117 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 13:08:41.14 ID:BwHD6CGw0
よく晴れた休日の昼下がり。この日あたしは、ある人と待ち合わせをしていた。

「きりりん氏~!待ちましたかな~?」

そう、ある人というのは、オタク友達の沙織である。
沙織はぶんぶんと大きく手を振り、小走りでこちらに近づいてくる。

「チッ、遅いっての……どんだけ待たせるワケ?」
「い、いやいや、まだ約束の5分前ではありませんか!」
「うっさい!あたしはもう1時間くらい待ってんの!」

別にこいつと会うのを楽しみにしてたわけじゃないケド、あたしをこんなに待たせるなんて
ありえなくない?

「ま、まあまあ、そうカッカなさらずに……とりあえず中に入りましょうぞ」

頬をポリポリと掻いて、沙織が先を促してくる。



今日あたしたちが来ているのは、おなじみのメイド喫茶「プリティーガーデン」だ。
例のメイドさんに案内され、いつもの席に向かい合って座る。

「あんた、いつになく大胆な格好だよね……」

今日の沙織はオタクファッションではない。
ちょっぴり胸元の開いたワンピースに、優しい印象のカーディガンを羽織っている。
いわゆる『お嬢様』ファッションだ。

近ごろの沙織はしばしば、『素』の状態であたしたちの前に姿を現す。
それだけあたしたちに親しみを持ってくれている、ということだろうか。
だとしたら、それはとても嬉しいことだ。

まぁでも、あんまり関係ないけどね。沙織は沙織なんだし。
あいつらだって、きっとそう思ってるはず。

それにしても……

「め、目のやり場に困るんだけど……」
「ふふふ、好きなだけ眺めていいのですぞ。今日はきりりん氏のために、この服を
 選んだのですから」

そう言って頭に手をのせ、悩ましいポーズをとる。
この場にあいつがいなくてよかった……そう思いながら、あたしはしげしげと沙織を見つめた。

反則的な美貌はさることながら、なんといってもそのプロポーションだ。
控えめな胸元の開きが、逆に豊かなバストを際立たせているように思える。

……こいつといい、せなちーといい、最近の女子高生って発育良すぎじゃないの。
あたしもあれくらいあれば……

「おや、どうしましたきりりん氏。自分の胸に手など当てて」

あたしは慌てて手を離したが、すでに遅かった。

「ムフフフ……今きりりん氏が考えていたことを当ててみましょうか。
 『ああ、なんて大きなおっぱいなのかしら。あたしもあれくらいあれば、京介のことを挟んだり
 母乳で育てたりできるのに!』」
「そそそそこまで考えてないッ!!!!!」

全力で否定するあたしを見て、沙織は腹を抱えて笑う。
こ、こいつ……絶対わかってやってるでしょ。

状況を打開しようと、あたしは必死に話題を変えようとする。

「そ、それにしても、珍しいよね。あたしと沙織の二人だけなんて」
「黒猫氏も誘ったのですが、『フッ、悪いけどその日は、新たなる創生世界の聖なる同胞たちが
 私のもとに導かれることになっているの。あなたたちはその様子を外の世界から眺めているといいわ』
 とかなんとか言って……」
「……要するに、新しい学校の友達が遊びに来るから今日は来れないと」

最近、あいつの中二言語を理解できるようになった自分が恐ろしい。

「どうせまた、あいつの脳内妄想でしょ」
「いや、どうやら今回は本当のようですぞ。なんだか話し方がウキウキしておりましたし……
 そう、まるで、きりりん氏のことを話しているときのように」
「なっ、なんであたしが出てくんのよ」

ぷいっとそっぽを向くあたし。そんな様子を、沙織がにやにやしながら眺めてくる。
あたしはふて腐れながらも、ここにはいないもう一人の親友に思いを馳せた。

……そっか、あいつ、ちゃんと友達できたんだ。

転校先でもぼっちになるんじゃないかと密かに心配していたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。
内気なあいつのことだ。ありったけの勇気を振り絞って、クラスメイトに接していったのだろう。

よかったじゃん。よくがんばったよ、あんた。

心の中で、今ごろは楽しい時を過ごしているであろう親友に語りかける。
でも……それは喜ばしいことのはずなのに、どうして自分は今、こんなにムカッとしているのだろう。

「ふふっ、きりりん氏は本当にわかりやすいですなぁ」

あたしははっと我にかえり、ぺたぺたと自分の顔に触れる。
そんな様子がおかしくてたまらないというように、沙織がまた腹を抱えて笑い出した。



「まぁ、たまにはいいではありませんか。きりりん氏と拙者が二人きりなんて、
 もしかして初めてのことでは?」
「……そういえば、そうかもね」

よく考えれば、いつもはあいつや黒猫がいて、こいつと二人きりになることは意外となかった。
チャットやゲームではよく二人で遊んでいるが、こうやって直接会って話すのは初めてだ。

「……それとも、わたくしと二人だけなんて、イヤでしたか?」
「ばかじゃん。んなわけないでしょ」

今さら何を言い出すのだろう。あたしは怪訝に思いながらも、沙織の次の言葉を待った。

「実は、少し心配しておったのです……以前、拙者の家に来たときはああ言ってくれましたけど、
 前回の黒猫氏とのことだって、きりりん氏は結局一人で突っ走ってしまいましたし……」

ぽつり、ぽつりと沙織は言葉を紡いでいく。あたしはただ黙って聞いていた。

「なんだかその姿が、誰かさんと重なってしまって……」

誰かさんというのは、沙織のお姉さんのことだろう。
最近の沙織はよく……というかほぼ毎回、お姉さんのことを口にする。
そのほとんどは『許せない』とか『絶対に見返してやる』とかいう愚痴なのだが、あたしにはわかる。
沙織はお姉さんのこと、大好きなんだって。

「ほら、きりりん氏ももう少しで卒業でしょう?京介氏にも進路のことは黙っておられるようですし、
 もしかしたら、また突然わたくしの前からいなくなるんじゃないかって……」
「沙織」

沙織はあたしの向かいで、おびえたように俯いてしまっている。
あたしはまっすぐ沙織を見て、語りかけた。

「あんたがこのサークルを大事にしてるってことは、よくわかってる。
 でも、あんたがあたしたちを大切に思っているように、あたしもあんたのことが大切なんだよ」

沙織はまだ俯いたままだ。

「あんただけじゃない。黒猫やあやせ、加奈子やあいつだって……みんな、あたしの大事な人。
 全部があって、初めてあたしなの。あんたが不安になるなら、何度だって言ってあげる」

あたしはそこで息をついて、自分の想いを一気に語った。

「この先何があったって、あたしはあんたの友達、やめるつもりないから」
「……ありがとう、きりりんさん」

沙織はそこで、やっと笑ってくれた。


会計を済ませたあたしたちは、そのままプリティーガーデンを後にしようとしていた。
まだ門限には余裕があったので、この後はアキバを回ろうと思ったのである。

しかし、入り口から出て行こうとしたとき、一組の男女と入れ違いになった。
その二人を見て、あたしたちは思わず目を見開いてしまう。

「ね、姉さん!?」「あ、あんた……なにしてんの」

そこには沙織のお姉さんの香織さんと京介が……腕を組んで突っ立っていた。
学校帰りなのか、京介は制服姿で肩にカバンをかけた出で立ちだ。

あたしたちに気づいた京介はあんぐりと口を開け、今にも目が飛び出しそうになっている。

「……姉さん、何をしているんですの」

そんな中、香織さんだけは余裕の表情で、にっと勝気な笑みを浮かべる。

「おう、さっき道を歩いていたら、真田を半分ほど劣化させたような男が歩いていたのでな。
 面白そうだから、お茶に誘ってみたのさ」
「あんたが強引に引っ張ってきたんでしょうが!誘拐ですよ誘拐!」

じたばたする京介の腕を押さえて、香織さんがカッカと笑う。

「姉さん結婚してるでしょ!ナンパなんて……」
「おや、人妻がナンパしちゃいけないのか?」

まるで悪気がない。そんな姉の姿を見て、沙織は深いため息をついた。

「……あんた、今日模試じゃなかったの」
「学校帰りにさらわれたんだよ!助けてくれよ桐乃~!」

助けを請うような目で、京介があたしを見つめてくる。
その姿があまりに情けなかったので、あたしも思わずため息をついてしまった。

「ちょうどいいからどうだ、これから4人でお茶しないか」
「結構ですわ。わたくしはこれからきりりんさんとデートなので」

沙織がぎゅっとあたしの腕に抱きついてくる。柔らかなふくらみが肩に当たった。

「きりりんさん、高校生をナンパするような淫らな人妻は放っておいて、
 もう行きましょう」
「そだね、情けない女たらし放っておいて、あたしたちで楽しもっか」

あたしたちは互いに目配せをして、そのままプレティーガーデンを後にする。

「待ってくれー!!置いてかないでー!!沙織ー!!桐乃ー!!」

京介の悲痛な叫びを背中に受けながら、ずんずんとその場を立ち去っていく。
途中ちらっと後ろを振り返ったが、すぐに目線を前にもどした。

……あの様子なら、まず心配ないだろう。
京介とあの約束をしてから、あたしの中では余裕ができていた。

それよりも今は……

「ねぇ沙織、どこ行こっか」

大好きな親友との時間を、思いっきり過ごそう。
恋人のように身を寄せ合いながら、あたしたちはアキバの街に繰り出していった。




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最終更新:2012年01月01日 07:39