269 名前:ローカルルール追記議論中@自治スレ[sage] 投稿日:2011/12/13(火) 21:28:58.83 ID:lBZQj4jaP [6/7]
「ねえ」
「あん?」
夕飯を食って部屋へ戻る途中、桐乃から声をかけられた。
最近は夕飯の後、部屋に戻る時は桐乃と一緒の時が多い。
別段約束とかをしてるわけでもないが、なんとなく、そう、なんとなく一緒に戻ることが多いのだ。
声をかけられたのも、そんな時のことだった。
「後でアンタの部屋行くから。部屋片付けといてね」
「なんだって?」
桐乃の唐突な発言につい反射的に聞き返してしまった。
「だから、後でアンタの部屋に行くっていってんの」
「いきなり何だよ」
突然部屋に来ると言われても困るんだが。
いや、別に散らかってるとか、イヤだとかそういうんじゃないんだけどよ。
物事には前置きってもんが必要だと思うわけだ。
つまりは理由を言えってこと。
「今日は皆既月食なんだって」
「皆既月食?」
「そ。ニュースでもやってたでしょ?
月食って3年に一回だけって話だし、せっかくだから見たいじゃん。
今日は丁度晴れてるみたいだしさ。きっとよく見えると思うし」
そういえばそんなことをテレビで言ってたような・・・・・・。
確かに滅多にないものだし、珍しいものを見たいというのも理解できる。
でもな桐乃、俺にはどーしてもわからないことがある。
「それと俺の部屋に来ることとどんな関係があるんだよ?」
つーか見たいなら自分の部屋から見ればいいんじゃねえの?
それに、俺の部屋じゃエアコンもないし、暖房器具だってたかがしれてるしよ。
ぶっちゃけ電気ストーブ以外は毛布ぐらいしかない。
そんな俺の部屋なんかにいたら桐乃の体が冷えちまうだろーが。
桐乃と一緒にいられるって言うのは魅力的だが、それで桐乃が風邪でもひいたら意味がない。
「しかたないじゃん。あたしの部屋からじゃ向きが悪くって見えないし」
「そうなのか?」
「うん」
あっちの方だし、と桐乃の指差す方向は、俺の部屋でいうなら丁度桐乃の部屋と俺の部屋を
隔てる壁の反対側だった。
その方向だと桐乃の部屋からだと窓を開けて見るしかないな。
しかもその場合体を乗り出さないと見えないだろう。じつに寒そうである。
「あたしとしてはあんたの部屋にいくのなんて真っ平ごめんなんだケド、
今回はしかたないしね。外に出るのなんてもっとごめんだし」
「相変わらず容赦のないいいようだなおい」
お前俺に頼みごとしてるんだよね?
もうちょっと下手にでようとか、お願いらしい態度とかとれないわけ?
ああ、桐乃がアメリカへ留学する前夜が懐かしいぜ・・・・・・。
「あ・・・・・・えと、ダメ? その、アンタが無理って言うなら・・・・・・」
どうやら考えていたことが顔に出ていたらしい。
さっきまでとはうって変わってしおらしい態度に出る桐乃。
その瞳にはうっすらと不安の色が見て取れる。
『あの出来事』からこっち、桐乃は時折こういった風になることがあった。
以前ならば、「アンタに拒否権ないから」などといって問答無用で俺の部屋に押しかけていただろう。
でも今はこうしてこっちの事情もちゃんと考慮してくれる。
この変化を俺は好ましく思う。
桐乃が俺のことをちゃんと考えてくれているということは、それだけで嬉しいことだ。
そんな桐乃にこんな顔をされては、俺に選択肢なんてあってないようなもんだ。
俺はシスコンだからな。
「誰もダメなんて言ってねーだろ。
それよりも、くるならちゃんとあったかい格好してこいよ?
お前も知ってるだろうけど、俺の部屋にはエアコンなんて便利なもんはないんだからな」
俺がそういうと、桐乃も安心したようで顔綻ばせた。
「うん。わかった。ありがとね。
っていうか、そんな部屋でアンタ寒くないわけ?」
寒くないわけがないだろう。というかムチャクチャ寒い。
と正直に言うのも癪なので少しだけ見栄を張る。
「もう慣れちまったよ。
それに一応電気ストーブもあるしな。いざとなったら半纏でも着てればいいだろ」
「なんだったらあたしがエアコン買ってあげようか?」
「いらんわ!」
妹に、しかも中学生にエアコン買ってもらう兄貴とか最低すぎるだろ!
「とにかく、ちゃんとあったかい格好してこいよ。後で寒いといわれても俺は知らんからな」
「はいはい。じゃあまた後でね」
「おう」
という会話を交わしたのが数時間前。
そして今現在、俺と桐乃は―――――― 一つの毛布に二人でくるまっていた。
おいおい、何でこんな状況になってるんだ?
よし、順番に思い出してみよう。
え~っと、少し前に桐乃が俺の部屋にきたんだよな。
いつもの、短パンにオーバーニーソックスを履いて、上はシャツにカーディガンを羽織った格好で。
その格好をみて、さすがに寒いんじゃね? 人の話聞いてたのかこいつ、と思った矢先に
「さむっ!」とか言い出して、毛布にくるまっちまったんだったか。
そん時に「なんでアンタの部屋こんなに寒いのよ!」といわれたが、そんなもん俺が悪いわけじゃねえだろと。
第一、ちゃんとあったかい格好して来いって忠告してやっただろと。
うっさい。こんなに寒いなんて思ってなかったの!
そう言ってしばらく俺のベッドの上で毛布にくるまりながらじっとしていた桐乃だったが、
何かを思い出したように立ち上がって、窓のすぐそばに座り込んだんだよな。
何でんなところに座ってんだ? と聞いてみれば、ここからじゃないと月が見えないの、との返事。
月が随分高い位置にあったようで、本当に窓のすぐそばじゃないと見えなかったらしい。
俺もなんとなく月が見たくなって、桐乃のすぐそばに座った。桐乃の邪魔にならないように。
、窓際は思っていた以上に寒くって、つい体を震わせてしまったせいか、そんな俺に桐乃からの提案があって・・・・・・
「そんなに寒いの? さっきは慣れてるって言ったくせに」
「うっせ。椅子に座ってる時はそうでもなかったんだよ。ここが余計に寒いだけだっつの」
「ふーん・・・・・・そんなに寒いなら、一緒に入る?」
「一緒にって・・・・・・その毛布にか?」
「うん」
「いや、一緒に入るって・・・・・・お前何言ってるかわかってるか?」
「キモ。何意識しちゃってんの? 別に兄妹なんだからコレぐらい平気でしょ。
それにあたしが毛布使ってるせいでアンタが風邪ひいたとかなったら後味悪いし。
アンタは何も考えずにうんっていっとけばいいの!」
「そうはいうけどな・・・・・・」
「ああもう! いいから入れ!」
そんな感じでがばっと毛布を広げた桐乃に無理矢理引き込まれてしまい、今に至る、と。
二人で一つの毛布に包まれて、ぴったりと寄り添って窓際に座っている俺達。
自分から引き込んだのもあるだろう。桐乃は特に文句を言うこともなく、じっと月を見上げていた。
俺も桐乃につられるように窓から見える空に月を探す。見つけた月は、既に半分ほどその身を影に隠していた。
じっと見ていると少しずつ、確実に月が欠けていくのがわかる。
無言の時間が流れる。
時折もぞもぞと動く桐乃に少し意識を持っていかれそうになるが、それ以上に俺達は月に見入っていた。
そして・・・・・・完全に月が影と重なった。
月食についてはよく知らなかったが、完全に月と影が重なった時、月は赤銅色になった。
それまでとはまったく違った月の姿に、どことなく神秘的なものを感じたのは俺だけだろうか。
「すごいね」
「ああ」
ずっと無言だった桐乃が感嘆の息をもらす。
そんな声に、俺は桐乃のほうを向いて――――固まった。
「ちょっと前の満月もキレイだったケド、今の月も凄くきれい」
「そうだな」
ああ、確かにキレイだろうよ。俺もそう思う。
でもよ、だったら何でお前は
「でも、コレが少しだけの間しか見られないって言うのは・・・・・・ちょっと残念かな」
「かもな」
なんで、そんな泣きそうな顔をしてるんだよ。
桐乃は多分気づいてないだろう。自分が今そんな顔をしていることに。
そうでもなければ、俺の前でこんな表情を見せることなんてありえないだろう。
指摘してもきっと否定するに違いない。桐乃はそういう奴だ。
なあ桐乃。お前はあの月を見て、何を思ってるんだ?
ほんの少しの間だけ見えるあの月に、影と重なる月に、何を重ねてるんだ?
俺はお前の考えてることなんて、さっぱりわからねえよ。
でもな、俺はお前に、そんな顔をしてほしくねえんだよ。
桐乃がそんな顔をしてたら、俺まで泣きたくなっちまうじゃねえか。
いつだったか思った、『気付けそうで気付けない思い』。
それに近い感情が俺の中を駆け巡っていく。
そんな感情に流されてかもしれない。俺は気がつけば桐乃を引き寄せるように抱きしめていた。
抵抗されると思ったが、桐乃は少し身じろぎをしただけで抵抗らしい抵抗はしなかった。
桐乃はその揺れる瞳を俺のほうに向けた。
「・・・・・・なんのつもり?」
「別に。なんのつもりも何もねえよ。ただ、こうしたかっただけだ」
実際、特に何かを考えの行動じゃないしな。
「・・・・・・あっそ」
「なあ桐乃」
「何よ?」
「・・・・・・なんでもねえ」
「変なやつ」
そう短く呟いて、桐乃は月へと向き直る。
月食は既に終わっていた。
「あのさ」
「なんだよ」
「もう少しだけ、このままでいてもいい?」
「ああ。それぐらいはお安い御用だ」
ぎゅっと少しだけさっきよりも力をこめて抱きしめる。
三年かかってようやく重なる月と影。
ずっと離れていて、気付けば驚くほどの距離が出来てしまっていて、
何年もかかって漸くほんのちょっぴりだけ重なることが出来た俺と桐乃の想い。
けれど今この瞬間、この時だけは俺達兄妹の想いはすれ違うことなく重なってるんじゃないかって思えた。
それがどういったモノなのかまではわからなかったが、今はそれでいいと思えた。
多分この胸に燻るこの『気持ち』が理解できたなら、自然とわかるような気がしたからだ。
一つの毛布でくるまって、寄り添って、抱きしめて。
そんな俺達を月の光が優しく照らしていた、そんな夜。
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最終更新:2011年12月15日 19:20