468 名前:【SS】[sage] 投稿日:2011/12/24(土) 13:00:59.25 ID:kSkxN7qw0
SS全ての想いが交わる日
「わあ……雪降ってるじゃん」
空を見上げるあたしの目に映るのは、真冬を告げる来訪者達。街のイルミネーションと交わり
ながら色を変え、あたしと京介へと舞い降りてくる。
「本当だな。今年初めての雪ってやつか」
隣に立った京介が、空を見上げながらつぶやくのが聞こえる。
暫しの間、空へと釘付けになるあたし達。何処かの家でテレビでも見ているのか、微かに流行
のクリスマスソングが聞こえて来る。
ちらりと横目で京介を見ると、既に雪が肩に積もっていた。
京介に向き直り肩に積もった雪をはらってやると、あたしを優しく見つめる視線に気づく。
「中学生活で最後のクリスマスかあ……なんかさ、今年もあっという間に過ぎていった感じだ
よね。あたし的に言えばイベント多すぎで消化しきれないエロゲーって感じ?」
「そこをエロゲーで表現かよ。だけどまあ、桐乃の言う通りだな。二年前までの俺と桐乃の
関係からは考えられねえ。それにあの頃の俺は……」
「あたしと一緒に過ごす所か、あたしと仲良くなるなんて絶対思ってもなかったっしょ?」
意地悪ぽく言い返すあたしに、顔を背ける京介。
「な……! 大体お前も俺に隙なんて見せてくれなかったじゃねえか。たまに気が向いて話を
しようとしても無視しやがるし。つかあの時――お前とぶつかってなけりゃ……エロゲーの事
がなけりゃ今でもきっと……」
声色から拗ねた様な雰囲気が伝わってくる。
「なんだか京介らしくないじゃん」
回り込みつつ顔を覗こうとするあたしに、体ごと背中を向けてしまう京介。お陰で表情が全く
見えなくなってしまう。
そう言えば、ずっと前のあたしはいつもこんな感じだったっけ……。
京介に見て欲しい、気づいてほしいと思う反面、あたしは無意識に京介との間に壁を作って
いた。理想と現実の違いを受け入れられないあたし。それがあの時のあたしだった。
暫く京介の背中を見つめていると、かつてのあたしの姿が浮かびあがって来る。。
ゆっくりとこちらへ振り向くかつてのあたし。その顔は今のあたしに何かを訴えかけている。
うん――分かってるってば。あの時までのあたしは、ずっと助けを求めていたんだよね。
理解して欲しい気持ちと受け入れたくない気持ち。相反する感情を持っていたかつてのあたし。
どうしていいか分からなかったけど、それでもあたしにはあの頃から変わらない想いがあった。
京介と離れたくない――それはうそ偽り無いあたしの本心。
足りなかったのは、それを認める勇気だったのだ。
あたしはかつてのあたし自身に微笑みかける。するとかつてのあたしは、安心した様な表情を
見せながら京介の背中に溶けこむ様に消えていった。
あたしは一歩、歩みを進める。少しだけ近くなる京介との距離。
「でもさ、結果的にあたしはあんた――京介と再び向き合えたんだよね。それってさ」
言いながら京介の背中を軽く小突くあたし。
突然の衝撃に、少し体を震わせる京介。それでもこちらを見ようとはしない。
あたしは言葉を続ける。
「ありがちかもしんないけど――やっぱり、運命みたいなものなんじゃない?」
「お前……そんな単純なもんでいいのかよ。てか俺が動かなきゃ仲直りの糸口すら無かった
かもしれねえだろ」
「……ったく」と呟きながら嘆息する京介。
「それはそれ。あんたがあたしの為に動くのは当然っしょ。シスコンだし、超妹大好きだし、
世間から見ればもうヤバーイって位あたしの事好きなの分かるしね」
「……まあ今更、シスコンなのも桐乃が好きだってのも隠す気は無いけどな」
「ちょ…………真顔で言うなっての」
「真顔じゃねえよ! て言うか俺の顔見えてねえだろ」
「雰囲気で分かるっつーの。このシスコン馬鹿兄貴」
「うっせ。お前もブラコンじゃねえか」
「ち、違…………わないけど、それはあんたのせいだから」
つかの間の沈黙が場を支配する。
だめじゃん。これじゃいつもと変わんないっての……。
視線を彷徨わせるあたし。何気に目を留めた先では、赤と白の光がアーチを描いている。
珍しくお父さんがクリスマスのイルミネーションを飾ろう、なんて言い出したんだよね。
そう。今日はクリスマスイブなんだから……絶対に言わなきゃなんないんだってば。
「なあ、桐乃」
「な、何よ」
唐突に名前を呼ばれたせいで、しどろもどろな返事を返してしまう。
「俺は桐乃が好きだ」
「あ、あんたはシスコンじゃん。そんなの改めて言われなくても分かってるし」
気持ちと反対の言葉が自然と口をついて出てしまう。そんな自分を恨めしく思うあたし。
京介はそんなあたしの返答を読んでいた様に思えた。「ふぅ……」と軽く息を吐き、肩を
竦めるのが見える。それでもいつもと違う、そう感じられたのは京介の強い口調のせいだろう。
「違げえよ。俺は……一人の女としての桐乃が好きなんだ」
え……な……それって。
言葉の意味を理解するまで、数瞬を要してしまうあたし。
京介から聞かされた言葉は、あたしが求めていた言葉だった。
「ずっと考えていたんだ。なぜ、俺は桐乃を誰よりも大切にしたいのかって事をな」
「うん……」
「最初の頃は、単なる家族――兄妹としての使命感みてえなもんかと思ってた。だってそう
だろ? 俺は兄貴で、桐乃は妹。だから、体を張って守ってやるのも家族としての義務で、
考える必要もない至極当然の行動になるはずだと」
そこで言葉を区切り、あたしへと向き直る京介。
「だけど何時からか、何か違う気持ちがあるって事を感じていたんだよな。他の女の子――
黒猫にも、あやせや麻奈実にも感じていない感情を、桐乃にだけ感じていたんだ」
あたしは黙ったまま、京介の言葉を待つ。
「その、上手く言えねえけど……ずっと桐乃に触れていたいって言うのか、触れてると安心
するって言うのか」
「ああああああんた! このエロっ! 変態! 痴漢!」
「待て!? なんでそこで罵倒されるんだよ!」
「き、京介が変な事いうからじゃん……」
勘違いで押し倒された時の事を思い出してしまうあたし。
そう言えば、あの時初めてそ、その……胸触られたんだっけ。あれ超恥ずかしかったって。
あやせ達にはからかわれるし、ほんと最悪だったっつーの……。
軽く睨みつけるあたしに、怯む様子を見せる京介。
「いいよ……続けて」
「いいのかよ。てか怒ってんじゃねえか」
「これがあたしだから仕方ないじゃん。いいから続ける!」
「へいへい。ま、その方がいつも通りで話しやすいってのもあるか」
表情を和らげながら話す京介に、あたしはふと気づく。
予想外の展開だけど、緊張感まで吹き飛んじゃったっぽい。こう言うのってなんだろ……
怪我の功名ってやつ、かな?
「とにかく、桐乃といると安心するんだよ」
「あたしは……麻奈実さんみたいにボーっとアホ顔してないし、あやせみたいにお嬢様ぽく
もないけど、一体何がいいワケ?」
「相変わらず麻奈実にはきついな。まだケンカしてんのかよ」
頭の後ろを掻くような仕草を見せる京介。仕方ねえ、とでも言いたそうな目を向けている。
「してないっての。ただ、あたしは麻奈実さんみたいに何でも受け入れられる程、強くなん
てないし……それに」
「それに、なんだよ」
「あんたの事、理解できてなかったんだよ? あたしはあんたに……京介に頼ってばかりで
ずっと苦しめてきただけ。それなのに……」
胸を締めつける様な感覚に、言葉が続けられなくなるあたし。
自分の想いとは裏腹な感情が湧き上がって、言いたい気持ちを覆い隠してしまう。
「俺には桐乃が必要なんだ。そりゃ、最初の頃は色々思ってはいたさ。何しろずっと嫌いで
話もしたくねえ、なんて思っていた妹なんだからよ。事あるごとに呼びつけられたり一緒に
行動する事も、正直勘弁してくれって感じだった」
「……じゃあ……なんで」
「あの頃の俺は、きっと――桐乃が嫌いだったんだろう。だけど、妹だからな。桐乃は嫌い
でも妹は守りたいって気持ちがあったんじゃねえか、そう思ってる」
「嫌い……なら、どうして」
「ほら、良く言うじゃねえか。『嫌い』ってのと『好き』ってのは似てるってよ。つまり、
俺はずっと昔から桐乃が好きだったんだ。きっと俺は桐乃の事が好きすぎて、だからこそ
大嫌いになっちまってたんだ」
京介の言葉に遥か遠い過去を思い出すあたし。
兄妹とは思えないくらい、仲が良かった頃のあたし達。
「分かってる。あんたに言われなくたって、あたしもあんたの事が好き。だけど……あたしは
あんたと――京介と兄妹なんだよ。そんなの認められるワケない」
誰よりも強い想いを持っている、そう認識しているからこそ、現実が重く圧し掛かってくる。
それでもあたしは、京介の側にいたい。京介との絆をいつまでも持っていたい。
――悩みに悩んだ末、あたしが出した答え。それは、
「あたしは――いつまでもあんたと一緒だよ。兄妹だもん。だからさ、あたし達の絆は決して
離れることは無いから、ね」
兄妹として生きる。それがあたしの答えだった。
あたしは、京介の呪縛を解いてあげなきゃいけないんだ。あたし達が例え好き――それ以上の
感情を持ったとしても、それは決して許される訳じゃない。
兄妹は兄妹以上にはなれないから、それは受け入れなきゃだめなんだ。
あたしは正直、今後誰とも一緒になる気もそのつもりも無い。
だけど京介には誰かと幸せになってほしい。それがあたしの本心でなくとも。
あたしは京介の『妹』だから。いつまでも京介にとっての『妹』はあたしだけ。
それでいいじゃん――それで……いいんだ……よ。
気づくとあたしの視界が歪んでいる。いつの間にか泣いていたみたいだ。
「うるせえ! ――俺が守る。誰に何を言われても、俺が桐乃を守ってやる。桐乃を誰より
も大切に出来るのは俺だけだ」
「な……京介!? だめだってば」
あたしは京介に抱きしめられていた。
「この馬鹿……っ! あたしの言葉が聞こえなかったっての」
「お前も俺の言葉が聞こえなかったのかよ」
「あんた分かってんの? あたし達は兄妹だか――――っ!?」
無理やりあたしの言葉を遮る京介。
唇の感触は、あたしの決意を徐々に鈍らせていく。
ダメだって……こんなの。早く離れなきゃ……。
「…………」
どれくらい時間が経ったのだろうか。
あたしの力が抜けるのと同時に、京介の顔が遠ざかる。それでもあたしの顔は熱いままだ。
顔の熱さを誤魔化そうと、あたしは京介の胸に顔をそっと埋める。
「兄妹が一緒になれない、なんてのは理解してるさ。それでも俺は……」
震える様な京介の声。
見上げると、京介も泣いているのが見えた。
「桐乃と一緒にいたい。いや、桐乃と一緒じゃなきゃダメなんだよ」
あたしを抱きしめる腕に力が入るのを感じる。
そっか……あたしって、こんなに京介に愛されてたんだ。
夢と現実。男女の関係と家族の絆。兄妹。様々な思いがあたしの中に現れては消える。
それらは迷いへの思考ではない。
あたしは京介の顔を真っ直ぐ見つめる。
「一つだけ、約束だかんね」
「……なんだよ」
「絶対に……あんた一人で頑張らない事。頑張る時は、あたしと一緒だから」
「分かってるさ。さすがにこれだけは俺一人じゃどうにもならねえ。――桐乃」
「何?」
「いつまでも一緒だからな。二人で頑張ればなんでも乗り越えられるって」
――そうだよね。二人なら、きっとやっていけるよね。
「そうか……なら、とりあえず私を納得させて見なさい」
「ひゃ! お父さん!?」
「お、親父!? 見てたのかよ」
「見てたのかじゃないだろう。軒先で話してれば……ゴッホン。嫌でも聞こえてくるぞ」
「あんた達……言っとくけど、あたしは応援しないからね」
「お袋まで……わかってるよ。これは俺達の問題だ」
「ああ。そういう事じゃないのよ。……頑張って二人でお父さん納得させて見なさい」
「ちょっ!? お袋。そんなんでいいのか」
「まあ複雑だけど……お父さんを納得させられたら、あたしも認めてあげる」
「言っておくが、俺を納得させるのは世界一大変だぞ」
「分かってるって。最初の試練がいきなり最大の試練になりそうだぜ」
言いながらあたしをちらりと見る京介。その目には全く諦めの色は見えない。
あたしは京介に笑い返す。
「いいじゃん。二人の絆がどれだけ強いか、見せ付けてやろうっての!」
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最終更新:2011年12月25日 20:40