569 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/10(金) 19:22:40.94 ID:ywiM5lez0 [1/6]
受験生の鑑たる俺が勉強机に向かっている正にその時、沈黙を破る呼び鈴が鳴り響いた。
予感を感じて時計を見ると、短針は2時を差している。
やれやれ……。あいつは俺が一人暮らしを始めた理由がわかってんのか?
呆れて溜息を一つつくが、急かすように響く2度目の呼び鈴は俺の思考さえも許してくれない。
仕方ねえ。
肩をすくめて立ち上がり、俺はしかめっ面で待ってるであろう、玄関先の来訪者を迎えに行った。

「遅い! シスコンの癖に妹を待たせるとか、マジありえないんですケド」
「……やっぱりお前かよ」

玄関で早速言葉の刃をぶつけてきたのは、桐乃だった。
やっぱり、というのも、俺は玄関のドアを開ける前……いや、その前の急かすような二度目の呼び鈴の前ですら、来訪者の正体を見抜いて

いたのだ。
……とかもったいぶった言い方をしてもしかたねぇ。理由は簡単。
最近、休みの日になると必ず、昼過ぎに桐乃がここへ顔を出すようになったのだ。

「……なによ、なんか不満なの? こーんな可愛い妹が遊びに来てやってんのに」
「いえいえ。めっそーも御座いません。んじゃま、とりあえず上がれ」

なによその態度! などなど後ろから罵声なのか独り言なのか判然としない声が聞こえるが、それもいつもの通り。
これに一言一言反応してたんじゃ、俺の身が持たないって。

俺は最近、お袋の言い付けで一人暮らしを始める事になっちまった。
何でそうなったかって―と、正直話すと長くなるので割愛したい。ただ、直接的な理由は【俺と桐乃の関係】にあるとだけ、言っておこう


――あー、冷蔵庫のプリクラはやっぱりやり過ぎだったか。ちょっとノリに任せて余計な事をしちまったかもしれない。

「んで? 今日は何の用だ?」

勉強机に座りなおして、一応ながら聞いてやる。まあ、聞かなくても分かってはいるんだが。

「何って、エロゲーに決まってるじゃん」

ですよねー。
そう。このエロゲー大好き中学生こと高坂桐乃は、母親から【妹と近づき過ぎないように】との目的で一人暮らしを始めさせられた兄のも

とへ、【エロゲーがやりやすいから】というだけの理由で入り浸っているのだ。
つか、普通に駄目だろ、これ。

「桐乃、別に俺は来るなとは言わねぇけどさ。大丈夫なのか? お袋に怪しまれてないのか?」
「だーいじょうぶだって♪ 今日だってあやせの家に行くって言って出てきたもん」

なんつー恐ろしい事をしやがるんだこいつは。
もし仮に、ちょっとでも帰りが遅くなってお袋があやせの家に電話でもかけようものなら。
お袋とあやせ。
2人の修羅が、この俺ただ一人を目指してこの部屋に侵攻してくるってわけだ。
マジで勘弁してくれ。

「お前、今日は早く帰れよ?」
「さーねー。あんたがこのシナリオクリアしたら帰ってあげよっかな」

ちくしょう。こいつは俺の危機的状況を何ひとつ理解していやがらねぇ。
勉強だってしなきゃならないんだし、とっとと終わらせて帰らせることにするか。

「おーし、じゃあやってやろうじゃねぇか。お前から借りた数々のエロゲーで鍛えた俺をなめるんじゃねぇぞ」
「はぁ? あんたなんかエロゲーマーの底辺にも達してないわよ。このあたしが特に目を掛けて育ててやってるんだから、とっとと1人で

CG回収くらい出来るようになれっての」

こ、このやろう……。いい度胸じゃねぇか。見せてやるぜ! シスコンをはっきりと自覚したこの俺の、脅威のエロゲー捌きを!



「だぁから、違うって言ってんでしょ!? なんであんたは『仕方ない』って選択肢ばっかり選ぶの! 兄妹だろうがなんだろうが、愛が

あれば大丈夫なの!」
「おまっ! 大丈夫なわけ無いだろ!? 覚悟も無ぇで、んなこと!」
「あぁもーあんたはほんっと駄目! ぜんっぜんエロゲーに向いてない。ちょっとコントローラー貸しなさいよ!」
「馬鹿っ! 俺がやってるデータだぞ! きりりんたんは俺が幸せにするんだよ!」
「あんたじゃ幸せに出来ないから貸せってんでしょぉ!」

結局こうなっちまった。
俺の選ぶ選択肢と桐乃の選ぶ選択肢はことごとく違う選択肢で、俺の進める通りに行くと必ずバッドエンドが待っている。
くそぉ。おかしくねーか? このゲーム。なんで妹と結ばれなかっただけで、あんなに不幸がドッと舞い降りて来るんだよ。

「当たり前じゃん? 本当の気持ちを押し殺して迎えた未来なんて、どうやったって幸せになんかなれないよ」

ぽつりと零れた桐乃の言葉は、何だか寂しげな響きを纏っていた。
結局コントローラーの取り合いには俺が勝利し、たった今、本日3つめのバッドエンドを迎えたのだ。
内容は……プレイヤーは安心できるだけの彼女と結婚し、後に離婚。一人で寂しい余生を過ごす。
妹は兄への気持ちを忘れる事が出来ずに外国へ。その後、一切の連絡を取る事が出来なくなった、だそうだ。

「好きな人とは一緒にいるのが自然なの。周りがとやかく言うからって、仕方なく離れたりトカ……ホントありえない」

苛立ちを露わにするように呟く桐乃。下唇を強く噛んで、痛々しい。

「お、おい。悪かったから、そんなに唇を」
「あんたはほんっと下手! あたしに貸せっ!」

完全に油断していた俺に、桐乃が襲い掛かる。
おわっ! なんでこいつこんなに必死になってやがるんだ!
先手を取られて体勢不利になったままじゃ耐えられないって!

「おわっ」
「っ!」

桐乃の全体重を掛けての攻撃にあえなく陥落した俺は、後ろに倒れこんでしまった。
いってー! 頭打ったじゃねぇか! 桐乃はどこもぶつけてねぇだろうな?
そう思って顔を上げようとしたが。
……え、あれ?
な、なんだか柔らかい感触が胸の辺りに……。

「ん、なっ!」

目を開けると、かなりやばい体勢になっていた。
俺が桐乃にビンタされたあの状態の、いわゆる逆バージョンだ。
俺が下に寝ていて、上から桐乃が密着状態で覆い被さっている。男性が下になっている分まだ卑猥さは軽減されて感じるが、客観的に見て

みればどっちでも関係なくヤバい。

「す、すまん! すぐに退くから」

どっかで聞いたような台詞を吐いて、もぞもぞと動いてみる。
しかし、動くたびに桐乃の甘い香りが鼻をくすぐる。柔らかい感触は形を変えながらその存在を更に主張する。
や、ヤバイ。これはマジでヤバイ。このままでは……気付かれる。
妹に欲情する変態野郎だって気付かれちまう!
ぐおおおお! 鎮まれ、俺の海綿体! 頼むから抜け出すまで、それまでで良いから眠っててくれぇ!

「つか、桐乃、どうした? お前は動けるはずじゃ……っ!」

その後の言葉を紡ぐ事は出来なかった。
一言も発さなかった桐乃は、無言のまま、顔を伏せたまま……俺に感情を見せないままで、抱きしめてきた。
心臓が大きく跳ね、顔に血が上るのが分かる。

「き、桐乃……?」

恐る恐る、声を掛ける。

「……駄目なの?」

やっと発した桐乃の声は、消え入りそうなものだった。
意味が理解できない俺は、ただ桐乃の言葉を待つ。

「何で遊びに来ちゃ駄目なのっ!?」

家具の殆ど無い部屋は、桐乃の叫びをより際だたせた。

「お母さんもお父さんも、何でそんなこと言うの? 好きな人と一緒にいる事の、どこがそんなにいけないの!?」
「桐乃……」
「あんただって!」

そう言って見つめる瞳が涙に濡れていることに気付き、俺は何も言えなくなる。

「仕方ないとか、しょーがねーだろとか、なに言ってんの? 兄妹が仲良かったらそんなに駄目なの?」

駄目なんかじゃない。
アメリカのとき、偽彼氏事件のとき、黒猫のとき。俺は確信したじゃねーか。
桐乃が大事で大事で、大好きで大好きで仕方が無い。
これが俺だって。これが俺の、偽らざる気持ちだって!
桐乃はずっと、俺の一人暮らしに反対だったんだ。だからお袋の言い付けも聞かず、敢えてここに遊びに来ていた。

いや、それだけが理由じゃない、か。

「桐乃」
「……なによ」

ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、俯いて答える。

「悪かった、俺も同じ気持ちだ。お前と一緒にいることは、何にもおかしいことじゃない」
「……うそつき」

取り付く島も無い。そりゃそうだ。俺はここまでの行動で、散々桐乃の期待を裏切っちまった。
だが……俺は完全に吹っ切れた。
自分の好きな女にここまで言わせておいて動かずにいられるほど、俺はぼんくらじゃないつもりだ。

「嘘なんかついてね―よ。俺はお前が彼氏を作るのなんてイヤだって言ったがな。……本当は俺がお前の彼氏になれればと思ってたんだよ


「……嘘! じゃあなんでゲームであんなこと言ったの!? あたしが一体どんな気持ちで……」
「違う! ゲームとお前とじゃ全然違うんだよ! ゲームの中の妹はただの妹だろ! だけどお前は……桐乃は、俺にとって全然違う存在

じゃねぇか!」

そうだよ。あんなゲームでわかるわけがねぇんだ。
あれは『ただの妹』だ。俺の選択肢は、全く間違っていなかった。
だけど、俺が好きなのは、こいつだけなんだ。
俺の本当に選ぶべき選択肢は、こいつの為だけにあるんだ!

「きょ、京介……」
「桐乃、手を貸せ!」
「は?え、ちょっと……」

殆ど馬乗り状態になっている桐乃の手を取り、『そこ』に触れさせた。
そこ。俺の滾る情熱の権化。桐乃への想い、劣情、欲望、色んな物が詰まったその場所。

そう。俺の股間だ。

俺の情熱に触れた桐乃は、ほとばしる熱さが移ってしまったのか、顔を爆発せんばかりに赤くして震え出す。

「ばっ!なっ!ちょ、は、ななななななんあんたなんなん……!」

無論、俺の桐乃への情熱は見事な剛直を保っていた。
恐らく初めて触れたであろうその感触に、真っ赤になりながらも動く事すら出来ずに固まっている。

「わかったか! 俺は桐乃が好きで好きで好きで好きで、ちょっとくっついていただけでこんな有様だ! 兄妹なんだから仕方が無い? 

知るかそんな事!」
「あ、あんた、自分がなにやってるか、わかってる!?」

目をぐるぐるにしながら、桐乃が怒鳴る。
でも手は動かない。

「分かってるよ! だがなぁ、こんなになっちまうのが男の性とはいえ、俺の本当の望みはお前を抱く事じゃない」
「……へ、は?」

その手を強く握り締め、強く引き寄せる。
同時に上体を起こした俺と桐乃は、座りながらに抱き合うような形になった。

「きょ、京介……」
「桐乃、悪かった。お前を不安にさせてたって、また気付いてなかった」

全く、本当に俺という男はどうしようもない。
一体何度、好きな女を泣かせれば気が済むんだ。

「だから、俺とお前の『仕方ない』を、ぶっ潰してやる」
「ぶっ潰すって、どう、やって? ……あっ」

見詰め合う。
桃色に染めた頬。所在無げに動く唇。とろんと蕩けた瞳。
段段と近づいて来る、愛しい桐乃の顔。
そう。これは俺と桐乃にとって、絶対に超えられなかった、大きな壁。
全然大した事のないものだった。
俺に勇気と覚悟があれば、いくらだって乗り越えていけたものだったんだ。

そう。覚悟。
兄妹だろうが、愛さえあれば問題ない!
その覚悟だ!

心の中で強く気持ちを噛み締め、俺は桐乃に微笑む。

「……そうだな」

さあ、今日から始めよう。
もどかしい壁のぶっ壊れた、あるべき世界を。

「目を閉じれば、分かるよ」




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最終更新:2012年02月16日 06:57