873 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/11/01(火) 01:06:19.84 ID:xPICIaKf0
【SS】田村屋さんの『はろうぃんふぇあ』


「いらっしゃいませ~」
わたしは田村麻奈実。
田村屋って和菓子のお店で売り子をしてるんだけど、
今日は『はろうぃん』だから、魔女の格好をしてるんだよー。
きょうちゃんにも
「相変わらずおまえはその格好が似合うな。
 地味で古風な魔女って感じだぜ」
って褒められたんだよ。
えへへ~。
「これください!」
お店に来た、あにめに出てくる女の子の格好をした、小さな女の子がかぼちゃのお菓子を指差す。
「これだね?
 130円だけど、仮装してるから30円引きで100円だよ」
田村屋は『はろうぃんふぇあ』の最中だから、仮装してお店に来ると、なんと全品30円引きなんだ~。
「はい!100円!」
わたしはお金を受け取り、かぼちゃのお菓子を包装して女の子に渡す。
「それと、これはお姉ちゃんからのさーびすだよー」
女の子に黒砂糖の飴玉を一つ渡してあげる。
「わーい!
 ありがとう、お姉ちゃん!」
「気をつけて帰るんだよ?」
手を振って女の子が出て行くのを見送る。
『はろうぃんふぇあ』のおかげか、今日はお客さんが多い。
「去年はきょうちゃんが手伝ってくれたんだよね」
去年はきょうちゃんが雑用を手伝ってくれたから楽だったけど、今年は桐乃ちゃんと約束があるからって断られちゃった。
きょうちゃんは今頃桐乃ちゃんと仲良くやってるのかな?

ガララ

そんなことを考えてると、次のお客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ~
 って、きょうちゃん!?」
扉を開けて入ってきたのは、きょうちゃんと桐乃ちゃんだった。
「よう麻奈実。繁盛してるか?」
「……久しぶりだけど、全然変わってないね」
きょうちゃんは片手を上げて私に微笑みかけ、桐乃ちゃんは店内を懐かしそうに見回している。
「う、うん。ふぇあのおかげでいっぱいお客さんが来てるよ?」
きょうちゃんが桐乃ちゃんと一緒に来たのも驚いたけど、でもそれよりも―
「ね、ねえきょうちゃん、その格好どうしたの?」

きょうちゃんは『すーつ』姿、桐乃ちゃんはなんと『うぇでぃんぐどれす』姿だったんだ!

「ああ、この格好か。
 今日は桐乃と一緒にハロウィンのイベントに行ってきてたんだよ。
 黒猫とかといっしょにな」
「そ、そうだったんだぁ。
 でも、なんですーつなの?」
すーつって仮装じゃないよね?
「そ、それはだな……」
きょうちゃんが言いよどんでいると、桐乃ちゃんが隣から、
「このバカ、あたしのコスばっか気にして、自分がコスプレしないといけないこと忘れててさ。
 急遽あたしが見繕ってあげたの」
桐乃ちゃんのことばかり考えて自分のことを忘れるなんて、きょうちゃんは相変わらずだね。
「でも、それでなんですーつなの?
 きょうちゃんはなんの仮装をしてるのかな?」
髪を後ろに流して、すーつをばっちりと着こなしてるきょうちゃんは確かに格好いいけど、
それだけで仮装になるのかなあ?
「ちっ。見てわかんないの?」
桐乃ちゃんはそう言うときょうちゃんの横にぴたりと寄り添う。
「おい、桐乃!
 またするのか?」
「だってこうしないとわかって貰えないでしょ?」

桐乃ちゃんは慌てた様子のきょうちゃんの腕を引っ張ると、そこに抱きついた。

「きききき、桐乃ちゃん!?」
え?え?え?なんで桐乃ちゃんがきょうちゃんと腕を絡めるの?
「ちっ、ニブいなぁ。
 まだなんのコスプレかわかんないの?」
桐乃ちゃんはきょうちゃんの腕にしがみつきながら、真っ赤な顔でわたしを睨みつけてくる。
その様子を見て、わたしの脳裏に一つの答えが浮かんだ。
「も、もしかして……


 花嫁さんと花婿さん!?」


「せーいかーい!」
桐乃ちゃんが嬉しそうに言う。
「何の用意もしてなかった俺が悪いんだけどよ、流石に無理やりすぎるだろ?
 イベント会場でも、あんた一人だと誰もわからないからって、ずっと一緒に腕組むことになったんだぜ」
きょうちゃん、相変わらず桐乃ちゃんに振り回されてるみたいだねー。
でも、そう言うきょうちゃんは恥ずかしそうだけど、満更でもないみたい。
「うーん、はじめはわからなかったけど、そう言われると花嫁さんと花婿さんにしか見えないね」
「そ、そうかな?」
「うん。きょうちゃんのすーつ姿も格好いいけど、桐乃ちゃんのどれす姿もすっごい綺麗だよー。
 二人ともお似合いだねー」
「……あ、あたりまえじゃん」
桐乃ちゃんが俯きながらぽつりと言う。
桐乃ちゃんも相変わらず遠回りに甘えてるんだね。
「でも、すーつ姿で花婿さんはやりすぎだと思うよ?
 『たきしーど』姿とかできなかったのかな?」
「し、仕方ないじゃん!美咲さん、服を用意してくれそうな知り合いにも連絡つかなかったんだから。
 だから、あいつに合わせるためにあたしもウェディングドレス着ることになっちゃったの!
 せっかく他に可愛いの用意してたのに……」
う~ん。
桐乃ちゃんの言うこと、少し嘘が混じっている気がするんだけど……
きょうちゃんもいるし、あまり追求しない方がいいよね?
「そ、それに!ただスーツを着せただけじゃないんだから!
 ほら、京介も左手出して!」
桐乃ちゃんはきょうちゃんに絡めてた腕を解くと、左手できょうちゃんの左手を掴みわたしの方に突き出してきた。
「ほ、ほら!
 これでちゃんと新郎新婦だってわかるでしょ?」

そう言う桐乃ちゃんと、照れて赤くなっているきょうちゃんの左手の薬指には、お揃いの指輪が嵌められていた。

「ええええええーーーー!」
それって結婚指輪だよね!?
「この指輪どうしたの、きょうちゃん!」
「イベント会場に行く前に渋谷に行ってな、桐乃に買わされた」
桐乃ちゃん、相変わらず『あぐれっしぶ』だね。
「綺麗な指輪だけど、高くなかったの?」
「買わされたって言っても、こいつが買ったのはあたしの分だけで、こいつの分はあたしが買ってあげたんだからね。
 それに一つ三万円くらいのヤツだし」
三万円てすっごい高いと思うんだけど……
「桐乃のヤツ、こういうのは完璧にこなそうとするからな。
 まあ、ハロウィンフェアのおかげで仮装中なら20%OFFだったから幾分かマシだったけどな。
 ……その代わり桐乃とのツーショット写真取られたけどよ」
まったく、あの姉妹はロクな事しやがらねえ、ときょうちゃんが呟く。
そのお店の店員さん、知り合いさんだったのかな?
それにしても、桐乃ちゃんはすごく上手くやってるなぁ。
わたしもあやせちゃんも見習わないと。
「ねえきょうちゃん、きょうちゃんと桐乃ちゃんの仮装はわかったけど、
 どうしてその格好のままわたしのお店に来てるの?」
「あーそれはだな、帰りに田村屋でハロウィンフェアやってるって言ったら、
 桐乃がせっかくだしこのまま行ってみようかって言い出してな」
「きょ、きょうちゃんも桐乃ちゃんも恥ずかしくなかったの?」
わたしなら恥ずかしくて死んじゃいそうなんだけど……
「俺はただのスーツだから恥ずかしくなかったぜ。
 仮装してるヤツもそこそこ見かけたしな」
「あたしは恥ずかしかったけど、この服なら仕事の宣伝にもなるし別にいいかなって。
 ……あの時と比べたら随分マシだし」
「そ、そうなんだー」
あの時って、きょうちゃんが自転車に乗って桐乃ちゃんを迎えに行ったって時の事かな?
二人とも、多分恥ずかしさが麻痺してきちゃってるんだね。
「なあ桐乃。せっかく来たんだし何か買っていこうぜ」
「そうだね。
 あたし和菓子のお店に来るのは久しぶりかも」
きょうちゃんと桐乃ちゃんがでぃすぷれいを覗き込んでくる。
「うわぁ!
 和菓子ってもっと地味な印象だったけど、結構可愛いんだね」
「田村屋の腕は凄いんだぜ。
 ほら、これとかおまえ好みじゃないか?」
きょうちゃんと桐乃ちゃんが和気藹々と和菓子を眺める。
……昔のことを思い出すなぁ。
前みたいに桐乃ちゃんと仲良くなれたんだね、きょうちゃん。
「お父さんとお母さんはこれとこれにして、あたしはこれとこれどっちにしようかな?」
「両方とも買えばいいんじゃねえか?
 せっかく割り引いてもらえるんだからよ」
「でも二つも食べたら太っちゃうし……」
「おまえは痩せてるんだから平気だろ?」
「はぁ?あたしはモデルなの。
 これでもちゃんとウェイトコントロールしてるんだからね」
「へいへい。
 それならこの二つを買って俺と分けようぜ。
 それなら問題ないだろ?」
「う~ん。それでいいか。
 でも、飾りは両方ともあたしのだからね!」
決まったみたいだね。
「じゃあこれとこれとこれとこれでいいのかな?」
「ああ」
「それじゃあ、割引して600円だね」
「ほらよ」
きょうちゃんからお金を渡され、れじにしまう。
「すぐ包むからね」
きょうちゃんと桐乃ちゃんに選んでもらった和菓子を丁寧に包んでいく。
えへへ~。わたしの作ったお菓子を選んでもらっちゃった。
美味しいって言ってくれるといいなあ。
明日感想を聞かないと。
「やっぱりこっちの方が良かったかな?」
桐乃ちゃんがでぃすぷれいを覗き込みながらぽつりと言う。
あ、桐乃ちゃんが気にしてるのもわたしが作ったやつだ。
「また今度買いに来ればいいだろ?」
きょうちゃんが桐乃ちゃんの腕を引いてでぃすぷれいから引き離す。
「そうしてくれると嬉しいなぁ。
 また桐乃ちゃんにも会えるしね」
わたしはそう言い、和菓子の入った箱をきょうちゃんに渡す。
「……今日のが美味しかったら、また来てあげる」
桐乃ちゃんがぶすっとした顔で言う。
「桐乃ちゃんが選んでくれたのはわたしが作った自信作なんだー。
 だから、きっと美味しいと思うよ?」
わたしが作ったお菓子を美味しいと思ってくれて、何度もお店に来てくれるようになったら、
それは凄い嬉しいな。
「……ねえ、もう行こ」
桐乃ちゃんはきょうちゃんの袖を引くと、するりと腕を絡めた。
「そうだな。
 麻奈実、仕事頑張れよ」
きょうちゃんはもう片方の手に和菓子の入ったしっかりと箱を持つと、わたしに背中を向けた。
「うん。きょうちゃんもこれから頑張ってね?」
「?」
きょうちゃんはわけがわからないといった方に肩越しにこちらを少しだけ見た。
多分きょうちゃんはそのままの格好で家に帰っておじさんに色々聞かれたり、
桐乃ちゃんに変に甘えられたり、半分こした和菓子を桐乃ちゃんに『あ~ん』する事になると思うんだけど、
多分それは言わない方がいいよね?
「あ、そうだ、桐乃ちゃん!」
わたしは店を出ようとした桐乃ちゃんを呼び止める。
「なに?」
桐乃ちゃんは不機嫌そうにわたしの方を振り返った。
「これ、さーびすだよ。
 桐乃ちゃん、たしかこのきゃんでぃー好きだったよね?」
かうんたーから出て、桐乃ちゃんにいちごみるくのきゃんでぃーを渡す。
「あ……うん」
桐乃ちゃんは素直にそのきゃんでぃーを受け取ってくれた。
「その……ありがとう、まなちゃん」
ほとんど聞こえないくらいの声で、桐乃ちゃんがぽつりと言う。
「えへへー。
 どういたしまして。
 それじゃあ気をつけて帰ってね?」
「ああ。それじゃあまた明日な」
帰るきょうちゃんの背中を見送る。
「……桐乃ちゃん、変わってなかったなぁ」
かうんたーに戻り一人呟く。
わたし、桐乃ちゃんに避けられてるみたいだから心配してたけど、桐乃ちゃんは昔のままなんだね。
ちょっと安心したな。
昔あんなことがあって、それから桐乃ちゃんときょうちゃんの仲が悪くなっちゃったから心配してたんだけど……
でも、これからは桐乃ちゃんともっと仲良くなれるよね。
それにしてもきょうちゃん、相変わらず桐乃ちゃんに甘いなぁ。
これからも「せっかく桐乃に貰ったものだから」って言ってあの指輪を毎日つけそうだけど、
それはさすがに考えすぎかな?
きょうちゃんと桐乃ちゃんが仲良くなるのは嬉しいんだけど、最近ちょっと行き過ぎなんじゃないかって思う。
「……きょうちゃん、最後は誰を選ぶんだろう」
目先の答えだけじゃない、最後の答え。
きょうちゃんは黒猫さんを選ぶかもしれないし、あやせちゃんを選ぶかもしれない。
わたしの知らない誰かかもしれないし、その……わたしを選んでくれるかもしれない。
あるいは……桐乃ちゃんを選ぶかもしれない。

ガララ

きょうちゃんが誰を選んでも、わたしはきょうちゃんが幸せになれるように頑張ろう。
そう改めて決意しながら、わたしはお店に入ってきた黒猫の格好をした可愛い女の子に笑顔を向ける。

「いらっしゃいませ~」



-END-




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最終更新:2011年11月01日 06:00