203 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/01/19(木) 20:15:28.37 ID:XdDRbgKmP [5/6]
『誰が為にカレーは焦げる』
「そうそう。初めのうちはしっかり手元を確認しながらやりなさい。
誰だって最初は手早くなんて出来ないんだから」
「うん。わかった」
ストン、ストンと、とてもリズミカルとは言いがたい音がリビングに響く。
「でも一体どういう風邪の吹き回し? 桐乃が料理したいだなんて」
「べ、別にいいじゃん。あたしだって、その、料理ぐらいできるようになりたいし・・・」
あまり突っ込まれたくないことをてきとうにはぐらかして手元に集中する。
意外にすべるジャガイモにちょっとした意地悪さを感じながら、一口大の大きさに切っていく。
ここまでくれば大体の人が察しているだろうけど、あたしは今お母さんと一緒に料理をしていた。
献立はカレー。お母さんの得意料理だ。
お母さん曰く、カレーは手順さえ守れば初心者でも失敗の少ない料理なんだとか。
切って、炒めて、煮込む。言われてみれば確かに失敗はしにくいかもしれない。
「・・・まあ、桐乃がそんなこと言い出す理由なんてだいたい想像はつくんだけれど」
ギクリ、としつつ横目でお母さんのを見てみれば、ニタニタと嫌らしい顔をしてこちらを見てるのがわかった。
「私としては複雑なんだけどね~。料理が出来るようになること自体はとてもいいことだけど」
「べ、別にアイツの為なんかじゃないし!」
「あら、私は『誰』なんていった覚えはないけど? 一体桐乃は誰のことをいってるのかしらね?」
フフフ、とおかしそうに笑うお母さん。
墓穴を掘ってしまったと気付いたあたしは内心ぐぬぬぬと唸るものの、手を休めることはしなかった。
お母さんめ、いつか仕返し・・・・・・はできないんだろうなあ。
どうにもお母さんには敵う気がしない。コレも年の功と言うやつだろうか。
この容姿ながら年はもう4j
「・・・桐乃、今失礼なこと考えなかった?」
「考えてないよ」
棒読みにも程があると言われそうな言い訳をして料理を続ける。
「まあいいわ。それにしてもコレなら来週私達が家を空けても平気かしらね」
「え? お母さんどっかいくの?」
「ええ。ちょっとお父さんとデートにね♪
お父さんのせっかくの休みなんだからたまには二人きりで過ごしたいじゃない♪」
お母さんって本当にお父さんのこと好きだよね。
普段の二人の様子を見ててもそれがよくわかる。
お母さんはよくお父さんをからかうけど、それは本当に楽しそうだし、お父さんもまんざらでない感じがするし。
「そんなわけだから来週末はお留守番お願いね」
「うん」
「なんならその日に今日やったこと試してみたら?
京介もびっくりするかもしれないわよ?」
『京介』の名前にドキリとする。
やっぱりお母さんにはばれちゃってるっぽいなあ。
「さてと、材料も切り終わったし、今度は材料を炒めていきましょうか。
まず炒める順番だけど・・・・・・・」
◇
◇
◇
◇
なんて話をしたのが今からおおよそ一週間前。
あたしは今、一人台所のキッチンに立っていた。
「よし。材料はばっちり買ってきたし、早速つくろっかな」
時間は夕方よりもちょっと前。
今日は京介は図書館に勉強にいってる。
地味子と一緒って言うのがちょっとムカつくけど、今は好都合だと言うことにしておく。ムカつくけど。
おかげで誰に邪魔されることもなく料理に集中できるしね。
「えっとまずは、野菜から切っていったほうがいいんだったよね」
買ってきたジャガイモ、人参、玉ねぎを見ながらそう呟いた。
※ここからはダイジェストでご覧ください
「えっと、ジャガイモを半分に・・・ってこら! 転がるな!」
「あれ? 人参って皮剥くんだったっけ? ・・・・・・まあいっか。どうせわかんないでしょ。
ちゃんと洗ったし問題ないわよね」
「玉ねぎってどこまでが皮なんだろ・・・・・・な、なんかちっちゃくなっちゃったんだけど・・・・・・大丈夫かな、これ」
「鍋は厚手のやつを使うんだっけ。・・・・・・でも薄いほうが火の通りよくなるんじゃない?
絶対こっちのほうが早いよね。よし、こっち使おうっと!」
「さて、材料を炒めて炒めて・・・・・・え、ちょ!? 何でこんなにすぐ焦げちゃうの!?
お母さんと一緒の時はこんな風にならなかったのに!」
「ちょ、ちょっと焦げちゃったけどまだ大丈夫だよね。水を加えてっと・・・」
「―――なんかアクとってもとってもきりがないですケド。
水も凄く減っちゃったし・・・・・・お水たしたほうがいいのかな?」
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「で? 出来上がったのがこれということか」
「ううう・・・・・・」
台所にある鍋を覗き込んで京介はそういった。
一人で作った初めてのカレー。その出来と言えば・・・・・・散々だった。
材料は不揃いで大きさはバラバラ。
鍋の底には焦げたものが張り付いてしまっているだけでなく、煮込んでいる間に焦げ付きが浮かんできて
黒いものが漂ってしまっている。
とても『上手に出来た』などとはいえるものじゃなかった。
「・・・・・・前から思ってたけど、お前って不器用だよな」
「うっさい!」
自分でもここまでひどいことになるとは思ってなかった。
正直、へこむ。
「ふん。別に、食べる必要なんてないから。
こんなの練習だし、練習。失敗して当たり前なの。
わかったらコンビニいくなり出前取るなりすればいいじゃん」
われながら苦しいいい訳だと思う。
でもこうとでも言わないとやってられなかった。
コレまでに失敗なんて沢山してきたけど、失敗してここまで辛いと思うことはほとんどなかったのに。
「・・・・・・・・・・・・」
「アンタなにしんの?」
鍋を覗き込んだまま動かなかった京介は、何を思ったか棚からお皿を取り出してゴハンをよそいだした。
そして鍋に突っ込まれたお玉に手をつけ・・・・・・ってちょっと!?
「あ、あんたなんのつもりよ。まさか・・・・・・」
「あん? カレー食うだけだろ。最近食ってなかったし、久しぶりに食いたいしな」
「ば、バカ! こんなのマズイに決まってるじゃん! 何考えてんのよあんた!」
「そうか? 底のほうはともかく、上のほうはわりといけそうだぞ。
それに・・・・・・せっかく桐乃が作ったんだしな。食べいないと損だろ」
「な・・・・・・バカじゃん。そんな理由でこんなの食べるとかありえないし。
シスコンが過ぎるっての・・・・・・バカ」
ホント、バカなんだから。
アンタがそんなだからあたしは・・・・・・
「へいへい。なんとでも言えよ。どういわれようと俺はコレ食うからな」
「・・・・・・ふん。好きにすればいいんじゃない?
どうせアンタしか食べないんだし、好きなだけ食べればいいじゃん」
「そうするよ。・・・・・・うへ、やっぱ苦いな。でもまあ・・・食えるぞ、コレ」
「・・・ふん」
苦い苦いと文句をいいつつも食べすすめていく京介。
そんな京介を見て、少しだけ、救われたような気分になった。
「・・・・・・なあ、桐乃」
「なによ?」
「もしまた『練習』するときがあったら、俺が味見してやるよ。味見役、必要だろ?」
「キモ。そこまでして妹の料理食べたいわけ? どんだけあんたシスコンなのよ。
まあ、そこまで言うならアンタに味見させてあげもいいケドね。
そのかわり残したりしたら許さないかんね」
「あいよ」
こっちの気持ちを知ってか知らずか、どこか優しげな顔を京介はしていた。
今度こそはおいしいものを作って京介を唸らせてやろう。
今度は失敗しないように頑張ろう。
もし本当においしいものが作れたら、京介は喜ぶだろうか。
あたしはその時、どんな気持ちになるだろうか。
できればその時が少しでも早くくればいいな。
そんなことを思った、ある日の夕食のこと。
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最終更新:2012年01月22日 08:03