751 名前:【SS】[sage] 投稿日:2012/01/05(木) 19:19:01.83 ID:CqyFWocO0 [1/2]
SS一足早いお年玉



ズズ……ズズ……ズズズ……。

食卓に響いているのは年越し蕎麦を啜る音。
テレビから聞こえる厳かなナレーションと時折響く除夜の鐘は、今年の終わりと新たな年の
始まりの境界を実感させてくれる。

「……ふぅ。今年もあと少しだね。なんかさ、色々ありすぎていつの間にか大晦日って感じ」
「……ああ、そうだな」

あたしの呟きに京介が短く応えてくる。
器を持ち上げて汁を飲む振りをしながら、ちらりと隣の席をみるあたし。
そこでは京介が蕎麦を啜りながら、時折、視線をテレビに投げかけるのが見える。
テーブルを挟んだ向かい側では、お父さんとお母さんが静かに蕎麦を食べていた。
ゆっくりとした時間の流れを久しぶりに感じて、あたしは少しばかり過去へと思いを馳せる。

こうやって過ごすのって懐かしい感じがするなあ。去年は年越しを海外で過ごしちゃったから、
二年ぶりか。でも、体感的にはもっと昔……そう、あたしが小学生位の時の感覚と同じかもしんない。

その理由は誰に聞かれずとも理解している。あたしと隣に座っている京介との関係の変化に他
ならないからだ。
ほんの僅かなすれ違い、それにより同じ家にいながらも他人の様に振舞ってきたあたし達兄妹。
お互いを否定してばかりの関係。それが今は誰よりも強い絆を持つ関係へと変わっている、と
思えるまでになっていた。

今にして思えば一度距離を置くってのがいい結果になったのかな。前に読んだ大人の女性向け
雑誌にも載ってたけど、ケンタイキってやつ? それの解消に良いとかあった気がする。
確か長い間一緒に過ごしてるカップルとか夫婦がなるってあったっけ……って、カップル!?
ちがっ! ま、まだそんな関係じゃないし……じゃない! 何考えてんだあたしは……。
浮かんできた妄想を打ち消そうとぶんぶん首を振る。不思議そうな表情のお母さんが目に入る
が見て見ぬ振りを決め込み、残りの蕎麦を食べる事に集中する。

コトン。

「ご馳走様」の声と箸を置く音があたしの斜め前から聞こえてくる。
顔を上げると、お父さんが空っぽの器に箸を置くのが見えた。

「母さん、美味かったぞ」

満足げに言い、お茶を飲む姿を見ているといつもの厳格さを忘れてしまいそうになる。
今日ばっかりは、お父さんものんびりしてる感じ。まあ、そうだよね。仕事柄、大晦日とか
関係なく仕事してる訳だし、去年のあたしの事もあるから……家族揃って年を越せるのって
マジで久しぶりだもん。

「ゴホン」あたしの視線に気づいたお父さんがワザとらしい咳をする。
あは。照れてる照れてる。お父さんって見た目がゴツイ割に結構照れ屋っぽいトコ、ある気が
するんだよね。

「ふふ。この人ったら、相変わらずなんだから」

変化に気づいたお母さんが、意地悪そうに問いかける。

「い、いきなり何を言い出すんだ全く……母さんは何か勘違いをしているんじゃないか?」

お母さんの突っ込みに照れ隠し気味に答えるお父さん。
二人のやり取りをみていると、あたしと京介にダブって見えるのは気のせい、かな?
あの素直じゃないトコとか表情で嘘つけないトコとか、まんま京介だし。まあ、あのヤクザ
に勘違いされそうな風貌は似てないんだケド……京介も将来はあんな風になったりして。

「……何を不審者でも見る様な目で見てんだよ」
「あんたの気のせいだっつーの…………さすがにありえないか」
「? 意味が分からん……」
「いいんだって。あんたはあんただって思っただけの事」

首をかしげる京介に笑いかけるあたし。
そうそう。京介は京介なんだし、別にどうだっていいじゃん。

「本当に、あんた達って仲良くなったわよねえ。昔みたい、と言うよりも……そうねえ。例え
てみれば恋人同士みたいよ」

「ごほっ!」「ぶはっ!」「ぶっ!」

お母さんの唐突な発言に、三人して盛大に吹き出してしまう。

「お、お母さん!? 突然何言い出すんだってば」
「そうだぞ。仮にもこの二人は兄妹であってな……」
「お、親父の言うとおりだって」

あたし達の抗議にも、まったく動じないお母さん。ニヤニヤと笑いながら、あたし達三人を
見回している。
……やば。お母さんが変な事言うから……変に意識して顔が熱くなってきたじゃん。
皆に気づかれない様、下を向いて顔を隠すあたし。

「冗談よ冗談。前の御鏡さんの件があるから少しからかってみただけ」
「お袋……そいつは忘れてくれ」

隣の席からげんなりした京介の声が聞こえてくる。
そんな京介の態度にも構わず続けて話すお母さん。

「お父さんから聞いた時は驚いたけど感心したのよ。京介、あんた『俺の方が桐乃を大切に
する!』なんて言ったんだって?」

ひゃああ!? そ、その発言はダメだって!
顔を上げて抗議したい気持ちに駆られるが、今の表情を見られると余計拗らせそうな気がする。

「……ちょ!? 親父、聞こえてたのか。てかお袋に話したのかよ」
「いやその……酒の席でつい、な。……すまん」

珍しくしおらしい声で話すお父さん。
確かにあの大声は書斎まで届いててもおかしくないけど。

「気になってリビングの入り口まで来たんだが……さすがに入るのは躊躇われてな」

てか立ち聞きしてた!? しかも超ハズカシイ発言満載だったあの状況を全部聞いてたって事
だよね……。うう……さすがに最悪だ……。

湧き上がってくる言いようの無い羞恥心と怒りに、思わず京介をキッと睨むあたし。

「まて桐乃! そこは睨む相手が違うんじゃねえか?」

うっさい! …………分かってても仕方ないじゃん。あたしが感情をぶつけられる相手は、
あんたしかいないんだから。……それくらい分かれっつーの。
若干涙目になりながら睨むあたしに、京介がため息を漏らす。

――あたしと京介の間に流れる一触即発な空気。

「それはそうとして――来年はお前達も卒業だろう。もう進路についてはしっかり決めてある
んだろうな」

あたし達の睨み合いは、お父さんの言葉により一時中断する事になる。
お父さんナイスフォロー! と、京介ゴメンね。やっぱ本音って難しいよ……。
ほっとしながらも、心の中で謝るあたし。

「その辺については問題ねえよ。俺だってもう免許を取れる年なんだぜ?」
「……そうか。ならいい」

一足先に答えた京介に満足げに頷くお父さん。その隣では、お母さんがニコニコしながら二人
のやり取りを見届けている。
んー……? 昔からうちの両親って京介には淡白ではあったけど、以前とはなんか違う感じ。
京介、お父さん、そしてお母さんの顔を順に見比べながら思い返すあたし。
前はなんて言うか……投げやりな京介に諦め気味って感じがしてたんだよね。でも、今のお父
さん達の表情ってまるで京介に全幅の信頼を寄せてるみたい。

――ま、聞かなくても思い当たる節はあるって言えばあるか。

ここ最近の京介はあたしから見てもヘタレ脱却していて、正直言って……その、カッコいい
なんて思ってたりもする。
だけど面と向かって言ってやるつもりはまだない。
あたしが京介に本当の気持ちを伝える時、それはきっと――。

「桐乃はどうなんだ?」

思考の波間を漂いかけたあたしは、聞こえてきた声で現実へ引き戻される。
その声はお父さんがあたしへと問いかけていたものだった。

「あたしも大丈夫だってば。京介よりあたしのがしっかりしてんの、知ってるっしょ」

いつもの調子で答えながら隣の京介へと視線を走らせるあたし。
平然と蕎麦を食べている京介に、寂寥感が溢れそうになる。が、続いて視界に飛び込んできた
モノにあたしの心が満たされていく。

あんたってば……どれだけあたしの事気にしてるワケ? 箸が微妙に震えてる上に器で顔隠
しながらあたしをチラ見とか――ほんっと何してんだか。ったくこれだからシスコンは……。
顔が緩みそうになるのを必死に堪えるあたし。

「大丈夫だとは思っているが、留学の件もあるからな。いや、俺の気にしすぎか」
「ほんと大丈夫だってば。あたしはもう急にいなくなったりしないよ」

笑みを浮かべながら答えるあたしに納得したのか、ようやくお父さんは安心してくれた。
そしてあたしの隣から微かに聞こえる安堵とも取れる吐息に、恥ずかしいながらも嬉しさを感
じる。僅かに別の感情も湧き上がってくるが、それはまだあたしの心の中だけの秘密だ。

「ごちそうさま」

器の上に箸を重ねる。次いで食べ終えた京介も同じ様にして置くと、お母さんが全員の器と箸
を台所へと下げていった。

「お、もうすぐ日付が変わりそうだな。そろそろ新年挨拶の準備をするか」

お父さんの言葉に、あたし達はソファへと場所を変える事にした。

                    ◇

「あと五分で新しい年になるんだな」

京介の呟きに感慨深い感情が湧き上がってくる。
あと三ヶ月。それが過ぎればあたしも京介も新しい環境になるだろう。
先の事を考えると、正直不安な所はある。
友達の事、あの人との事――それに京介の事。解決していない問題も山積みだが、あたしは
それらから逃げるつもりなんてのは一切考えてはいない。
当たって砕けろ、なんつーのはあたしらしくないんだけどさ。

――あたしは一人の人物を思い浮かべる。それはあたしにとって誰よりも大切な人。

なんとかなるって事を――そいつは体を張ってあたしに教えてくれたんだから。

「頑張らなきゃダメだかんね――あたし」

「ん……桐乃。なんか言ったか?」
「な、なんも言ってないっての! あんたの耳がおかしいんじゃない?」

小さく呟いたつもりだったのに……なんでこいつは妙なトコだけ鋭いんだろう。

「あと少しで新しい年だってのに変わんねえな。それが桐乃らしいっちゃらしいんだけどよ」
「こ、このっ! 知った風な口利くな…………馬鹿京介」

からかう様な言葉と相反する穏やかな声色。お陰で尻すぼみになってしまうあたしの声。
京介のやつ、変わったのかな。それとも、あたしが変わったんだろうか。

「年が変わるぞ」

お父さんの声で、家族全員がテレビに注目する。

……3……2……1……。

「「「「明けまして、おめでとうございます!」」」」

                     ◇

新年の挨拶が終わって、あたしと京介は部屋に戻る事になった。
今日は特例であって、高坂家が時間に厳しいのは変わっていない。

「なあ、桐乃?」
「……何か用?」

ドアノブに手を掛けた所で、京介が声をかけてくる。
こんな時になんだろう……? やり残しのエロゲーは無かったと思うし…………はっ!?
ま、まさか、あたしに夜這い――って、それならあたしが寝てから来ればいいじゃん。
…………ちょっとまったあ! あたし今何考えた!? まるであたしがこいつに夜這いして
欲しいみたいじゃない! それはさすがにありえない…………はず。

「あのさ……今日は誰かと出かけたりすんのか?」

普通の言葉が返ってきた事に、何故か安堵するあたし。
……当たり前だよね。こいつに限って、そんな甲斐性ある訳ないか。

「あ、えっと……あやせ達と初詣の予定かな。あと、黒猫達とは明日行く予定? 沙織が元旦
は忙しいらしくてさ。黒猫も元旦は家族で過ごすっぽいし」
「一日中、あやせ達と一緒って訳か」
「今日の事? それなら午後からかな。あやせも朝は家族で初詣に行くって言ってるから」
「そっか。……んじゃ、桐乃。良かったら、その……初詣に行かねえか?」

へっ……それって……?
あたしへ問いかけながらも、何故か目を合わせようとしない京介。
初詣……あたしと京介が!? えええええ!?

「ちょ……あんた、それマジで言ってる?」
「冗談でそんな事、言えるかよ」

思わず京介の顔をマジマジと見てしまう。
……この馬鹿。そんな真っ赤な顔して言うなっつーの。ていうか、あたしとあんたが二人っき
りでそんなのに行ったら、また何の噂されるか分かんないって。

「……やっぱ、その……ダメか?」
「…………うー……」

物欲しそうな目でチラチラとあたしを見る京介。
うう……なんかまるであたしのが悪者じゃん。そりゃ一緒に行きたいけど――なんて素直に
言えるワケ無いし……。

「仕方ねえか。じゃ、麻奈実でも誘って行って来るわ」
「……ま、まあ、午前中だけだったら――行ってやってもいいかな」
「よし、決まりだな!」

こ、この……! まさか京介にはめられた!?
さっきまでの弱弱しさが消え、してやったりな表情の京介。

「うぐぐぐぐ……!」
「たまには良いだろ? 俺たち、兄妹なんだしさ」
「……あんたが言うと、なんかエロいんだけど。それって気のせい?」
「しょうがねえだろ。……桐乃は俺にとって一番大切なんだからさ」

……っ!? ……あーもう! なんでこいつは真顔で気障な台詞が言えるんだろう。
それも実妹相手にだよ? ……マジ信じらんないってば。

でも――――こんな必死なのも見てらんないし、今日くらいは許してあげるか。

「あたしもあんたの事強く言えないしね……帰りにあんたの驕りって事で付き合ってあげる」
「俺の驕りかよ!? ったく、お前のが余裕ある癖によ」
「いいじゃん。可愛いあたしが付き合ってあげるんだから当然っしょ」

無言の意思表示をぶつけ合うあたしと京介。
暫く続いたその均衡は、どちらからともなく始まった笑いにより終わりを告げる。

「OK。じゃ、帰りに何か食ってこうぜ」
「とびっきりいい場所に連れてってあげるから。覚悟しときなさいよね」

相変わらず一進一退なのは変わんないけど――今はまだ、これでいいのかもしれない。

「んじゃ寝るか。桐乃、寝坊すんなよ」
「あんたこそ。あたしより遅かったら許さないかんね」

部屋に戻り、ベッドへ体を投げ出すあたし。
初詣かあ……それも京介と二人っきり。今までのあたし達じゃ絶対考えらんない。

やば――超嬉しいよ。

自然とこぼれて来る笑みは、あたしを優しい気分にさせてくれる。
その理由は、間違いなくあいつのせい。

少しずつだけど確実に、縮まっていると感じられるあたしと京介の距離。
あたしはメルルの抱き枕を手繰り寄せ、誰にも聞こえない様に小さく言葉を囁く。
それは記憶の片隅に微かに残っているだけの、遥か遠い過去からの想い。



あいつと――京介とずっと、一緒にいられます様に。




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最終更新:2012年01月07日 06:34