401 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/11/10(木) 16:31:11.72 ID:ETEy8BdA0 [1/2]
SS暖かな冬の朝


「……お前が可愛すぎるからいけないんだぜ」
「あ、あんたいきなり何言ってんの!? あたしが可愛いのは当然だけど」

あたしの目の前にはあいつの顔がある。あたしの両肩に手を乗せ、優しげにあたしを見つめる
その瞳は、目を逸らそうとする意思を拒んでくる。
早く何とかしなきゃ! 蹴りでもマジビンタでも良いから……じゃないと、だ……だめ。
こんな……優しく迫るなんて卑怯だよ。……これじゃ、拒否るなんて……無理じゃん。
頭の中を思考が回転している間にも、どんどんあいつの顔が迫ってくる。
もう……やばい……よ。あたしの気持ち……分かってる癖……に……。
観念したあたしは目を閉じ、待っていた。あいつを迎え入れる為に。

でも、目を閉じても見えるなんて、あたしどんだけあいつの事好──



ドスン。

──────痛っ! な、何!?

突然襲ってきた衝撃に、意識が引き寄せられる。
もう! 迫ってきて押し倒すなんて酷くない? ……って押し倒す!? ま、まだそれは早い
って言うか準備が出来てないって言うか────あれ。

「…………ゆ……め?」

あたし、夢みてたんだ。
まだはっきりしない意識ながら、あたしの目に映るモノ──タコの枕からそう判断する。
視界いっぱいに映るタコはあたしが抱きかかえていたらしく腕を伸ばすとぽてり、と倒れて
しまう。
視界の半分を埋め尽すピンクチェックのカーペットをぼんやり見つめながら思案するあたし。
状況を察するに、あたしは寝ぼけてベッドから落っこちたみたいだった。
立ち上がりついでにタコの枕を拾い上げ、ベッドの定位置に戻す。
タコの表情が、嬉しそうに見えたのはさすがに気のせいかな。
ベッドに腰をおろし、両手で頬を触るとなんだか熱っぽい。喉も少し乾いてる気がする。
昨日エアコンかけながら遅くまでエロゲーやってたし、空気が乾燥しちゃったのかも。
窓のロックを外し少しだけ開けてみる。パジャマ越しに感じる冷気が熱っぽい体に心地いい。
「……ん」軽く背伸びをしながら外に耳を傾けると、小さく鳥の囀りが聞こえてくる。
外を見ながら物思いにふけるあたし──突然先程の夢の内容が朧げに浮かび上がってきた。

──なんかあたし、すごい夢見てた気がするんだケド。
夢の中であたしは誰かに──その、キスをされそうな感じだった。
起きて暫く経ったせいか、相手の顔は霞んで思い出す事は出来ない。なのに残っているはずの
無い両肩の感触が、一人の姿を浮かび上がらせる。
夢に出てきたのはきっと──あいつだよね。
確信は無い。でも、夢であってもあたしの前に現れていい相手は一人しかいない。

この町でただ一人。
日本中でただ一人。
世界中でただ一人。

カッコイイ訳じゃないし、頭がいい訳でもない。
ちょっとした事でフラフラと誰彼の間を行き来したりもする甲斐性なしだし、妹のあたしに
ビクついて情けないったら無いし──と、思考があらぬ方向へ行きそうな位情けないやつだ。

ううん────だった、かな。

とある事件以来、あいつは変わった気がする。
それでも、相変わらずあたしとあいつの関係は、表面上は変わっていない。
顔を合わせれば言い合ってばかり、素直に意見がまとまるなんてありえない。
だけど、不思議とそんな時間が幸せに感じる自分がいる。

寒くなってきたので窓を閉め、枕もとの壁に背を寄せるあたし。
背中を付けている壁ごしにはあいつのベッドが置いてある。

ったく、人に迫って起こして置いて……信じらんない。

あいつに悪気は無いのは分かってるけど、当たらずにはいられないあたし。
夢の出来ごとにイラつくなんて、どうかしてるよね。
頭のモヤモヤを振り払うように、軽く握った右手で壁をそっと叩く。
あたし達二人を隔てる壁はとても薄く、その程度ですらコン、と音を立てる。

まだ寝てるのかな──あいつ。

「…………」

聞こえないように、名前をつぶやくあたし。
それだけでなんだか温かい気持ちに包まれる気がする。
壁に背中を付けたまま、タコの枕を抱きよせる。まんま乙女な姿は、正直誰にも見せられない。



ドッスン。

「ひゃっ!?」

いきなり聞こえてきた音に思わず声が出てしまう。
もう、びっくりしたってば。てかあいつ、起きたのかな。

「……いってぇ。さすがにフローリングの床は攻撃力が高いぜ」

声は隣の部屋から聞こえて来る。
あいつ……寝ぼけてベッドから落ちたのか。相変わらず抜けてんだから。
ついさっき同じような出来事が何処かであった気もするけど、誰かの思い過ごしのはず。
あいつも起きてきたし、そろそろ着替えよっかな。
今日は何着ようか、等と考えながら部屋を見渡すあたし。

「……にしても、さっきの夢は破壊力があったな」

聞こえてきた声と内容に、あたしの動作がピクっと止まる。

「夢で見る……のは超可愛かったな。つか、あと少しでその、キ、キスする所だったぞ」

──ちょっと待った。あんた何の夢見てた!? それと相手は誰なんだってば!
聞き耳を立てるも静かになった壁越しの部屋からは、何も聞こえてこない。
なんでだろう。急に胸が苦しくなってきた……こんなの訳わかんない。
訳わかんないケド──きっとあいつのせいだっ。
──ダメだ。ちょっと顔洗って頭冷やそう。こんなのあたしらしくないって。
そう思い立ったあたしは、パジャマのままスリッパを履いて部屋を出た。

廊下を曲がろうとしてあたしは、すぐ手前に見えるドアに釘づけになる。
あいつ、結局何の夢見てたんだろう。確かそのキ、キスとか言ってたけど……で、でも、別に
人となんて言って無いし? あいつの事だから変な所で転んで地面にキスとかそういうのかも
しれないし? ……黒いのとなんて絶対! ありえないからっ。うー……このバカバカッ!
モンモンとしていた気持ちが、いつの間にかムカムカに変わっているあたし。
何か言ってやらないとあたしの気が済まないってば!
訳の分からない怒りに任せ、ドアのノブを乱暴に回す。

ガチャリ。

「き────っ!?」「うおわ!?」

勢いよくドアを開けるあたし。そんなあたしに覆いかぶさって来る人影。
え、え、何が──?

「あぶねえ!」

その声とともに頭から抱き寄せられるあたし。
遅れて来た衝撃と共に一瞬意識が遠のく。

「痛っ……大丈夫か?」

聞こえる声に目を開け、意識を集中する。あたしの目に映っていたのはあいつの顔だった。
あたし一体どうなったんだっけ。ドアを開けたらあいつがあたしに覆いかぶさって来て──
──覆いかぶさる!?
気付くとあたしは、あいつに押し倒されるような形で見つめあっていた。
あいつは不思議そうにあたしを見つめている。そのせいか罵倒しようという気が起こらない。
どうしちゃったんだろう──なんだか現実じゃないみたい。まるで……まるで何だろう。
……そう言えばこんなのに近い状況って、何処かで見なかったっけ。
熟考するあたし。何故だかあいつの顔が、少しずつ近づいてきてる気がする。
考えに考え──思い当たった一つの答えにあたしはようやく納得する。

そっか──まだ夢が続いてたんだ。てことは夢ならあたし達がキ……しても。

「──仕方無いよね」「──仕方ねえよな」



「京介、桐乃。御飯よ。──おっかしいわねぇ、さっき声が聞こえたと思ったんだけど」




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最終更新:2011年11月12日 06:35