779 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/11/06(日) 11:18:10.65 ID:o/EE49CJ0
SS消えない絆


「すげ、あれ見てみろよ!」
「何あれモデル!? 綺麗だしすっごく背が高いし」

先程から色々言われている様に感じるのは、私の気の所為でしょうか。
ふぅ……さ、さすがにこの姿で動き回るのは恥ずかしいですわ。
とは言え皆さんと約束をしてしまった手前、撤回する訳にはいきませんものね。
それにしても──何故私はあのような約束をしてしまったのでしょうか。
先日の事を思い出しながら自問自答してみる私。確かに自分で変わりたいとは常々思ってはいます。
が、これでは──唯の見世物ではないですかっ!

今日の私はいつものオタクスタイルでは無く、私が通う某私立中学の制服で来ております。
その理由は、数日前──きりりん氏の言葉が発端となっての事でした。

                    □

何時もの様に、私は黒猫氏と一緒にきりりん氏の部屋でくつろいでおりました。
最近は何かしら空いた時間があると、ここに集まっている様な気がします。

「そう言えば、あたし達って結構長いよね」
「言われてみれば……もう一年以上になるでござるか」

ふと口を衝いて出たきりりん氏の言葉に、少しばかり懐かしさを覚えます。
確かに初めて会った時は、こんなに長い関係になるとは正直思ってはいませんでしたものね。
そしてきりりん氏や黒猫氏、京介氏と出会う事で私も大きく変わる事が出来ました。
姉や姉の友人の真似ごとをして、あがき続けていた私。
作り上げた関係が幻想の如く崩れるのをいつも怯えていた私。
あの頃に比べると、今の私の姿も見違えるような進歩だと思えるでしょう。
昔の──私を知る人ほど、きっとそう思うに違いありません。

「同感だわ。気の長い私で無ければ、常識外なあなた達とは合わなかったでしょうね」
「はあ!? ヒキ猫がなんか言ってるけどさあ、そこは引きこもりを連れ出してやってる
あたしを褒めるべきじゃない? あたし等がいなかったら今でもヒッキーまっしぐらっしょ」
「ヒキ……! あ、あなたは何か勘違いしているみたいだけど、私は引きこもりではないわ。
崇高な計画を成就するために人間界に舞い降りた闇の世界の住人なのよ」
「はいはい。と、ついでにそっちのクッキー取って」
「ベッドに寝転がりながら食べるなんて、行儀が悪いわよ。彼が見たらどう思うかしら」

黒猫氏が呆れ顔をしながらもクッキーの載ったお皿をベッドの側へと持っていくのが見えます。
クッキーのお皿を置くと、黒猫氏は再びノートパソコンの前に座りマウスを操作し始めました。
覗き込むとグーグル先生が表示されていましたので、調べものでもしているのでしょう。
何だかんだ言っても──この二人は仲が良いんですわよね。
傍からはいつも言い合いばかりしているように見えて、その実はお互いを理解し合っている。
お二人とも、私が求めてやまないものを持っていて──とても羨ましい限りですわ。

「……別にこんなの普通じゃん。畏まって『ヒキ猫ですわ』なんてやってらんないし」
「だから私は引きこもりでは無いって言っているのよ。それ以前に……あなたには大事な物が
欠け過ぎて見てられないわ。そんな事で京介──『兄さん』の相方が勤まるのかしら?」
「あ、相方とか訳分かんないし! 大体あいつは超シスコンなんだから、相手になるのは
あたししかいないの。それが世の条理ってものなの!」
「ふっ。世間の常識と照らし合わせるなんて負けを認める様なものよ。あなたが負けを認めるなら
遠慮なく彼は頂いて行くわ。そうね、骨くらいは拾ってあげてもいいかしら」
「くっ! ヒキ猫かと思ったらエロ猫の間違いだったか。それ以前にあたしは負けてすら無いっつーの!」

剣呑な視線をぶつけ合うきりりん氏と黒猫氏。
普通なら助け船を出す場面と思われそうですが、この状態は少し違う気がするんですわよね。
私のKYセンサーが言うんだから間違い無いですわ。とは言っても何らかの進展はして貰わないと困ります。
お二人──と言うよりはきりりん氏にですけどね。
黒猫氏はそれを分かっていて挑発している、と言うのは最近分かった事です。
黒猫氏は京介氏──つまりきりりん氏のお兄様と別れた後もちょっかいを出してはきりりん氏と今の様に
言い合いをしているのですが、何故ちょっかいを出すのか、その意図までは話して下さらないのです。
「これは私とあの女との問題だわ。幾らあなたでも教える理由は無いの」と冷たく言われて
さすがに「この女、私を舐めるんじゃないですわよっ」等とはしたない思考が過ったりも
しましたが、あれも黒猫氏なりに私を気遣ってくれての言葉なのでしょう。
私の精神力がそれほど強く無いと言うのは、目の前の二人も知る所ですから。

さて、どうしましょうか──私の前では未だに睨みあいを続ける二人の姿が映っております。
思考を円滑にする為、クッキーを一口頬張り──あ、意外とイケますわね──考えながら視線を
左右に動かしていると、ある物が目に留まりました。
むむむ、これは結構使えそうですわね。……ふむふむ……今週の土曜日と……いい感じですわ。

「きりりん氏──それに黒猫氏も一旦落ち着くでござる」

私の一言で、二人の注目が集まったのを確認すると、おもむろに咳を一つしてみせます。

「……何よ沙織。いまこのクソ猫と大事な話をしてる途中なの」
「分かってるでござるよきりりん氏。ただ拙者の話もとても重要なのですよ」

私はきりりん氏を制し、黒猫氏が触っていたノートパソコンの画面をを二人に見える様に
動かすとマウスに軽く手を添えて操作しました。

「あ……沙織それは」
「むっふっふ。黒猫氏、拙者が先に見つけてしまい申した」

黒猫氏が調べていた画面に表示されているのはグーグル先生の検索表示の結果一覧です。
ちなみに検索ワードには『兄妹の様な関係 恋愛』等と入力されていたのがチラっと見えましたが
……この場はスルーしておくのが賢明と言えましょう。
私はマウスを操作して画面の矢印ポインタを動かし、検索結果の一番下に表示されていたもの
をクリックすると、とあるサイトが表示されました。

「何これ────って、ちょ、ちょっと待った! こんなイベントあんの!?」
「ふふん、きりりん氏どうでござるか? 中々に楽しそうでござるよ」

画面に表示している『SHIBUYA109特別企画。兄妹感謝イベント開催予定』の内容を
食い入るように見つめるきりりん氏。
イベントはと言うと、仲の良い兄妹(もしくは姉弟)をターゲットにした催し物の様でした。
それだけならきりりん氏を動かす事は出来なかったでしょうけど──イベントタイトルの横に
大きく表示された『星くずうぃっちメルル イベント限定アクセサリー参加者全員進呈』の
一文がきりりん氏の心を完全にとらえた様です。
ここぞと言う場面でクリティカルを放ってくる──やはりグーグル先生恐るべしっ、ですわ。

「今度の土曜日かあ。確か京介も予定はない筈なんだよね。帰ったら聞いてみようかな」

京介氏の部屋がある方向を見ながら思案顔でつぶやくきりりん氏。

「あなたの事だから強制かと思ったのだけれど、少しは進歩しているのね」
「なーんか言い方引っかかるんですケド。あたしだって押しつけてばっかじゃないって」

二人のやり取りを聞いてるだけで、成長しているのが分かりますわ。以前のきりりん氏なら、
問答無用で京介氏を引っ張りだそうとしていましたけど……。
何と言うか不思議な感じですわね。人の成長を間近で垣間見ると言うのは、あの頃の──姉に
振り回されていた頃の私では決して見る機会なんてありえないはずでしたから。
人と共に、笑ったり泣いたりして、そして成長してゆく。一見、当たり前に見える現状は昔の
私にとって、きっと夢でしかなかったのでしょう。過去の私にとっての成長とは、幸せな時間
との決別でしかありませんでしたから……。
むーなんだか妙に感傷的になってしまいました。それと言うのもきっと今、この時間がとても
幸せだと思えるせいなのでしょうね。

「参加資格が制服着用らしいわ。学生限定のイベントって訳ね。学生の色ボケ兄妹限定なんて
イベントをやる様じゃ渋谷も地に落ちたって事かしら」
「いやいや──イベントは真っ当な兄妹向けでござるよ。どこぞの兄妹を基準にするのはちと
間違いではないかと」
「くっクソ猫はともかく沙織まで……!」

黒猫氏の間違いを正す私を見てきりりん氏が肩を落としているのですが……私は何も間違って
おりませんよね?

「ではきりりん氏、結果報告を楽しみにしているでござるよ」
「まだ行くって言って無いってば──そりゃ行きたいけど。てか二人!? そ、それはダメ!
 あたしの身に危険が迫ったらどうすんの!」
「な、何を言ってるでござるか。仲睦まじい兄妹でイベントに参加するだけの話でござろう。
それに拙者らが同伴しても邪魔にしか……」
「そうだ! あんたらも来るの。それなら問題ないっしょ。──いきなり二人で……なんて、
気持ちの整理が……もし迫られたら……」
「きりりん氏。きりりん氏──ダメでござる。意識がここに非ず、と言う感じですな」

時々身を悶えさせながら何やらつぶやいてるきりりん氏と、見てはならない物を見てしまった
感じの黒猫氏を前に腕組みをしつつ考える私。
一緒にいてもお邪魔かと思ったのですが……どうも背中を押す相手が必要なようですわね。

「拙者は別に構わないでござるが──黒猫氏は如何でござるか?」
「しょうがないわね。私がいる事で邪魔にしかならないとは思うのだけれど、それでも良いと
言うのなら邪魔しに行ってあげるわ」

黒猫氏も素直じゃないですわね。本当の所、きりりん氏が心配で堪らないでしょうに。
ここにはいない相手──京介氏には違う感情もあるのでしょうけど、さすがの私でも他人の
奥底の感情までは読みとる事は出来ません。

「ではきりりん氏、京介氏の確認が取れたら連絡してほしいでござる」
「オッケー。まあ、あいつはあたしが言えばきっとOKって言うから大丈夫と思う」

──そして、その夜に京介氏のOKが貰えたとのメールがきりりん氏より入ったのでした。

                    □

はあ……自分の事が抜けてしまっていたのは失敗でしたわ。制服着用と言う事は……そ、その、
素顔で出てこなければならないと言う事でしたのに……。
さすがにこのまま電車に乗る程の勇気は無く、無理を言って車を出して貰ったのですが──
それでも待ち合わせ場所までは少しばかり距離があります。
今までの私なら、こんな落ち度は無いのですけれども……と、とにかく急いで合流しないと
私の身が持ちませんわ。
下を向いて、なるべく他人の顔を見ないようにして歩く私。やや駆け足気味で歩いて行くと、
犬の姿をした銅像が私の目に入りました。
ようやく着いた──その事に気付くと足が震えているのに気付きました。気を抜くと、この場で
倒れてもおかしくない状況です。

「おー……沙織こっちこ──っちってお前!?」

声の主は私を見るととても驚いた感じがしましたが、私は現れた相手に安堵している所でした。
その相手──京介氏へと笑みを返す私。心なしか頬が少し赤く見えるのは気のせいでしょう。

「痛ってェ! いきなり何すんだ桐乃」
「ふん。あんたが間抜け面晒してんのが悪いんじゃん」

京介氏の後ろから現れるなり、京介氏の頬をつねるきりりん氏。

「沙織、あんたも何笑ってんの」
「違いますわ。その──少し安心してしまったんですの」

いつもの相手に出会ったお陰で、私も少し落ち着いた様です。未だに視線は感じるものの、
先ほどと比べて恥ずかしい感じは薄れてしまい、周りを見る余裕さえ出来ました。

「そう言えば、黒猫氏はまだ来ていないのですか?」

辺りを見回しても、それらしい姿が見当たりません。

「あ、いや。もう来てるぞ。……つかなんか少し違和感があるな。えっと、お前──沙織が
まだ来てなかったから、周りを見て来るってついさっき行った所だ」
「もう黒猫呼びもどしたから、すぐ来るっしょ」

京介氏ときりりん氏の答えを聞いて間もなく、黒猫氏が戻ってくるのが見えました。

「やっと揃ったわね。それじゃ美しい兄妹愛を見に行きましょうか。いえ、違ったわね。
兄と妹の禁断の愛が実る瞬間かしら?」
「そ、それは違うからっ! 単にあたしはメルルのアクセが欲しいだけだっての」

少し意地の悪そうな表情で放つ黒猫氏の言葉を、真っ赤な顔で否定するきりりん氏。
京介氏は明後日の方角に顔を向けていますが──その熟れ過ぎたリンゴの様に真っ赤な
耳たぶが見えていては、全然誤魔化せていないと思いますわ。

「お、お前らは何か勘違いしてるけど、俺と桐乃は兄妹だからな!」
「説得力の無い言い訳ほど見苦しいものは無いわよ」
「ぐぅ……! 黒猫のやつ、毒がきつくなってねーか?」
「……気のせいよ」

黒猫氏に一蹴されてうなだれる京介氏。
毒が強く感じるのは、恐らく京介氏に理由があるのでしょう。
黒猫氏が京介氏の背中に向ける意味ありげな視線がそう言っています。

「とりあえず行くぞ! ここにいても寒いだけだしな」

取り繕うように言い放つと、京介氏は歩き始めました。慌てて追いかけ──並ぶようにして
歩くきりりん氏。
そんな姿を見せていては、先程の言い訳なんて通用しないと思うのですけど、ね。
二人に着いて行くように歩く私と黒猫氏。隣を見ると、嘆息している黒猫氏の姿が見えます。
いい加減に素直になりなさい。そう言っているように私は感じました。

                    □

「沙織。あなた大丈夫?」
「だ、大丈夫ですわ。……さすがに人が少し多く感じましたけど、まだ動けます」
「あなたの悲壮な言葉と表情からは、反対のイメージしか浮かばないわね」

うう……なんて情けないんでしょう。付き添うはずが付き添われるなんて……。
エレベータで目的のフロアに着くなり、へたり込んでしまった私。
そのままではどうしようもないので黒猫氏に付き添われる形で、最寄りのベンチへと
連れてきて貰った所です。
京介氏ときりりん氏は、飲み物を買ってくると言って再びエレベータで降りて行きました。

「全く、無理せずいつものオタクファッションで来ればよかったのよ」

隣に腰掛ける黒猫氏から、ため息が聞こえてきます。
そんなの誰よりも分かってますわっ! でも、それでも私は──。

「──まあ、あなたに言っても無駄なのは理解しているつもりよ。言いだした自分だけ
逃げる、なんてのは到底できないでしょうから」

言いたい事を先に口にされ、あいた口が塞がらない私。

「……分かってるなら言わないで下さい」

そう言うのが精いっぱいでした。
他に浮かぶ言葉も無く、沈黙のまま過ごす私。

「すまねえ。やっと買って来たぜ。つかすげえ人だよな」

見上げると京介氏が私の前に立っていました。片手に二本ずつペットボトルを持っています。
走って戻って来たのでしょうか、少しばかり息を弾ませているように見えました。

「ちっとは落ち着いたか沙織。ほら、これ飲めよ。黒猫も様子見て貰ってありがとな」

京介氏からペットボトルを受けとり、それを見つめていると自分の弱さを呪いたくなります。
お二人の助けになるつもりで来たと言うのに……助けられては意味が無いではないですか!
こ、この超が付く人見知り体質はどうにかならないでしょうか──なんて誰かを頼っている様
ではだめですよね……そんなの分かってますっ。

「本当に申し訳ありませんわ。着いてきたわたくしが足手まといになるなんて」
「気にすんなって。桐乃のやつも、二人きりで来ようなんて言ってくれなかっただろうしよ」

京介氏の優しさが心苦しいですわ。本来ならこう言う場面であるフラグが立ったりしそうな
ものですが──あいにく私にその様な勇気などはありません。
ペットボトルからミネラルウォーターを一口飲み、落ち着いた所できりりん氏が帰ってきました。
──やけに楽しそうに見えますわね。何かいい事でもあったのでしょうか。

「お前なにやってたんだ?」
「んー先に少し見てきたんだけどさ。せなちーとお兄さんが来てた」
「ああ……確かに居てもおかしくは無いよな。むしろいない方が不自然ではあったか。
んで、なんて言ってきたんだ?」
「あたしを見るなり『へっへーん! 私とお兄ちゃんの仲の良さを見せつけてあげます。
そうすれば桐乃ちゃんとの圧倒的な差が分かるはずですから!』なんて言ってきたから
せなちーのお兄さんに『あやせと会わせてあげようか』って言ってやった」
「ふっ、赤城のやつ早まりやがって……生きて学校に来れるかな」

遠い目をしながらここにいない誰かの無事を祈る(風に見える)京介氏。
──ただ、微かに唇がニヤリと笑って見えたのは黙っていた方がいいみたいです。

「沙織は大丈夫?」

心配そうに私の顔を覗き込んでくるきりりん氏。

「ええ。もう落ち着きましたわ。皆様にはご迷惑をおかけしました」
「気にしないでいいってば。元々あたしが着いてきてって頼んだんだしさ」

ニコリ、と笑いかけるときりりん氏は安心して下さったようです。

「急がないと人が増えて来るわよ。沙織もだけど、京介もこの場は辛いんじゃなくて?」
「そうだな。今日はイベントのお陰でマシだが、さすがにここは居心地が悪いっつかキツイ」

黒猫氏の言葉に、辺りを見回しながらそわそわしている京介氏。

「マルキューなんて来る事無かったしね。ま、これから慣れていけばいいんだけど」
「ちょい待て!? お前また俺を連れて来るつもりかよ」
「何言ってんの。あんたの義務なんだから当たり前じゃん?」
「今更言ってもどうしようもねえか。てか桐乃、そろそろ行くぞ」
「う、うん。──てかさりげなく腰に手を回すなっての!」
「今日は仲のいい兄妹のイベントだぞ。この程度、兄妹として普通じゃねえか」
「人が見てるからダメ! じゃなくて、あんたの手つきはやらしいんだってば」

口では色々否定していますけど──お二人の空気は兄妹のそれとは明らかに違っています。
腰の手を振り払わないとか、何気に相手に体重をかける姿勢とか突っ込み所が満載過ぎて
突っ込みきれないのが、今のきりりん氏なんですわよね。
それに京介氏のニヤケっぷりも見れたものではありません。公の場でイチャイチャするのは
構いませんけど、健全な兄妹の為のイベントである事を忘れてるとしか思えませんわ。

京介氏ときりりん氏がイベントの行列の流れに消えていくのを見送った後、何気に隣を見ると
黒猫氏はまだ二人が消えていった方向を見つめているようでしたが、暫くして

「周りが見えてない道化ほど、おかしいものは無いわね」

とだけつぶやくのが聞こえました。
その言葉にどれだけの意味が込められていたのか、私にはある程度しか察する事はできません。

「──また、みんなでパーティでも開きましょうか。今度はきっと楽しくなると思いますわ」
「…………そうね、ようやく私も肩の荷が下りそうな状態、とでも言う所かしら」

先程の京介氏ときりりん氏の表情──幸せそうに見つめ合う姿を見せつけられたら……。

「呪縛から解き放たれたのは……本当は私の方だったのかもしれないわね」

少しうつむき加減で話す黒猫氏。その心に浮かべているものは一体何なんでしょうか。
安堵? 嫉妬? それとも……。

「ただいま。待たせちまって済まなかったな」

二人が帰って来たので、思考を打ち切り──声の方向に向き直る私と黒猫氏。
京介氏もきりりん氏も何故かとても疲れた表情をしています。

「二人ともお帰りなさい。そんなに疲れて、どうしたんですの?」
「ああ……まあ、色々あってな」

京介氏に聞いたお話をかいつまむと──受付で「本日は兄妹限定でカップルの方はご遠慮
願います」と言われたり、中に入って早々きりりん氏の特大看板が何故か飾ってあったり、
そのせいでファンの子に捕まったり京介氏との関係を聞かれたり──と色々あった様です。
(後でサイトを見なおした時、イベント協賛に小さくエタナーが入っていた事は秘密ですわ)
その報告を聞いた私と黒猫氏はと言うと、

「自業自得ね」
「自業自得ですわ」

当然の答えを返すだけでした。。
納得のいかない表情の京介氏ときりりん氏。
でも、この二人はこれでいいんでしょうね。素直になる時はきっと、二人にとって一番
大切な記念日でしょうから。

「お二人も戻ってきた事ですし、四人でお茶でも如何でしょう?」
「私達を待たせた罰として、当然京介の奢りで構わないわね」

私と黒猫氏の素敵な提案に、顔をしかめつつ同意する京介氏。

「へいへい。今日は付き合ってくれてありがとうな。桐乃も礼言っとけよ」
「分かってるっつーの。沙織……黒猫もさんきゅ」

きりりん氏の言葉はそっけないながらも、心から言ってくれたのは表情で分かりました。
そしてソッポを向く黒猫氏から聞こえた「わ、私こそいつも──ありがとう」の言葉も
きっと本心からだと思いますわ。

「わたくしも楽しめましたし、また一つ変われた気がします。皆さん──本当にありがとう
ございます」

サークルのオフ会から始まり──紆余曲折を重ねてここまで来た私達。
これから先、どのような未来が待ち受けているのか分かりません。
ただ──私達、四人の絆が消える事は無いでしょう。それだけは確信できます。

さてと、京介氏ときりりん氏の気持ちも分かった事ですし──いずれ来るであろう”あの”
準備もしておきましょうか。何、お二人がお互いを見てさえいれば問題ないでござろうですわ。
──なんだか色々考えていたら人格が混ざってしまいました。

”あの”準備とは何の事、ですって? ふふ。分かってる癖に、皆さん意地悪ですわね。

愛する二人には──兄妹の壁など無いのでござるよ。ニンニン。




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最終更新:2011年11月07日 06:59