219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/17(木) 18:06:36.04 ID:OSszJKtk0

SS『帰り道』



「全く、今一歩締まらない奴だ・・・」

言うまでもなく俺の息子、京介のことだ。
マンションからの帰り道、俺の頭にあるのは二人の子供たちの今後だった。

「京介も京介だが、桐乃も桐乃だな・・・」

考える程に憂鬱な気分が頭をもたげてくる。
今回の件は、二人の疑いを晴らす目的も有ったわけだ。

だが、京介の一人暮らし二日目にして、桐乃は我慢が出来なくなってしまっていた。
京介も明らかに元気がない。間接的ではあるが、むしろ疑惑が強まってきた。

だが・・・

京介は、それでも疑惑を晴らそうとしてくれている。
桐乃も・・・あの子は聡明な子だ。分かってないわけがない。

俺は親としてどうしてやるのが良いのだろうか・・・。

ふと窓の外を見る。夕暮れの太陽が目にまぶしい。
・・・そう言えば・・・桐乃が生まれた時も、そんな事を思いながら病院に向かったのだったな。
懐かしい気持ちの中、俺は、当時の事に思いを馳せた。


――――――――――――


あの日、いつものように職場にいた俺は、病院の方からもうすぐ生まれそうだとの連絡を受けていた。
だが、俺の仕事は途中で放り出していける類のものではない。
すぐにでも向かいたい気持ちを抑え、いつも通り業務をこなしていった。

幸いにも、上司に理解があり、定時で上がることができた。
職場を出て、家により、母から京介を受け取ってから病院に向かった。
(そうだ、この時の夕陽が強く印象的だったのだな。)

病院に着くと、すでに桐乃は生まれた後だった。

「元気な女の子ですよ」

看護師に言われ病室に向かい、桐乃と初めて対面した。
勿論、事前に分かってた事ではあったが、初の娘なだけに感動もひとしおであった。
そして、ベッドに座っているのは、俺の最愛の妻・・・

「佳乃、よくがんばったな」
「ありがとう、大介さん。でも、もう二人目よ?そんなに心配そうな顔しなくてもいいのに」

そんなたわいも無い会話だったが、今でも覚えている。

「ところで、女の子だったそうだな?」
「ええ。ほら、見て?凄く可愛いでしょ?」
「ああ・・・そうだな」
「あたしなんかより、ずっと可愛らしく育つわよ~」
「むっ・・・むぅ・・・」

こういう場合、男は答えに詰まるものだ。
娘も可愛いが、妻だって当然可愛い。

「ところで・・・この子の名前、考えてくれました?」
「ああ」

一息おいて緊張を解く。

「桐乃だ。桐の花の様に清楚で、桐のように強く、真っ直ぐ育って欲しい」
「ええ、良い名前だと思います」

これで一安心だ。
思えば一月以上前から延々悩み続けてきた名前だ。
佳乃も気に入ってくれたようで、肩の荷が下りた気分だ。

そういえば・・・
ふと後ろを振り向くと、京介が所在なさそうに病室の入り口に立っていた。

「京介、こっちに来なさい」
「う、うん・・・」

俺は京介を佳乃の横に座らせ、京介の目をしっかり見据える。

「京介。これからおまえの妹になる、桐乃だ」
「えっ、いもうと・・・?」
「そうだ。これからお前は兄になる」
「あに?」

まだ良く分かってないような京介だったが、仕方あるまい。

「これから、おまえが桐乃の事をちゃんと守ってやるのだぞ?」
「う、うん!」

たぶん、今の言葉も半分くらいしか分かってはいないだろう。
だが、俺の雰囲気から察したのか、少しだけ大人になった雰囲気が感じられる。
こんな小さなことでも成長していく俺の子供たちに、胸が一杯になった。

「ねえ、おとうさん」
「なんだ?」
「きりのにさわってもいい?」
「ああ、だが、強くしたらだめだぞ」
「うんっ!」

早速、京介は桐乃に興味を持ってくれたようだ。
一通り顔や体を触った後、桐乃の手に、自分の手を重ね合わせる。

「き・・・きりの?・・・にぎったよ?ぼくのてをきりのがにぎったよ!」

大はしゃぎする京介に、俺と佳乃は目を見合わせ、微笑んだものだった。


そうこうしているうちに、主治医の先生が近づいてきていた。

「お父さん、ちょっとお話がありますので、別室に来ていただいてよろしいですか?」
「ああ。・・・佳乃、行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃい」

主治医の先生に俺だけ呼ばれるとは、何か悪いことでも起こったのだろうか?
内心の動揺を何とか隠して、俺は診察室へと向かった。

診察室への道は短かったはずだが、今日はあまりにも長く感じる。

見た目は普通だったはずだが・・・
心臓に問題があったのだろうか?何か特別な病気をもって生まれてきたのだろうか?
いや、最近、生まれたときからがんを患っている子供の話も聞いたことがある、まさか、それなのでは・・・

気が付いたときには、俺は診察室の椅子に座り、先生と対面していた。

「落ち着かれましたか?」
「あ、ああ・・・」

情け無い所を見られてしまって気恥ずかしい。
だが、今後を冷静に考える必要がある。
そう、考え直し、ようやく冷静になる事ができた。

「まず簡潔に、非常に簡潔に説明します」
「お願いします」

腹に力をいれ、ぐっと身構える。

「お子さん・・・桐乃さんに、非常に稀な先天性の疾患が見つかりました」
「先生っ!桐乃は・・・桐乃はいつまで生きられるのですかっ!」

気が付けば俺は立ち上がり、怒鳴るような声で、そう言っていた。

「高坂さん、落ち着いてください」
「ええ、すみません・・・ですが―――」
「ただ、この疾患は成長や発達に殆ど悪影響はありませんし、命の危険もありません」
「なっ・・・・・・・・・」

深呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着かせる。
安心しすぎて気分が緩んでしまったのだ。

命の危険が無い・・・これだけでも、本当に安心できた。
佳乃も悲しまずに済む・・・

「とりあえず、安心はできましたか?」
「ええ、なんとか・・・それより、教えてください。どういった問題が発生するんでしょうか?」
「では、少し複雑になりますが・・・」

そう言って、先生は説明し始めた。

「まず、この疾患は原因ははっきり特定されていません。
 ただ、血中のビリルビン(Bilirubin)、リボ核酸(RNA)、女性ホルモン(英:Oestrogen)が複合体(Complex)、
 通称ブラコン(Bro-Com)を作って大量に血液内に存在する事が知られています」
「・・・はあ」
「そして、そのブラコンが存在する人は、長じて超弩級のブラコンになる事が知られています。
 これを、先天性兄婚症候群と呼んでいます」
「・・・よく、わからないのですが?」

正直なところ、医者の説明というのは、患者からするとあまりにも分からない事が多い。
専門用語の羅列を理解しろというほうが無理なのだ。

「まとめますと、桐乃さんは、お兄ちゃんの事好き好き大好き好き好きになってしまうということです」

・・・・・・・・・まったくわからん。
兄と妹が仲良くしている事に何の問題が有るというのだ?

「・・・他に、何か症状が出てくるのですか?」
「いえ、これだけです。この症状さえ家族の方にフォローして頂けるのでしたら、普通の健常児と何も変わりありません」

ふむ・・・

どうやら、医者というのは大したことが無い事でも大げさに騒ぎ立てるものだという事だな。
俺は、ようやく完全に安心する事が出来た。


診察室から出て、病室に帰ると、なんとも微笑ましい光景が待っていた。

「き、きりのぉ~~~、てをはなしてよぉ~」
「あらあら?お兄ちゃん、よっぽど桐乃に好かれたみたいね?」
「で、でも、ぜんぜんはなしてくれないよぉ」

こんな、愛おしい空間が、今後も続いてくれるように・・・
そう思って、俺は決意を新たにしたのだった・・・



――――――――――――



「次は、千葉~、千葉~」

車内アナウンスに、ようやく目を覚ます。
昔を思い出す間に眠ってしまうとは、俺らしくもない。

自嘲しつつも、夢―――昔の事を思い返してみる。

そうだ。
桐乃が生まれたときから、こうなる事は分かっていたんだったな。

あの先生の言った通り、桐乃は京介の事が好きで好きでたまらなくなっているようだ。
そして京介もまた、俺がクギを刺したとはいえ、そろそろ決壊しそうなのが見て取れる。

だが、なぜか気分は晴れやかだ。


「・・・式場をそろそろ探し始めるかな・・・」


俺は一人呟き、駅のホームが近づいてくるのを見るのだった。



End.


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最終更新:2012年05月19日 15:35