320 名前:【SS】[sage] 投稿日:2012/01/01(日) 00:39:49.52 ID:0f4rw5OJ0 [5/5]
 SSふたりの年明け


 「はあぁ、寒っ……」

 熱い缶コーヒーをひと口啜り、ほぅっとため息を吐く。吐く息が白くなってますます寒さを感じさせる。
 途中コンビニに寄って買った缶コーヒーを啜りながら俺たちは一緒に歩いていく。

 「ほら、さっさと歩く!」
 「へーへー」
 
 俺のとなりを歩く桐乃が肘で小突いてくる。

 今日は大晦日で時刻は今、午後23時30分をまわったところだ。もうすぐ年が明けて新年という時間帯。
 俺と桐乃は2人で、年明け早々近所の神社で初詣をしようという話になっていた。ついさっき決まったことだけどな。
 ま、毎年親と紅白かガ○使の番組の取り合いするのもなんだしさ。
 それに妹と一緒に新年を迎えるってのも悪くないって思ったのが本音だ。

 本当はこんな時間に外出するなんて親父は絶対に許さないはずなんだけど。
 番組の取り合いにならずに紅白を見れると思ったのだろう、お袋がこちらに加勢をしてくれたのもあり、
 まあ今日くらいはということでそんなに長い時間ではないけど特別に許してもらったってワケだ。



 神社の境内に入るともう結構な人だかりが出来ていた。
 思ってたよりもずっと参拝客でいっぱいだったので驚く。
 去年、日中に麻奈実と一緒に初詣に来たときもたくさんいたけど、この時間帯でも結構混むんだな。
 考えてみれば当然かもだが。

 「もう人でいっぱいだな」
 「うん。もう並んでるみたいだしさ。あたしたちも早く並ぼ?」
 「そうだな」

 そう言って俺たちは列の最後尾に並ぶ。



 「もう5分くらいかな?」
 「ん?おお、そうだな」

 今年も色んなことがあったなあ。
 なんてぼーっと考えながら並んでいるうちに時刻は23時55分を過ぎる頃だった。
 隣を見ると桐乃は腕時計で時刻を確認しているようだった。
 こいつにとって、この1年はどんな年だったんだろうか。
 もう今年も残り少ないしな。ちょっと聞いてみるか。

 「桐乃。おまえはこの1年どうだったんだ?」
 「え? ……ん~、まあそれなりにいい年だったカモ?」

 意外にも控えめな答えが返ってくる。
 桐乃のことだからもっとこう、ばりばりリア充的な1年だったとか自身満々に返してくるかと思ったんだけどな。

 「ま、あんたのおかげでプラスマイナス0って感じ?」

 ……ひ、ひっっでえぇぇ!!?? そんなに俺の存在がマイナスなのかよ?! ぐすん……。
 こっちはおまえと少しは仲良くなれていい1年だと思ってたのによ。泣いていいかな……?

 「ちょっ?! んもう……なんか変な勘違いしてない??」
 「ふえ?」

 泣きそうな俺の顔を見てか桐乃は弁解を始める。てゆうか俺はもう情けない声を上げていた。

 「ま、まあ年の前半はさ? 留学が失敗しちゃったりして、あんたにも……、」
 「と、とにかく良くないこともあったりしたけどさ? こっちに戻ってきてからはあんたのおかげでプラマイ……、ううん」
 「……まあ、ほんのちょっぴりは、その、プラスだったからサ? だからそんな顔すんなっての!」

 これまた意外なことを言われてぽかんとしてしまう。

 あ、あの妹様が、なんつった? お、俺のおかげでプラマイ0って言ったの? 逆じゃなくて?
 さっきとは反対の意味でまた涙が出そうになる。

 「うざっ。だからそんな顔するなっての!」
 「お、おう。その、ありがとな」
 「ん……。まあ、こっちこそ……?」

 珍しく2人して感謝し合う。それだけでも今日一緒に初詣に来て良かったと思う。
 そっかそっかぁ。へへ、本当にこいつを連れ戻して来れてよかったな……。

 ………………。

 「おまえもしかしてまた留学とか考えてるか……?」
 「え?」

 そういえばこいつ進路とか教えてくれねーし。も、もしかして……??

 「ふぅん……。うぅ~ん。どうしよっかナァ??」
 「な゛?!」

 俺の心配を裏腹に桐乃は急に悪戯っぽい口調になる。
 お、お、おいおい冗談じゃねえぞ?! おまえに逢えないのが嫌で嫌で、そんで俺は……!!

 「なぁにィ、あんた? もしかしてぇ? あたしがまたいなくなると思ってんだ?? ひひ」

 こ、こいつ、ぜってー楽しんでるだろ! こっちは真剣だってのに!

 「ぷっ、あ、あんたってば、ほ~んとにシスコンだよねぇ。なにマジになっちゃってんのぉ??」

 さっきからこいつも、俺をからかえてそんなに楽しいのかよ!

 「ひ~ひ~、おっかしィ! お腹いたいってば。心配しなくったって別に、……っひゃあ?!」
 「ど、どこにも行かないんだな??!!」

 思わず桐乃の両肩をガバッっと掴み言い寄る。

 「ち、ちょ?! 近いってば! こんなところで、あの……」
 「ど、どうなんだよ?」
 「ちょっと?! い、痛いからそんなに強く掴まないでよ……」
 「あ、わ、悪りィ……けどよ、俺またおまえに逢えなくなると思ったら……」
 「こ、こ、こ、こんなところで何言っちゃってんのあんた??! ~~~~ッ!」

 俺の無言の訴えに桐乃は半ばやけ気味に言い放つ。

 「あ゛ぁあ~~~っもう。分かったってば!! あたしはずっとあんたのそばにいるからさ!」

 『『おめでとう!!!!』』

 「ひゃっ?!」
 「っと?! ……あぁ、と、年が明けたみてえだな」
 「う、うん。もう、あんたのせいでカウントダウン逃したじゃん」
 「は、はは。とにかく安心したぜ。」
 「…………シスコン」

 そこかしこからおめでとう、だの今年もよろしく、だのと新年の挨拶が聞こえてくる。

 安心したところで、そんじゃあ俺も――――。

 「桐乃、あ、…………」

 明けましておめでとう。今年もよろしく――――。

 喉まで出掛けていたセリフが口をつぐんでなかなか思い通りに発せられなかった。

 あ、あれぇ? っかしいな……。   

 言いたくても、なかなか言えない。そんな感情。

 なんていうか、多分きっと俺は照れているのだ。
 妹に向かって新年の挨拶をするってことに。

 え? えぇ? おかしいな……? 
 兄妹で挨拶するってのは、こ、こんなにもこっ恥ずかしいことなのか?
 俺だけなのだろうか? この感覚、兄妹がいる人にならなんとなく分かってもらえねえかなぁ?

 「………………ぁ」

 あー……、ダメだ。こいつの顔を見るとどうしても言葉に詰まる。
 このオドオドしていて何か言いたげな不安そうな視線で見られてると……。

 ……って、オドオドしていて何か言いたげな不安そうな視線だあ??
 

 「京介―――あのっ『♪め~るめるめるめるめるめるめr』

 「ッに、にぎゃああぁぁあああっっ!!!??」

 となりから絶叫に近い叫びが響いた。
 「めてお☆いんぱくと」のメロディが急に流れ出し、桐乃は慌てて携帯を開く。

 あ~あ、油断しやがったなこいつ。外出するんだからマナーモードにしとけっての……。

 俺は半ば呆れてしまい、やれやれとため息を漏らしてしまった。
 桐乃は恥ずかしそうに周囲を窺う。
 初めこそ周囲の人たちの注目を集めてしまったが、それもすぐにおさまったようだった。
 ただ列の前の親子連れの小さな女の子が興味を持ったのかじーっと見つめていた。
 顔を真っ赤にして携帯の画面とにらめっこをする桐乃。

 あ、やべ。可愛い……。

 「~~っ。あ、あやせからみたい……うぅ」

 どうやらあやせからの年賀メールが届いたらしい。
 とりあえず桐乃は着信音の失態はさておき、あやせからのメールには嬉しそうに返信をしていた。

 「マナーモード設定しておけ。また来るぞ?」
 「……ん。そーしとく」

 っと。俺の携帯にも着信が入る。
 開いてみると麻奈実からのようだった。

 お、おぉう。麻奈実がめーるを打ってやがる……。どれどれ。

 『明けましておめでと~。去年はいっぱいお世話になりました。
  今年もよろしくね、京ちゃん。今年も桐乃ちゃんとは仲良くしなきゃダメだよ?』

 ったく。たりめえだっての。
 それにしても、どうせ朝になったらちゃんと年賀状も届いてるんだろうに。
 わざわざ年賀メールまで送ってきやがって、律儀なヤツ。

 そうやって内心笑いつつ、俺も返信をする。
 続いて……、

 「お、今度は沙織に……」
 「黒いのからも」

 『あけオメ。ですわ、お二人とも。今年も1年よろしくお願いしますわね。
       こちらも今、黒猫さんと一緒に新年を祝ってるところですわ。』

 『また”輪廻の刻”が巡って来たようね。まずはオメデトウと云っておくべきかしら?
        あなたたちには今一度、輪廻に付き合ってもらう事になりそうだわ……』

 「あー……どうやらあっちはあっちで年越しをしたみたいだな」
 「うん。そーみたい。……あ、また。今度は加奈子に……、ランちんも」

 順番が回ってくるまでの間、俺たちは届いてくる年賀メールの返信をしながら待つ。
 そして、前の順番の親子連れが参拝し終え、ようやく俺たちに順番が回ってきた。

 「えへへ、バイバ~イ☆」
 「うん! お姉ちゃん、ばいばぁ~い」

 桐乃は参拝し終えた小さな女の子にバイバイとにこやかに手を振る。
 いつの間に仲良くなっていたのか向こうの子もバイバイと手を振り返してくれていた。
 そうして、そのまま両親に手を引かれた女の子は人だかりの中に消えていく。
 こんな時間帯でも子供が参拝しに来るもんなのな。
 
 「ぃゃ~ん。今の子超可愛かったなぁ……でへへえ~」
 「あー……ほらほら、次は俺たちだから」
 「分かってるって」

 トリップしかけている桐乃を呼び戻し、俺たちも参拝をする。
 賽銭箱の前に二人並ぶとまずは桐乃がぺこりとお辞儀をし、鈴から垂れている紐を掴みガラガラと鳴らす。

 「はい。あんたも」
 「ん」

 今度は俺が鈴を鳴らす。
 そして2人してお賽銭を投げ込み、再度2回礼をし、パンパンと両手を合わせる。

 手を合わせ、お祈りをしながら考えてみる。
 去年1年は本当に色んなことがあったもんだ。
 殊勝にも去年1年を振り返ると色んなことが俺の頭をよぎっていくようだった。
 そして……その渦中にはどうしても今、隣で一緒に手を合わせているヤツの顔が浮かび上がってしまう。
 眼を瞑ってても見えるのは、いつもこいつの顔だった。

 ふと、気になりチラッと横を窺う。すると、

 「――――ッ!?」
 「――――ッ!?」

 タイミングが良いのか悪いのか、ちょうど桐乃も俺のほうを向き、不意に眼が合ってしまう。
 慌てて眼を逸らしお参りに集中しようとする俺。

 き、桐乃のヤツ、参拝してる最中に急にこっち見るヤツがあるかよ?! ……、ってまあ、それは俺もだけどよ。
 まさか俺の考えてたこと、バレちゃいねーよな?

 そんな錯覚にとらわれ焦ってしまうが、それも一瞬のことですぐにそんな訳がないと思い直す。
 そうして今度こそしっかりと自分の願いを祈り終える。

 桐乃はどんなお願い事をしたんだろうな?
 ガラじゃないけど、まあ、桐乃の願いも……叶うと良いな?



 参拝が済んだ後でも桐乃の携帯にはまだメールが届いているようだった。

 「まだかかってくんのな、おまえ」
 「当たり前ジャン。あんたにはもう来ないワケ?」
 「いや、そういうわけじゃ……、っと、ほら赤城からだ」

 それに瀬菜からも。そして桐乃へのメールから遅れてようやく俺にもあやせからのメールが届いた。
 良かった……忘れられてはいなかった。
 ただし相変わらず過激でカワイイ文章だったので内容は割愛しとくけどな。ハッハッハ……。

 「うぐぐッ! ぁんの腐れ腐女子めえぇえッ」

 …………。

 どうやら瀬菜は桐乃にも送ってきたみたいだけど、桐乃に一体どんなメールしやがったんだ……?
 歯軋りをしながらキレる桐乃を見て瀬菜の送ってきたメールに戦慄するのであった。

 「て、ゆーかさあ! な、なんでどいつもこいつもあたしが京介と一緒に初詣来てる事前提でメールして来んのよ!?」

 うっ、確かに……。
 別に誰に言ったわけでもないし、そもそも一緒に初詣に行くってのはついさっき決まったことなんだけどな??



 そうこうしているうちに再び着信が入る。お次は……?
 ……お、御鏡の野郎からじゃねえか。

 「あぁ、あたしにも御鏡さんからだ」

 どうやら御鏡も俺たちには同時に送ってきたみたいだな。本文を読む。

 『明けましておめでとう。去年はいろいろとお世話になったね。今年も1年よろしくお願いするよ。』

 こいつとも色々あったよなあ。最初はいけ好かねえ野郎だったけどよ。
 何だかんだでこいつにも結構お世話になっちまったし。
 ま、暇がありゃ今度こいつとも――――、

 「ッにぎゃあああぁぁぁぁああああああ!!!???」

 となりから絶叫に近い叫びが聞こえた。
 
 って  ま  た  か  。
 
 「ッ? こ、今度はなんすか……?」
 「ぁ、ああ、あんたにも来てるんでしょ?! 御鏡さんからのメール!! よく見ろ!」

 メール? 今見たばっかで、……あ。

 よく見ると本文はまだ続いており改行によって続きの文章が現れた。

 『これは僕から2人へのささやかなプレゼントだよ。』

 は? なんだそりゃ?

 さらにメールには一緒に画像が添付されており、俺はつい何の警戒もなしに開いてしまう。と……。

 「んな゛?! ッう、うわあああぁぁああああ!!!????」

 こ、これって……!!?
 そこに映し出されていたのは……、

 「メ、メルルイベントのライブのときの俺たちじゃねえか!!?」
 「あ、あ、あの人。こんなのいつの間に……!?」

 それは3ヶ月くらい前のライブのときの画像だった。
 そう、つまり……、妹は足元の破れたウェディングドレスで、俺はボロボロのスーツ姿でいるところを。
 しかもばっちりしっかりと手を繋いでるところを背後から撮られていた。

 最近の携帯って画質パネエなあ……。ふひ。

 ……じゃねえ!? あ、あの野郎! こんなもんいつの間に撮ってやがったんだ!?
 た、確かにあのときは周りの歓声で相当騒がしかったからな。後ろから撮られていても不思議じゃあないか……。
 あの時、美咲さんはいい宣伝になるかもって適当なこと言ってたみてえだけど、どうやら効果はあったみたいだな……。
 現役のデザイナーに目を付けられるくらいにはなあ!? ちくしょうッ……!!
 あのとき相当目立ってたんだろうね俺ら……。今更ながら、は、恥ずかしすぎる……。

 「新年早々なんてもん送りつけて来てんのよあの人……!」
 「ああ、まったくだぜ……」
 
 2人ともしばしの間、それぞれの携帯の液晶に映し出された同じ画像を見つめ、顔を赤くし固まっているのであった。 
 

               ※※※※ 


 年賀メールのラッシュも大分落ち着き、送られてくるメールもちらほらとし始めた頃。
 桐乃の提案でおみくじを引こうということになった。おみくじ売り場まで歩いて移動する。
 桐乃を見るとさっきから何やらしきりに、何度も携帯を取り出しては開いてみたりしている。

 何やってんのかね? まだメールが届いて来るのか?
 あ、そういえばっと……俺も携帯を開く。
 えーっと、さっきの画像を、…………っし、これで完璧。

 待ち受け画面の変更を手早く済ませ、いそいそとポケットにしまう。

 「なにニヤニヤしてんの? キモいんだけど」
 「べ、別にんなこたぁねーよ。おまえだってさっきからなんか携帯何度も取り出してニヤニヤしてたみてーじゃねえか?」
 「は、はあ?! んなわけないジャン……?」
 「そっかよ」

 よくわからんやっちゃな。
 とゆうかそこは赤くなるポイントじゃないだろ。


 おみくじ売り場に着くと、俺たちはさっそくそれぞれにおみくじを引いた。
 おみくじ箱を受け取りそれをがらがらと振って、出てきた棒に書かれた番号を係りの人に告げる。
 その番号の示す棚から一枚の紙片が差し出された。同じく桐乃もそれを受け取る。

 横を窺うと桐乃の表情がぱあーっといっそう明るくなったのが見えた。
 それだけでこいつの引いたおみくじの結果が容易に想像できた。

 へっ、流石と言うかなんというか。
 さて、俺のはっと……おっ!? ………………へぇ、たまにはこんなこともあるもんだ。
 健康運、学業運、金運……順序に眺めていき、そして――――。

 …………はんっ、云われなくっても分かってるっつーの――――。

 桐乃の方を見る。桐乃もにやにやして嬉しそうにこっちを見ていた。

 「ねえねえ、どうだった? ま、あんたのことだからショボいの引き当てたんでしょうケド、ふふん」

 どうやら自分の引き当てたおみくじを教えたくて仕方がなさそうだな。
 ま、言わなくったってその表情を見てれば分かるけどな。

 「桐乃のはどういう結果出たんだよ?」
 「ふーん? 知りたいんだあ? しょーがないなあ、見したげる」

 待ってましたと言わんばかりにおみくじの紙を見せびらかしてくる。

 「へっへ~ん、ほらこれ大吉!」
 「お、おまえってヤツは……相変わらず」
 「ひひ、まーね。すごいでしょ? ふふん」

 まあ、分かっちゃいたけどよ。平然と引き当てちまうんだもんなあ。すげえよまったく。

 「余裕の大吉だ。運の良さが違いますよ。ふふ」

 なんの声真似だよ……どっかで聞いた事あるような気するけどよ。
 思わず苦笑が漏れてしまう。
 よっぽど嬉しかったみてえだな。

 「で、どうなんだよ? どんなこと書かれてんだ? 見してみ」
 「へ? うんまあ、別にいいケド……?」

 ? なんで若干顔赤らめるんだよ?
 さっきまであんなにはしゃいでたってのに急にしおらしくなりやがって、変なヤツ。

 「……ほら、これ」

 受け取ったおみくじに目を通す。
 まずは大きく大吉と書かれた文字が目に入る。それからそれぞれの運勢にも目をやる。

 「どれどれ、健康運、何事も心配に及ばず。心の支えによって更に無病息災」

 ……、のっけから向かうところ敵ナシってか? 流石にびびるわぁ~。
 まあ、こいつが1年元気でいられるってんのならそれ以上に良い事はねえわな。
 それに心の支えねえ。こいつの場合エロゲってことか。……いや、それだけじゃねえよな。
 それはエロゲであったり友人であったり、そして家族であったり、するんだろうな。

 占いといえどもこの結果は素直に嬉しいと思えた。

 「学業運、学べばそれだけ伸ばせる時期。無理はせず着実に自分を磨き上げる好機」
 「金運、どんどん収入が増えていく見込みあり。また大切な人からの贈り物も期待できる」

 っかしいなあ……? 俺のおみくじとこうまでも違うもんかねえ??
 はあ、もういいよ。次次。えーと……、

 「ね、ねえ? もう良くない? 返して?」
 「は? まだ全部読んでねえから待てってば」
 「~~~~ッ、あっそ!」

 急に何言ってんだこいつ? あんなに嬉しそうに見せびらかしてきたのによ。
 とりあえず続き読んでもいいんだろ?

 あわあわとしている桐乃をよそに再びおみくじに眼を落とす。

 「そして恋愛運は……、今年は稀に見る運気の良い年。長年の想いが成就するだろう。
    想い人と気持ちが通ずるには時に素直になる必要も。勇気を出して行動するべし」

 ……だとさ。ほんと呆れちまうよな。なんだよこのくじ運の良さはよ?

 「ホ、ホラ、もういいでしょ! そろそろ返して」

 未だに赤い顔をしたままの桐乃はひったくる様にして俺の持っていたおみくじをつかみ取る。
 なんか急に機嫌悪くなったか? 相変わらず急だな。なんかしたっけ俺?

 「まったく……すげえ良い運勢じゃねえかよ。どれも非の打ちどころがないなこりゃ」
 「う、うん。ま、当然っしょ?」 
 「神様すら味方に付けてんのかね、おまえ?」

 いや、これはマジでそう思わずにはいられないぞ。

 「ふふん、そうかもね。それにしても――――」

 桐乃は何故か自嘲するようなため息をつき、突然俺に背を向けるようにくるっと反対側を向くと……、

 「っっあーーあ! ……やっぱり神様にはぜ~んぶ見透かされちゃってんのかなぁ??」

 ? なんのこっちゃ。

 もう一度振り返ってこっちを見る桐乃は心なしか微かに笑っている気がした。相変わらず赤い顔をしたままで。

 「ぷっ、何でもないっての! ばーか」

 んべっと舌を出してまた微笑む。

 「それよりさ! 次はあんたのも見せなさいよ。」
 「今あたしチョー機嫌いいからトクベツに慰めてあげる。感謝しなさいよねこのシスコン」

 「まだ見てもいねえのにスゲエ言われようっすね?!」

 最初から悪い運勢引き当てたこと前提で話してんじゃねーよ!?

 「はあ? あんたのことだからどうせ微妙なの引き当てたんでしょ? あたしと違って」
 「だから勝手に決め付けんなっつーの! へっ、大吉を引き当てたのは何もおまえだけじゃないんだよ。ほらこれ見ろよ」

 そういって俺の引き当てたおみくじを桐乃の前に突き出す。そう、何を隠そう俺の引き当てたおみくじも大吉だったのだ。

 ……珍しいこともあるもんだ。

 「嘘、マ、マジで? ふーん? 珍しいこともあるじゃん」

 マジでな……。おーおー。びっくりしてるなこいつ。マジで珍しいもんな……。

 俺からおみくじを受け取ると桐乃は運勢を順番に読み上げていく。

 「ふむふむ。健康運、重い病気にはかからないが油断するべからず。病にかかりしときは近しい人が助けとなる」
 「学業、精進すれば必ず成功する。ただし怠ると危うし。……なんかフツー」

 大吉のくせに。と桐乃は呟く。

 「ほっとけっての。学業運でもっとマイナスなこと書かれてないだけホッとしてんだよこっちは」

 だいたいおまえのあり得ないくらいベタ褒めの占いと比較してんじゃねえよ。
 大吉たってこんなもんじゃねえの?? おまえのがおかしいんだよ。……多分。

 「んーと次は、金運、大きな買い物をするなら無駄遣いするべからず。
       収入は望み薄し……あんたってほんとお金に縁がないよね」

 いーもん、いーもん! 普段からあんまり使うこともないしな!
 どーせ今年もお年玉ナシなんて初めから分かってるし!

 大体、大きな買い物って何だよ?!

 「さ、さあ? プレゼント……とか?」
 「そんな相手いねえよ……」
 「………………あっそ」

 桐乃はなんだか不服そうな顔をしたような気もしたがさっさと続きを読み始める。

 「最後は、え、えーっとぉ? れ、恋愛運、ね……?」

 「ッ! ……ま、待ち人すぐそばにあり。近しい者からの想いを見逃さないこと。
     消極的な先入観は禁物。積極的な行動力が重要。想いは成就する。……か」

 読み上げてひと息つく桐乃。

 「ま、俺にしてはなかなか良い運勢だろ?」
 「ふ、ふーん? まあイイんじゃない? 良かったジャン?」

 桐乃は何か思うところでもあるのか俺のおみくじを食い入るように見ていた。
 人のおみくじを見ててそんなに楽しいかね?
 
 「……ハイこれ」
 「おう」 

 ようやく気が済んだらしく俺のおみくじを渡してくる。 
 何か気になることでもあったのだろうかと俺ももう一度おみくじに目をやる。

 つっても、気になるようなことは別にねえよなあ?。
 ……それにしても、同じ大吉だってのに。この差は何なんだろうな? いやでも良く見ると……。

 ………………。

 「……ぷっ」

 いけね。思わず吹き出しちまった。
 
 「? なに?」
 「いや別に。たださ、このおみくじってホントいい加減だよなあ、って」

 なんで? と聞き返す桐乃に答えてやる。

 「だってよ、恋愛運のところとかよ。見てみろよこれ? どっちのもすげえ良いこと書いてあるじゃねえか?」
 「うぇ?! ……ん。ま、まあ、そうみたいジャン? どっちにも成就するって書いてあるし?」

 「でも、お、おまえ、俺に彼女が出来るまでは彼氏、作らないんだよ、な?」
 「…………うん。まあ」

 ちょっとホッとしてしまう。

 今度は桐乃が問う。

 「あんたも、……あんたも、あたしに本当に好きな人が出来るまでは……彼女、作らないんでしょ……?」

 桐乃も、不安そうな眼で問いかけてくる。

 「ああ。作らねえよ……」

 そのひと言で桐乃もキュッと硬くしていた体の緊張を解いたようだった。

 「でも……、」

 「ぷっ、……2人とも成就しちゃうんだ?」
 「はっ、みてえだな?」

 「ふ、ふふ。何ソレ? バカじゃん?」 
 「ははは、ホントだぜ」

 2人してなんだかおかしくって笑い合う。ほんと変な占いだよな? こんなのってあるか? くっ、ははは。


               ※※※※            

 
 ひとしきり笑いあった後、俺たちはそれぞれのおみくじを木の枝にくくり付けた。
 そして、いい加減親父たちも心配し出す頃だろうということで初詣は終わりを迎えた。

 「よし、そんじゃあ帰るか」
 「うん」

 来るときと同じように帰りも二人並んで歩き出す。



 「…………京介」

 帰り道、桐乃が急に俺を呼び止める。

 「ん?」
 「………………」

 どうしたんだよ桐乃? 

 顔を覗き見るがその感情は読み取れない。
 桐乃も俺の名前を呼んだきり、息を飲み込んだだけで何も言おうとはしない。

 ただ――――。

 ただ、その表情からは、何か一大決心をしたかのような強い意志が感じ取られた。……そんな気がした。
 そして意を決したかのように一度眼をまばたくと、桐乃は少しずつ話を切り出し始める。

 「あのさ、あたしはね? さっきのおみくじ。全然信じてない訳じゃないんだよ?」
 「そうなのか」

 まあだろうな。俺だって信じてないなんて言ってねーもん。
 俺がそう思ったのなら桐乃だってそう思うに違いないって思ったよ。
 ま、これでも俺たちは兄妹だからな。なんとなく分かってたよ。

 「だってさ、もしも……これはもしもの話だよ京介?
     もし、あたしに本当に好きな人が出来てさ……」

 「もしも、その人に告白されたら、さ……あたし嬉しいもん」

 「嬉しくて、嬉しくって、きっとあんたのお願い守れそうにないもん。」

 「だからきっとOK出しちゃうかも……ううん、絶対にOK出しちゃうと思う」

 「…………そっか」

 不思議と以前のような焦りは感じなかった。本当に不思議だ。俺はあんなにもこいつに彼氏が出来ることを拒んでたのに。
 どうしてなんだろうか? あの日芽生えかけた気付きそうで気付けなかった想い。
 それを急激に意識させられてしまう。桐乃、おまえは……。それに、俺は……?
 桐乃の吐く息が白い。きっと桐乃は今、俺にとても、とても大事なことを伝えようとしている。

 「だからさ、あんなおみくじだけどさ、あたしももう少しだけ……もう少しだけ積極的になってみようって思うの」

 桐乃は珍しくたどたどしい口調でそう告げた。俺の眼を真っ直ぐに見つめて。

 それってどういう――――……いや、そうじゃねえよな。

 慎重に言葉を選んで訊ねる。

 「……それを、どうして今俺に言ったんだ?」

 「!! それは……――――、抱負、だから」

 「抱負?」

 「そ。これがあたしの今年の抱負。今年は去年よりももう少し積極的になろうって思ったの」
  
 「だから今京介に言ったの。今年の抱負を」 
              
 「そっか」
 「……うん」

 なるほど……OK。おまえの言いたいことはなんとなく、いや、……きっと俺に伝わった。
 今のはきっとヒントだったんだよな?
 桐乃は何かを言いかけ、抱負と言い直したんだ。それは確かに抱負には違いない。違いないけれど……。
 もう少しで気付けそうなんだ。後もう少し。だからもうほんのちょっとだけ待っててくれよな。 
 きっとおまえの言いたかった正解を言い当ててやるからさ。

 ……だから、だったら俺もこう返すしかないよな。

 「桐乃。俺も今年の抱負決めたぜ」
 「何?」

 「俺も今年の抱負はそれにするわ」

 驚いた桐乃は一拍置いてからようやく怒鳴りだす。

 「は、はあ?!! なにそれ? あんたあたしの抱負真似するわけ??」

 なにこいつ狂ったの? みたいな表情で文句を言ってくる桐乃にしれっと切り返してやる。

 「ハア? ちげーし。だっておまえも読んだだろ? 積極的な行動がどうのって」
 「だから俺のはおみくじに書かれてた事を実行するってだけだし?」
 「なによそれ!?」

 「だからどっちかっつーと真似してるのはそっちのほうじゃねーのか?」
 「な、な、な……??!」
 「ほら、いい加減さみいんだから帰るぞ!」
 
 そう言うと俺は桐乃の手を握りしめ歩き出す。

 「な?! ちょっと京介なにす……?!」
 「いいじゃねえか! この方が寒くねえだろ?」
 「ふ、ふん! ぁ、あっそ!」

 それっきりで桐乃は俯いたまま、黙って手を握り返してくれた。
 直に絡めあった手と手同士から互いの温もりが伝わって暖かかった。

 桐乃の手、小さくって柔らかくって暖かいな。
 顔赤いぞ桐乃? そういえばさっき一緒にお神酒呑んだっけ。
 俺の顔も真っ赤なのはきっとそのせいに違いないな。うん。


 歩きながらさっきの言葉を頭の中でもう一度考える。

 今年の抱負。桐乃は、今よりももう少しだけ積極的になる。と俺に告げた。
 その、いつか好きになった人に、いつか好きだと告白してもらえるように自分ももっと頑張ろう、と。

 俺だってうかうかなんてしてられない。俺だって決めたんだ。
 いつか本当に好きになった子に告白するとき、その子にハイって言ってもらえるようにってさ。

 いつの間にか俺は桐乃と繋いでいた手を、優しく、そしてより強く握りしめていた。
 それに答えるかのように桐乃も強く、しっかりと握り返してくれる。

 

 しばらく歩いていると再び桐乃が立ち止まる。
 手を繋いだまま、俺は桐乃の一歩手前で立ち止まり振り返る。

 「どうした桐乃?」
 「そういえばあたし、あんたに言い忘れてたことがあったんだケド」

 「?」

 「だから…………えぇっと」

 またモゴモゴし始め何かを言いたそうにしていた。言いたくても言えなそうな……。

 ――――あ……。

 今度こそ桐乃の感情を読み取ることが出来た。

 ――――言いたくても、なかなか言えない。そんな感情。

 俺も、大きく深呼吸をし、それを言ってやる。

 「明けましておめでとう。桐乃、その、今年もよろしくな?」 

 耳まで真っ赤にしながら俺はそう伝えてやった。
 桐乃は驚いたような表情をしていたが、それで踏ん切りがついたようだった。

 「ぅ、うん。明けましてオメデト。京介、今年も、よろしくね?」

 とびきりの笑顔でそう返事をされて不覚にもドキッとしてしまう。

 や、やばい。これはちょっとくらくらする。
 ホント、こいつの笑顔って……。

 にしても、なんだ。やっぱこいつも照れてたんだな。言い終わったらとっととそっぽを向いちまった。
 やっぱ兄妹で挨拶するのって照れちまうよな。俺だけじゃなく桐乃だってそう思ってたみたいだ。

 でも、ま、今みたいな笑顔が見られるならまた。また来年も一緒に――――。



 そうして新年を迎えたばかりの今日。俺たちは二人一緒に自宅への帰路を歩いていくのであった。




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最終更新:2012年01月01日 07:40