828 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/20(金) 23:05:56.30 ID:LSbWRHJr0

SS『嘘つき』 ※10巻のラス直前妄想話です



「ごめんなさい、桐乃」

あたしの前で、そう謝るのは、あたしの親友。

「いいって、もう。これで三度目だよ?」
「でも・・・」

まあ、あやせが気にするのも分かる。
今日は、あたしの兄貴の模試の結果が出る日。
その模試の日に起こった事件の事を、あやせは気にしているのだ。

「だってさ、結局時間には間に合ったわけだし。
 それに、その程度の事で点数が下がるなら、ちゃんと勉強しなかったあいつが悪い」
「でも・・・」
「それに、あいつだったら、きっと大丈夫だって」

本当はとっても心配。
あいつ、すぐに自分の事が見えなくなっちゃうから・・・

「うん、ありがと、桐乃」
「うん」

お互いに、無言になる。
いつもなら気にもならない間。
でも、あやせはその間に耐えられないかのように話し出す。

「それにしたって、お兄さん、すごいよね」
「・・・」
「わたしが夕食の準備をしている間も、洗濯をしている間も、一生懸命勉強を続けていたし」

あやせはあたしの事も意識に入らないかのように話し続ける。

「わたしがお料理してても全然気にしないし、わたしが作ったご飯もすぐに食べちゃうし
 わたしが話し掛けても勉強に集中しつづけるし、わたしのこと・・・全然、気にしてくれて・・・ない・・・」

ああ・・・気づいちゃった。
ううん、気づかないではいられない。
きっと―――

「あやせ・・・あんた、京介の事・・・好き、なの?」
「・・・ううん・・・大嫌い」

そっか。
たぶん―――あやせは、京介の模試の邪魔をしてしまったことだけを謝っていたんじゃないんだ。
あたしに対しても、謝っていたんだ・・・

「ね、桐乃」
「・・・うん」

あやせの目には涙が浮かんでいる。
苦しんで、悩んで、思いつめて。
でも、その眼差しは、決して自棄になった人間のものじゃない。

「桐乃は、お兄さんの事、好き?」
「嫌い・・・だいっ嫌い!」
「嘘つき」

そう言ったあやせの声は、いつかのような冷たい、見放すような声じゃなくて・・・

「わたしも、桐乃も、お兄さんも嘘つき」


やっぱり―――あやせも京介の事・・・

でも・・・
なんで・・・なんであたしの大切な人ばかり・・・
みんな、京介を取って行こうとするの?

あたしは、みんなと仲良くしてたいのに・・・
本当は、京介の一番で居たいのに・・・

「でも・・・やだ・・・京介の事、あやせにだって渡したくないよ」
「うん。分かってる。桐乃の嘘も、お兄さんの嘘も、他の誰かを助けるための、優しい・・・嘘」
「ち、違っ!あたしは、ただ―――」
「だからね。わたしも、もっと嘘をつくんだ」

・・・あやせ、何を言っているの?

でも、あやせの言葉からは、これまでに聞いた事の無いくらいの真剣さが込められてる。

「桐乃。わたし、お兄さんに告白します」

あやせの目には、あたしを貫くような強い意思が込められていて
あたしは一言も喋ることが出来ない。

「わたし、お兄さんへの嘘を、全部捨て去ってしまいたい。
 桐乃やお兄さんのついたような嘘じゃなく、ただ自分を守るだめだけの嘘を」

あやせは、あたしの目をしっかりと見つめ、話し続ける。

「そして、その後に、もっと大きな嘘をつくの。
 桐乃やお兄さんのついた嘘より、もっと大きな嘘を。
 自分のためだけじゃない・・・嘘を・・・」

あやせ・・・あたし、わかんないよ。
あやせが何をするのか。何をしたいのか・・・

「だから、桐乃」
「・・・うん」
「桐乃も、一度、桐乃の嘘を捨てて欲しいんだ」
「・・・」
「わたしね。桐乃が本当は如何わしいゲームを大好きな事も、オタクだってことも・・・
 それに、お兄さんの事、本当に愛してる事も知ってる」

言われちゃった。
ついに―――それともやっぱり、だろうか―――
あたしが本当に隠してきた事まで、全部・・・

「ね、桐乃。安心して。わたし絶対に、お兄さんの事を桐乃から奪ったりはしないから」
「で、でもっ、あやせは・・・」

なんで?・・・なんでなの?
あやせも、黒猫も、あいつの事が本当に大好きなのに・・・

「だから、お願い。約束、しよっ」
「約束?」
「わたしが、嘘を取り消したら・・・
 そして、『お兄さん』も嘘を取り消したら・・・
 必ず、桐乃も・・・嘘を・・・取り消すって」
「・・・・・・・・・わかった」

こんなにも、必死で、真剣で、今にも泣き出しそうな親友の願いを
あたしは、断る事なんて出来なかった。

でも・・・あたしにそんな事ができるんだろうか?
それに、京介の嘘って、なんの事なんだろう・・・


ただ、ひとつだけ確かなことがある。


あやせの告白がうまくいっても、うまくいかなくても
たぶん、あたしは、もうすぐ、あたしの本音をさらけ出さなくてはならない。

お姉ちゃん・・・麻奈実さん・・・
京介の試験が終わった今、あたしは、過去に対峙しなくてはならない。

ほんとはとても怖い。
今まで積み上げてきたこの一年半が、全部音を立てて崩れていくんじゃないかって不安になる。

でも、決めたんだ。
もう二度と離れないようにって。

「それじゃ、いこっか」
「うん。桐乃、髪型変えちゃうんだっけ?」
「そ。あやせは?」
「・・・この前もらったヘアピンと合わせて、今の桐乃に似せてみるね」
「・・・そっか」

あたしの目の前には、たくさんの壁がある。
それを乗り越えられるよう、ここまで頑張ってきた。

「・・・よしっ!」

気合を入れて、その壁を見上げる。
普通に考えれば、とても登れるようなものじゃない。

でも・・・

これが、あたしの決めた、あたしだけの道。
決して諦めたりなんかしない。



End.



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最終更新:2012年04月22日 21:18