51 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/10/27(木) 19:59:28.31 ID:6TO9Glk20
SS二人の新しい旅立ち
「京介、忘れ物は無いわね」
「大丈夫だっての。さすがにそこまで心配される年じゃねえって」
「そう言えばそうなんだけど。あんたって何処か抜けてるから」
「だから、心配し過ぎだっつーの」
心配げに俺を見つめてくる顔から目を逸らし、鏡へと向き直る。
よし、服も髪もOKだな。後は──こいつ、と。
足元に置いていたショルダーバッグの紐を肩にかけ、リビングから出る。その途中、
一瞬だけ足を止めて階上に目をやる。別段なんの変化がある訳でもないが、俺は暫く
階段を見上げていた。
まあ、分かってはいた事なんだけど──な。仕方ねえっちゃねえか。
頭の中に浮かんで来た思いを振り切りって、玄関へ向かい靴を履く。
「んじゃ──行ってきます」
玄関を出る瞬間、微かに──何処かで扉が閉まる音が聞こえた気がした。
□
バスの停留所に着くと、見慣れた顔が最後尾に並んでいるのが見える。
「よう、麻奈実」
「きょうちゃん、おっはよお。今日は早いね~」
「おいおい。さすがに初日から遅れて来るほど俺は厚顔じゃねえぞ」
「えっへへ~」とでも聞こえてきそうな緩い笑顔に少しだけ心が安らぐのを感じる。
「今日からわたし達は大学生だもんね~」
「お前はおばあちゃんだから、試験の文字読むの大変だったろ」
「もお、わたしは老眼じゃないってばあ! きょうちゃんの意地悪っ」
腰に手を当てて、怖さの欠片もない怒りの仕草を見せる麻奈実。
「そうか? おまえの知恵袋には随分と助けられちまったからな。おばあちゃん歴
イコール年齢ってのは伊達じゃねえ」
「ふーんだ。わたしだって、大学で垢ぬけちゃうかもしれないよ?」
ショートボブ気味の髪をかき上げるその仕草には、とても色気が足りない。
「ないない。お前からはどう考えても昼休みに日向ぼっこしてるイメージしかわかねえ」
「うんうん。確かに日向ぼっこって気持ちいいもんねえ」
全く、さっきまでと言ってる事が違うじゃねえか。でも、こう言うのが麻奈実らしいな。
麻奈実には、あいつ──桐乃みたいな事は絶対に似合わないだろう。桐乃は幼い頃から
努力して、ようやくあれだけの容姿を手に入れたんだしな。
「きょうちゃん、どうしたの?」
気付くと麻奈実が俺の顔を覗き込んでいる。
「悪い、少し考え事してた。そういや麻奈実は大学でサークルとか入んの? 高校までは
帰宅部だったよな」
「うーん。どうしようかなあ。気になってるサークルはあるんだけど、ここにもあるかな」
麻奈実は顎に人差し指を当てながら、思案げな表情で答えて来る。
「お前の事だから、茶道とか花道とか日和見辺りじゃないのか?」
「茶道と華道はわかるけど、日和見ってどんなサークルなんだろう」
お前は言葉を真に受けすぎだろう。つかそんなサークルあったらリアリティありすぎんぞ。
真面目に考え込む麻奈実を見ていると、その頭をつついてやろうか等と考えてしまう。
こいつは頭が良いのか悪いのか、たまに分からなくなる。いつも抜けている癖に妙な所は
鋭いからなあ。その癖、普段は抜けているっつか──言ってて分からん様になってきそうだ。
停留所の行列がにわかに慌ただしくなってくる。振り返ると遠目にバスが来るのが見えた。
「バスが来たみたいだぞ。そろそろ現実に戻ってこい」
「むー。日和見日和見……」
「まだ考えてたのかよ!? いいからバスに乗るぞ」
未だに思案顔の麻奈実を引き連れて、俺たちはバスに乗った。
□
「そう言えば、桐乃ちゃんとはどうなったの?」
「いや、えっと……」
バスの振動で軽く揺られていた俺は、その言葉で麻奈実へ顔を向ける。俺を見つめる
麻奈実の視線は真剣なものに見えるが、どう答えるべきか上手い言葉が見つからない。
「その……桐乃ちゃんに言ったんだよね?」
「……ああ。それが俺にとっても一番の答えだと思ったからな」
俺は──去年のクリスマスイブに、俺の部屋で桐乃に俺の本心を打ち明けた。それを聞いた
桐乃の答えは、俺が思っていた事とは全く反対の言葉だった。
『あんたの気持ちは分かった。……でも、あたし達は兄妹なんだよ? どう考えても
誰も味方になってくれない。そりゃ嬉しいけど、現実的に考えたら──やっぱり』
そこで言葉を区切り、桐乃は俺から目を逸らす。
『やっぱり、あたしは受け入れられない。あたしにとってあんたは一番大切だから。
……だから、その言葉を──受け入れる訳にはいかない』
俺は桐乃が答える間、ずっと黙ったままだった。桐乃は何かに耐えるように体を震わせ、
それでも最後まで言いきって──俺の部屋から出て言った。
分かってはいたさ。俺の考えてる事がどれだけ無謀かって事くらいはな。それでも──
世界のすべてを敵に回してでも、俺は桐乃と一緒に居たかったんだ。
俺の告白を聞いた翌日から、桐乃は俺とは口を聞かなくなってしまった。まるであの日──
桐乃の秘密を知る前に戻ったかの様に、俺たちの間は遠く感じられるようになった。情けない
話だが、飯を食う間だけが一番近くに感じられたんだ。だが、その時ですら桐乃は決して俺と
目線を合わせようとはしなかった。
──あれから数ヶ月、再び昔の関係に戻ってしまった俺と桐乃。それでも時間は過ぎていき、
とどまる事は出来ない訳で、俺は当初の予定通りに大学の試験を受け、そして合格した。
「辛いかもしれないけど、桐乃ちゃんにとって、それが正しい選択だったと思うよ」
「ああ、わかってる。だから俺はこうして、ここにいるんじゃねえか」
俺が桐乃に否定された時、自暴自棄にならなかったのは桐乃の事を考えたからだしな。
あいつはそんな事を望んで俺を受け入れなかったんじゃない。俺の事を考えてくれたんだ。
今の俺には予想するしか術は無いが、きっと悩みに悩んだ末の結論なんだろう、と思う。
「なんだか──大人になったねえ。きょうちゃんがすっごく眩しく見えるよお」
そう言う麻奈実の顔は辛そうでもあり、嬉しそうな風にも見えた。
「あのなあ、俺だってさすがに高校生のままじゃねーっての。それに──しっかりと
前を向いて進んでいかねえと、桐乃のやつに申し訳がたたねえ」
「そだね~。桐乃ちゃんだって高校生になるんだし、お兄ちゃんが頑張らないとだよね」
「高校生……か」
今に至るまで、桐乃の進路って教えて貰ってないんだよな。告白して、いい返事が
貰えるもんだとばっかり思ってたから、そのまま有耶無耶で聞いて無かった気がする。
「きょうちゃん、桐乃ちゃんってどこの高校に行くのか知ってる?」
「いや、麻奈実に言われるまで聞いてなかったっての忘れてたぜ」
「きょうちゃんも聞いてないんだ?」
「俺も──って事は、他のやつも知らないのか?」
俺が問いかけると麻奈実は横に首を振る。
留学の時とは違うから、あやせか黒猫辺りには話してるもんだと思ってたんだがな。ふむ。
──となると、また誰にも進路を話してないって事か。お袋も親父もその辺については桐乃に
一任してやがったから、知らない筈だが──まさか、また黙って妙な事考えてないだろうな。
「しょうがねえ。教えてくれるか分からんが、帰ってから聞いてみるか」
知りたいってよりも、正直桐乃と話したい気持ちの方が大きいってのが本音ではある。
──今にしてようやく、あの頃の桐乃の気持ちに気付くとはバカだよな。
たかが数ヶ月、桐乃と話せないってだけでかなり落ち込んでいた時期があった。
──それでも桐乃の声が聞こえるだけで、安心できたんだよな。
まだ桐乃は俺の傍に──手の届く所にいるんだって、そう思えるからさ。
「あ、そう言えばきょうちゃん、今回の新入生の──」『──次は、大学前。大学前です』
麻奈実が口を開くのとほぼ同時に、目的地への到着を告げるアナウンスが響く。
「おっ。着いたみたいだ。麻奈実降りるぞ」
「あ、うん。きょうちゃん置いてかないでえ」
バスに乗っていた殆どの客が入口へと流れてゆく。
その流れに合わせるように、俺は麻奈実と共にバスから降りた。
□
「すげえな。さすがに高校とはスケールが違うぜ」
試験等で数回ここに来てはいるんだが、正式に学生として来るとやっぱり違うもんだな。
大学の正門をくぐり、周囲に目を凝らす。色とりどりの私服に身を包んだ人だかりで
埋め尽くされているせいか、ここが学校である事すら一瞬忘れそうになってしまう。
新入生の歓迎やサークル勧誘などで、上級生も数多く出てきているのだろう。あちこちで
勧誘の声が聞こえたり、大きなプラカードを持って歩いている姿も見られる。
「ほえ。なんだか場違いだね~」
「あほかお前。麻奈実もここに通うんだろうが」
相変わらず少しずれた発言が隣から聞こえるが、実の所、試験は余裕だったらしい。
家で必死になって祈っていた俺とは、さすがに頭の作りが違うんだろうな。
「──せめて一言でもいいから、合格おめでとう位は聞きたかったな」
「きょうちゃん何か言った?」
「なんも言ってねえよ。お前の空耳だ」
辺りでは知人同士の再会を喜び合う声や、新入生を勧誘しようとするサークルの声が
響き渡っていて非常に煩い。俺達もさっきから何度も呼びとめられては断る、なんてのを
繰り返しているありさまだ。
その手のお店の呼び込みにも劣らない熱心さを感じるが──おっと、勘違いしそうな
奴がいそうだから言っておくが、俺は一度もそう言うお店のお世話になって無いぜ。
──単に俺の愛読書にそれらしい事が載ってあったりするだけの事だ。
「き、きょうちゃん。どうしよう、なんか人がいっぱいだよお」
隣を見ると、オロオロしている麻奈実の姿が目に入る。
「少し奥にいくか? あっちはまだ静かそうにみえるぞ」
俺は奥に見える人のまばらな空間を指さす。すでに疲れた表情の麻奈実が目で訴えて
来たので、俺たちは人気がやや少ない場所へ移動する事にした。
「ふう……さすがに人が多いね~。でも、ここまで騒がしいと思わなかった」
「まあ今日だけだろうし我慢しろって。入学初日から参っちまってたら持たねえぞ」
「年にはきついんだって。きょうちゃんおぶって~」
珍しくわがままを言い出す麻奈実。頬を膨らませて駄々っ子モーションを発動させている。
「悪いな。俺の背中は予約済みなんだ」
「もうっ! きょうちゃん酷い」
お前はここじゃ一番年下の部類だろう。つか麻奈実より田村の婆ちゃんの方が元気なんだが、
まさか……中身も反対だったりしねえよな。
田村家は何気に謎が多い。あの家で七不思議を探せと言われたら、その倍は見つかるだろう。
「そうだ、きょうちゃん。さっき言おうとしてた事なんだけど、今日の新入生の中に少し
変わった人もいるらしいんだって~」
「変わった人って外国人とかか? それなら別に珍しくもないだろ」
「え~っとね。そう言うのじゃなくて、なんだろう。特待生? なんだか凄く賢いとか
スポーツが出来るとか、とにかくすご~い人が入って来るって言ってたよ」
聞いた感じじゃすげー奴なんだろうけど──妙に親近感が湧くのはなんでだろうな。
「そいつは凄えんじゃねえか? ま、どっちにしても俺には関係ねえ」
天才なんてのは桐乃一人で十分な話だ。とは言っても桐乃の場合は天才なんてもんじゃ
ねえけどな。あいつはそんなちっぽけじゃない。天才なんてもんより遥かにすげえよ。
「この大学で二人目なんだって。お店の常連さんに、ここの非常勤講師をしてる人が
いるんだよね~。その人が言ってたんだけど──でも、他にも変な事言ってたよ~」
「近所のおばちゃんの世間話ってのは、何でもネタになるもんだ」
「もう~。またおばあちゃん扱いするっ」
そりゃ、おばあちゃんはおばあちゃんとしか扱えねえって。
ぶんぶん両手を振り回す麻奈実から視線を外して、人ごみに目を向ける。──すると
さっきまでとは違ったざわめきに包まれているのに気付いた。
聞こえてくる声は男の声ばかりなんだが、ケンカでも始めやがったのか?
「なにか催し物でも始めたのかな~。きょうちゃん、見に行ってみる?」
「そうするか。ここでボケっとしてても仕方ねえしな」
声がする方角へと歩いて行くと、ざわめきがどんどん大きくなっていくのを感じる。声の
感じからすると、そうだな──転校生が女、しかも美少女だと分かった時の男子の勝利の
雄たけびに近いって感じか。この大学にいるミスなんとかでも現れたのかもしれん。
「きょうちゃん、気になるの?」
「──こればかりはどうしようもねえ。男の性ってもんだ」
男の群れをかき分けて進んでいく俺と麻奈実。しかし異様な密度の高さになかなか進めない。
……こいつら密集しすぎだろ! まるでカミソリ入れる隙間もねえって言う、どこぞの
石垣みてーな集まり方だぞ。この前乗ったピーク時の山手線の方がマシに思えてきたぜ。
苦戦しつつも少しずつ歩を進めていくと、男の声に混ざって僅かだが女の声が聞こえてくる。
「──っての! もう、前に進めないじゃん」
こんだけ男が集まってくりゃ、さすがに大変だろうな。……しかし、なんか何処かで
聞いた声なんだが──さすがに俺の気のせいか。
「きょうちゃあん……もう、だめえ」
後ろを振り向くと、麻奈実が群れに埋もれていた。
このままだと麻奈実がこいつ等に潰されちまう……! 何処か壁の薄い場所は──。
一瞬考えた俺は、強引に群れをかき分けて人の少ない方──声がする側へと抜け出す事に決めた。
「麻奈実、もう少しだけ我慢しろ! ──ってか、どきやがれえぇぇぇぇ!」
気合を入れながら歩みを進めた俺は、最後の壁──目の前の男達を無理やりかき分けて飛び出した。
途端に今までの圧力が無くなり、ほっと一息をつく。麻奈実は──大丈夫か。
後ろを振り返り、息も絶え絶えながらに着いてきていた麻奈実の無事を確認する。
……しかし、一体どんなやつが来てやがったんだ? この辺にいるんだよな────って!?
「き…………桐乃?」
「──っ!? こ、このっ……! ようやく見つけたっての」
男の群れに囲まれていた女は、俺が誰よりも一番知っている存在──桐乃だった。
何となく違和感を感じた気がしたのは、いつもの垢ぬけた私服とは違って、大人しめな
雰囲気を感じたせいだろう。
呆気にとられたままの俺の側に、ゆっくりと歩いてくる桐乃。
「おま……その、何やってんだ? ここは大学で──お前も入学式のはずだろ」
「何言ってんの。今日からあんたと一緒だから。その、宜しくね」
「一緒って──ちょ……よく分からんぞ!? 大体お前がなんでいるんだ?」
桐乃は「ふぅ」とため息を一つついて俺の前を見上げて来る。
つーか俺には全く状況がつかめねえ。桐乃はまだ15歳で今年から高校生のはずだろう。
──それがなんで俺の前にいて、しかも一緒ってなんだよ!?
「だからあ、京介と同級生になるって事」
「それが意味分からんと言ってんだよ!? お前、まさか……ずっと年を誤魔化してたのか?」
「ったく、あんたばかじゃん。あたしは京介の知るあたしだっつの。──その、さ」
そこで言葉を止めると、桐乃は俺の顔を真剣な表情で見つめて来る。
「陸上の件でずっと前から幾つかの大学に声をかけられてたんだ。国内でなら高校生を
相手にしても引けを取らないって言われてたしね。でもそれは、高校を卒業してからの話。
だけど、あたしは待てなかった。──陸上よりも何よりも、京介の傍にいたかったから」
桐乃の告白を聞きながら、俺は今までの事を思い返していた。
そう言っても桐乃はあの時に俺の告白を断ったじゃねえか。兄妹だから一緒にはなれない、と。
「ここの大学に入るのは分かってたし、落ちる事も無いだろうって思ってた。だって──
麻奈実さんが見てあげてる訳だし、あんたは元々バカじゃないから。それで、あたしはダメ元で
ここの大学に聞いてみたんだ」
「聞くって……何をだ?」
「本来なら、あたしは高校生であって入れる訳無いじゃん。でも、飛びぬけた評価が
あれば特例として、飛び級での入学が出来るって事を教えて貰ったんだ。この大学でも
何年も前にあった事実と、あたしが陸上で声を掛けられていた事もあって、飛び級の事も
結構すんなりと認めてくれたよ。それでも、凄く難しいってのは分かってたから半年近く
勉強とか必要な事を集中してやろうって決めたんだ。あの時──イブの日の京介にそれを
言えなかったのは、言ってしまえばきっと──また無謀な事するだろうって思ったから」
そうか……桐乃は頑張る為にまた、自分に足かせを付けてやってたって事なんだな。
クリスマスイブの日の桐乃を思い出すと、自分自身を殴りたい衝動に駆られる。
俺はまた自分の事ばかり考えちまって、桐乃をしっかり見てなかったってのかよ。
「京介が苦しむのは違うってば。これはあたし自信が考えた結果なんだし」
「バカ野郎! それでも、俺は──!?」
言いかける俺の口を、自分の口でふさぐ桐乃。数瞬の後、温かな感触を残して離れていく。
「お前……何を!?」
「言ったじゃん。あたしが考えた結果だって。あんた──京介もずっと考えて、苦しんで
それでもあたしを選んでくれた。だからこそ、あたしはそんな京介に甘えるだけの関係には
なりたくなかったんだ。ずっと道理を無茶で通してきてくれたんだから、今度はあたしが
あんたに応える番だって──そう思ったんだ」
──俺の体に軽い重みを感じる。気付くと桐乃が俺に抱きついてきていた。
俺は自分の意志の赴くままに、桐乃の体を抱きしめる。
……すまねえ、もう我慢しろって言われても、到底無理な話だ。
「お父さんにもお母さんにも話した。怒られるかなって思ったけど、薄々気付いてたって
言われちゃった。お父さん達も色々考えてたみたいだけど、あたしの考えが変わらない事を
知って──おまえの好きにすればいいって。なんだかんだ言ってお父さんさ、あたしを
傍に置いときたいみたい。『京介と一緒なら、ずっとここにいるんだろう?』って言われた」
あの堅物親父は、分かってて言ってやがんのか。俺たちは兄妹なんだぜ。それでも、俺達を
許してくれるって──そう言うのかよ。
「……帰ったらあんた、絞られるかもしんないケド」
まあそうだろうな。俺まであっさり許されるとは思ってねえよ。それにしても──
大学入学初日だってのに、一体何やってんだ俺たちは。て言うか、何か重要な事を
忘れている気がするんだが──────そういや俺って一体どこにいたっけな。
「きょうちゃん、ラブラブだね~。公衆の面前でそんな事しちゃうんだ」
「……へ? ってちょっとおま……麻奈実も見てたのか!?」
「わたしもって言うか、いっぱいいるよ~。二人とも幸せそうで羨ましいなあ。
──悔しいけどきょうちゃんと桐乃ちゃんは、やっぱり一番似合ってるよ~」
茶化すような麻奈実の声は、途中から喧騒に飲み込まれてよく聞こえない。
周りを見ると嫉妬に狂った男の群れに加えて、キャーキャー騒いでる女の姿も見えた。
何なんだこの全米が喜びそうな公開処刑は!? 桐乃は──って気絶してやがる!?
クソっ! 出来れば全て忘れて現実逃避したい位だぜ畜生!
──全てつっても桐乃の件以外の事な。
──その後、俺たちは祝福の声やら呪詛の声やらに囲まれて半日以上過ごすこととなった。
大学に入ってのそれから──桐乃が当然のようにミスコントップを取った事や、彼氏付き
にも関わらず桐乃親衛隊なるモノが作られた事、毎日の如く現れる謎の黒髪幽霊の噂の話は
いずれ語る事になるだろう。
今はとりあえず──桐乃との新生活における第一歩を踏み出せた事に感謝しておこうと思う。
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最終更新:2011年10月28日 12:16