79 名前:【SS】おかえし 1/3[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20:37:17.14 ID:fW7ipnxG0 [3/5]
最近京介の帰りが遅い。
理由はわかっている。
学校や予備校で連日模擬試験を行ってるからだ。
もうすでにいくつかの大学は受かってるんあけど、本命を前にラストスパートしてるらしい。
もちろん試験をしてない日もあるんだけど、そういう日も図書館に篭りっぱなしだ。
集中したいからだって言ってたけど―たぶん原因はあたしだろう。
あたしがちょくちょくあいつの部屋に遊びに行っているせいだ。
別にあたしは勉強の邪魔をしてるわけじゃないし、あいつの成績が落ちたという話も聞かないんだけど、
もしあいつが志望校に受からなかった時、あたしがあいつと遊んでいたからだという理由を作りたくないんだろう。
誰でもない―あたしのために。
「それはわかるよ?
でもさ、今日くらい早く帰ってきてもいいじゃん」
あたしは頬杖を付きながら独り言ちる。
そんなあたしの前には、綺麗にラッピングされた箱が置いてある。
中身については……今日がバレンタインデーであることを考えればすぐにわかるだろう。
別にあたしは京介のことなんかどうとも思っていないけど、
最近のあいつは疲れ気味だから甘いものでも食べて疲れを取ったほうがいいだろうと思って、あやせと一緒に作ったのだ。
うん。それだけ。
別に他意はない。
本当だよ?
去年作った大人な風味漂うビターチョコとは違って、今年のは疲れが吹き飛ぶように特別甘く作った生チョコ。
味については自信がある。
なんたって一緒に作ったあやせが
「舌と味覚が蕩けて天国に上っちゃいそう」
と評して二つを残して全部つまみ食いしちゃったし、
さっき食後のデザートに食べたお父さんは、いつもの渋面のままだけど、
「俺の味覚が壊れるほどすごかった。
これほどのものが作れるとは、流石だな、桐乃。
おそらく一月は口の中に甘さが残ったままだろう」
と褒めてくれた。
きっと、京介の疲れも一気に吹き飛ぶに違いない。
「だからさ、早く帰ってこないかなー」
今日の夕食の時も京介は帰ってこなかった。
夕食に帰ってこないとなると、おそらく帰ってくるのは九時以降になるだろう。
別に一日二日で味が落ちるわけでもないし、早く渡す必要はないんだけど、
せっかく作ったんだし、時間がたちすぎて忘れちゃうのも困るし、
ずっとそわそわ待ってるのは時間の無駄だし、今後の予定もあるから早く渡したいんだけど……
……まあ、少しくらいは京介の喜ぶ顔が早く見たいってのもあるかな?
ほんの、ちょっとだけど。
「ふわぁ」
何もせずにただただチョコを見続けてると、なんだか眠くなってきた。
ご飯食べたからかな。
最近結構夜更かししてたし、今日一日中ずっと緊張しっぱなしだったのも原因かもしれない。
「……どうせ、あと一時間は帰ってこないよね」
京介が帰ってきてこれを渡したら、感激したあいつが夜遅くまであたしに構って来ちゃうだろうし、
今のうちに少しだけ寝ておいたほうがいいかな。
あたしは腕を崩すと、そこに顔を埋める。
まぶたを閉じる前に、最後に一度だけ『京介へ』というメッセージプレートが付けられたハート型のチョコを見つめる。
ちょっとだけ寝て……起きたら……これをあいつに……
80 名前:【SS】おかえし 2/3[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20:37:48.80 ID:fW7ipnxG0 [4/5]
『おにいちゃん、そのチョコなにー?』
『これか?
これはバレンタインチョコだ』
『バレンタインー?』
『そう。
女の人が好きな男の人にチョコをプレゼントするんだぞ』
『……おにいちゃん、だれかこいびとができたの?
そのひとのこと、きりのよりすきなの?』
『ちがうよ。
これはお母さんにもらったんだ』
『おかあさんから?
ずるいーおにいちゃんだけー!
おかあさん、きりのにもチョコちょうだい!』
『ごめんね、桐乃。
お兄ちゃんにあげた分でもうチョコないのよ』
『えー』
『……ほらよ』
『え?
おにいちゃん、きりのにチョコくれるの?』
『ああ。
しかも桐乃が好きなハート型のヤツだぞ』
『わーい!
おにいちゃんだいすきー!
おにいちゃんからチョコもらったー!
きりの、これでおにいちゃんのこいびとだー!』
『あらあら。
良かったわね、桐乃』
「ん……」
体と胸の中に気持ちの良い温かさを感じて目が覚めた。
なんか、昔の夢を見てた気がする。
ところで、今何時だろう。
「げっ、二時間も眠っちゃったじゃん」
もう京介は帰ってきてるのかな?
そう考えてすぐ側においておいたチョコに目を向けると―
チョコが一回り小さくなっていた。
「は?」
思わず素っ頓狂な声が口から漏れる。
なんで京介にあげるはずの大切なチョコが小さくなってんの!?
チョコって時間がたつと揮発したっけ?
それともあたしの愛が小さくなっちゃったの!?
「……って、これ違うチョコじゃん!」
ほとんど同じ形、同じラッピングだから勘違いしちゃったけど、良く見ればそれはあたしが用意したチョコとは全然違っていた。
「でも、それだとあたしのチョコはどこ行ったんだろう?」
疑問に思ってそのチョコをひょいと持ち上げたところで、その下にあるメモ用紙に気がついた。
「なにこれ?」
そのメモ帳はぱっと見何も書かれていないが、どうやら裏面に書いてあるだけのようだ。
あたしはそのメモ帳を手に取ると、裏返して読み始めた。
「えっと……」
81 名前:【SS】おかえし 3/3[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20:38:12.79 ID:fW7ipnxG0 [5/5]
『腹が減ってたからチョコもらったぞ。
今まで食ったチョコを全て合わせたよりも甘くて美味かったぜ!』
それだけ。
あたしが京介のためにチョコを用意したことや、代わりに置かれていたこのチョコがなんなのかについては何も書かれていない。
「……まったく、あたしにお礼の一言もないとかマジありえないんだけど」
そう口にはするけれど、口元がニヤけいるのが自分でもわかる。
お礼はなく、代わりにチョコが置いてあった。
だからきっと、そういうことなんだろう。
このチョコを見ればわかる。
あたしも京介も、心は同じなんだ。
……だからきっと、そういうことなんだろう。
「あたしのと比べて、安っぽいチョコだよね」
あたしは丁寧に包みをはがすと、チョコを一口だけ口に含んだ。
とても甘くて、どこか懐かしい味がした。
「う~ん、悔しいけど、これはあたしの負けかも」
あたしの手作りチョコが市販のチョコに負ける筈はないけど―
「このコート、京介のだよね」
あたしは、いつの間にか肩にかけられていたコートに手を伸ばした。
あたしに羽織らせる直前まで着ていたのか、仄かに温かい。
このコート、京介が羽織っているのをよく見かけるし、京介の匂いがするし、京介みたいに暖かいし……
「つまり、帰ってきてコートも脱がないままあたしに会いに来てくれたんだよね」
妹からのチョコが欲しくてコートも脱がずに一目散に会いに来るなんて、あいつってばどんだけシスコンなんだろ。
チョコ自体はあたしの勝ちだけど、このコートとそのシスコンぶりに免じてここはあたしの負けということにしておいてあげる。
あたしは京介のコートを羽織りなおすと、もう一口チョコを齧りながら、京介の部屋の方を見る。
あたしの予定ではチョコをもらって照れてる京介をからかったり、甘えてくる京介に受験後のデートの約束を取り付けたりするつもりだっ
たけど、
今のあたしだと恥ずかしくてそんなことはできないだろう。
きっと京介もそうだ。
だから、今日はこれでおしまい。
でも―
「ホワイトデーの三倍返しは覚悟しててよね。
今度は絶対に勝ってやるんだから♪」
やられたらやり返す。
例え負けても次には絶対に勝つ。
それがあたし、高坂桐乃なのだから。
あたしは京介の驚く顔を想像しながら、チョコの甘さに顔を綻ばせた
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最終更新:2012年02月16日 07:01