだった。仲のいい友達と集まって話すのは嫌いじゃないし、
何より桐乃と一緒にいられる大切な時間だし、ね。
 当の桐乃はと言うと、授業とは別のノートを取り出して何やら書いては消したりを
繰り返している。表情も授業の時と同じく真剣なものになっていた。

 「桐乃、一体何を書いてるの?」
 「……うーん、今度の文化祭でさ、学校のOBの人達が来るらしいんだよね。それで、
学校を代表して出迎えの挨拶してくれって頼まれたんだけど……これがさあ、結構
悩むんだよね。普通の卒業生じゃなくて、大企業の重役さんとか偉い人ばかりみたいで
きちんとした挨拶にして欲しいって言われてるんだ」

 そう言うと桐乃は再びノートとにらめっこを始める。……偉い人、かあ。お父さんの
知り合いとかそう言う人ばかりだけど、確かに気難しい人が多いんだよね。

 「あいっかわらず桐乃はクソ真面目だよな。そんなのチョチョイとやっちまえばいいべ?
偉そうな割に頭の中が空っぽだし、スケベなオヤジが多いから色目使っとけばオッケー!
……ってイテーよあやせ! 教科書の角で殴るなって! しかもスナップ利かせてるしっ」

 加奈子が涙目で睨んできたので、微笑み返す。みるみる内に大人しくなる加奈子。
 全く……バカな事を言う加奈子が悪いんだよ。

 「……んーちょっと浮かんでこないなあ。しょうがない、家に帰って続き考えよ。家なら
なんだかはかどりそうな気がするんだよね」

 そう言うと桐乃はノートを閉じて鞄に直す。わたしはその言葉を聞いて、少し胸が
痛むのを感じる。

 「そういやさ、あやせがこの前連れてきてくれたヘタレマネージャーいるじゃん。確か
名前が……キョウス……ムゲッ!?」

 加奈子が言い終わるより早く軽く加奈子の首を握ってやる。すると顔色をカラフルに
変えながらバタバタし始める。──えっと、ギブギブって言ってるのかな?

 「……その名前は今は聞きたくないんだよね。加奈子なら、わたしの言う事をきっと
分かってくれると思うんだ」

 加奈子にそっと耳打ちすると、コクコクと首を振る。そう言う加奈子が好きだよ。

 「えー……っと、あやせどうしたの?」

 桐乃が何か怯えた表情でこちらを見てるけど、どうしたのかな。

 「何が? わたしは何ともないよ」
 「なら良いんだけど、ね……加奈子無事?」

 桐乃の問いかけに首を縦に振る加奈子。そうそう、何にも無かったんだって。

 「それで、この前のマネージャーさんがどうかしたの?」
 「そのキョ……っと、マネージャーなんだけどヨ。ライブの途中で用事つってさ、
いなくなったじゃん。 んで結局さ、加奈子の生歌聞かせてやれなかったんだよな。
で、丁度いい事に今度メルルライブの仕事入ったからさ、また呼んでくれね?」

 マネージャーの仕事かあ。……お兄さん、また受けてくれるかな。ってメルル!?
 ふと横目で桐乃を見ると目が輝いているのが分かった。

 「か、加奈子! メルルのライブっていつ?」
 「桐乃どうしたってんだ? お前そう言うのにキョーミあったっけ」
 「え? あ……ええっと……と、友達がちょ、ちょっと興味あるらしいんだよね!
だからもしそう言うイベントとかあったら教えて! って頼まれてんの」

 慌てる桐乃を加奈子が訝しげに眺めている。──はあ、桐乃って嘘付けないよね。
 相手がバカな加奈子じゃなければ、ばれてるかもしれないよ。

 「……まあ、いいけどヨ。んじゃ、人数教えてくれたらチケット手配してやんよ」
 「うん! 加奈子ありがとうね。きょ……あいつに教えといてやんないと」

 二人のやりとりを見ていると、心から嬉しい気持ちになってくる。桐乃が一番の
親友である事は変わらないけど、加奈子もいい子なんだよね。ちょっと口は悪いけど。

 「高坂さーん! ちょっとちょっと」

 突然教室の入り口の方から桐乃を呼ぶ声が聞こえた。そちらを見ると、クラスメイトが
桐乃を手招きしている。

 「んーなんだろう。ちょっと行ってくるね」

 そう言うと、桐乃は席を立って、呼ばれた相手の所に歩いて行った。
 気になったわたしが、着いていこうとすると加奈子に呼び止められる。

 「加奈子?」
 「気にすんなって、いつものやつじゃね?」

 その言葉を聞いて思わずため息をつく。ほんと、懲りない人っているんだ。
 廊下をみると、長身の男子生徒がいるのが見えた。
 桐乃は廊下に出るなり頭を下げると、少し話しただけで踵を返し教室に戻って来る。
 再び一度廊下に目をやると、さっきの男子生徒がうなだれているのが目に入った。

 「桐乃って相変わらずモテてんな。つか、あいつに断んのって何回目だっけ?」
 「……もう数えてらんない」

 加奈子にそう答えると、桐乃は不機嫌そうに席についた。容姿だけなら、学校で一番
人気の高い男子だったっけ。でも、桐乃の相手には全然釣り合わないと思うんだよね。
桐乃の隣に並んでいいのはその……わ、わたしとか……キャッ♪
 何か言いたそうな表情で加奈子がこっちを見てるけど、気にしない。

 「つーかさあ、別にあたしじゃなくてもいいじゃん。あいつ結構モテるらしいし、
他にも可愛い子いっぱいいるっての。マジウザいしそろそろ諦めてくんないかな」

 肩にかかる髪を乱暴にかきあげると、桐乃は机に突っ伏してしまう。
 
 「そっかあ。じゃあ、わたしがお話付けてこようか。平和的に話せば納得してくれるよね」
 「ま、いいけどヨ。……加奈子は止めねーかんな」

 心の中の埋める予定リストにさっきの男子の名前を刻みこんでおくことにしよう。

 キーンコーン──休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、教室が少し慌ただしく
なり、クラスメイトが各々の席に着き始める。

 「ちぇ、休み時間終わりかよ、んじゃまた昼飯ん時な」

 加奈子はそういうなり、席に戻っていった。
 
 「オッケー。少し憂鬱になっちゃったけど、後一時間がんばろ」
 「わたしも戻るね。さっきの事は忘れよ桐乃。じゃあ、また後でね」

 机に突っ伏したまま答える桐乃を心配しつつも、席に戻る事にした。

                   □

 「うっはあ。やっと昼飯だぜ。もう学校なんて昼飯からで良いんじゃね?」
 「加奈子。あんたそんなだからお腹やばいんじゃない?」
 「ちょ……桐乃!? それ言うなって、一応気にしてんだからさあ」

 午前の授業が全て終わり、わたしは桐乃、加奈子と一緒にお昼ご飯を食べる事にした。
 いつもならランちんも混ざって来るんだけど、今日は来ないなあ。

 「ランちん来ないね。授業でまだ残ってるのかな」
 「今日はお昼から仕事があるって言ってたよ。昨日急に入ったらしくて、あたしに愚痴の
電話が来てた。他に都合の合うモデル捕まらなかったんだって」

 わたしの疑問に桐乃が答えてくれる。そうなんだ、珍しいな。

 「桐乃には仕事の電話来なかったんだ?」
 「うん。うちって親がうるさいじゃん。だから、平日の仕事はご法度なんだよね。それも
仕事再開の条件に入ってたから、さすがに遠慮してくれたっぽい」

 そう言われて桐乃の両親の姿を思い出す。確か桐乃のお父さんって警察のお仕事だっけ。
 見た目もわたしのお父さんと違ってガッシリしてるし、厳格だって言ってたよね。

 「……しっかしさあ、オトコ連中も飽きないよなあ」

 唐突に言いだす加奈子を見ると、達観するような視線を右側に投げかけていた。
 そちらに目を向けると、他のクラスらしき男子達がちらちらとこちらを見ているのが
分かった。……まあ、言葉の内容からある程度予想はついてたけど、ほんと飽きない人達。

 「気にしてても仕方ないっしょ。どうせ飽きたらどっか行くって」

 桐乃はと言うと、もう慣れている感じで、黙々と食事を続けている。
 ──分かってはいるんだけど、わたしが気にしすぎなのかな。

 「そうだ、桐乃は今日って部活あるんだった? もし暇だったら少し付き合って欲しい
所があるんだけどな。この前見つけたアクセサリーショップあったでしょ。今日って新作の
入荷予定らしいんだ。だから良かったら一緒にどう?」

 話題を変えようと桐乃に話しかけてみる。桐乃は少し考えているようだった。

 「どうしようかな……。さっきの挨拶文も早めに見せて欲しいって言われてるんだよね」
 「そっかあ。じゃあ無理……かな」

 ……残念だけど、桐乃に嫌な思いさせるのは嫌だから。今度かな。
 
 『おい桐乃』

 どこかからか微かに桐乃を呼ぶような声が聞こえた。男性の声、みたいだったけど。
 加奈子も──周りも気づいてないみたい。あれ、でもこの声って……。
 声がした方角──隣の席の桐乃を見ると慌てた表情で携帯を取り出していた。桐乃は
携帯のボタンを操作して、画面を見つめている。すると表情が少し怒った様な感じに
変わったのが分かった。

 「……学校で予習なんて。家でやれっての……ったく」

 突然不機嫌になった桐乃に、加奈子は変なものでもみるかの様な視線を向けている。
 わたしは携帯に送られてきた──メールとその送り主を推察し、即答えに行きつく。
 ……全く、お兄さんは相変わらずここぞって時に鈍感なんですね。──でも桐乃、
さっきの着信音はさすがにどうかなって思うよ……。

 「まあ、あのバカは家だとエ……ゲームしかしないし、今回は許してあげるか。あやせ、
学校終わったら、さっき言ってたお店行ってみよ! あたしもちょっと気になるんだよね」
 「ほんと! じゃあ、約束ね。良さそうなの、何個かもうチェックしてあるんだ」

 わたしは久しぶりに桐乃と一緒に過ごせる事に心から喜んだ。
 ──お兄さんには悪いですけど、自業自得ですからね。代わりに今日はわたしが桐乃と
ずっと一緒にいてあげますから。

 「加奈子はどうする? ロリっぽい子向けのも多分あるっしょ」
 「ロリ言うなって! 気にしてんのによ。でも気になるし行って──いや、やっぱ
止めとく! なんかお腹のチョーシ悪くなりそうだし」

 加奈子はこちらへそろりと視線を向け──正しい答えへと修正する。そうそう、加奈子は
空気を読める子だもんね。

 「残念。それじゃ、良いのあったら後で教えるね」
 「オッケー……それで頼むからヨ」

 桐乃と加奈子のやり取りを聞きながら、わたしは早く放課後がこないかな、と思う。
 そうだ、お店回ったらスイーツショップに行こうかな。あそこは桐乃だったらきっと
気に入ると思うし──ふふ、今から放課後が楽しみだな。




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最終更新:2011年10月13日 22:11