228 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 14:10:55.43 ID:u9/I7VUY0
SS京介&加奈子の受難
「ねえ、本当にブリジットちゃん来るんでしょうね」
「ああ、あやせにしっかり頼んでおいたからな。『桐乃が今後の仕事の幅を広げる為に
キッズモデルと仕事がしたいらしい。だから練習として加奈子と仲のいいブリジットを
誘って来てくれないか』ってな」
俺の答えに満足したように頷く桐乃。てかまだ来てないってのにもう目じり下がってんぞ。桐乃のやつはどんだけ年下の妹系キャラが好
きなんだよ……ったくよ。それよりも──
俺は数日前に、この件であやせに電話した時の事を思い出して身震いする。
『用件は分かりました。加奈子には必ず遂行させますので安心していてください。でも、
桐乃に変な事するのだけは許しませんからね! もし桐乃に何かしたら……』
メインは桐乃がブリジットに会いたいって事だってのに、なんで俺に身の危険が!?
俺は桐乃が暴走しねーように横で見てるだから何も心配いらねーっての。しかし桐乃が
絡んだ時のあやせはマジでこえーよ。これじゃ結婚どころか付き合おうって言っただけでも
海底に開けた穴に沈められかねん……。
まあ、あやせがいるなら加奈子も下手な事はしないだろうし、今日は大人しくしておくか。
そんな訳で俺と桐乃は渋谷のハチ公前にいる。ここであやせ達と待ち合わせをしている訳
なんだが……道行く奴らの視線がどことなく痛い。
ふっ。渋くキメてる俺に見とれているってのか。確かに今日の俺は少し違うんだぜ?
今日は桐乃のマネージャーと言う事で、俺は髪をオールバックにしてスーツを着ている。
「つか、なんであんたそんなカッコしてんの。超似合わないんですケド」
「うっせ。こうしないとお前の兄貴だってバレちまうだろ」
……へいへい。分かってるって。周りの奴らの視線を集めているのは俺じゃない。
俺の隣に立っている桐乃は、いつもより一段と垢ぬけた容姿を見せている。そのせいで
男女問わず注目を集めていやがる。そして桐乃の隣に立っている俺に──特に男が羨望とも
憮然ともとれるような顔を向けて去っていく。最初の頃はそういう視線に納得がいかない
感じもしたが、最近じゃ慣れちまったな。──それにしても桐乃の奴、ここ最近サングラスを
毎回の様に付けてんだよな。普通にかけるんじゃ無く頭の上に付けてるんだが、これが所謂
お洒落用ってやつか。いや……まさか、俺の趣向のせいじゃないよ、な?
「別にバレてもいいじゃん。あたしに何のデメリットもないっしょ」
「そう言う訳にはいかねえんだよ。今日は、お前のマネージャーって事になってんだよ」
「はあ!? なんであんたがマネージャー? そんな仕事あんたにできっこないっての。
大体あんたって空気読めないし、鈍感だしマネージャーに一番大事なとこ欠けてんじゃん」
ありえないモノを見る様な視線を向けて来る桐乃。
「お、お前だって俺の全てを知ってる訳じゃねーだろ! 実は俺には隠れた才能が……」
「ないない。あんたの事を一番見て──知ってるのは妹のあたしじゃん。つかあたしの
ノーパソ使って『妹 仲よくなる 方法』とか『妹 スキンシップ』とか検索してる奴が
言う台詞じゃないよね」
「おま……それ以上は言うな! 言わないでくださいお願いします」
く……それだけは絶対に知られたくない内容だったぜ……お兄ちゃん心で泣いちゃうぞコラ。
てかこいつ、また一時ファイルとやらをチェックしやがったのか。いや、今回はしっかりと
消してあったはず。一体どうやって知ったんだ!?
「……いざという時の為にキーロガー仕込んどいたのよ。パソコン素人の癖に変なとこ
だけ覚えてってる奴がいるからね」
「な……そんなモンあったのか。人類の進歩ってのは恐ろしいぜ」
思わず額の冷や汗を拭う俺──そしてそれをジト目で見て来る桐乃。
……今度調べる時は、キーロガーって奴も消しておかないとな。
「いたいた。うぃーっす! 桐乃──とセクハラマネージャー♪」
「加奈子おっそーい! 随分待ったんだから……ね」
こちらを見つけ、声をかけてきた加奈子に桐乃が答え──俺に怒りの視線を向けて来る。
「セクハラは違うからな! このクソガキが妙な勘違いしてるだけだ」
「ふん。まあいいけど。加奈子はあんたの趣味じゃないだろうし」
桐乃に耳打ちしてやると、釈然としないながらも一応は納得の表情に変わった。
ふう……そう言えば桐乃には加奈子の件について殆ど話してないんだよな。ある意味で
爆弾だらけだから、あんまり話したくないっちゃないんだが……。
「遅れてすまねえ。こいつがあんまりにも支度に手間かけるからヨ」
そう言うと、加奈子は自分の背中を指さす。そこにはブリジットが隠れるようにして
着いてきていた。そういやブリジットって人見知りが激しいんだったよな。
「ごめんなさい……でも、かなかなちゃんのお友達だから、きちんとしなきゃって」
ブリジットは加奈子の背中からそろりと顔を出すと、俺たちの顔色を窺うように答えて来る。
「ブリジットちゃん久しぶり! あたしの事、覚えてる?」
「えっと、お、お久しぶりですっ。高坂……桐乃さんですよね?」
ブリジットに覚えられていた事を知ると、桐乃の表情が一気に輝くのが分かった。
──ったく、さっきまでムスっとしてた奴と同じとは思えねぇ。
「あんた、なんでニヤニヤしてんの。つかキモいっつーの」
「気にすんな。これはいつもの顔だ」
桐乃は言葉とは裏腹に嬉しそうな顔で悪態をついてくる。
素直に嬉しいなら嬉しいって言えばいいのによ。……しかし、あいつの姿が見当たらないな。
「あやせはまだ来てないのか?」
「あやせの奴なら、来れないってよ。用事つってたけどゲリでもしたんじゃね?」
周りを見回しながら問いかけると、加奈子が教えてくれた。あやせが来れないって珍しいな。
あいつなら桐乃が絡むと絶対来ると踏んでたんだが……少し思惑が外れちまったか。仕方ねえ、
加奈子が暴走しそうになったら俺が止めてやるか。
「うへぇ~加奈子腹減っちまった。とりあえず何処か入らね? 店は桐乃に任せるからヨ」
「そうしよっか。じゃあ、いつものスイーツショップでいい?」
「オッケー。腹減ってマジで死にそうだぜ」
桐乃の提案で俺たちはスイーツショップで話す事にした。放っておくと加奈子がのたれそう
だからな……まあ、腹のぷにぷに具合からすれば、少々放置しても良い気はする。
「……おめー加奈子にひでー事考えてね?」
俺に鋭い視線を向けて来る加奈子。何も言ってねえのに感がよすぎんぞオイ。
「お前の気のせいだっつーの」
「相変わらず躾のなってねーマネージャーだよな」
「へいへい。なってなくて悪かったな」
全く躾がなってねーのはお前だクソチビ。今日はオメーのマネージャーじゃないから。
「ま、いいけどヨ。そん代わり今日は奢りだかんな」
「分かってるよ。奢ってやるが腹周りの責任はとらねえぞ」
「それ言うなって! ロリ体系にはマジで切実なんだぜ……」
俺の言葉を聞いて、少し涙目になりつつ横っ腹の肉をまさぐる加奈子。
同じモデルと言っても、加奈子には一生悩殺ポーズは望めなさそうだな。
「加奈子置いてくよ。……後そこのロリコンもいい加減にしろっつーの」
少し前をブリジットと歩いていた桐乃が、振り返るなりそう言い放つ。
「俺はロリコンじゃねえし!」
加奈子のやつがなってねえんだよ! と言いたいがここは抑えることにした。
これ以上言っても桐乃の機嫌損ねちまいそうだしな……とりあえず店までは黙っておくか。
□
俺たち4人は桐乃の行きつけのスイーツショップに入っている。席は俺と桐乃が並んで座り、
加奈子とブリジットが向かいに座るという形だ。今日の桐乃はさすがに『あ、あんたと並んで
座るとかないし……! それじゃカ、カップルみたいじゃん。シスコン極まったあんたとじゃ
いつ襲われるか分かったもんじゃない』なんて事は言いださなかったな。つかいつも言われる
訳じゃないぜ? この前──たまたま混んでて知らないカップルと相席になった時に言われた
だけの話だ。
当の桐乃は、ブリジットとゆっくり話せるとあってとても嬉しそうだった。さっきから
何やら訪ねては、ブリジットの返答に一喜一憂している。
「ねね、ブリジットちゃんってメルルのどんなとこが好き?」
「ええっと……かわいくて、カッコイイ所ですっ」
桐乃の問いかけに答えるブリジットはほんのり頬を赤くして、隣の加奈子を見ている。。
まさかとは思うが、この子はクソガキ──もとい加奈子にそう言う感情あるの、か?
まあ、あやせの桐乃に対する感情もアレだし、女の子同士ってのはよく分からん。──が
「だよね! メルルって最高だもんね! あたしも超好き!」
そう言う桐乃の表情も惚けきってとても人に見せる様な表情じゃない。
おいおい……一応、加奈子にはオタ趣味の事黙ってるんだろ?
そんな様子じゃ加奈子にばれちまうんじゃ──いや、大丈夫そうだな。
加奈子を見ると、さっきからジャンボパフェを食うのに夢中になっていて、周りの事は
眼中に無いようだった。食い物与え続けりゃなんとかスルーできそうだな。
「あたしさ、メルルのDVDとか限定版持ってるんだ。イラスト超可愛い奴!」
「ほ、ほんとですかあ!? わたしも普通のならあるんですけど、限定版っていうのは
高くて買えなくて……だから羨ましいですっ」
桐乃とブリジットは、メルルネタで盛り上がっている様だ。この前偽デートであった時は
人見知りされてへこんでたってのによ。今日の桐乃は本当に楽しそうだ。
──あやせに無理言った甲斐があったってもんだな。
「ふぃ~食った食ったあ」
その声に釣られ加奈子を見る──と空になった大柄な皿が目に入った。
コイツ……あのパフェ全部1人で食っちまったのか!? 確か4人用だった筈だぞ。
「お前……よく全部食えたな」
思わず加奈子に賞賛の目を向ける俺。
「あれくらいどって事ねーよ。つーかまだもう2個は食えるべ?」
「いや……そこは抑えとけよ。一応年頃の女の子だしモデルだろ。仕事出来なくなったら
お前どうすんの」
「そんくらい問題ねーって! 毎日歌とか踊りの練習してるしよ、カロリー消費量も
半端ねえんだぜ? むしろジャンボパフェ2個食ってようやくプラマイゼロって位だって」
偉そうにふんぞり返る加奈子。だがその腹の肉は誤魔化せねえからな。
「しっかしこいつら楽しそうだよなあ。ブリジットの奴が加奈子以外に懐くのって初めて
みるって」
そう言いながらブリジットを見る加奈子は、少し悔しそうに見える。ま、お前の気持ちには
同意するよ。──俺も恐らく同じ気持ちだろうしな。
目を輝かせながら話している桐乃を見て、ブリジットに軽く嫉妬を覚える。
ブリジットは理想的な妹キャラに近いからなあ。エロゲーを、何本もクリアさせられた
俺だけに桐乃の気持ちはよく分かっている。
「なあブリジット、そろそろ違うとこいかね?」
待っている事に飽きたらしい加奈子が、外に出ようとブリジットを促す。
「ん~~かなかなちゃん、ちょっと待ってて下さい。いま桐乃さんとお話してるんです」
──今の加奈子の表情はと言うとだな、言葉に表すと『マジで!? こいつが加奈子の事を
拒否しやがった!?』とでも言いたそうな感じだ。加奈子の表情は、俺が今まで事が無い位
沈んでいる。表情から察するに、ブリジットに何かを断られた事なんて無さそうに見えた。
「おい……加奈子、大丈夫か?」
「んあ……? 加奈子はいつでも元気だって……」
「どう見ても元気じゃねーだろ。つか、これくらいで落ち込んでどうするよ」
「ブリジットの奴が加奈子に逆らうなんて初めてだからよ。いつもはシュショーなんだぜ。
加奈子の言う事にはゼッタイフクジューってのがコイツなんだって……」
言葉の割に全く覇気が感じられない。しかし、意外な所で打たれ弱い奴だったんだな。
しょうがねえ、ここは俺が──
「桐乃、そろそろ出るぞ」
「うっさい。あんたは黙ってて」
──悪いな、俺には無理だったよ。
俺を一蹴すると、再びメルル談義に花を咲かせる桐乃&ブリジット。
ああ……そう言えばオタ話始めたオタクの邪魔すると怖いんだったよね。
とは言えこのまま引き下がるのはさすがに悔しいが……さてどうするかな。
腕を組んで思案する──と、何気なしに目をやった先に加奈子の姿をとらえる。
……そうか、その手があったか!
「なあ、加奈子。モノは相談なんだが……」
「……奇遇じゃんか。加奈子もマネージャーに相談があんだけどさ」
お互い意味ありげな視線を交わし合う俺と加奈子。
「その前にさ、マネージャーって、確か京介って名前だったよな」
「ん……ああ、そうだけど」
突然そう切りだしてくる加奈子。忘れちまってたが、以前、名前を教えてやってたっけな。
「じゃ、京介でいいよな?」
「構わねえが、お前の相談ってなんだ?」
「それはちょっと置いといてさ……」
加奈子は俺にクイクイと手招きしてくる。……なんだ? 顔をよこせってか。
顔を近づける俺に加奈子は耳打ちしてくる。
「京介って……桐乃の彼氏なんだって?」
「ブハッ! おまっ……それどこで聞いた!? つか彼氏って……」
コイツには何も言ってねえし、あやせも言わないはず。一体どこでそんな話を……。
「桐乃はアホだから気付いてないけどさ、桐乃のケータイのプリクラって京介だよな」
なるほど……元凶は桐乃かよ。
「プリクラの事はずっと前から知ってたんだけどヨ。どっかで見た顔だなーってずっと
考えてたんだ。んでさっき会った時にふと思い出した訳よ。ま、半分カマかけたんだけどな」
ちっ……クソガキの誘導尋問に引っかかっちまうとは情けねえ。
俺の表情を見てニヤリと笑う加奈子。この野郎、また余計な心配が増えちまったぞ!
「まあその件は今度使わせて貰うから気にすんなって!」
「気にするわ! つか今度何する気だお前」
「いやぁ~いいサイフが見つかったなあって、テヘ♪」
「可愛く言っても言動が可愛くねーぞコラ!」
そこで表情を改める加奈子。しかし、どんどんドツボにはまってる気がするぞ。
「でさ、さっきの相談なんだけど──こいつ等にちょっと仕掛けね?」
「ほお。俺もお前と同じ事を考えていたんだが──気が合うじゃねえか」
「具体的にはどうするよ」
「まあ内容は簡単だ。この二人にも同じように嫉妬させてやればいい」
俺の計画を聞いて一癖ありそうな表情を浮かべる加奈子。もう立ち直ってやがるし、さっき
まで落ち込んでた奴とは思えねえな。
「んじゃ、こいつ等に負けねーぐらいラブラブなトコ見せてやんべ!」
「おっし! 今回は特例だからな。許せ桐乃……っ!」
まずはそれらしい雰囲気ださねーとな。──俺は店員を呼びつけ、パフェを1つ注文した。
「そうなんだよね! 『めてお☆いんぱくと』のキラッ♪って言うのが可愛くてさあ……」
「ですですっ! わたしも踊り頑張ってるんですけど、難しいです……」
相変わらずメルルの話で盛り上がっている桐乃とブリジット。
ふっ……これを見てもそのまま盛り上がっていられるかな!
「お待たせしましたあ! らぶらぶカップルパフェでぇ~す♪」
メイド服の店員の声が響き渡り、周りの視線が集まって来る。
……そんな大声で叫ばないで店員さん──って、ちょっと待て!
「あんた! なんでこの店にいるんだ!?」
「友達の代わりに来てるんですよぉ♪ 今日は友達がデートなんですぅ」
そう言うと意味ありげな視線を飛ばして去っていく店員さん(メイド服仕様)。
……ここってアキバじゃねえだろ。なんでメイド喫茶のあの人がいるんだ!? てか沙織の
姉さんの知り合いって行動範囲広すぎだろう。
「……今のって、京介の知り合いかよ」
「いや……見なかった事にしてくれ」
肩を落としながら答える俺に、何か言いたそうにしながらも頷く加奈子。
俺だって今のはさすがに予想外過ぎたわ。
「んじゃ始めるか」
「オッケー! 加奈子のシャテイとしての意識を取り戻させてやんよ!」
ちなみに俺が頼んだ、らぶらぶカップルパフェなる代物は、スプーンとストローが共に
一本ずつしかない。つまり食べる為にはお互いで食べさせ合わなくてはならない。
──さすがにストローは二本欲しかったけどな。
「京介、アーンして♪」
加奈子はそう言うとスプーンにパフェを乗せて俺の口に差し出してくる。この野郎……
そうやってると可愛いじゃねえか。決して俺はロリコンじゃねえが、桐乃がメロメロになる
気持ちも分からんでもない。
「旨……オイシイ?」
「ああ。美味いぜ加奈子」
そう言うと頬を少し染めながら両手で顔を覆う。畜生! コイツは俺を萌え殺す気か!?
「今度は、京介からお願い♪」
「仕方ねえな……あーん」
自分で言っててむずがゆくなって来る。だがこれは演技だ……演技なんだ。
俺がスプーンで口にパフェを運んでやると、美味そうに食う加奈子。
やっててなんだが、コイツには演技の素質あるんだなと改めて思った。
「その……美味いか?」
「最高だべ! 京介の想いが伝わってくるし……」
俺に熱いまなざしを向けながら、最高に恥ずかしい言葉を放ってくる加奈子。
しかし恋人同士ってのはこんな恥ずかしい行為を続けなきゃならねえのか……。
「加奈子……今日も可愛いぜ。お前のその瞳に俺は……って痛ぇ!?」
言葉の途中で思い切り頬をつねられてのけ反ってしまう。そちらを見ると……
怒りの炎を目に宿した、わが妹様の姿があった。
ちらっと横目でブリジットを見ると、目に涙を浮かべて加奈子を見ている。
「あんた……一体何やってんの! と言うか、加奈子もコイツに何してくれてんの!」
「かなかなちゃん……わたしはとっても悲しいです」
どうやら作戦は成功したらしい。が、今度は俺の命がヤバい気がする。
「言い訳は聞かないかんね! どう言う事か聞かせて貰うから……」
こりゃマジで怒ってるな。正直に言っても聞いてくれるか分からん。
「あー……今のは、チョットしたお芝居だよ、シバイ」
加奈子がそう言うと、桐乃の怒りが少しだけ和らいだように見える。
「芝居って……どう言う事?」
「それはさあ……」
「加奈子には聞いてない。京介、あんたの口から言って」
桐乃にマジ切れ顔で言葉を遮られ、黙りこむ加奈子。……さすがに今の桐乃に逆らえる奴は
いないだろうな。こうなるとあやせでも太刀打ちできん。
しょうがねえ、聞くかどうか分からんが正直に話すとするか。
「お前ら──桐乃とブリジットが二人だけの世界に入っちまったからさ、少し相手に嫉妬
しちまって──悔しくてやったんだ。俺も加奈子も大切な相手が何処かに行っちまったみたい
に感じて……それでやったんだよ。ただちょっとやりすぎちまった感はあるけどな」
俺の言葉を聞いて黙りこむ桐乃。その表情は何か思案しているようにも見える。
「ふうん……嫉妬……ねえ。あんたがあたしに……へえ」
言葉を途切れ途切れに紡ぎ出す桐乃。その表情が徐々に変わっていく。こいつは──
そうだ、あの時の──ずっと前、俺と桐乃の仲があまり良くなかった頃によく見た表情だ。
だけど俺の感じた雰囲気はあの頃とは違っている。この顔で『キモ』とか言いだす時って
ツンケンした表情ばかりだった中で唯一嬉しそうな顔だった気もする。
桐乃の奴機嫌を直してくれたの──か?
「ブリジット……この通り! 謝るから許してくれって。な?」
「……その……よく分からないんですけど、かなかなちゃんも寂しかったんですか?」
「ん……まあ、チョットだけ、な。それに……加奈子はブリジットのセンパイだかんな」
「えーっと……かなかなちゃんごめんなさい。わたしが悪い事してたみたいです」
隣の加奈子とブリジットもどうやら仲直りがうまくいきそうな感じだ。
逆にブリジットに謝られ、照れくさそうにしている加奈子はまんざらでも無さそうに見える。
少し揉めちまったが、なんとかなりそうだ──。
□
「今日はありがとうございます。桐乃さん、またお話してくださいねっ」
「もちろんだって! ブリジットちゃん、また遊ぼうね!」
ブリジットは桐乃に挨拶をすると、加奈子の元へと走って行った。
疲れたような表情で軽く手を振るとブリジットと並んで歩いていく加奈子。
二人の姿が見えなくなると、桐乃は俺に向き直る。
「つーワケで、あんたには貸し一つね?」
「は? 貸しって何だよ」
いきなりそう言われても訳が分からんぞ。
「……あんたはあたしに酷い事したじゃん」
「いや、それは悪かったって……まだ怒ってんのか?」
「当たり前じゃん。……あたしの前で他の子とイチャつかれて嬉しいと思う?」
「それは……」
幾らお灸を据えようとしたと言っても、確かにやりすぎたよな。桐乃は俺との約束を
守ってくれてるってのに──。
「すまねぇ。さすがに返す言葉が無いわ」
桐乃は、俺を見つめたまま黙っている。やっぱ酷過ぎたよ、な。
「まあ今回は──その、あたしもはしゃぎすぎたトコあったし、一応は、許してあげる」
「……一応?」
「まあね、その代り──」
桐乃はそこで言葉を区切ると、軽く深呼吸する。
「あんたはあたしの傍を絶対に離れない事。何があってもね?」
「傍を──って、その風呂とかもか?」
思わず口に出した言葉に、顔を真っ赤にさせる桐乃。
「な……このヘンタイ! シスコン!」
「お、お前が言ったんじゃねえか!?」
「そう言う意味じゃないっての! ったく……」
桐乃は俺の右隣に並ぶと、軽く腕を絡めてくる。
「お、おま……桐乃!?」
「……さっき言ったっしょ──あたしの傍を離れない事って。だから組んであげてんの
分かった? つかいいから歩く! さすがにボーっと突っ立ってたら恥ずかしいっての」
俺は急かされるまま、桐乃と歩いていく。
──全くよ、お互い素直じゃねえって事か。
「……さっきの言葉、聞こえてたから」
隣を歩く桐乃は、ふとそんな事を言いだした。
「さっきの…って何だよ」
「加奈子にあたしの彼氏じゃない? って聞かれた時、あんた否定しなかったっしょ」
「……お前聞いてたのかよ。なら俺の言う事を聞いてくれてもよかったんじゃねえの?」
そう言うと、桐乃は俺の顔を見──プイっと顔を背ける。
「見れるワケ無いじゃん……その辺察しろっつーの──この鈍感」
「へいへい。んじゃ、どこか寄って帰るか? まだ時間あるだろ」
「そうだね。ならあんたはあたしをしっかりエスコートする事!」
──今日は色々あったけど、こういう結末なら悪くないかも、な。
□
「なあ……桐乃。少し寒気がしないか?」
「……うん。あたしも少し感じてた。この気配ってなんだろう」
-------------
最終更新:2011年10月15日 19:59