787 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/11/13(日) 14:48:15.11 ID:v4A25rHF0
SS偶然の出会いと必然の出会い


「どうした? いきなり黙り込んでさ」
「少しね。昔の事考えてた」

隣を歩くあいつが、不思議そうにあたしの顔を覗き込んでくる。
「心配しないで」と微笑み返す。あいつは安心してくれたのか前に向き直る。
クリスマスの今日、あたしはあいつに誘われて渋谷の街へと来ていた。
赤と白に彩られた街があたしは何より好きだった。あたしにとって一番大切な出会いを思い出
させてくれる素敵な日。この日がなければきっと──。

                    □

「──乃、待てよ。待てって!」

背中からあいつが叫ぶ声が聞こえて来る。
それでもあたしの足は止まらない。止まる訳にはいかない。

だってあたしは──あいつを裏切ったんだから。

押し殺していた感情をぶつける相手も場所も無く、ひたすら走り続け──気付いたあたしが
立っていたのは渋谷の街だった。

「あたし……何やってるんだろ」

独りごちても答えは返って来ない。感じるのはとてつもない疲労感と焦燥感だけだ。
これ以上歩けない、そう判断したあたしは手近な壁に倒れこむように地べたへ座りこんだ。

携帯片手に忙しそうなスーツの男、楽しげなカップル、あたしの前を様々な人が行き交う。
そんな人々に混じって赤と白のライトアップがあちこちに見える。

そう言えば──今日はクリスマスなんだっけ。

辺りから聞こえる声も音も普段であれば、きっと温かい気持ちにしてくれたのだと思う。
でも今のあたしにとっては耳障りなノイズでしかなく、孤独な自分を知らしめられるだけ。
耳を塞いでも聞こえて来る声は、容赦なくあたしの心を切り刻んでいく気がした。

──苦しいよ。やだよ……誰か、助けてよ。──お願い、誰か──!



「────あんた、何やってんの?」
「……え?」

頭の上から聞こえる声で、一瞬ノイズが鳴りやんだ気がした。
顔を上げると女の子の顔が、あたしを見下ろしている。

「なんか分かんないけどさあ、何そんなとこでぼーっと落ち込んでんのかって聞いてんの」
「…………あの」
「つかあたしもどうかしてるよね。いきなり知らない人に声かけてさ、なんかあたしらしく
無いって言うか──それもあのバカのせいだけどっ!」

あたしに声をかけてきた女の子は心配そうな表情を見せていたかと思うと、突然怒り出す。
その突拍子もない様子に呆気にとられていたあたしは、いつの間にか心が少し軽くなっていた
事に気付いた。
少しだけほっとしてるんだ、あたし。──誰かが自分に気づいてくれた事に。

「……あたしね、大切な人を裏切っちゃったんだ」

誰かも分からない相手。それでもあたしは、何故か話したい気持ちになっていた。
あたしが言葉を紡ぎ出すと、女の子はあたしの隣にしゃがみ込んでくる。

「その人はあたしの話を聞いて、ただ『そっか』としか言ってくれなかった。──あたしが
酷い事したってのに……なのに」

大切な人──あいつの顔を思い浮かべる。あいつはあたしの話を聞いても、一言も言い返して
来なかった。言い返して──罵ってくれた方が楽だったのに。

「あたしはあいつの顔を見てるのが辛くなって、それで──逃げ出しちゃったんだ」

あたしが話している間、女の子はずっとあたしを見ている。その表情は何かを考えている様に
も見えるし、聞き流しているだけにも見えるけど、あたしにはどっちでもよかった。

「あたしには……どうしても許す事が出来ないから」

たった一度の気の迷いかもしれない。だけど、そんなのは理由にならないから。

「……でさ、結局あんたはそれで納得してんの?」
「分かんない。でも、あたしは──あいつの元には戻れない」
「あんた、本気でそう思ってるワケ?」

あたしに向けられる女の子の視線が、あたしの心に突き刺さる。

「そんなの……あんたに言われる筋合いなんて無いよ! あたしは納得できない」
「ふーん……」

女の子はあたしの言葉に立ちあがる──まるで興味を無くしたかのように。
それを見てあたしは、自分の言葉に情けなくなりつつも、今の自分──落ちて行く自分自身を
受け入れてしまっていた。
これでいいんだって……あたしはあいつと一緒にいる資格なんて無いから。

「あたしは──きっと納得しないと思う」

聞こえてきた声──女の子へと顔を向けるあたし。
女の子はあたしを見てはいなかった。

「自分の手の届く所にいるのに諦めるなんて──どんな理由があろうとあたしには出来ない」
「だって、あたしは……」
「あたしはあんたじゃない。だから諦めない」

女の子の表情はこちらからは見えない。だけど、その言葉からは真っすぐなものを感じ取れる。

「──だってさ、そいつは傍にいるんでしょ? もしいなくてもこの世界にいるってんなら、
会えない訳じゃない。それで諦めるなんて馬鹿じゃん」
「……馬鹿、か」
「あいつがこの世界にいる限り、あたしはどこまでも追って行ってやる。それで認めさせて
やる。それがあたしなんだから」

強くハッキリと言い放つその言葉は、あたしだけでなく自分に言い聞かせてる様にも見える。

──そうか、そう言うことなんだ。

あたしがこの子に声をかけられた時に感じた気持ち。
不確定で形が見えない感情の意味。それが僅かに形になって見えた気がする。
壁に手をあてながら立ちあがるあたし。さっきまでの苦しさが嘘の様に消えてしまっていた。

「ありがとね。なんかスッキリした」
「別に? あたしは何にもしてないっての」

裾を手で払いながら改めて女の子を見る。
彼女の表情から、あたしは知らないうちに自分が笑っていた事に気付いた。

「そうだよね。あいつはあたしの傍にいるんだから……諦める理由になんてならないよ、ね」
「なんか納得したっぽいね──と、ごめん」

女の子は携帯を取り出して誰かと話し始める。

「あんた何の用────あっそう。じゃ、10分で集合ね。──はあ? こんな日に他人の用事
とか受けるあんたが悪いんじゃん! あたしを待たせたバツは重いかんねっ!」

乱暴に携帯を切る女の子。その表情は言葉や行動とは裏腹に嬉しそうに見える。

「っつーワケであたし行くから。あんたも行く場所、あるんでしょ?」
「うん。ホントにありがとう。そうだ、あんた名前は──?」

走りかけた女の子は少しだけ振り向き、

「──あたしは高坂桐乃」
「あたしは──」

名前を告げて、そのまま走って行った。

……行っちゃったな。
女の子が走り去って行った方向を見つめながら、あたしは今までの事を思い返していた。
あの子の言うとおりだよね。あいつはあたしの手の届く所にいるんだから。

だから──あたしは諦めちゃいけない。

軽くなった足取りを確認したあたしは、真っすぐ前に歩き出した──大切な人がいる場所へ。

                    □

「──乃。また考え事か?」

隣からあいつの声が聞こえて来る。どうやらあたしは考え事に没頭していたらしい。

「ごめん。なんか色々思い出して。……凄く大切な思い出があるから」
「そういや……5年位前だったか。あの日も確かクリスマスだったよな」

あたしの顔を見ながら、少し懐かしそうにするあいつ。

「あんたがようやくあたしを好きだって言ってくれた日だしね」
「お前……っ! そ、それは無しだぞ」

あいつはあたしの言葉に顔を背ける。
ったく、相変わらず素直じゃないってんだから。──でも、ホントに色々あったんだよね。
隣を歩くあいつとの出来事は辛いながらも、あたしにとっては全てが大切なもの。
乗り越えられたのは、きっとあの時の出会いがあったから──

「──もうっ! あんた早過ぎだっつーの」

聞こえた声に思わず振り返るあたし。
えっ。今のってまさか──!
振り返ったあたしの目に、ライトブラウンの長い髪がなびく姿が見える。
目で追うと、一人の女の子があたしの横を走りすぎる所だった。

「急がないと遅れちまうぞ。桐乃」
「元々遅れたのはあんたのせいじゃん」
「すまねえ。分かってるって。だから、車で迎えに行ったじゃねえか」
「それで渋滞に巻き込まれてたら意味無いと思うんだケド」
「……それは俺のせいじゃねえだろ!」

何やら言い合いながら並んで歩いていく二人を見つめるあたし。
傍からみれば、痴話げんかにも単なる言い合いにも見える二人。
それを見たあたしは、心の中に少しだけ残っていたつかえが取れるのを感じた。

よかった──あの子も、上手く行ったんだ。

並んで歩く二人の左手に、あたしはそう納得する。

「今の子は、知り合い?」
「うん。──あたしの恩人、かな」

「そっか」とだけつぶやき、あたしを見つめて来るあいつ。
いつもあたしだけを見てくれている──誰よりも大切な人。

「急がなきゃ。あたし達も遅れちゃう」
「そうだった! それに今日は大切なものを渡さなきゃいけないしな」
「……何それ」
「後のお楽しみだよ。それじゃ行こうぜ────理乃」




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最終更新:2011年11月15日 07:15